第3話

 登校に余裕を持たせた朝の時間帯。

 けれど今、見上げる空は太陽の見えない暁の空だ。

 そんな幻想的な空に反し、地上は殺風景な砂漠。そんな風に見える、広範囲に連なった公園の砂場になっていた。

 健全な生活を送る人間に馴染のないその景色は、見ていて新鮮味を感じさせる。

 しかし、それを感じられる唯一の人間である少女は、そんな感傷に浸っていられるほど、心に余裕を持っていなかった。

 クセの強い髪質のセミロングを気ままに伸ばし、端正で生真面目そうなつくりの相貌。平均より微かに高い背丈に、同じく平均よりは豊満な胸囲の少女だ。

 全身にフィットするグレーと鮮やかな緑を基調としたスーツに、身体の各所に機械的な装甲パーツを身に着け、その背中にはその身の半分以上を守る事の出来る巨大でメカニカルな造形の盾を背負う。

 さらにその手には、煌めく刃を誇る槍と重厚な斧を一体にした武器、ハルバートを携えて、滑り台とブランコのパーツをグチャグチャにして人の形を構成した異形の存在。クリーチャーと対峙していた。

 自身の背丈に近い長さを誇るハルバートを少女は器用に振り回し、その重々しい斧を叩きつけ、槍の切っ先で斬り付ける。

 鬱陶うっとうしさと面倒くささに対する苛立ちを乗せた猛攻に、クリーチャーは成す術なく圧倒されていた。

 クリーチャーがヨロヨロと動きを鈍らせ始めると、頃合いと見た少女は大振りでハルバートをぶつけ、クリーチャーを吹っ飛ばした。

「はあー……終わりです」

 溜め息まじりに呟くと、少女はハルバートを高く掲げた。

 するとハルバートが淡く輝き、それに反応して周囲の砂が分解され、そこから不思議な眼、アイズが現れて、興奮した様子でハルバートの刃と少女の周囲に集まった。

 アイズが淡い輝きを放つと、その光が吸い込まれるように刃と少女に注がれ、少女は力を得た感覚に目を鋭くする。

 掲げたハルバートの刃をクリーチャーに向けて構えると、少女は地面を蹴り、一気に異形へ迫った。

 ハルバートの間合いに入ると、少女は豪快に得物を振り上げた。

 勢いと質量にモノを言わせた一撃。

 激しい衝撃と共に火花が散り、クリーチャーは大きく仰け反りながら飛び上がった。

 地面に落ちると同時に、クリーチャーは爆散。その身体の中から、1体のアイズが黒目を×マークにしてフラフラと飛んで行った。

 面倒事が片付いたと少女は再び溜め息を吐き、戦意がなくなると共に身に纏っていたスーツが消失すると、セーラー服姿になってアイズの世界、オービタルから抜け出した。

 その先は公園のトイレの裏側だった。

 オービタルから出た先は比較的人目に付かない場所になってる。

 出入り口を形成する眼が気でも利かせているのかと少女は考えたが、それならこんな面倒事に巻き込むなとも思った。

 辟易へきえきとした顔になり、早く学校へ向かおうと少女は動いた。

 まずは隠しておいたカバンを取りに行かないと。

 そんな少女の思考を遮るように、突然少女の胸元に何かが差し出された。

 ビクリと全身を震わせて立ち止まると、少女は目の前に出て来たのが自分のカバンだと気付く。次いで視線を移すと、背の高い同じ高校の男子生徒が自分のカバンを差し出している事が分かった。

「これ、お前のだろ?えっと……小野坂おのさか桐奈きりな?」

 軽い声で男子生徒、高尾たかお隆成りゅうせいがカバンにあった名前を確認しながら問うと、少女、小野坂 桐奈は動揺を顔に出しながらも首肯する。

「あの、どうして?」

「いやだって、落し物は渡してあげなきゃだろ?」

 さも当然の事を諭すように隆成が言うと、桐奈は取り敢えず納得し、恐る恐るカバンを受け取った。

「ど、どうもです」

「気にすんな……て言いたいけどさ」

 言って、隆成は桐奈に一歩詰め寄り、顔を少し近づけた。

「ちょっと聞きたい事があるんだけどさ」

「な、なんですか?」

 肩を縮めて桐奈が問い返すと、隆成はにこやかな顔で問うた。

「お前がやってた、姿が消える手品。アレについて教えて欲しいんだけど」

 隆成の言葉に桐奈の心臓が跳ね上がる。

 見られた?だが、それがどうした。桐奈は密かに冷静さを保ちつつ、バレないよう小さく息を吐いて答えた。

「なんの事ですか?私はトイレに行っただけです」

 抑揚のない声で言うと、さりげなく隆成から離れる。

「あの、それじゃ私、学校行くので、カバン、どうもです」

 ぎこちなく謝辞しゃじを送ると、桐奈は逃げるようにしてその場を後にし、隆成は酸っぱそうな顔を作ってそれを見送った。

「やっぱ教えてくれないか」

 先週の事だった。

 隆成は親友とも言える男、綾瀬あやせじょうが自身の学校にいるのを見つけた。

 その日の隆成は、転校生として来た情に絡むつもり満々であったが、放課後に捕まえようと出向いてみたら一歩遅れて教室にはいなかった。

 その後、何やら急いだ様子で廊下を進む情と、情と同じクラスの女子生徒を見つけた。その後を付いて行くと、その先で別の男子生徒が現れ、次の瞬間、情と女子生徒、続いて男子生徒が姿を消すのを目撃した。

 自身の目を疑う隆成だったが、しばらくして3人が消えた廊下の角から、何事も無かったように、否、情はどこか疲れ切った様子で現れたのを見た。

 その場で問い詰めようとも考えたが、動揺していた隆成は日を改める事にし、その日はそのまま帰った。

 それからしばらく、隆成は情やその周辺の人間を観察していた。

 1週間で分かったのは、時折情やその周囲にいる人間が、忽然こつぜんと姿を消しては、どこからか戻ってきている事が分かった。

 それと、情たちは稀に何も無い空間に意識を向けているようだと隆成は思った。

 それが姿を消す事と関係しているような気がし、隆成は似たような人間がいないかと他の生徒たちも観察し、情たち以外で意外と早く見つかったのが桐奈だった。

 そうして今日、桐奈が姿を消す瞬間を目に焼き付けた隆成は、試しにと直球の問を桐奈に投げてみた。

 結果は予想通り、白を切られて逃げられた。

 これならば情やその周りに聞いても結果は変わらないだろうと、隆成は途方に暮れて空を仰ぎ見た。

 この目の先に何かがある。

 そんな気がして目を凝らしてみるが、隆成の目にはそれらしいモノは見えなかった。

 寂しげに溜め息を吐くと、一旦諦めた隆成は学校へ行く事にした。

 その時だった。

「待ちたまえ」

 公園には他に人がいない。

 自然と自分が呼ばれたのだと足を止め、隆成は声のした方向に目を向けた。

 そこには男がいた。

 年頃は二十代後半くらいで、高そうなグレーのスーツを固く着こなしている。

「話がある。君の知りたい事についてね」

 男の言葉に、隆成の胸は熱く高鳴った。


                   


 特に映える物の無い街道を下った先の道角で、渋い雰囲気で構える喫茶店然とした店があった。

 訪れた二人の少年、情とあらし正彦まさひこは栗色の扉を開き、不慣れな店に入る緊張から控えめな足取りで中に入った。

 全体的に明るいブラウンをして、固い雰囲気の内装で整えられている店内だが、その中でも好き勝手に漂うアイズたちが、そのファンシーな姿で中の雰囲気を壊していた。

 そんな店内を見回すと、端のテーブル席に二人の目当ての人物、羽島はしまかいが手を振っていた。

 人数を聞いて来たウエイトレスに待ち合わせの旨を伝え、二人は羽島の元へと向かった。

「やあ。悪いね、わざわざ出向いてもらって」

「いいっすよ、学校から近いし」

 気さくに返しながら正彦は対面する席に座り、情もその隣に静かに座った。

 すぐにウエイトレスが二人の分の水を出すと、間を置かずに羽島は切り出した。

「さて早速だが、状況はどうなっているかな」

「残念ながら、特に変わりませんよ」

 出された水を早々に喉に流す正彦の隣で、暗い態度の情が答えた。

 羽島の目的は、アイズの再発生に関与していると思われる自身の友人と、マスターと呼ばれる人間の中から、その友人の協力者を見つける事だ。

 アイズを操る事の出来るマスターを探すべく、転校してきた情は、以前窮地きゅうちを救ってくれたマスターの一人である少女、本庄ほんじょう唯莉ゆいりと再会し、その唯莉の紹介で、新しいクラスメイトのみなみ由子ゆこもマスターである事を知った。

 だが、由子は情に対しストーカーの嫌疑をかけていた。

 加えて不慮の事故から情は由子の逆鱗げきりんに触れてしまい、手痛い制裁を受けた。

 この事と、唯莉から得た他のマスターの存在について、マスター捜索の依頼主である羽島に報告し、今後の方針を決めるべく、この場が設けられた。

 と言うのが建前なのだが、実際はマスターの捜索が進展せず、ズルズルと日を費やしそうになった二人を催促する場でもあった。

「困ったな、事はあまり悠長にしていられないからね」

「て言うと?」

 羽島の言葉に興味を抱いた正彦が食付く。

「調べた所、どうやらアイズたちは徐々に活性化しているようなんだ。恐らくこのままでは、クリーチャーの出現数は多くなり、それぞれが強化される事になる」

 生真面目な口調で話す羽島に、二人はそれぞれ納得した顔を作る。

 ここ数日、何度か二人は襲い来るクリーチャーを相手にしたが、時折手間のかかる相手や、複数体を相手にする事が何度かあった。

 このままでは、アイズから生まれる異形の存在、クリーチャーに狙われる二人は、いつか対処しきれなくなるという事だ。

「でも前にも話しましたけど、オービタルに入っても中々マスターと会う事はないんですよ?知り合った本庄と南ですら」

 一応マスターを誘き出す為の囮役も担っている情と正彦だが、間が悪いのか運が悪いのか、これまで何度か戦闘を長引かせてもマスターがやって来る事はなかった。

 さらに面倒な事に、クリーチャーは長時間戦っていると、その戦闘能力を向上させているようで、一度二人掛かりで1体のクリーチャーを拘束し、マスターを待っていた際は、後になって少々痛い目に遭った。二人はその事を羽島に話していない。

「それについてだが……普段君たちは、学校ではどうしてる?」

「どうって……普通に?」

 投げられた問の意味が理解できず、率直な意見を口にしながら、正彦は同意を求めるように情に視線を向けた。

「なら聞き方を変えよう。二人は学校で普段、誰と一緒にいるのかな?」

 そう聞かれると、情と正彦はそれぞれ隣を指差した。

 アイズの件に関わる上で、二人はなし崩し的に一緒にいる時間が増えたのだ。

「類は友を呼ぶ、とは少し違うのだろうが、その流れで是非マスターたちとも仲を深めてもらいたいな。マスターと一緒に居れば、クリーチャーとの戦闘でも頼りになるし、他のマスターとも会える可能性が高い」

「そう言われても……」

「現に知り合った内の一人は、他のマスターの存在を知っているのだろう?」

 唯莉の事を思い浮かべ、情は控えめな首肯で返す。

「それに、綾瀬くんの話から可能性は低い印象だが、まだそのマスターやもう一人が、私の友人の協力者である可能性がゼロになった訳ではない。出来るだけ探りを入れて欲しい所だ」

「まあ、そうなるんすよね」

 淡々と告げられた羽島の要求に、正彦が納得する隣で、情は複雑な表情を浮かべていた。

 他人の胸の内、それも女子の考えなど、自分が理解できると思えなかったからだ。

 そんな迷いを情が内心で抱いていると、おもむろに腕を組んだ正彦が口を開く。

「とりあえず綾瀬の、あの由子って子のストーカー疑惑を何とかしなきゃだな」

 そう言いながら顔を覗きこむ正彦に対し、情は渋面を浮かべて聞き返す。

「どうしろって言うんだ、身に覚えのない事を……」

「あー手っ取り早いのは、ストーカーの真犯人を見つける事じゃねぇか?」

「どうやって?」

「えっと……何かないすかね?羽島さん」

「……こう見えて私は、その手に詳しくはないからね。まあ、強いて言うならば、被害に遭っている子の近くで見張るとかだろうか」

「あー、なるほど。近くにいるって言うなら、アイズたちが犯人見てたり、しないんすかね?」

 少し歯切れ悪く正彦が言うと、三人はそれぞれアイズたちに目を向けてみた。

 視線を受けたアイズたちは困った反応をしたり、キョトンとしていたり、よそよそしく目を逸らしたりしていた。

 すると2体の、羽飾りのアイズと雪飾りのアイズが正彦の前に出て、激しく全身を振り始めた。

「なんか知ってんのか?」

 声に妙な熱を込めて正彦が問うが、アイズたちは相変わらず激しく全身を振るだけだった。

「わかる?」

 アイズたちの意図が理解できるか、慎重な声で正彦は情と羽島に問うたが、二人は揃って首を振り、その反応に正彦は大きく息を吐いた。

「だよな~」

 言って、正彦は目の前で踊るアイズたちを軽く手で払いのけた。

 その様子を見ていた情が、ふと思いついた疑問を羽島に投げる。

「こいつらの考えって、わかったりしないんですか?」

「そういう研究も行われていたが、上手くいかなかったようだ。そもそも、彼らに個体としての意思があるかどうかが分からないそうだ」

「こいつらそれぞれに、それぞれの意思が無いって事ですか?」

「ああ。何か元となる意思、あるいは心とも言うかな。そういう何かがあって、このアイズたちの反応は、それを基盤として行われていると考えられている」 

 古い知り合いの意外な真相を聞いたような気がして、なんとなく情は寂しい気持ちを覚えた。

 そうしてしおれる情とは対照的に、活発な声で正彦が切り出す。

「ならやっぱ、近くで見張るなりした方がいいんすかね」

「どうだろうね。まあ君たちが近くにいる事で、犯人が強硬手段に出たとしても、常人がマスターをどうにか出来る事も無いだろう。諦めてもらえる事を祈りつつ、こちらの都合を優先してもらいたいのが、私の本音かな」

 身も蓋もない発言だと息を呑みつつ、それでも問題はあると、情は提言する。

「けどそもそも、俺がストーカー扱いされてるんだぞ。どう言って見張るなりするんだ?」

「それはまぁ……ノリと、勢い?」

 唐突にいい加減になった正彦の態度に、情は微妙な苛立ちを覚えた。

「アレだよ、アイズについての話かなんかで近づいて、綾瀬はなるべく何もしないようにして、俺がお前の監視役的なので一緒に居る。それで犯人が出るのを待ちながら、目当てのマスターを探す感じでさ」

 どこかはぐらかすように言う正彦だったが、それが妥当だろうと言う羽島の後押しにより、話が決まったような雰囲気になり、情は気が進まない気持ちを胸の内に仕舞って、静かに水飲んだ。

「さて、方針も決まった。何か頼むといい、私からの奢りだ」

「え?ああ、どうも」

 羽島の促されるまま、正彦は返事と同時にメニューを取り、情は軽く頭を下げて、正彦の広げたメニューを覗き込む。

「俺あんまり茶店とか来ないからな~」

「好きな物を頼めばいいだろ。雰囲気があっても飲食店には変わらないからな」

 小声でやり取りする二人だったが、そのメニューの内容に、揃って眉を寄せた。

「あの……羽島さん」

「なんかメニュー……ほぼラーメンが占めてるんですけど」

「それはそうだろう、ここはラーメン屋だからね。君たちが気兼ねなく来れるよう、近場で適当な店を探しておいた」

 羽島が得意げに言うと、自然な動きでウエイトレスが羽島の前にどんぶりを置いた。

 そぼろ肉と目玉焼きの目立つ濃い茶色をしたスープのラーメンを、羽島は丁寧な箸使いで食べ始める。

 その光景に妙な違和感を覚えながら、情と正彦は、各々好みのラーメンを注文した。


                   


 春の色が薄れていくと共に、人は新たな環境の色に染まり始め、各々特定のコミュニティに集い、それぞれの青春を謳歌おうかしていく。

 登校する生徒たちが級友と顔を合わせ和気藹々わきあいあいと教室に向かう中、転校して右も左もまだおぼつかない情は、その流れの中を一人トボトボと進んでいた。

 すると、人だかりや漂うアイズたちの隙間から、情は偶然女子生徒と目が合った。

 明るい髪を肩の辺りまで伸ばし、愛嬌のある端正な顔をした少女、本庄唯莉だ。

「あ、綾瀬くん」

 情の存在に気付くと、唯莉は懐っこい犬のように情の元にやって来た。

「おはよう」

「ああ」

 柔らかな唯莉の挨拶に対し、情は淡白な返しをする。

 そうして目的地の同じ二人は、自然と歩調を合わせて廊下を進みだした。

「なんか珍しいね、朝一緒にいるの」

「そうだな」

 単純に、普段は登校時間がずれているというだけの話だ。

 情が早くて、唯莉が少し遅い。

 ただ今日は、家を出た直後にクリーチャーの襲撃にあったため、情は登校時間が若干遅れたのだ。

「もしかしてアイちゃんズ?なんか気配があったんだけど」

「まあな」

「あーやっぱり……もしかしてここ最近もずっとアイちゃんズたちと?」

「そうだな、よく向こうに行ってる」

「やっぱりー。最近呼ばれたと思ったら終わってたばっかだもん」

「あー……なんか悪いな」

 口を尖らせる唯莉に、情は申し訳なさそうなポーズだけを取る。

「いや、悪くはないよ?それはアイちゃんズたちの方がアレだし。けど何ていうか……」

 不満そうに唸る唯莉だが、その横顔に情は可愛げを感じつつ、首を傾げた。

 すると、唯莉は一瞬だけ儚げな表情になり、呟いた。

「私も、あの子たちの為に頑張りたいんだ」

 純粋な気持ちなのだろうと、情は思った。

 たいして仲を深めた訳でも無いが、これまでの印象から、唯莉はアイズに対しそれなりの愛着や思いやりのような気持ちが感じられる。

 情はそんな唯莉の気持ちが、嫌ではなかった。

「けど、やっぱり最近、近くでそういうのは少なくて」

「まあ、狙われてるのは俺らみたいだからな」

「そうなんだよね……あっ、じゃあ」

 不意に活力の湧いた顔つきになり、唯莉は情の前に飛び出した。

「綾瀬くんの近くにいれば、アイちゃんズたちを助けられるかな」

「……あー、そう、だろうな」

 唯莉の言葉をチャンスと思いつつ、複雑そうな顔になって情は相槌あいづちを打つ。

「綾瀬くん、普段どうしてる人?」

「普段……まあ今はアイズの事でいっぱいで、特に何かしてる訳じゃないな」

 現在に限らず、前から情は基本一人で、時折遊び相手の老人、さかきとゲームに興じているくらいだった。

「じゃあ私が一緒に居ても問題なし?」

「そう、だな」

「アイちゃんズを助ける時も」

「むしろ頼りになる……か?」

「やったぁー」

 勢いに気圧されつつ、情は率直な答えを返すと、唯莉はその瞳を輝かせて喜んだ。

「それじゃ、その……よろしくお願いします」

 急に改まると、唯莉はピンと背筋を伸ばし、丁寧に一礼した。

「あ、ああ……え?」

 意図が分かったようで、よく考えたらどうしたいのかが分からず、情は素直に疑問を投げる。

「つまり、どうしたいんだ?本庄」

「え?だから、これから綾瀬くんと一緒に居るって」

「ああ、それはなんとなく分かったけど、具体的には?」

「うーん……一緒にご飯食べて、一緒に帰ったり?」

 言い出しっぺの割に曖昧なプランしか出さない唯莉に、情は呆れて顔をしかめた。

 ともあれ、これで昨日決まった、マスターと仲を深めるという情たちの目的の一つは果たされた。

 だが問題はこの先だ。唯莉が羽島の友人と通じているかどうかを探る必要がある。

 しかし、今はそんな気分になれない情は、追々確かめればいいと目的を投げ捨て、上機嫌な唯莉と共に、教室へと向かった。

 そうして二人は自分たちの教室に到着する。すると、入った先で長い髪を二つ結びにした小柄な少女、由子と遭遇した。

「あ、由子ちゃんおはよう」

 爽やかな挨拶を送る唯莉を挟む形で、情と由子は気まずそうな顔になっていた。

「お、おはよ……」

 ぎこちなく返すと、由子は目を逸らして、具体的には、情を視界に入れないようにして、二人を避けながら教室から出ていった。

「あ、あれ?」

「いや、多分あれは俺のせいだろ……」

 由子の態度に固まった唯莉に、情がバツの悪そうな声で言った。

「あ、その……なんか急ぎの用事かも知れないし」

「そうか?」

「えっと……多分」

「……そうか」

 かえって気を遣わせてしまった事を悪いと思い、情はそれ以上は掘り返さずに、自身の机に向かった。

 冷や水程度だったが、分かりやすく冷たい由子の態度に情は先が思いやられると嘆息し、原因であるストーカー疑惑を払拭しようと提案していた正彦に、微かな期待を抱いた。

「お、来たか綾瀬」

 何故が情の席に、クラスの違う正彦が座っていた。

「何でいるんだ?」

「お前を待ってたんだろ。行くぞ、南由子の所に」

 意気揚々いきようようと席から立つと、正彦は情の背中を押し始める。

「さっき行ったよ」

「え?あ、マジかよ、いつの間に」

 迫真の演技で困惑を表しながら正彦は、知ってるよ、と内心で呟く。

「足踏んでいいか?」

「……まあいい、また後でな」

 軽薄な口調で言い残すと、正彦は教室を出た。

 何をしに来たのかと情は訝しみ、隣の席のクラスメイトに尋ねると、正彦は情に用事があると訪れ、情の席を聞いてそこで待っていたとの事だ。

 それを聞いて情は一応納得した。

 情への用事を口実に、正彦が密かに由子の姿を眺めていたという事実に、誰も気づく事はなかった。

 

                    


「綾瀬、いくぞ」

 1限目が終わった直後、情の元に訪れた正彦が威勢よく言った。

「早弁なら一人でしてくれ」

「何でそうなる⁉違うだろ!」

 冗談と分かりつつもキレのある突っ込みを入れ、正彦は声を潜めて用件を告げる。

「南由子。まず声かける所から始めようぜ」

「まだ朝だしなぁ……」

「おう、お前はそうやって渋ってていいから」

 何か企てているように口角を上げ、正彦は情を席から立たせ、また後ろを押した。

「俺が無理やり仲を取り持たせようとするていで行く」

「何でそうなる?」

「その方が、お前があの子に気がなさそうに見えるだろ。ストーカー扱いとも、これでおさらばだ」

「……そういうものか?」

 言わんとする事は分からなくないが、それが相手に伝わるかどうかが不安だ。だが、どのみち話し掛けなければならない事も事実であると、情は腹を括って正彦に押されるまま、由子の元へと向かう。

 そうして情は、由子と目が合った。

 直後、由子は脱兎の如く席から飛び跳ね、教室を出ていった。

「……2時限目、実は移動教室とかか?」

「違うだろ」

 二人並んで茫然ぼうぜんと立ち尽くし、何を遊んでいるのかと周囲のクラスメイト達から奇異の目で見られた。 

 続く2時限目の後の休み時間。

 同じ作戦で由子に突撃するも、今度は目を合わせる前に逃げられた。

「綾瀬!」

 3時限目が終わり、正彦は情の元へ訪れる。

 情はそれを華麗にかわし、手に弁当を携えて、唯莉の座る席に向かった。

「本庄、昼は弁当か?」

「あ、うん。来てくれたんだ」

「まあ、朝話したしな……」

「ちょちょちょちょちょいちょいちょい」

 自身を置いて昼食に入ろうとする情と唯莉に、正彦は感情に任せた鳴き声と共に迫る。

「おま、あの子どうすんだよ?」

「後だ後。そもそも、もういないだろうが」

 ハッキリと拒否を表しながら情は指を差す。その先にある由子の席に、由子の姿はなかった。

 だが、そんな事は正彦も承知している。

 情以上に、否、誰よりも由子に目を向けているのだから、言われるまでもない事だった。

「……そうだな、後の方がいいかもな」

 不満を無理やり隠し、正彦は手に持った弁当を置いて、自然な流れで情たちと昼食を共にする事にした。

「由子ちゃんに用事だったの?」

「用事って言うか、ほら、俺の冤罪どうこうの話をな」

 空いていた椅子を引っ張り出し、弁当を広げながら情は唯莉に事情を説明した。

「俺たちの……クライアント?みたいな人が、本庄たちとなるべく仲良くしろって言うから、取り敢えず変な誤解は解いておきたい所なんだが」

「取り付く島もなしって感じがな……」

「なんか電車ごっこしてると思ったら、そう言う事だったんだ」

 途方に暮れる男子二人を微笑ましそうに眺めながら、唯莉は手を合わせて自身の弁当に手を付ける。

「でも由子ちゃんか~、私もあれからアイちゃんズの所で会ってないからな~、綾瀬くんの事をどう思ってるんだろ」

「まあ少なくとも、ストーカーの嫌疑は晴れて無さそうだったな……」

「そこどうなんだろうな。そもそもまだ被害に遭ってんのか?」 

 首を傾げて言うが、それが無いという事は正彦がよく知っていた。

 由子が情に制裁を加えてから、正彦は一旦由子に付きまとうのを止めていた。

 真犯人が犯行に及んでいないのだから、由子は現状、ストーカー被害には遭っていない。

「実際にストーカーに遭ってたかどうかも、こっちからはハッキリしないからな」

「でも、由子ちゃん本気で怒ってたみたいだし、嘘ついてる感じは……」

「事実どうあれ、問題は南が俺に対してそう思ってる事だ。それをどうするか……」

 箸を持つ手を組んで、情は考え込むように項垂れる。

 ストーカー嫌疑については事実無根の濡れ衣だと言い張れるが、それ以外ならば、情は由子の気持ちを害する事故を起こしてしまってる。

 それについては謝罪したが、まだ根に持っていて、それで拒絶しているという事ならば、情としては何も言えないのが正直な気持ちだ。

「まず話してみないと、何も分かんねぇよな」

「そうだな」

 平謝りするにしても、まずは会話に持ち込まなければ文字通り話にならない。

 その為には、と情、正彦は揃って視線を唯莉に注いだ。

 二人の男子、そして何体かのアイズたちの視線を一斉に受け、唯莉は箸の先を咥えながら目を丸くした。


                    


 昼食を終え、コンビニで買ったパンの袋をまとめて詰め込んだビニール袋を縛り、それを捨てに行こうと移動していた途中だった。

 由子は現れた奇怪きかいな集団を前に、微かに恐怖を抱いて顔を引きつらせ、すぐにでも逃げ出せるように足を引いた。

「そりゃそうだよな、引くよなそりゃ……だからここまでする必要ないって言ったろ!」

 由子の反応に深く納得すると、情は太めの縄でぐるぐる巻きに拘束された状態で、自身の身体に腕を回してホールドする正彦と、縄を引く唯莉に文句を吐いた。

「いや、取り敢えずお前は黙ってろって、危なくないようにこうしてるんだから」

「そうだよ綾瀬くん。ここは私に任せてってば」

「今更なんだが、なんで締め上げられるんだ?嵐が抑えるだけでいいんじゃないか?」

「ん~だって、自転車とかだって、ダブルロックの方が安心でしょ?」

 情を縛る縄の先を掲げながら、唯莉がにこやかに答える。 

「それは盗難に対してだろ⁉」

「安全面に関しては、猛獣にも有効だろ、ダブルロック」

「誰が猛獣だ誰が……」 

 正彦の冗談に情は唸るように言い返す。

 そんな三文芝居じみた三人のやり取りを半眼で眺める由子に、唯莉から用件が告げられた。

「あのね由子ちゃん。由子ちゃんは綾瀬くんに対して、変に警戒しちゃってるんだよね?」

「……そう、だけど」

「だからね、綾瀬くんが動けない状態なら、由子ちゃんも安心かなって思ったの」

 由子と話し合う為、唯莉に助力を頼んだのだが、まさかこんな手段にでるとはと、情は激しく後悔していた。

 これで話が出来なかったら本当にバカみたいだと思いつつ、情はなるべく真摯な表情を作り、由子の反応を伺った。

 複雑そうな表情。どこか判断しかねているような様子に、情は一縷の望みを見出す。

 そして、由子はゆっくりと指を伸ばし、唯莉を指した。

「そんなにいっぺんに来られても困る、から……一人だけ」

 絞り出すような声音で由子が言うと、唯莉はキョトンとして自分に指を差した。

「え、私だけ?」

 確認を取ると、由子はぎこちなく首肯する。

「……分かった。じゃあ行ってくるね」

 そう言って唯莉が縄を話すと、縄は粒子状に分解され、そこから数体のアイズが出て来た。

「あ、ちょっと待て」

「大丈夫。ちゃんと綾瀬くんたちの事も説明するから」

 呼び止めようとする情に、唯莉が明るい笑みで返すと、二人の少女は共に移動し、男子二人は絡み合ったまま置いて行かれた。

「……もう離してもいいぞ。それか、足踏んでいいか?」

「おいおいっ」 

 慌てて腕を離し、情を解放すると、正彦は気まずそうに頭を掻いた。

「あー、まあ上手い事話を付けてくれるといいな」

「……だといいな」

 目の前の問題が半ばどうでもよくなってきて、情は肩を落とした。

 次の瞬間、情は背後からの軽い襲撃にあった。

「……高尾ぉ」

 振り向くまでも無く背中を叩いた犯人の見当を付けると、呻くように名前を呼び、振り返った先で愉快そうな隆成の顔を捉える。

「よぉ、なんか楽しそうな事してたからさ」

 馴れ馴れしい語調で隆成が言うと、情は視線を逸らし、正彦に問うた。

「……楽しかったか?」

「んな訳ねぇだろ。て言うか、誰?」

「ああ、高尾隆成、情とは同中おなちゅうだ」

「あ、そういう……綾瀬、こっちに友達いたんだ」

「……まあな」

 正彦が意外そうに尋ねると、情は残念そうに答えた。

「お前は?」

「俺は嵐正彦。綾瀬とは……バイト仲間みたいなもんか?」

「へぇー。俺、ちょくちょくコイツにちょっかい掛けるから、よろしくな」

「お、おう」

 気さくに話す内容に対し、反応に困る正彦の隣で、情は怪訝けげんそうな顔になった。平常運転に見える友人に、ふとした疑問を抱き、それをそのまま投げる。

「お前、最近なんかあったか?」

「あ、それお前が聞いちゃうのか、情」

 機嫌の良さそうにして、隆成はおどけたように返すと、そのまま踵を返した。

「まあその内。またな」

 含みのある声で残すと、隆成はそのまま情たちの元から去った。

 それを正彦は不思議そうに、情は不安そうに見送った。

「なんだったんだ?アイツ」

「分からん、けど……」

 歩いて行く隆成を、数体のアイズが見ていた。 

 それに対し、隆成が気付いている様子はない。

 そのまま隆成は廊下の角に入り、二人の視界から姿を消した。


                    


 情たちと別れると、隆成は廊下の角で落ち着かない様子で待っていた後輩、桐奈を見つけて声を掛ける。

「よっ。ちゃんと見てたか?」

「ええ、まあ……」

「アイツらも、お前の悩みの種の目玉と関係してる感じだ。なるべく近くにいれば、何か解決法的なのが分かるかもな」

 他人事のように告げる隆成を、桐奈は不安そうに見上げて問うた。

「……あの、先輩は、何なんですか?」

「何って、さっき名前言ったよな?」

「そうじゃなくて!なんでその……眼の事とか、知ってるんですか?」

 昼食を終えた桐奈は、待ち伏せしていた隆成に捕まると、自身を含む数人の少女にしか見えない眼の存在について言及され、それに関係する人間の元まで行くので付いて来るよう誘われた。

 殆ど隆成の勢いに気圧されて付いて来た桐奈だったが、知っている顔も目撃し、隆成の言葉が嘘ではないのだと理解すると、得体のしれない相手へ恐怖を抱くのと同時に、その正体に興味を持ってしまった。

「と言うか、やっぱり見えてるんですか?」

「おう。アイズって言ってたな、中々可愛い奴らだな」

 そう言って、隆成は近くを漂う葉飾りのアイズを突いた。

「え、でも前はそんな感じじゃ……」

「あの後で見えるようになった」

「後って、ええ⁉」

「何か知らないおっさんに声掛けられてさ、色々されて見えるようになった。学校一日サボる羽目になったぜ」

「だ、大丈夫なんですかそれ?」

「別に一日くらい休んでも……」

「そっちじゃなくて!眼が見えるようになった方で」

「目は元から見えてるぜ?」

「からかわないでください!」

 わざとらしく目をぱちくりさせておどける隆成に、桐奈はキツイ声で文句を言う。

 そんな桐奈に、隆成は真顔で聞き返した。

「そっちは何か、問題とかあるのか?」

「……問題ありまくりですよ」

 隆成の問に対し、桐奈は忌々しそうな目でアイズを見ながら口を尖らせて返した。それを見て、隆成は優しく微笑み返す。

「まあよく分かんないけど、悩んでるんなら、知ってる奴に相談した方が手っ取り早いぜ。さっき俺が話してる奴だけど、アイツはずっと前からアイズと関わってたらしいしな」

「ずっと前って……7年前ですか?」

「え?えっと……」

 唐突に真剣な眼差しで問い詰める桐奈に面食らうも、隆成は指を折って年数を数え、情が不思議な体験をしたと言っていた時期を思い出す。

「そうだな、小……4、5年の時だから、その頃だな。なんで?」

「いえ、なんていうか……」

 隆成の素朴な疑問に対し、桐奈は言い淀み、それ以上は何も話さなかった。

「ま、いいや。アイツに用があったら俺に言ってくれよ。いつでも紹介してやるぜ」

「はあ……」

「じゃ、そう言う事で」

 気さくに手を振って言うと、隆成は桐奈を置いてまた移動する。   

 楽しい事を目前に、気の急いたような足取りだった。


                    


 由子が唯莉を連れて訪れたのは、校舎の端の階段脇にあるひと気のない空間だ。

 掃除ロッカーとゴミ箱が設置され、由子は昼食で出たゴミを片付けた。

「それで、何の用?」

「あー、用事自体は綾瀬くんたちがあったんだけど、えっとね……」

 唯莉は情たちから知り得たアイズたちの情報と、情たちの目的を由子に説明した。

「それでね、綾瀬くんたちは、アイちゃんズたちの問題解決の為に、由子ちゃんとも仲良くしたいんだって」

「……そう、大体わかった」

「だから、綾瀬くんは誤解を解こうと……」

「それは今はいいよ。あれから変な気配も無くなったし、取り敢えず」

「なら!」

「でもあの男子たちと一緒にいるつもりは無い!」

 歓喜しかけた唯莉を拒むように、由子はまくし立てるように言い放った。

「……どうしてか、聞いていい?」

 刺々しくなった様子の由子を前に、唯莉は慎重かつ優しげな口調で尋ねた。

「どうしても何も……アイツ等はコイツ等と関係ないじゃんか」

 周囲で無邪気に漂うアイズたちを示しながら、由子は熱くなった感情に任せて声を上げた。

「関係なくないよ。アイちゃんズたちは、綾瀬くんたちを狙ってるんだよ⁉」

「だったら、アタシらが怪物を倒していけばいい。そうすれば、男子たちは向こうに、コイツ等の世界に入らなくていいよな⁉」

 どこか必死そうに理屈を並べる由子を見て、唯莉は神妙な面持ちになり、冷静な意見を伝える。

「でも多分、由子ちゃんも最近は、アイちゃんズの所に行けてないよね?」

 図星を突かれ、由子は顔をしかめた。

 クリーチャーの気配を感じても、最近それらは遠くから感じる事が多く、向かっても到着する前に気配が消えてしまう事が殆どだ。

 それは情や正彦がクリーチャーを撃破し、間に合わなかったからである。

「アイちゃんズは綾瀬くんたちの所に行くから、やっぱり……」

「でもっ、一緒に向こうに行かなくてもいいじゃん」

 唯莉の言葉を遮るように反論する由子に、唯莉はなだめるように語り掛ける。

「けど、綾瀬くんたちにも都合があるし」

「そ、それもっ……アタシたちでやってやればいい。ただの人探しなんか」

「……出来るのかな?」

 ジッと由子の目を見ながら、唯莉は不安そうな顔で言葉を零した。

 由子は情たちの目的を手伝う気はない。

 適当な口実で、情たちがオービタルに入る事を止めたいだけだった。

 そんな由子の真意を、唯莉はなんとなく察し、埒が明かないとそれを追求した。

「どうして、綾瀬くんたちが嫌なの?」

 唯莉の率直な問いに、由子は返答に窮し、視線を逸らした。

 実際の所、由子の中にその答えは無い。

 ストーカーの件や、下着を見られた事に対する嫌悪感も未だ残っているが、それは日を置いた事で薄れ始めている。

 ただそれ以前に、素直に出て来た自分の気持ちに従い、情たちを拒んでいるだけだ。

 だが、そんな理由だからと、正直な気持ちを伝えたくはない。それが勝手な理屈だと由子も自覚しているからだ。

 だからまた適当な言葉を並べようと頭を回すが、上手い言葉が見つからない。

 何か答えなければと、焦る気持ちが胸の内でうねり始め、気まずさと気持ち悪さに、由子は顔色を悪くする。

 そうして喋れなくなると、不意に唯莉が一歩踏み出し、由子の顔を覗きこむように近づいた。

「大丈夫だよ、由子ちゃん」

 唐突に投げ掛けられた言葉に、由子は面食らって硬直する。

「よくは分からないけど、嫌な事は無理しなくていいと思う。でも、やっぱり綾瀬くんたちは綾瀬くんたちで、やらなきゃいけない事があるみたいだから、無理は言えないけど……」

 そっと手を胸元に添えて胸を張り、唯莉は自信満々な表情になって宣言した。

「もし、本当に由子ちゃんが嫌だと思ったら、私は由子ちゃんの味方になるよ。由子ちゃんが嫌だと思う事を綾瀬くんたちがするなら、私が頑張って、なるべく止めてもらえるよう頑張るから」

 温かみのある声音で語る唯莉に、由子はなんとなく気恥ずかしさを感じた。

 何度かあって話をして、人の良い人間なのだとは思っていたが、お人よし過ぎるのではないか?

 そんな事を思いつつ、その厚意に温もりを感じ、これ以上駄々をこねるのも気が引けると、由子は目を逸らしたまま口を開いた。

「そ、そこまで言うなら……」

「いいの⁉」

 目を輝かせて問い詰める唯莉に、由子は恥ずかさと気まずさに悶々とする。

 正直な気持ちは、まだ情たちとオービタルへ行く事を納得した訳ではないが、唯莉の気持ちを無下にする事は、それ以上に嫌な事なので、由子は重くにごった迷いを無理やり呑み込み、渋々首を縦に振る事にした。

「ありがと、由子ちゃん」

 晴れやかな唯莉の笑顔を由子は直視できないでいた。

 その表情は、心なしか嬉しそうだった。


                    


 放課後、カバンの中に教科書類を詰め込みながら、情は由子の席に視線を向けた。由子の姿はなかった。

 昼休みの後、正彦に巻き込まれ再度由子に突撃する羽目になったが、唯莉が間に入ってそれを阻止した。

 話すのはもう少し仲を深めてから、と唯莉に説得され、それからは特に何事も無く時間だけが過ぎていった。

 取り敢えず、ストーカー嫌疑が薄れている事は唯莉の証言から確認できたので、今はそれでよしとし、情は帰り支度を終えると、唯莉の元に向かった。

「本庄」

「あ、綾瀬くん」

 カバンを肩に掛けて、唯莉は情の呼びかけに反応する。

「俺、一応真っ直ぐ帰るんだが」

「うん。家ってどの辺にあるの?」

 情は簡単に家の場所を伝えると、唯莉は表情を明るくした。

「同じ方向だね、じゃあ帰ろっか」

「……ああ」

 他愛ないやり取りを終えると、二人は揃って教室を出た。

 その先で、隆成が機嫌良さそうに待っていた。

「よっ、一緒に帰ろうぜ情」

「帰れ」

「いや帰るんだろ」

 冷淡な情の返しに隆成は軽く笑った。

「……あ、もしかして、この人も……」

「いや、違う、関係ない」

 情や正彦と同じくアイズに狙われる少年かと思った唯莉だったが、その勘ぐりを察し、情は思わず鋭い否定を入れてしまった。

 これでは却って隆成の興味を引いてしまうと情は焦ったが、すぐに別の問題が浮き出て、緊張が走った。

「なんだよ連れない奴だな。俺とお前の仲だろ?」

 口を尖らせて隆成が言うと、その背後から、暗い色の煙を纏った虚ろ目のアイズが2体現れた。

 それに気付いた途端、情は床を蹴り、生徒の行き交う廊下を器用に駆け抜けた。

 隆成やその他の生徒の前で急に姿を消すのはまずいと考え、人の居ない場所まで移動しようと思ったからだ。

 案の定、異常をきたしたアイズである虚ろ目のアイズは情を追って来る。

 すると、進む先で正彦を見つけた。

「嵐!」

 走りながら声を掛け、反応した正彦が情の方を向くと、情はその腕を掴んで強引に引いて連れ出した。

「は?ちょ、なんだ⁉」

 驚きを露わにしながらも、情の行動になにかしら意図があるのだと瞬時に読み、正彦は情に引かれるまま走り始める。

「後ろ、追われてるんだ」

「え、おわっ、ホントだ」

 追って来るアイズたちに気付き、状況を理解した正彦も本腰で逃げの姿勢に入る。

「取り敢えず人の居ない場所に」

「よっしゃ、こっちだ」

 そう正彦に促され、情は階段を下りて、そこから正彦に付いて行った。

 二人はそのまま逃げ続け、やがて校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下まで訪れた。

 そこには自販機が一台だけ置かれ、その前で由子が財布を取り出していた。

「南?こんな所に」

「まあ、あの子なら大丈夫だろ」

「……仕方がない」

 走ってくる二人の気配に由子が気付くと、虚ろ目のアイズたちを中心に、無数のアイズが集まり、情と正彦を呑み込んだ。

「え……ええ⁉」

 目の前でアイズたちに呑み込まれ、姿を消した二人に由子は素直に驚き、急いで財布をしまいカバンを自販機の脇に置くと、アイズによるゲートからオービタルの中に入った。

 その先は、渡り廊下の外である中庭に、所々黒板が埋まっていたり乱立していたりする光景があり、そこで情と正彦はいた。

 アイズと戦うための力、グリップに力の源であるバレットを装填している所だった。

「あ、よう。奇遇だな」

「お、お前ら、なんで?」

「いつも通りだ。アイズに追われて、連れて来られた」

「ひと気のない場所に行くつもりだったんだけどさ、ほらあの自販機、人気ないから丁度いいと思ったんだけど……」

 バツの悪そうに言う正彦の言葉から、その考えを察すると、由子は困惑して微かに顔を歪ませた。

 その数秒後、アイズが集まり、ゲートを形成して、そこから唯莉が現れた。

「やっと……追いついた……」

 息を切らして唯莉は膝に手を吐く。

 アイズに追われる情を追い掛けて来たのだが、マスターとしての力を解放していない唯莉の体力は、平均よりは少し元気なぐらいで、本気で走る男子に追いつくのは結構な労力を費やしたのだ。  

「……悪い、大丈夫か?本庄」

「へ、平気平気。久々の全力疾走、ちょっと、疲れただけだから」

 微笑み返しながら息を唯莉が息を整えていると、またしてもアイズが集まりゲートが形成された。

 現状、情が知り得る学校からオービタルに入れる人間は出揃っている。

 息を呑んで、アイズのゲートを注視すると、現れたのはクセの強い髪質のセミロングをした、生真面目そうな顔の女子生徒だった。

「あ、桐奈ちゃん、久しぶり~」

 現れた女子生徒、桐奈に対し、唯莉は呑気な挨拶を送った。

「……どうもです、本庄先輩」

「え、知り合い?て、ここに入れるって事は」

 正直に吃驚きっきょうする正彦に、唯莉がにこやかに答える。

「うん、小野坂桐奈ちゃん。私たちと同じ……マスター?の子で、一年生だよ」

「え、あ、えっと……どうも、です」

 自身の簡単な紹介をされると、桐奈は後輩らしく丁寧に頭を下げ、それに対し情と正彦もつられて軽い会釈を返した。

 そんなやり取りを終えると、虚ろ目のアイズが他のアイズを数体巻き込み、結晶化してからからクリーチャーへの変貌を遂げ、その異形の姿を晒した。

 パッと見た感じでは、机と椅子が絡み合って人型を作ったような個体と、中庭にある花壇のレンガや土を人型に象った個体だった。

 しかし、それぞれハッキリと、それだと思える衣装の部位が人における五体の部分を構成していた。

「クモと……バッタ?」

 顔をしかめながら正彦が言うと、その場にいた全員が同じ印象を抱く。

 机と椅子の方はクモ、レンガと土の方はバッタの意匠をした部位が見受けられ、生物としての生々しさが、無理やりに人の形と大きさのシルエットに盛り込まれ、まさにクリーチャーという命名に相応しい醜悪さを出していた。

「なんか、いつもと違う?」

「それに面倒な事にどっちも強い方だ」

 他のアイズを巻き込んで出現するクリーチャーは、戦闘能力が高い傾向にある。

 そろそろそれを熟知してきた情と正彦は表情を険しくする。

 さらに中庭を模したオービタルにはもう4体、机と椅子、土とレンガだけで構成されたクリーチャーが、情たちを囲むように現れた。

「お出迎えみたいな感じか?」

「やる事は変わらん。行くぞ」

 気を引き締めた声で情が言うと、情と正彦はグリップの撃鉄を上げ、トリガーを引いた。

 装填したバレットが起動し、情と正彦の全身に戦う力が張り巡らされると、グリップの先にそれぞれ砲身と一体になった剣と、円錐状のドリルがアイズによって形成され、二人は臨戦態勢を整えた。

「しゃっ行くぜ!」

 正彦が猛々しく吠えると、二人はクモとバッタのクリーチャーに向けて駆け出した。

 対する2体のクリーチャーも二人に迫り、その距離がグッと縮まる。

 武器の間合いに入り、情と正彦は先制攻撃を仕掛けた。

 だが、直前で2体のクリーチャーは後方へ跳躍した。

 二人の攻撃は空を切り、追いかけようと踏み出すが、背後から別のクリーチャーに組み付かれ、動きを止められた。

 情と正彦は早々に組み付くクリーチャーを剥がすと、武器による攻撃で押し返す。

 その手応えから、前の2体以外は大した事はないと読み取る。

 先に面倒な方を片付けようと標的を戻すが、二人が注意を向けたと同時に、クモとバッタのクリーチャーはそれぞれ情と正彦に飛び掛かり、跳躍により勢いを付けた打撃を繰り出し、それをまともに受けた二人は大きく怯んだ。

「ちっ」

「こいつらっ……」

 忌々しげに舌打ちと声を漏らしながらも、情と正彦は応戦する。

 乱雑な攻撃をする4体のクリーチャーはやはり大した事はなく、押し返す事自体は難しくはなかった。しかし、クモかバッタの方がその隙を突いて来るという小癪な攻め方を行い、情と正彦は2体に対して攻めあぐねている状況だ。

 それを見ていた唯莉は、大きく息を吸い、完全に息を整えて心身を奮い立たせた。

「私たちも行こう。由子ちゃん、桐奈ちゃん」

 勇ましく告げる唯莉だったが、当の二人は気乗りしない様子だった。

「けど……」

「アイちゃんズを助けるのには変わらないよ、由子ちゃん」

「……わかった」

 渋々了解する由子に唯莉は笑顔を向け、その瞳に紫の光を宿した。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ先輩!」

 戦闘態勢に入ろうとする唯莉を、桐奈が慌てて制止する。

「え、何?」

「何って、男子がいるんですよ⁉その……ここで変わるんですか?」

 その言葉と、赤面する桐奈の顔を見て、唯莉は言わんとする事を察した。

「あー、でもまあ、私はあんまり気にならないし……あっ、由子ちゃん、もしかしてこれが嫌だったの?」

「え?あっ、まあ、それも……ある」

 今更気付いた事を隠すように由子が言うと、唯莉は少し困ったような顔になる。

「でも、このままじゃ戦えないよ」

「そうですけど。男の人の前であんな格好……」

「大丈夫だよ。二人ともそんな人じゃないと思うし」

 根拠のない事を言うと、唯莉は戦闘中の情たちに問い掛ける。

「ねぇー二人ともー。私たちの事、変な風に見ないよねぇ?」

「そんな余裕あるか!」

 ギリギリ袋叩きに合わないよう奮闘している中で聞いた、言いがかりにも思える質問に、情は声を荒げて言い返した。

「大丈夫みたいだよ?て言うか、早くしてあげないと、二人ともピンチだし」

「うぅ……」

「えぇ~」

「ほら、行こう」

 そう言って、再びその目に紫の光が灯ると、無数のアイズたちが渦を巻くように唯莉の周囲に集まり、その身体を包むと次の瞬間、唯莉は薄紫色と明るいグレーを基調とした、全身にフィットするスーツ姿になった。

 所々に機械的な装甲を装着し、その右手に唯莉の腕を越える大きさの大剣が備えられた、マスターである唯莉の戦闘形態だ。

 仕方がない。そう内心で呟き、唯莉に続いて由子も、その目に黄色の光を宿した。

 それに呼応するようにアイズたちが由子の身体を包むように集まり、唯莉と同じく 全身にフィットするグレーと黄色を基調とした角張ったコンテナのような装甲の目立つスーツを身に纏った。

 戦闘態勢に入る先輩二人を前に、桐奈はまだ渋っていた。

 すると、二人に集まっていたアイズたちの内の数体が、桐奈の前に躍り出た。

「な、なんですか?」

 思わず聞き返すと、アイズたちは揃って縋るような目をして桐奈を見つめてくる。

 今にも泣きだしそうに全身を小刻みに震わせたその姿は、桐奈の胸に刺さるものがあった。

「わ、分かりましたよ、もう……」

 観念して、桐奈はその双眸そうぼうに緑色の光を宿した。

 唯莉、由子と同じく、桐奈を包み込むようにアイズが集まると、瞬く間に桐奈に戦うための力を解放させる。

 グレーと鮮やかな緑を基調としたスーツと各所に機械的な装甲パーツを備えた、桐奈の戦闘形態だ。

 桐奈は戦う準備が整うと同時に、その背中に背負っていた盾を取り出すと、その身の半身を守る面積で、自身の姿を隠した。

「や、やっぱり恥ずかしいですよ、人前でこんな格好……」

「え~、カッコいいよ、桐奈ちゃん。ね?由子ちゃん」 

「あ、ああ、うん。そう思う」

 唯莉に同意を求められると、由子も少し恥ずかしそうにして答えた。

「それじゃ行くよ!二人とも」

 腕に備わった大剣をスライドさせ、それを手に唯莉は突貫した。


                   


 丁寧な掃除が行き届いているフロアカーペットの廊下を渡り、羽島は使われていない会議室に入ると、鍵を閉めて長机の上に持ってきたアタッシュケースを置いた。

 ダイヤルロックを開錠して、ケースを開くと、中には分厚い自作ノートパソコンが入っていた。

 これはアイズの研究にあたり、特殊な計測を行うために羽島の友人が作ったパソコンであり、今朝方羽島の元に届けられた物だ。

 羽島は一緒に送られたメモと、先程送られてきたメールを頼りにパソコンを操作し、指定されたソフトウェアを起動した。

 すると、モニタには異形と戦う少年少女たちの姿が映し出される。

 現在、学校からオービタルに入り、クリーチャーと戦っている情たちの姿だ。

「これは⁉」

 思わず声を漏らすと、中継映像の横にブラウザが開き、そこにメッセージが表示された。

『ちょうど今、マスターたちと君の手駒が戦っている様子だ』

 表示されたメッセージに息を呑み、羽島はキーを叩いてこちらからもメッセージを送る。

『どういう事だ?』

『何故こんな映像が?』

 すると数秒後、疑問に対する答えが表示される。

『新しい技術だ』

『君が手駒に渡したのと似たようなものだそうだ』

 その内容から、送られたパソコンの機能に大方の見当を付け、その出所を確認した。

『彼女の仕業か?』

 端的な質問だったが、答えはしっかりと返された。

『無論だ』

『私にだけ送るのは、フェアでないからだそうだ』

 予想通りの返答に、羽島は顔を険しくする。

『つまり彼女は、君に通じていると?』

『その通りだ』

『彼女の目的は、君も知っているだろう』

 質問に対し、続けてメッセージが送られた。

 今見せられている映像が、ある純粋な探究心の賜物たまものであると理解し、その恩恵を受けられるという事であった。

 改めてそう理解すると、羽島は秘めていた疑念を真っ直ぐにぶつけた。

『理解した。別の質問だ、君の目的は何だ?』

『アイズの発生について、何を知っている?』

 心から知りたいと思う羽島のその問いに、相手はしばし間を置いて答えた。

『私の目的は、ただ一つ。それ以上に言う事は無い』

 そう表示されると、ブラウザに退出、と表示がされた。

 チャットが強制的に切り上げられたと分かると、羽島はパソコンの上に添えた手を強く握った。

大河原おおがわら……」

 探し続けている友の名を、羽島は忌々しげに呟いた。


                    


 情と正彦、6体のクリーチャーが戦う中に、マスターである少女たち3人が入り、その場は乱戦状態となっていた。

 実質5対6の戦いなのだが、人と異形が入り乱れる中、クモとバッタのクリーチャーが、頻繁に高く華麗な跳躍を披露し、それを追い掛けようと動いた時だ。

「わっ!」

「っ、悪い」 

 標的に目が行き、周囲の状況を把握しきれない情と唯莉が衝突しかけた。

 そこへ別のクリーチャーが襲いかかり、それに対応した所をクモ、バッタのクリーチャーが攻撃を仕掛けてくる。

「クソ。面倒くさい真似しやがって」

 悪態を吐きながら土とレンガのクリーチャーを押しのけ、正彦は近場にいたクモのクリーチャーに向かった。

 だが、正彦の前にバッタのクリーチャーが飛び込み、すぐさま跳躍して飛び去った。それを追うようにして、正彦の眼前を、数発の光弾が通り過ぎた。

「うおっ」

 声を上げて仰け反り、光弾が飛んできた先に由子の姿を見た。

「っ、邪魔すんな!」

「えぇぇぇ……」

 投げ掛けられる文句にへこみ、暗く声を漏らすと、そこへクモのクリーチャーの蹴りが叩き込まれ、倒れた正彦に、別のクリーチャーが襲いかかる。

 こうして、2体の強い個体に翻弄され、情と正彦、マスターたちは互いに衝突したり攻撃の妨げになったりして、苦戦を強いられていた。

「ほら、やっぱりアイツらいない方がいいだろ」

「そう言わないでよ由子ちゃーん」

 乱戦の中、近付いた唯莉に由子が耳打ちするが、未だ余裕そうな唯莉は困り顔を作って返した。

「あーもう、やり辛いんですけど」

 苛立ちが募り始めた桐奈が控え目にハルバートを振るいながら声を漏らす。

 一応後輩という意識が、他の邪魔をしたくない気持ちを強くし、更に未だ恥じらいが消えない事により、あまり機敏に動いて自身の姿を晒したくないが故に、一番動きを鈍らせていた。 

 そんな桐奈の元にバッタのクリーチャーが迫った。

「わっ!」

 思わず飛び退くと、桐奈はバッタを追っていた情と勢いよく衝突してしまった。

「あ、すまっ……」

「え、やっ……」

 声を上げる前に二人はその場に倒れ込んだ。

 桐奈が下になり、それに情が覆いかぶさるような形だった。

「あ、ああっ……」

 今の状態に、恐怖以上に恥ずかしさを強く感じる桐奈は、顔を赤くして声にならない声を漏らした。

「悪い、今どく」

 言って立ち上がろうとする情だったが。そこへクリーチャーが飛び掛かり、情に組み付いた。

「は、早くどいてください!」

「わかってるって」

 組み付くクリーチャーを突き放そうとするが、思うように動けない。そこへまた別のクリーチャーが迫った。

 刹那、2体のクリーチャーは衝撃音を上げると共に情から離された。

 由子が腕に備えた2連装砲でクリーチャーを狙撃したのだ。

「助かっ……」

 身体を起こし、礼を言おうとした情の肩口辺りを光弾が掠った。

「さっさとどけっ、この変質者!」

「だから違うだろ!」

 文句を返しつつ、言われるがまま桐奈から急いで離れ、その勢いを活かして情は自身に迫っていたクリーチャーを斬りながら通る。

 するとその先で、また唯莉と衝突しかけた。

 今度は顔と顔、鼻先が当たるギリギリの距離まで接近した。

「悪い」

「ご、ごめん」

 至近距離まで顔を近づけ、慌てて退いた二人は狼狽ろうばいしながらもその背中を合わせ、迫るクリーチャーに応戦した。

「意外とやり辛いね。みんなでやれば早く済むと思ったのに」

「こうワチャクチャしてるとな……なんとか強い方を、片方でも倒せればいいんだが」

「よく動くよね。仲良いのかな?」

 呑気な事を言う唯莉に情は少々呆れつつ、打開策の提案をする。

「この前俺がくらった、南のあの攻撃。アレであの2体を分断出させれば、チャンスが出来ると思う。本庄から頼んでくれないか?」

「あー、由子ちゃんのアレね。でも、分断させるだけなら、私でも出来そうだよ?」

「ホントか?なら頼む」

「オッケー!あ、でもね」

 少し気まずそうな笑顔を向けて、唯莉は告げた。

「多分由子ちゃんほど正確な攻撃じゃないから、ちょっと危ないかも」

「え……?」

「まあでもこのままでも仕方ないしね。いっくよー」

「あ、ちょっ、本庄!」

 嫌な予感がして呼び止めようとしたが、確かにこのままでは埒が明かない。

 内心で正彦たちに謝りつつ、情は唯莉から逃げるように、目に付いたクモのクリーチャーを追った。

 情が離れると、唯莉は分断すべきクモとバッタのクリーチャーの位置を確認する。

 ちょうど今が頃合いと見ると、唯莉は目に淡い紫の輝きを宿した。

「大きいのいくよ!みんな気を付けてね!」

 そう言うと、唯莉はその場から大きく跳躍し、大剣を振り上げた。

「っ、まあそうなるか」

「え、待ってくださいよ先輩!」

「何?何だ?どうした?」

 各々唯莉の行動に納得したり慌てたり狼狽うろたえたりと反応を示した。

「ファイっとー……」

 高らかに声を上げると共に、重力に従うまま落下し、唯莉は大剣を地面に叩きつけた。

「一発っーつ!」

 可愛げのある声と共に打ち込まれた大剣は、地面に爆発的な衝撃を生みだし、そこから来る衝撃波が、その場にいた人間、クリーチャーを纏めて襲った。

「なんつーパワーだよ……」

 あらかじめ構えていた情も衝撃波に怯んだが、クリーチャーたちには確かな奇襲となり、その動きを止めていた。

 そして、追っていたバッタのクリーチャーは、ちょうど膝を付いていた正彦の近くに倒れていた。

「嵐!そのバッタを仕留めるぞ!」

「は?ああ、おう!」

 情の意図を理解すると、正彦は立ち上がり、バッタのクリーチャーに向かった。

 情と正彦で挟撃する形となったが、クリーチャーはその跳躍力を活かし、正彦を軽々と飛び越えた。

「くっ、またかよ」

「先に謝っとくぞ、すまん!」

 敵を目で追っていた正彦に向かって突っ込みながら言うと、情は地を蹴って飛び、次に正彦を踏み台にして高く跳躍した。

「った、お前!」

「すまんと言っただろ!」

 言いながら、情は空中でクリーチャーを捉え、思いきり剣を叩きつけた。

 その衝撃に悶え、バランスを崩したクリーチャーはそのまま墜落して倒れ伏した。

「今だ!」

「おらぁっ!」

 情の合図と共に、正彦はドリルの根元を操作し、ドリルをガトリングに変形させてクリーチャーに向け、怒号どごうと共に斉射した。

 当てずっぽうの照準だが、連続で放たれた弾丸の殆どが命中し、立ち上がろうとしたクリーチャーはその場で動きを封じられた。

 そこへ、グリップのボタンを押し、マガジンパーツを出して押し戻した情が迫り、エネルギーを纏って淡い輝きを放つ刀身をクリーチャーに一閃。

 刃の通った軌跡がクリーチャーの身体を抉り、そこに生じるエネルギーが火花を散らしながらクリーチャーの身体を破壊し、その異形の身体を爆散させた。

 やっと1体撃破し、情は小さく息を吐く。

 そこへ、仏頂面になった正彦が寄ってくる。

「お前ぇ……結局踏みやがったな」

「成り行きだ。あと謝っただろ」

「たっくよぉ」

 文句だけ告げると、正彦は口を尖らせつつ戦闘に戻り、情もそれに付いて行った。

 そんな二人を見据えながら、由子は近くで倒れていたクリーチャーにバズーカ砲を突き立てた。

「すごいねぇ~あの二人」

 不意に唯莉が声を掛けると、由子はへそを曲げたような顔になって、バズーカ砲の引き金を引いた。

「だからなんだ……アタシは認めないからな、あんな奴ら」

 クリーチャーが爆散し、×マークのアイズが流れていく。

 それを眺めながら、唯莉は朗らかな顔で言った。

「ゆっくりでいいと思うよ。きっと時間はあるから」

 その自信はどこから来るのかと、由子は羨ましそうに唯莉を見つめた。

 ふと、由子はその視線の先で、異形の影が離れていくのを見た。

「アイツ、逃げるぞ」

「え⁉」

 由子が声を上げ、唯莉が慌てて振り返ると、クモのクリーチャーがその場から跳躍し、逃走しようとしていた。

「ホントだ!桐奈ちゃん、追いかけて!」

「え、私ですか⁉」

 急な名指しに桐奈は吃驚する。

「他は私たちがやるから、桐奈ちゃんなら余裕だよね!」

 先輩の無茶振りのようにも聞こえるが、実際、機敏に飛び回るクモのクリーチャーを捉える事は、桐奈にとっては造作もない事だ。

 従う義理は無い気もするが、断る理由もそんなに無い。

「あんまり本気出したくないんですけど……」

 仕方がないと、桐奈は渋面を浮かべつつ、気持ちを切り替えると、真面目な顔つきになってその瞳に淡い緑の光を宿した。

 巨大な盾を背中に装着し、ハルバートを携えて、地面を蹴った。

 その動きは、情や正彦、他のマスターとは比較にならないスピードを出した。

 数瞬で逃亡するクモのクリーチャーに追いつくと、ハルバートを一閃し、その動きを止めた。

 そこへもう一撃、重量感のある斧の刃を叩きつけ、クリーチャーを吹っ飛ばした。

 元の場所の方へと飛ばされるクリーチャーを、桐奈は更に追撃。高速で飛ばされたクリーチャーまで追いつくと、その異形が地面に落ちる寸前に、すくい上げるようにしてハルバートを振るい、再び吹っ飛ばした。

 もう一撃を加えようと桐奈は飛び出すが、その行く先を見ると、ハルバートを地面に突き立て急ブレーキを掛けた。地面をえぐって線を引きながら勢いを殺し、クリーチャーの手前で制止する。

 倒れたクリーチャーは、動きを止めた桐奈に反撃しようと身体を起こそうとした。

 すると、その肩を強く掴まれ、身体を抑えられた。

 異形を睥睨へいげいしながら、情はクリーチャーを押し飛ばすと、鋭く脚を振って、クリーチャーを真横に蹴飛ばした。

 ゴロゴロと転がった先で、必殺の一撃を構えていた正彦が、武装したドリルを異形に突き立て、その身体を穿った。

 そこから生じるエネルギーに、クリーチャーの身体は破壊され、爆散。

 ×マークの目をしたアイズが、フラフラと流れ去って行った。

 目標の撃破を確認し、桐奈は息を吐く。

「すごかったな、今の……」

 緊張のほぐれた所に掛けられた声は、桐奈の心臓を爆発させ、肩を大きく振らわせた。

「あ、悪い」

「い、いえ……」

 言いながら、桐奈は背中の盾を出して、身体を隠した。

「あー、その……悪いついでと言うか、ちょっと聞きたい事があるんだが……」

 緊張した様子で情が言うと、桐奈は不審そうに眉をひそめた。

 情は7年前、マスターである少女の一人と会っていた。桐奈がその時の少女だったか、確かめようと声を掛けたのだが、いざ聞こうとすると、中々言葉が出ない。

「イヤ、なんでもない」

 結局、覚悟は固まらず、今回も保留する事になった。

 なんだったのかと桐奈が訝しんでいると、その心境を代弁するように声が掛けられた。

「なんだったんだよ情」

 呆れたような声で、隆成が言った。

 その声に、情と桐奈が揃って息を呑んだ。

「高尾⁉」

「先輩⁉」

 二人は隆成を目にすると、おもわず声を漏らした。

「よっ、さっき振り」

「お前、なんでここに?」

「なんでっつうと、お前と同じかな」

 素直な返答と共に、隆成は手に持ったグリップを掲げ、空いた手で制服の内ポケットからバレットを取り出した。

 バレットをグリップに装填し、撃鉄を上げ、トリガーを引く。

 撃鉄に叩かれて起動したバレットに反応するように、周囲の地形や物が分解され、そこから現れた複数のアイズが、比較的テンションの高そうな反応をして淡い光に包まれた隆成の周囲で飛び回り、明るい輝きを放って、その光をグリップに注いでいった。

 飛び交っていたアイズたちはグリップの先端に集合し、武器としての部分を形成する。

 それは、戦斧だった。

 機械的で角張った造形のロッドに重厚感を誇る半円の刃を描いた片手斧だ。

 全身に活力を感じながら、隆成は初めて見る自分の得物をマジマジと観察し、高揚感を覚えていた。

「へぇ~すげぇな」

 率直な感想を口にしながら、情の元まで歩み寄ると、隆成は斧を差し出し、尋ねた。

「変形するんだよな。どうやるんだ?」

「え、ああ……」

 剣を脇で持つと、情は隆成から斧を受け取り、刃を支えるロッド部分にあるスライドパーツを動かした。

 すると、ロッドが少し伸び、その先に繋がれたグリップ部分がほぼ直角に曲がり、斧はロッドを砲身とした銃形態に変形した。

「わー、意外と単純」

「うるさい」

 武器を受け取りながら棒読み調で感想を述べる隆成に、情は苦言を返した。

「どれどれ」

 変形した武器を試そうと、その砲身を情の腹部に向け、隆成は引き金を引いた。

 銃から放たれた光弾が情に命中し、火花を散らしながら、情は衝撃の痛みに怯み、後ずさる。

「えぇっ⁉」

 突如現れた隆成の存在に半ば放心状態だったが、突然の発砲に、横で見ていた桐奈は驚きの声を上げた。

「……お前」

「おお、中々痛そうだな」

 低く唸りながら情が睨むが、それを気に留めず、隆成は機嫌良さそうな様子で武器を変形させ、斧の刃を指でなぞった。   

「遊ぼうぜ、情」

 不敵な笑みを浮かべて告げると、隆成は跳ねるように駆け出し、斧を構えて情に迫ると、容赦なくその刃を振るった。

 すかさず情は剣を構え直し、隆成の攻撃を受け止める。

 それから数度、斧を振っての攻撃を剣で受け止め続け、火花の散る攻防に、正彦や唯莉たちも気付いた。

「……は?なんでそいつが居るんだ⁉」

「綾瀬くん、どうしたの⁉」

 疑問の声を投げ掛けられると、情は斧を持つ隆成の腕を抑え込み、声を張り上げる。

「こっちは気にするな!残りの方を頼む!」

 そう言って、隆成と組み合いになりながら、情は移動した。

 何が起こったのか、疑問の絶えない正彦と唯莉だったが、言われた通り先にクリーチャーを片付けようと動いた。

 そんな中、由子が心底不愉快そうな顔をして、情と隆成を見送った。


                    


 中庭を模した空間から少し離れ、より多くの黒板が乱立するだけの殺風景な場所まで来ると、情と隆成は組み合いを解いて距離を取った。

「お前、眼の事が見えるのか?」

「アイズって言うんだってな。最近見えるようになった」

「どう言う事だ?」

 問い詰めてくる情に対し、隆成は大きく溜め息を吐いた。

「そんな事はどうでもいいって。今は久々に、お前と思いっきり遊びたいんだよ。てか……」

 ゆらりと斧の切っ先を情に向け、隆成の顔が妖しく歪んだ。

「こんな面白そうな事、秘密にするとかないぜ」

「見えてると、思わなかったからな。あと、昔にちゃんと言ったぞ!」

「だったな!」

 話し合いで解決できる相手でないとよく解っている情は、止むを得ず隆成の要望に応えてやる事にし、突撃した。

 今度は情から剣を振るい、それを隆成が斧で受け止める。押し返しては武器を振るい、それを受け、捌いては反撃する。

 そうして二人は、得物をぶつけ合う攻防を繰り広げた。

 その中で、何度かお互いの攻撃が相手の身体に届いた。

 立てられた刃は相手の身体を滑るように通り、その軌跡から衝撃が生まれ、相手の身体を痛めつける。

 そして、何度目かの打ち合いの後、互いに武器を押し付け合い、膠着こうちゃく状態になった。

「今更だけど謝っとく、あの時ちゃんと信じてやれなくて、ごめんな」

「ホントに今更だな!そもそも気にしてない」

 言い返すと同時に押し返し、再び武器を打ち合い、互いに組み付いてまた膠着状態となる。

 すると、隆成は微かに嘆息し、急に冷めたような顔になって言葉を投げる。

「お前、さっきのでいいのか?」

「何の話だ?」

「小野坂との事だよ。聞きたかったんだろ?昔の事」

 自身の心を見透かす友の言葉に、情の心臓が跳ね上がる。

「やっぱ気にしてたか」

「何で分かるんだよお前はいつも」

「そこそこの付き合いと、お前が本気を出さないからだよ!」

 情を押し返すと、直後に振るわれた剣を躱して、隆成はボディに拳を見舞った。

 腹部から伝わる鈍い痛みに顔をしかめ、情は一旦飛び退いて距離を取った。

「……お前には関係ないだろ」

「ない事ないだろ?情が本気を出してくれないと、俺が面白くない」

「お前って奴は……」

 忌々しく思うのは勝手な理屈からではなく、図星を突かれたからだ。

 アイズやマスターの存在を知って、昔自分を連れまわした少女を見つけたいと思った。

 クリーチャーから身を守りつつ、マスターである人間を探し続ければ、いつかは見つかるかもしれない。

 しかし、近くにいる相手にすら聞き出せないようでは、今後アイズと関わっていく意味があるのか怪しくなってくる。そんな不安が、情の中で渦巻いていた。

 それを隆成は見抜いたのだ。

 軽く腕を回して身体を解し、隆成は通る事のないと分かりきった提案を情に尋ねる。

「俺から聞いてみるって言っても、納得しないだろ?」

「当たり前だ」

「じゃあどうするんだ?何がしたいんだ、お前は」

 投げ掛けられた問が胸に深く刺さる。その答えは確かにあるのに、情は口に出せなかった。

「そうか……だったらまぁ、友達としては、一発ド突いて、気合を入れてやるしかないよな!」

「っ、お前の場合は遊びのついでだろ!」

 厚意の裏が我欲まみれであると察する情は、気持ちを切り替えて迫りくる隆成を迎え撃つ。

 再び武器の打ち合いが始まり、今度は拳や蹴りも交えた攻防になった。

 互いに何度か攻撃を受けた後、隆成の拳が再び情の腹部を捉えた。

 怯んだ情を蹴飛ばすと、数歩距離を取った隆成は、グリップにあるボタンを押し、マガジンパーツを突出させ、それを押し戻した。

 淡い光が、戦斧全体を包み込み、周囲の空気が震える。

「……おらっ!」

 裂帛れっぱくと共に、隆成は情に目がけて斧を投擲とうてきした。

 鋭く回転しながら迫る斧に対し、情もグリップのボタンを押してマガジンパーツを出し、即座にそれを押し戻す。

 輝きを宿した剣で、情は飛んできた斧を受け止めた。

 しかし、その勢いは凄まじく、情はなんとか踏ん張ってそれを抑える。

 そして、力を込めた両腕で剣を振るい、隆成の斧を上方へと弾き上げた。

 残りのクリーチャーを殲滅せんめつし、正彦たちが現れる。その目には揃って、斧を弾いて隙を作った情に突撃し、渾身の拳を放つ隆成の姿が映された。

 気持ちの入った掛け声と共に隆成は淡い輝きを宿した拳で情を殴り飛ばす。

 ボディに重い一撃を受けた情は、そのまま後方へ吹っ飛び、乱立する黒板へと叩きつけられた。

「綾瀬!」

「綾瀬くん!」

 悲鳴じみた声を上げながら、正彦と唯莉は駆け出し、情の元へ向かった。

 だが、二人が駆けつける直前に、立ち込める煙の中から情は現れた。

 腹部を始め、ほぼ全身を襲う痛みに耐えながら足を引きずるが、すぐに膝を突き、苦悶に顔を歪めて隆成を睨む。

「……今日は挨拶みたいな感じだ」

 息を吐いて告げると、次いで隆成は情以外の人間を見て回し、爽やかな顔を作った。

「ま、これからよろしくって事で、じゃあな」

 グリップを操作し、武装を解いた隆成は、そのままオービタルから抜け出た。

 その場にいた全員が呆然とそれを見送ると、最初に正彦が声を荒げて問うた。

「おい、なんなんだよアイツ。綾瀬の友達なんだよな?」

「……まあな。ただ、何でここに来たのか、誰から力を貰ったのか」

 疑念を言葉にして並べるが、それ自体はおおよそ見当がつく。

 それ以上に、情の中では苦々しい敗北の味が広がっていた。

 そこへ、戦闘形態を解いて制服姿に戻った由子が歩いて来た。

 心配してくれている様子は無く、ただ冷たく鋭い眼差しを向け、どこか逡巡しゅんじゅんするように顔をしかめていた。

「何なんだよ、お前らは……」

 絞り出すように言うと、由子の顔は徐々に嫌悪する感情を露わにし、続けて吠える。

「何しに来てんだよ!」

 罵声のように浴びせられる言葉が情の胸に刺さると、隆成に投げ掛けられた問いと共に胸の内で反芻し、情は悔しげに唇を結んだ。




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