第2話

 使い古された黒板に名前を書かれ、新たに担任となる教師に自己紹介を促される。

「あー……綾瀬あやせじょうです。よろしくお願いします……」

 お約束。と言うか、やっておかなければ新しい環境でのコミュニケーションを円滑には行えない。

 だが、あまり必要性を感じられず、加えて人前に立たされる気恥ずかしさから、情の声は教室の後ろまで聞こえるか聞こえないかくらいの声量しか出なかった。

 極めて質素な内容で、情の転校生としての挨拶は終わると、担任に促されるまま、情は用意されていた席へと向かった。

 その道中、新たにクラスメイトとなる生徒たちの視線が当然の如く刺さる。もっと言えば、何故か教室内を漂う不思議な眼、アイズたちの殆ども情に視線を向けていた。

 ただでさえ新調した制服である学ランの堅苦しさが息苦しいと言うのに、さらに息が詰まりそうな状況だと、情は憂鬱な気分で席に着いた。

 だが、転校が決まってからこんな状況は覚悟していた。

 ついでに言うと、斜め前方の少し離れた席にいる少女、セーラー服姿の本庄ほんじょう唯莉ゆいりからの興味深そうな視線も、気にはなるが問題ではない。

 問題なのは、と情は密かに視線を巡らせる。

 その先の席に座るのは、銀雪のような眩い色合いをした長い髪を可愛らしい桃色のリボンで二つ結びにした少女だ。

 情の事を真っ直ぐと、憎悪が込められた目で睨んでいる。

 まさか彼女まで同じクラスとは、と情は奇妙な巡り合わせを胸の内で呪った。


                  


 遡る事9日前。

 アイズ誕生の関係者と言う男、羽島はしまかいの要求通り、異常をきたしたアイズ、クリーチャーとの戦いと、マスターと呼ばれる少女の接触を了承した情は、それに伴い羽島に転校を勧められた。

 長考の末、情はこれを承諾した。

 その際、提案した羽島が念を押してその是非を聞いていたが、結局、情の答えは変わらず転校が決定した。

 情の進路に比較的放任であった両親も反対する事は無く、転校の手続きはスムーズに進み、気が付けば転校初日を迎えていた。

 前の学校よりは遠いが、自宅から通える距離に転校先の学校は位置している。

 羽島に用意された新しい制服に指定のボストンバック型カバンを携え、情は新たな学び舎へと足を進めた。

 だが、その歩調は唐突に緩くなった。

 理由は単純。道が分からなくなったからだ。

 地元と呼べる範囲の地域なのだが、如何せん新しい学校のある方向は、今まで情の通ってきた小、中、高すべての学校と反対の位置にあり、その方向に今まで行った事が無かったのだ。

 さらに情は、中学に上がる頃には、慣れない場所へ殆ど足を運ばなくなっていた。

 いくら家から少し遠いくらいの地域でも、土地勘の無い場所ならばそれはもう旅行と変わらない。

 そうして情は、スマホの地図アプリを頼りに、画面と道を交互に見ながら進んでいた。

 画面に示された経路に従い、目的地へは近づいている。

 だが、遠くないからと高をくくり、少しの余裕しかない時間に家を出たせいで、モタモタしていられない時間になっていた。

 ほんの少し焦りを覚えた情は、近道をするべく入り組んだ道を選んだ。

 慣れない複雑な道だが、方角はハッキリしているし、地図を見ながらだから問題ないだろう。

 そう考え、情は分かりやすい大通りを外れた。

 地図を頼りに角をいくつか曲がりながら進み、思った通りのショートカットが出来た。

 学校もあと少し先にまで迫り、もう大丈夫だろうと安心した矢先、情は何カ所目かの曲がり角で、何者かと激突した。

 半ばスマホに気を取られていたが、勢いは向こうの方が強かった。

 反射的に自分の非を感じ、情は即座にぶつかった相手に謝罪を述べる。

「すみません……」

 謝りながら相手の様子を確認すると、情はその場で固まった。

 相手はぶつかった反動で尻餅をついていた。

 小柄な体躯に、端正な顔立ちで長い髪を二つ結びにする少女。

 アイズを再び見るようになった日の放課後、空に浮く謎の城を見た場所の近くにいた少女だった。

 あの日と同じ、今日から情が通う高校のセーラー服を纏い、そのスカートがめくれ上がった状態で倒れて、弾力のありそうな太腿と可愛げのある白いショーツを晒していた。

 こんな状況が現実に起こりうるのかと、情は愕然とし、少女の太腿辺りに3体ほどのアイズが集まってその下着を見ている事に余計に驚く。

 全て羽飾りのアイズで、情以上にガン見していた。

 何か声を掛けるべきか、そんな事を悩んでいると、めくり上がったスカートは強引に戻された。

 嫌な予感が湧くと同時に少女の顔を伺うと、その顔は沸騰寸前のように赤くなっていた。

 そして、その視線が自身の手に持つスマホに向かった事に気付く。本格的に危機感を覚え、情はすぐにスマホを引っ込めたが、遅かったようだ。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 こんな間近で聞いたのはおそらく初めてであろう、女性の金切り声に、情は飛び跳ねるようにして、その場を逃げ出した。

 状況的には事故なのだが、こういう場合は全面的に男が罪を被る。そんな偏見からの行動だが、これはこれで罪状が重なるような気がして、情はさらなる不安を抱きながら走る。

 そうして考えなしに進んでいくと、不意に目の前に数体のアイズが躍り出た。

 慌てた所に来た不意打ちに、情は上体を仰け反らせて足を止める。

「ど、どうした⁉」

 思わず声を張ってアイズたちに問い掛けると、出て来たアイズたちは揃って慌てた様子で動いていた。

「……ああー」

 その意図を理解すると、情は学ランのボタンを上から三つ一気に外し、内ポケットに手を伸ばす。

 羽島から貰い受けた、アイズと関わっていく為の力。それを扱うグリップを取り出すと、備えられた撃鉄を上げ、そのまま引き金を引いた。

 瞬時に下りた撃鉄はグリップに内蔵される特殊金具を叩いた。

 すると、そこから不可視の波長が広がり、それに反応した多くのアイズたちが、情の正面に集合し始める。

 アイズの世界、オービタルに入る為のグリップに備えられた機能の一つだ。

 未装填のグリップの撃鉄を空打ちする事により、元から内蔵されている特殊金具と撃鉄が衝突する事で、生じる波長をアイズが感知すると、オービタルへと続くゲートをアイズたちが形成する。

 情は無数のアイズたちが全身で構成するゲートに飛び込むと、開けた空間に出た。

 先程情が歩いていた大通りの道に、車道用の舗装が無作為に編まれたように走り、交通標識や信号が乱立している。

 ここまで通って来た際にあった建造物や道によって構成されたオービタルを見回すと、情は1体のアイズを見つけた。

 簡単に描いたような眼の周囲に綿を飾り付け、暗い煙を纏って虚ろな目をしているアイズ。

 情と目が合うと、そのアイズは虚ろな目を妖しく光らせた。

 すると、情の背後から数体のアイズが目を回した状態で吸い込まれるようにして虚ろ目のアイズに近づいていった。

 数体のアイズが虚ろ目のアイズの傍まで来ると、虚ろ目のアイズを中心に結晶が伸びた。

 結晶は、周囲に集まったアイズを呑み込みながら人型に伸び、やがてそれが一気に砕けて、異形の脅威、クリーチャーへと姿を変えた。

 その出現の仕方から、情は億劫そうな顔になるも、密かに良いタイミングに出て来てくれたと思った。

 持っていたカバンを背中に背負い、グリップの先端辺りに備えられた空洞に弾丸のような形状をした、力を発動する為のアイテム、バレットを装填し、撃鉄を上げて引き金を引いた。

 撃鉄はバレットを叩き、その衝撃で起動したバレットが、アイズから蓄えた戦う力を情の身体に与え、グリップの先にテンションの高そうな動きをするアイズたちが集まると、戦うための武器、筒状の機械的なパーツが背面と一体になった銀色の刃を誇る片刃の剣へと変わった。

 臨戦態勢を整え、情はクリーチャーと対面し、その姿を注意深く睨む。

 今いる場所の地面に敷かれた舗装と似た、コンクリートのような肢体をベースに、それと色の近い鳥の羽のような部位が腕の辺りに生え、くちばしのような物が頭部に真っ直ぐ伸びているのが目立つ。色合いからその辺りにいた鳩でも見たのだろうと情は察した。

 クリーチャーやオービタルは、アイズたちが見たもので構成されるとの事で、目の前にいるクリーチャーの造形に情は納得をする。

 だがその中で一点、胸部の辺りに妙に明るい色をした部位も見つけ、情はなんとなく気になった。

 しかし、そんな事はお構いなしに、クリーチャーは情に向けて駆け出した。

 腕に生えた羽はよく見れば鋭利に研ぎ澄まされノコギリの刃のようになっており、クリーチャーはその腕で情に斬りかかる。

 対する情はそれを冷静に剣で受け止め、強引に捌くと同時に拳を見舞い、そこから絡み合うようにしてクリーチャーとの戦闘が始まった。

 情がクリーチャーと戦うのは、初陣から数えて今回で7回目だ。

 もうすでに自然な気持ちで異形の相手を出来るようになり、今も思う通りに身体を動かせて情の調子は良好だった。

 だが、敵も簡単に倒されてくれる相手ばかりでは無かった。

 剣と拳で攻めながら羽による攻撃に対応するが、時折受けきれない所で攻撃を身体に受ける。

 バレットの力により、情の全身には不可視のエネルギーが張り巡らされ、それが鎧となって敵の攻撃から情の身を守っている。

 しかし、絶対的な防御と言う訳ではなく、攻撃が当たった所には火花が散ると共に重い衝撃が生まれ、情の身体を襲っていた。

 致命傷になる事はほぼ無いが、相応の痛みを覚悟するようにとの羽島の言葉通りだ。

 何度かの斬り合いの後、情とクリーチャーは互いに前蹴りを突出し、相手のボディを蹴り飛ばした。

 そうして両者の間に距離が生まれると、クリーチャーの方が膝を付いた。ダメージが情より蓄積していたのだ。

 好機と見た情はボディに残る鈍い痛みに耐えて地を蹴り、クリーチャーに肉迫しようとする。

 刹那、クリーチャーの両肩から、灰色の大きな翼が広げられた。

 翼を大きく振ると突風が生まれ、情はその勢いに押されて足が止まった。

 すると、クリーチャーはその場で大きく跳躍し、広げた翼を盛大に振って飛び去って行った。

「くっ、待て!」

 体勢を立て直し、情は飛んで行くクリーチャーを走って追う。

 バレットから得た力の恩恵により、情の身体能力は常人を上回っている。

 それを存分に活かし、雑に敷かれた舗装の上を駆け抜ける。

 追い続ける事で一定の距離は保てているが、情の前方には住宅の塀のような物が立ち塞がっていた。このまま行けば行き止まりになり、そのままクリーチャーを取り逃がしてしまう。

 だがその前に、どうにかしてクリーチャーを落とす事が出来れば、止めが刺せる。そう考え、情は手に握る剣に空いた手を伸ばす。

 しかしその時。

「どりゃぁぁぁぁぁ!」

 野太い雄叫びと共に、前方にある塀が激しい音を上げて砕け、その中から窓ガラスと交通標識で構成されたような別のクリーチャーが飛び出し、情の目の前で倒れると、その場で爆散した。

 突然の事に吃驚し、情は土煙の舞う塀のあった場所を注視した。

 うっすらと人影が見えると、それは煙から出てその正体を現した。

 少々刺々しい質感をした茶髪に、活発な表情をした情と同年代くらいの少年だ。

 情と同じ学ランを少し着崩し、学校指定の物ではない青いエナメルバックを斜め掛けに持って、その右腕に、人の拳より一回り大きい径を誇る円錐形のドリルが手から伸びるように備えられていた。

「ふぅ~。ん……?」

 ドリルの少年も情の存在に気付き、無駄に目を凝らして情を見る。

「えーと……もしかして羽島さんの言ってた転校生?」

「あ、ああ」

 元より見当は付いていたが、羽島の名前を出される事により、情は少年の正体を察した。

「確か、アヤセ……ジョウ、て言ったっけ?」

「ああ。アンタは、アラシ……で、合ってるか?」

「そうそう、あらし 正彦まさひこ。あれ?名前は聞いてないのか?」

「あ、イヤ。大丈夫だ、聞いてる」

「その、アレだよな?クリーチャー倒しに来た感じだよな?丁度終わった所で……」

「イヤ、俺が追ってたのは今のじゃなくて……」

 言って、情は気の抜けた顔になり、空を仰ぎ見た。

 もうクリーチャーの姿は見えなかった。

「飛んでった」

「は⁉」

 情の言葉に、正彦はハッキリと驚愕を表す。

「え、飛ぶ奴もいんの⁉」

「……俺も始めて見た。まあ強い方の奴だったからかもしれない」

「え?強いって、どういう事?」

「……まだ2回しか見てないんだが、クリーチャーになるアイズが、他のアイズを巻き込んで出て来たクリーチャーは、少し面倒くさいくらいに強くなってる」

「はー、そんなのもいるのか。え?どんくらい戦ったんだ?何体倒した?」

「……今日で7回。倒したのは8体くらい」

「へー。て、あっ!逃げてたんだよな、クリーチャー。え、どうする?探すか?」

 素朴な疑問を連投する正彦に、情は段々とうんざりしてきた。

 聞きたがる気持ちはよく分かるのだが、そろそろ鬱陶しい。

「もう見失ったし、逃がしたのは初めてじゃない。どうせまたアッチから来る」

「ああ、そっか。アイツら俺ら狙ってるんだよな」

 納得した様に言うと、正彦は手に持ったドリル、その取手となっているグリップの引き金を上げた。

 その数秒後、ドリルはアイズに分解されグリップだけが残ると、正彦はグリップからバレットを引き抜いた。

 こうして身に纏った力が霧散し、戦闘能力は失われる。

 情も同じ動作で力を手放し、二人は揃ってグリップの引き金を引き、オービタルから抜け出る為のゲートをアイズに形成してもらう。

 それを通ると、その先は情がオービタルに入った位置から数メートル程ずれた場所だった。

 オービタルの中をどれだけ移動しても、入った場合と出る場所の位置が大きく離れる事はない。

 これはアイズがゲートの位置を調節してくれるからと考えられ、妙な所で気を利かせていると情は思っていた。

「それじゃあ後は待つしかないか。授業中に来ないといいけど」

「意外と、そういうタイミングでは出ない」

「ああ、やっぱり?空気読んでんのかな?」

 そんな事を言いながら正彦は、おもむろに近くを漂うアイズの一体を指で突く。

 羽を飾るアイズがくすぐったそうに震えていた。

 そんな正彦を見て、情は思い切った問を投げた。

「なあ、アンタも昔、こいつらと何かしらしてたのか?」

「ん?ああ、まあな。ただ俺、全部夢だと思ってたから、全っ然気にしてなかったんだよ。こいつらが見えるようになったり、羽島さんから色々聞いた時は、もー驚いたよな」

「そうか……」

 7年前、情自身がアイズと関わっていた時、そこには一緒にいた少女の存在があった。

 アイズを操る能力を持つマスターを呼ばれる少女。それについて、正彦から何か聞けないかと思った情だったが、当てが外れて小さく溜め息を吐いた。

「どうした?」

「なんでもない。早く学校に……」

 言いながら情はスマホで時間を確認すると、言葉を途切れさせた。

 それを不審に思った正彦も自身のスマホで時間を確認すると、始業まで時間がなかった。

「やべぇ!急ぐぞ!」

 慌てた声と共に正彦は飛び出し、情もそれに習って駆け出した。

 迷いなく進む正彦のおかげで道の心配はなくなったが、第一印象から違わぬ活気からか、正彦の足は速い。

 体力が持つか不安に思いながらも、考えている余裕はないと、情は身体に鞭を打った。

 そうして全力疾走する二人の少年を、アイズたちがほのぼのと眺めていた。

 そしてこの後、新しいクラスで情はおもわぬ再開をする事となった。



                    

 午前の授業を終えて訪れる昼休み。

 登校中の戦闘だったり駆けっこだったりで、中身の混ざった弁当を食べ終わると、情は教室を出て適当に校舎を回る事にした。

 理由は三つ。

 一つ目は、この学校に転校した目的、マスターと呼ばれる人間の捜索だ。

 羽島の話によると、アイズの集中率から、この学校に複数人のマスターがいるそうだ。

 実際に見てみると、校舎の中から学校の周辺まで、他で見る以上の数のアイズが漂っている。

 アイズを魚と例えるならば、他の場所は自然の海に対し、この学校は水族館のようだった。

 廊下を歩きながら、情はアイズと戯れている生徒でもいないかと辺りを眺めるが、見つけられたらラッキー程度の気持ちしかなかった。

 二つ目は、校舎内で人目に付かない場所を見つける事だ。

 クリーチャーとの戦闘は不定期に起こり、その際にオービタルに入る訳なのだが、入る瞬間は常人から見れば、いきなり姿を消したように見えてしまう。

 それを見られて、最悪変な騒ぎになっても面倒なので、隠れてオービタルに入れる場所をいくつか把握しておきたいのだ。

 三つ目は、純粋にクラスに居辛いからだ。

 特に面識のある唯莉と、ひどいトラブルがあった少女と同じ空間にいるのが、情としては気まずくてならないのだ。

 加えて言うと、転校生と言う立場の自分を見る他人の目も気持ちよくない。

 それらが情の中の理由であり、情は足早に校舎の中を巡っていた。

 その歩調が、新しい環境に対する情の無自覚な不安と焦燥の表れでもあった。

 各学年、全てのクラスを見て回るのにそう時間はかからず、マスターと思われる人間は見つからなかった。と言うか、歩く速度的にじっくり観察する余裕などなかった。

 生徒のいる教室を見終わった後、2年の教室が並ぶ廊下まで戻った情は、次は特別教室辺りを見て回るのが妥当と考える。だが、転校初日にそれらを見て回る生徒はどんなものだろうかと思った。

 前の学校でも場所に困った訳でも無く、よくよく考えれば、校舎で人気のない場所など、時と場合によっていくらでも有ったり無かったりするだろう。最悪トイレの個室で事足りる。

 そんな理屈で、動き回るのが面倒くさくなった足を止め、空いた時間をどうしようかと廊下の脇によって背中を壁に預けた。

 ふと、視線の先にトイレを見つけ、その女子トイレから生徒が出て来た。

 明るい髪を肩の辺りまで伸ばし、愛嬌のある端正な顔をした少女、本庄唯莉だ。

 思いきり目が合い、唯莉は面食らったような顔になって、気まずさに硬直した情に歩み寄った。

「綾瀬くん?え、何?待ってたの?」

「いやいや、違う違う違う。たまたまだ、たまたま」

 思わぬ偶然に戸惑いを隠せないまま、情は全力で否定する。

「ふーん。まあそうだよね、学校どころかクラスが一緒になるなんて、すごい巡り合わせだよね」

「ああ、まあ……」

 マスターである人間を狙った転校である為、情はこの再会に必然性を感じていた。その為、なんとなくストーカー紛いをしているのではないかと、気が重くなって目を逸らした。

 そんな情を、唯莉もどこか落ち着かない様子で眺めていた。

「大丈夫?元気ないけど……」

「え?」

 いきなり心配され、情は思わず声を出した。

「だって朝からそんな感じだから、大丈夫?またアイちゃんズに攫われたりした?」

「あー……まあ、それは慣れたからな」

 疲れたような声で言って、情は手近なアイズに目を向ける。

 何故か愛嬌のある動きをして、無邪気さをアピールしているようだった。

 そんなアイズに、唯莉は口を尖らせた。

「もー。可愛い事したって、人に迷惑かけちゃダメなんだからね」

 子どもを叱るように、唯莉はアイズたちを軽く突く。

 傍から見て変な絵面にならないだろうかと密かに思いつつ、情はなんとなく、アイズをフォローする。

「まあ、こいつらに助けてもらってる所もあるし」

「あ、それもそうだね。えへへ、エライエライ」

 情に言われた途端に態度が変わり、葉を飾ったアイズの一体を唯莉はにこやかに撫でる。

 すると、その微笑みが、今度は情に向けられた。

「優しくしてくれるんだね。この子たちに」

「……昔馴染み、みたいなものだから」

 どこか沈んでいるような顔で情は言ったのだが、その言葉に唯莉の笑みは一層明るくなった。

「ねぇ。なんで転校してきたの?」

「え?」

 唐突に踏み込んだ質問をされ、情は虚を突かれた。

 その答えに深く関わる相手である唯莉に、情はどう答えるべきか悩んだが、別にはぐらかしたりする必要は無い気がし、正直に話す事にした。

「最近、こいつらが見えるようになったろ?」

「んー、二週間半って最近かな?」

「あ、そんな前から……」

 マスターである人間は、自分たちより早くアイズを見ていたのか。後で羽島に伝えておこうと思いつつ、情は続ける。

「……俺が襲われるようになったのも同じ時期で、なんでそうなってるのかを調べるために、アンタみたいな……」

「本庄唯莉!」

「……はい」

 呼び方が不服だったのか、情の言葉を遮るように、唯莉が不機嫌そうに名乗ると、情はその意図を察し、バツの悪そうに相槌を打って話を戻す。

「……本庄みたいに、アイズを操れる奴を探すために、ここに転校するよう言われたんだ」

「……へー、そうなんだ」

 唯莉がなんとなく納得した様なので、情はそのまま踏み込もうと問い掛ける。

「その……本庄みたいな奴って他に知ってるか?この学校に何人かいるらしいけど……」

「私みたいな?アイちゃんズと一緒にいる子だよね?えーと……」

 言いながら、唯莉はおもむろに手を出した。

「ユコちゃんに、キリナちゃんに、ヒスイちゃん……くらいかな学校で知ってるの」

「あ、そんなに知ってるのか……」

 指を折りながら何気なく名前を出す唯莉に、情は素直に驚いた。

「最近アイちゃんズの所で会って知り合ったばっかりなんだけどね。あと、まだ名前聞いてない子が一人いたんだけど、1回会ってから全然見ないの」

 とりあえず、ここまで話を聞いた所によると、学校には唯莉を含めて4人、その他に1人、マスターがいる事になる。

 思った以上に情報が引き出せた事に気が急ぎ、情は勢いのまま更にマスターについて聞く事にした。

「その、知り合いはどこにいるとかは?」

「うん、知ってるよ。て言うか、ユコちゃんは同じクラスだし」

「そうなのか」

 まさか近場にすでにもう一人いたとは。

 そう思いながら、情は唯莉に、ユコと言うのが誰の事か聞く事にした。

 唯莉はそれを快諾し、二人は揃って教室に戻る事にした。

「そいつとは仲良いのか?」

「うーん、向こうはどうなんだろう……。一応一緒にアイちゃんズを助けてたりするけど、まだあんまりお話し出来てないからな~」

 困り顔で語る唯莉の横で、話を聞いていた情はふと、前から歩いて来る背の高い男子生徒に目を奪われた。

 知り合いに似ている気がしたのだが、すれ違った瞬間、情は他人の空似で無い事に気付いた。

 直後、強く肩を掴まれるとわき腹に軽く拳を刺され、じんわりとくる痛みに悶える間も無く、強引に肩を引かれて近くの教室に連れ込まれた。

「よう、久しぶりだな」

 背の高い男子生徒が親しげに話し掛けるが、情は辟易とした顔で返す。

「そういえばこの学校ここだったな、お前」

「そう言うお前は何でこの学校こっちに来てるんだ?」

「色々あるんだよ」

「そっか、じゃあまたな」

 機嫌良さそうに言うと、男子生徒は情を押し飛ばして、教室から出した。

 十秒ほどのやり取りに気付く生徒はおらず、何事も無かったように、情は前を行っていた唯莉に追いつく。

「ん?あれ?」

「気にするな。ちょっと友達に声を掛けられただけだ」

「友達って、中学とかの?」

「そんな所だ」

 情が素っ気なく答えた所で、二人は自分たちの教室に到着した。

「あの子だよ。みなみ 由子ゆこちゃん」

 そう言って、唯莉が示した相手に、情は愕然とした。

 南 由子。そう呼ばれた女子生徒は、今朝方、情とトラブルを起こした少女だった。

「ゆ……」

 唯莉が由子を呼ぼうとした所で、情はその肩を掴んだ。

「すまん、待ってくれ」

 抑揚のない声で、情は唯莉を制止する。

「え?でも……」

「アレだ、心の準備がまだ……」

「あーなるほど」

 情の言い分に納得し、唯莉は慈悲深い笑みを浮かべた。

「ユーコちゃーん!」

 晴れやかな声が通ると共に、情はその場から逃げ出すと、昼休みが終わるまで戻らなかった。


 

                 

 次の授業が終わり、間の休み時間になると、情はまた逃げるように教室を出た。

 唯莉がマスターの一人だと言う南由子。

 彼女の情に対する印象は、もしかしなくても最悪だ。

 そんな相手から情報を聞き出せる気がしないし、情自身も気が乗らない。

 なにより南由子が7年前、初めてアイズを見た時に一緒にいた少女かもしれないと思うと、情は気が重くてならなかった。

 羽島の探すマスターの可能性もあるが、別に急がなくてもクリーチャーと戦うだけの事なので、ほとぼりが冷めるまで接触を避けたいのが、情の正直な気持ちだ。

 そうして当てもなく廊下を彷徨っていると、不意に腕を掴まれ、情はそのまま窓際まで引っ張られた。

「高尾……」

 低く唸るように呼ぶと、情は背の高い男子生徒、高尾たかお 隆成りゅうせいを睨んだ。

「お前、前よりしけた面になってないか?」

「だから色々あるって言っただろ」

 馴れ馴れしく話す隆成に、情は忌々しげに返した。

「また昔の想い人の事か?」

「うるさい。お前には関係ないだろ」

「つれない事言うなよ。俺とお前の仲だろ?」

 妙に芝居掛かった声音で隆成が言うと、情は舌打ちだけ返して窓の外に視線を外した。

「せっかく久々に会ったんだ、今日は真面目に相談に乗るぜ」

「ホンっト、なんかイラつくな。お前のそう言う……察しのいい所」

 声に苛立ちを乗せて言い返すと、渋るような顔になりながらも、情は隆成に助言を請う事にした。

「最悪の第一印象持たれた相手に、どう話せばいいと思う?」

「うーん、どんな感じに最悪かによるな。て言うかお前がそんな風に見られるとか、何をしたんだよ」

「聞くな」

「おいおい」

 情の即答に隆成はヘラヘラと笑い、頭を組んで窓に背もたれる。

「そうだな……とりま、お前が無害な人間って事が分かれば、話くらいは聞いてくれるんじゃないか?」

 隆成の言葉に説得力を感じるも、それをどう伝えればいいかを情は考える。

 そうして思案する情を見かねてか、隆成は肩を竦めて提案を告げる。

「横にそいつの知り合いを連れて来るとかさ」

「ええぇー……」

 あからさまに嫌そうな態度を取る情に、懐かしむような隆成は面白がってさらに提案する。

「なら俺が付いてってやろうか?間違いなくお前よりコミュ力高いぞ?」

「……イヤ、いい、やめろ」

 一瞬悩んだが、やはりそれはないと思って情は断った。

「だよな。……そろそろ次の授業だな。じゃ、頑張れよ」

 非常に軽い声援を送ると、隆成は自分の教室へと戻って行き、情は溜め息と共に見送った。

「あ、そうそう。情」

 立ち止まって振り返り、隆成は爽やかな顔で告げた。

「そのうち、また遊ぼうぜ」

 その言葉に対し、情は何も言い返さず、隆成も返事を待たずにその場を去った。

 その後、隆成の助言により気が変わった情は、授業が始まると、情は由子とどう接触するかを考える。

 しかし、手段など考えるまでもなく一つしかなかった。

 放課後を迎え、情は意を決して行動に移す。

「本庄」

「綾瀬くん?」

 クラスメイト達が次々と教室を出る中、情は唯莉を呼び止める。

「あー……心の準備が出来たからその……いいか?」

「……うん、オッケー!」

 満面の笑みで快諾する唯莉の前で、情はいたたまれない気持ちを堪え、頑張って作り笑いを浮かべていた。

「それじゃあ行こうか。由子ちゃーん」

 行動の早い唯莉に焦りつつも、情は覚悟を決めた。

 だが、教室の中に、由子の姿はなかった。

「……いないな」

「そうだね」

 まず唯莉に声を掛ける時点で緊張していた情は、肝心の由子の存在を気にしていなかった。

 何ともバカバカしい空回りに、情はもう帰りたくなった。

「多分まだ校舎だよ、行こ!」

 そう言って、唯莉は教室を飛び出した。

 付き合ってもらう手前、任せきりする訳にもいかず、引くに引けない気持ちになった情も唯莉を追いかけて、由子の捜索に同行する。

 二人が真っ先に向かったのは昇降口だ。

 帰宅や部活に向かう運動部の生徒たちの流れがすでに落ち着いてきており、人を探すのは難しくなさそうだ。

「……いないな。もう帰ったのか?」

「どうだろう。部活はやってないっぽいんだけど……ああもう、最終手段!」

 そう言って、唯莉はその場から離れ、情もそれに付いて行く。

 訪れたのは校舎の端、資料室なる場所が近くにあるだけで、生徒や教員の姿が他に一切ない静かな場所だった。

「どうするんだ?」

 人気のない場所に来た意図が読めず、情が素朴な疑問を投げると、唯莉は得意げな顔をして、その辺りに漂うアイズたちに目を向けた。

「由子ちゃんを探して欲しいの、お願い」

 唯莉の言葉を受けると、アイズたちはそれぞれ目を合わせ始めた。

 各々何かを尋ねたり、考え込んだりと反応を示すと、いくつかのアイズが何か気付いたように動き出した。

「行こう」

「あ、ああ」 

 アイズを追いかけながら、唯莉は情に付いて来るよう促し、こんな事も出来るのかと情は密かに感心しながら従う。

 アイズの進むペースに合わせて、小走りで校舎を進むと、昇降口から離れていく。窓の外を覗くと、体育館らしき建物が見えた。

「まだ帰ってないって事か?」

「みたいだね。何してるんだろう?」

 情と唯莉が揃って怪訝に思っていると、アイズたちのうち数体が突如急ブレーキを掛けた。

 止まった個体は慌てふためくように動き、先に進んでいた個体たちもそれに気付くと焦り始めたように動く。

「これって」

「クリーチャーか⁉」

 アイズの異常に二人は足を止めると、次いで前方にある階段から激しい足音を聞いた。

 直後、階段の方から虚ろ目のアイズが現れ、それを追い掛けていた嵐正彦が現れた。

「あっ綾瀬!そいつ捕まえろ!」

 走りながら声を張る正彦だが、それと同時に虚ろ目のアイズが動いた。

 妖しく目を輝かせ、周囲に漂うアイズを巻き込むと、集合体となって情と唯莉を呑み込んだ。

 するとアイズの集団は、正彦を残してオービタルに入り込む。

 正彦の視点からは、アイズが次々と消えていく様が見えた。

「やろぉ!」

 自身を無視するような動きがやや癇に障り、正彦は消えていくアイズの集団の中に飛び込んだ。

 そうして正彦の姿も廊下から消えた。

 その光景を見た男子生徒の一人が、足早にその場を離れた。


                  


 情たちが入ると、オービタルの中は体育館のフローリング床に下駄箱が壁となって立ち並び、上は教室と同じ蛍光灯の並ぶ天井となっていた。

「もうっ、こんな時に!」

 不満そうな割には可愛い声を出し、唯莉は虚ろ目のアイズを睨んだ。

 それに応えるように、目を光らせ続けるアイズは結晶を生やし、人型になると結晶を砕いて、中からクリーチャーが現れる。

 ボールを入れる大型の籠と下駄箱をグチャグチャに混ぜた、一際角張った造形をしていた。

「早いとこやっつけて、由子ちゃん探すんだから」

 現れたのはたった1体。

 そう考えた唯莉は悠然とした顔つきで、その双眸に紫色の光を宿した。

 刹那、無数のアイズたちが唯莉の元に集い、その身体を覆うように渦を作ると、そのまま唯莉の身体に溶けていくように密着していく。

 傍らから見ていた情は、流れるように動くアイズの隙間から、唯莉の着ていたセーラー服が消え、その柔肌が垣間見えた。

 次の瞬間、唯莉は情が初めて会った時に見た、薄紫色と明るいグレーを基調とした、全身にフィットするスーツ姿になっていた。

 所々に機械的な装甲を装着し、その右手には唯莉の腕を越える大きさの大剣が備えられた、マスターと呼ばれる人間の戦闘形態だ。

「行くよ!」

 右手に備えられた大剣がスライドし、その柄を掴むと、唯莉はクリーチャーに向けて突撃した。

 間合いに入り、唯莉は豪快に大剣を掲げると、一気にそれを振り下ろそうとする。その時だった。

 天井が音を立てて砕けると、そこから高速で別のクリーチャーが出現し、唯莉の大剣を受け止めた。

「ええっ⁉」

「あいつ!」

 現れたのは、今朝方に情が逃がした翼を持つクリーチャーだ。

 その腕に生えたノコギリ状の羽をクロスさせ、唯莉の大剣を止めている。

 新たに出現したクリーチャーに動揺するのも束の間。穴の開いた天井から、続けざまに2体のクリーチャーが現れた。

 机とシャープペンで構成されたような個体にチョークと三角定規で構成されたような個体だ。

 その2体が揃って唯莉に襲いかかる。

「うわっと」

 思わぬ急襲に驚きつつも、唯莉は即座に飛び退いて回避し、そのまま後退した。

「いきなり出てこないでよ!もー」

 唯莉が口を尖らせて不満を漏らすと、その後ろから情と正彦が前に出た。

「多勢に無勢。放っとける訳ねぇよな」

「取り逃がしたのは俺だ。羽根つきのは俺がやる」

 勇ましく言葉を並べると、二人はそれぞれグリップを、情は制服の懐から、正彦はズボンの後ろポケットから取り出し、バレットを装填した。

 撃鉄を上げ、引き金を引く。そうして二人は、バレットを起動する。

 同時にグリップの先にアイズたちが集まり、それぞれの武器を構成する。情は剣に、正彦はドリルに。

 そうして戦う力を得た二人は、クリーチャーに向けて駆け出した。

 対するクリーチャーも4体全てが二人に向かって行く。

 その中で、情は羽根つきのクリーチャー目がけて突貫し、他を躱しながら接近すると、剣を押し付けてそのまま押し出した。

 絡み合うようにして集団から抜けた情と羽根つきを追うように、残りのクリーチャーは反転する。そうして無防備になった背後を、正彦の蹴りと拳、ドリルによる突きが繰り出された。

 空気を読んで情の気持ちを尊重した正彦の計らいだ。

 そのまま正彦は、3体のクリーチャーを情の元に行かせないように相手する。

「悪い」

「気にすんなって。転校生には、気を遣ってやらないとな」

 情は後目に謝辞を送ると、そのまま羽根つきのクリーチャーをさらに押し出し、置かれた下駄箱に叩きつけて、そのまま外へと連れ出した。

 それを見送ると正彦は、完全に標的を自身に定めたクリーチャー3体を迎え撃つ。

 グリップの引き金を強く引き、それに繋がるドリルを回転させると、クリーチャーに向けてぶつける。ガリガリと音を立てて火花を散らすと共に、クリーチャーの身体を衝撃が襲った。

 多勢に無勢を気にしていた割に、正彦は1対3の状況で活き活きとしていた。

 そんな様子を、後方から唯莉は呆然と眺めていた。

「すごいねー、綾瀬くんとあの人……」

 率直な感想を零すと、唯莉の肩に備えられた装甲から1体のアイズが飛び出し、全身を激しく振って前線に出る事を促す。

「そうだね。私も頑張らなくちゃ」

 手にした大剣を握り直し、唯莉も戦いの場へと駆け出す。

 正彦の背後を取った机とシャープペンのクリーチャー目がけて、唯莉は大剣を突き刺し、大きく吹っ飛ばした。

「うおっ、ビックリした」

「私だってやるよ!」

 得意げに言うと、唯莉は大剣を振るい、残り2体をまとめて吹っ飛ばした。

 その際、大振りされた大剣の切っ先が、正彦の目の前で空を切った。

「おお、やべぇ……ホントあぶねぇ……」

 軽く腰が引けながら呟くと、正彦は先に飛ばされたクリーチャーが情の元へ行こうと外へ出るのを見つける。

「あ、行かせるか!ここ頼む」

「え⁉あ、うん!」

 残り2体を唯莉に任せると、正彦はクリーチャーを追うべく外へ出た。

 外はグラウンドを模した地形に繋がっており、正彦はクリーチャーに追いつくと、飛び蹴りから始まる怒涛の猛攻でクリーチャーを追い詰める。

 クリーチャーも反撃すべく、ほぼシャーペンで構成された腕を突き刺そうと伸ばすが、それを容易く掴むと、正彦はドリルでクリーチャーの腕に突き立て、そこを構成する鋭利なペン先を削り砕いた。

 衝撃に悶えるクリーチャーを蹴飛ばすと、頃合いと見た正彦はグリップの引き金、その後方にあるボタンを押した。

 それに連動し、光沢感のあるマガジンのような突起がグリップから飛び出すと、正彦はそれを押し戻す。 

 その動作に反応し、ドリルは淡い輝きを放って回転数を増す。

 それを構え、正彦は敵を鋭く見据えると、地を蹴って一気に接近し、殴りつけるようにして、ドリルを突きだした。

 ドリルはクリーチャーの腹部を抉り、やがて貫いた。

 クリーチャーはその場で力尽きたように腕を落とすと、直後に爆散し、クリーチャーから出て来たアイズが黒目を×マークにして、ユラユラと飛び去って行った。

「うっしゃぁー」 

 薄い煙を払いながら、正彦は勝ち誇ると共に声を上げた。

「よし、次は……」

 そう言っていると、正彦は少し離れた所で情がクリーチャーと戦っているのを見つける。

 少し苦戦しているようだった。

「あっちだな!」

 即決し、正彦は情に加勢すべく飛び出した。

 ノコギリ状の羽が付いた腕が機敏に振り回され、情を攻め立てる。

 手にした剣で受け流すが、時折それを抜けて情の身体を襲う。そしてついに攻撃が深く入り、情は大きく後退した。

 そこへ、正彦が割って入った。

「大丈夫か、1体だけに」

「……意外と強い」

「へっ、それがどうした!」

 強気に吠えると共に、正彦は羽根つきのクリーチャーに突撃し、ドリルを突き出した。

 それをクリーチャーは腕を使って受け流すと、ガラ空きになった正彦のボディに前蹴りを放ち、追撃の鋭い蹴りを叩き込む。

 正彦は呆気なく吹っ飛ばされ、情の足元に倒れた。

「……意外と強いな」

「……な?」

 痛みよりも恥ずかしさの方が強い正彦に、情は同情するような声を掛ける。

「ちっ、いくぞ!」

 舌打ちまじりに立ち上がり、正彦は再びクリーチャーに迫り、情もそれに続いて行く。

 再度ドリルを突き出し、クリーチャーはそれを払うが、そこへ情が剣を振って斬り付け、その直後に正彦がドリルで殴る。

 そうして交互に前へ出て攻撃を繰り出し、情と正彦はクリーチャーを圧倒していった。

「いけるな!」

 攻勢に正彦が声を上げると、不意にクリーチャーは肩から翼を広げ、突風を引き起こすと共に跳躍し、空へ舞い上がった。

「は?マジで飛べんのかよ!」

「言っただろ」

「どーすんだよアレ!これじゃ届かねぇよ!」

 やかましく喚きながらドリルを叩く正彦を横目に、情はグリップと剣の接合部に備えられたスライドパーツを動かし、そのまま接合部を基点に剣を回転させる。

 剣の刃は照準装置に、筒状の部品は砲身となって、L字に変形した剣は銃へと姿を変えた。

 両手でグリップを持ち、それらしい構えを取って、情は空を飛ぶクリーチャーを狙い、引き金を引く。

 砲身から光の弾が放たれ、クリーチャーに迫ると、そのまま通り過ぎて空の彼方へと消えていった。

 それから情は何発も銃で光弾を撃ち放つが、クリーチャーには一向に当たらない。

 銃の心得など無い情には、難しい攻撃法だった。

 それを隣で見ていた正彦は、もどかしそうに自分のドリルを弄り始める。

「ちょっ、俺のにも何か無いのかよ」

「……ドリルの根元を回してみろ」

「え?」

 困り果てた正彦を見かねて情は口を出し、正彦は目を丸くしながらも、それに従い、回転し続けるドリルの根元パーツを回した。

 すると、円錐形のドリルは先端の突起が引っ込むと、斜面の部分が展開され、そこから砲身が上段、下段共に4門ずつ、計8門が伸びる。

 正彦の武器はドリル同様、回転する武器、ガトリング砲へと変形した。

「おお、何か出た!」

 興奮した声を出す正彦だが、その手は引き金を引き続けている。

 砲身が開放され、引き金を引いている事で、ガトリング砲は正彦の意思とは関係なく、その真価を発揮した。

 回る砲身から次々と光弾が飛び出し、突然に出たその勢いと音に正彦は驚くと、身体を仰け反らせる。それによりガトリング砲も明後日の方向を向き、その弾が情を襲った。

「あっぶ……、おいっ!」

 奇跡的に命中はしなかったが、周囲を飛び交う流れ弾に背筋を凍らせ、情は足早に正彦から離れて、文句をぶつける。

「わ、悪いって。でもこれで!」

 簡単に謝罪すると、正彦はガトリング砲を空のクリーチャーへと向け、光弾を斉射した。

 情も引き続き、クリーチャーを狙い撃つ。

 しかし、下手な鉄砲よりも数撃つ方が当たるようで、正彦の放つガトリングの弾のみが、クリーチャーに命中していた。

「おお、当たるぞ!」

 嬉しそうに言う正彦をどこか悔しそうな顔で一瞥しつつ、情も相変わらず撃ち続ける。

 だが結局、情の射撃は当たらないまま、正彦の乱射によってクリーチャーは撃ち落とされた。

「よっしゃぁぁぁ!」

 歓喜する正彦の声が耳に障り、情は不機嫌そうな顔になってグリップのボタンを押し、マガジンパーツを出すと、それを押し戻した。

 止めの一撃の準備が整い、情は鋭い視線と共に、淡く輝く銃の砲身をクリーチャーに向けた。

 ダメージと落下の衝撃で的の動きは鈍い。

 引き金を引くと共に放たれた光の塊は、真っ直ぐとクリーチャーに向かって行く。

 だがその直前に、羽根つきのクリーチャーの足元に角張ったクリーチャーが転がった。

 それに気付いた羽根つきのクリーチャーは、即座に角張ったクリーチャーを強引に起こし、迫る光弾に向けて投げた。

「ごめーん、そっち行ったー」

 唯莉の呑気な声が響くと同時に、角張ったクリーチャーは光弾に穿たれ、直後に爆散した。

「こいつ……」

 姑息な真似も気に障ったが、それ以上に、また当たらなかったと情は微かな憤りを覚えた。

 羽根つきのクリーチャーは再び翼を広げ、飛び上がる。しかしダメージのせいか、その動きは遅く、その隙を情は逃さなかった。

「もう逃がすか!」

 地を蹴り、クリーチャーの元へ走ると、情は大きく跳躍してクリーチャーに飛び付いた。

 クリーチャーの左翼に組み付くと、情は翼の付け根に銃を突き立てた。

「これなら当たるだろ」

 言って、情はゼロ距離射撃を連射する。

 クリーチャーも情を振り落とそうともがき飛行を続けるが、どうにか滑空するのがやっとのようだった。

 そして、射撃により穿たれた肩から翼の付け根が裂け始める。

「おまけだ」

 情はクリーチャーの胸部、目に付いた明るい色の部分に銃を突き立て、引き金を引いた。

 比較的脆かったようで、穿たれた部分から銃の照準装置、剣の状態の切っ先部分は簡単に抜けた。

 その際、切っ先に何か引っかかっているのが見えたが、それ以上に気になる事が目に付いた。

 グランドの真ん中に突如アイズたちが無数に現れ、集団を形成していた。

 オービタルの出入り口だと情は気付くが、それに気を取られてクリーチャーが突き出す腕に気付けず、情は突き飛ばされた。

 落下し、地面を転がるが、その時クリーチャーも墜落するのが見えた。

 今度こそ止めを、そう思った矢先、仰向けになった情の目に白い小さな丘が見えた。

 薄い陰で覆われたそれが少女の下着だと気付く前に、両手で押し付けられたスカートで隠される。

 状況が呑み込めず、情は視線を上の方へ移すと、そこにはワナワナと打ち震え、羞恥に顔を赤くする、南由子の顔があった。

「なっ、えっ⁉」

「お、おま、おま……おまえぇ」

 怒気にまみれた声と共に、由子は怒れる目に黄色の光を宿した。

 その瞬間。由子の元にアイズが集まり、渦となって瞬時にその身体を包むと、セーラー服姿だった由子は唯莉同様、全身にフィットするグレーと黄色を基調としたスーツを身に纏っていた。

 唯莉との違いはスーツの色と、身体の各所を覆う装甲の形状が異なっている事と大剣を持っていない事。

 それと、どうやら由子は着やせするタイプの人間だったようで、その胸部には唯莉のそれより一回りは大きそうな乳房がスーツ越しに揺れていた。

 マスターである由子の戦闘形態。 

 その姿に情は面食らっていると、由子は憎悪に満ちたような声で叫んだ。

「このっ、ストーカー野郎っ!」

「はあぁ⁉」

 思いもよらぬ言いがかりに、情はつい声を張り上げる。

 それと同時に、由子は大きく引いた美脚で、情の身体を思いのままに蹴り飛ばした。

 戸惑うままに吹っ飛ばされた情は、偶然にも墜落した羽根つきのクリーチャーと激突した。

「くっ、いきなり……」

 由子の意図が全く読めず、立ち上がった情はその表情を伺うが、変わらず怖い顔で情を睨んでいた。

「こんな所まで、アタシの場所にまで……お前なんか!」

 怒号どごうを上げると共に足を広げて仁王立ちになると、由子が身に纏う各所の装甲にアイズが集まり、淡い光を注ぐと、装甲が展開した。

 するとそこから、多種多様な砲門が飛び出した。

 両肩と両足にミサイルポッド。

 腰の左右に6連ガトリング砲。

 両腕に2連装キャノン砲。

 背中に2本の長砲身を誇るバズーカ。

 それら全てが、もれなく情に狙いを定めていた。

「ここから、出てけぇぇぇぇぇ!」

 一際大きな叫び声と共に、全ての砲門から弾丸、弾頭、エネルギー弾が放たれ、情に向かって飛んで行く。

 回避不可能とすぐに分かる圧倒的な火力を前に、情は傍にいたクリーチャーを掴むと、飛んでくる砲撃に向けて放り、その場から逃げようと走り出した。

 運よくクリーチャーが盾となり、先に来た一部の砲撃からは情は逃れた。

 そして当然、それを受けた事によりクリーチャー爆散。

 だが、その後に来る砲撃からは逃れられず、巻き起こる爆風と衝撃に呑み込まれて、情は自身の絶叫と共に吹っ飛ばされた。

 ゴロゴロと地面の上を転がり、情はうつ伏せに倒れる。

 全身を鈍い痛みが絶え間なく襲うが、情はどうしてこうなったのかと考えようと顔を上げた。

 すると、手から離れていた銃を見つけ、その先に何かが落ちていた。

 由子の攻撃に巻き込まれ、ボロボロになっていたが、情はそれが下着だと気付く。すると、それは分解され、中からアイズが出て来た。

 羽飾りをしたアイズ。確か、朝に由子とぶつかった際、その下着を見ていたアイズも、羽飾りのアイズだった。

 そのうちの一体が情に付いて行き、その先で虚ろ目のアイズに吸収され、一緒にクリーチャーとなった事で、目に焼き付いた由子の下着がクリーチャーの一部となっていたようだ。

「おまえ……」

 忌々しげに羽飾りのアイズを睨むが、アイズも目を×マークにしてフラフラと去っていった。 

 一応、下着を見たという所では同罪であり、その裁きを共に受けていたと言えばそうだろうと、情はなんとなく思った。

 由子の怒りの原因が半分くらい分かった気がしたが、ストーカーと言うのが分からない。

 心当たりのない情からすれば完全な言いがかりだ。

 だが、当人はそう思っていないらしい。

 鬼の形相のまま、情の所まで歩いて来た。

 だが、汚物に嫌悪感を表すように、情から数メートル離れた所で立ち止まる。

 今にもまたぶっ放しそうな様子に戦慄し、情は身体に鞭を打って、膝を付きながらもどうにか身体を起こした。

 それを見た由子は、しぶとい虫を見るように顔を引きつらせる。

 すると、由子の右腕に装着された装甲が展開し、そこから再び2連装キャノン砲が出て来た。

 物理法則を無視したように出て来た砲身に内心で突っ込みつつ、なんとか誤解を解こうと情は言葉を探す。

 しかし、答えが出るより早く、砲身が情を狙った。

 全身が凍りつくような感覚に、情は身震いする。

 無理やりにでも言葉を出そうと口を開くが、喉から声は出なかった。

「ストップ!」

 鋭い声で言って、情の後ろから唯莉が割って入ると、由子の右腕を掴み、強引に砲身を逸らした。

「由子ちゃんどうしたの?何でこんな事……」

「だってコイツが!このストーカーが」

「だっ……違う!」

 指をさしてくる由子に対し、情は全力で否定した。

「何言ってんだ!朝から放課後まで、知ってんだぞアタシを見てたって!」

「何の事だ!」

 全く身に覚えのない情は、思わず声を荒げて言い返した。

「そ、それに……アタシのパ、パン……」

「パン?」

「イヤ、それは悪かった。けど朝もさっきもわざとじゃない。あと俺はストーカーでもない!」

「認めてるじゃねぇか、コイツ!」

「ちょっ、だからストップだってば由子ちゃん。やり過ぎだよ!」

 激情して武器を向けようとする由子を唯莉が慌てて止めた。

「朝とさっきまで、何があったの?教えて」

 真っ直ぐと問い掛ける唯莉に、由子は少したじろぎ、渋々と話し出した。

 その話によると、由子はここ最近、何者かの視線や気配を感じる事が多く、人気のない場所や普段通らない道でもそれを感じるそうだ。

「コイツ、先週くらいにもアタシの事撮ろうとしてたんだ」

「あれはっ!あそこにあった城を撮れないか見てたんだ!お前も見ただろ、城!」

「城って、あの浮いてる外国っぽいの?」

「そうっ、それっ!」

 思い返すようにして唯莉が尋ねると、情は全力の肯定を示し、由子も内心で納得がいってしまい忌々しげに顔を歪めた。

「あ、朝だって、アタシが普段通らない道で追って来て。逃げた先に先回りして!」

「初登校で道に迷いながら近道してただけだ、偶然だ!」

「放課後もずっと付いて来てた」

「それは無いよ。綾瀬くん、放課後は私と一緒だったもん」

「なっ……」

 確かなアリバイが発覚し、由子はバツの悪そうな顔になる。

「……でも、朝はどうなんだ⁉コイツ一人だったぞ!」

「ああ、それは……綾瀬くん、どう?」

 何故か段々取り調べをされている気がし始め、実際似たような事なのだろうと気が抜けて来た情は、億劫おっくうそうに答えた。

「その時は一人だったよ。その後あそこの……嵐と会ったくらいで」

 少し離れた場所で様子を見るように佇む正彦を指しながら言うと、情は由子を見つめて疲れたような声で続ける。

「とにかく、俺はストーカーじゃない。朝とさっきは……あー、見た事は本当に悪かったよ」

 素直な気持ちで謝ると、由子はまたバツの悪そうな顔になってたじろぐ。

 そこへ唯莉が重ねて申し出た。

「由子ちゃん。もういいでしょ?」

「ぐっ……今日の所は……この辺にしといてやる」

 そう言って踵を返すと、由子は戦闘形態を解いてセーラー服姿に戻り、その先にアイズたちが集合すると、そこへ入ってオービタルを出た。

 脅威が去った事に心から安堵し、情は大きく溜め息を吐いた。

「綾瀬くん、大丈夫?」

「大丈夫に見えるか?」

「おーい、綾瀬ー、大丈夫かー?」

「だから大丈夫に見えるか⁉」

 今頃やって来た正彦に、情は棘のある声で言い返した。

「いや、すげぇ爆発だったけど……よく生きてたな」

「本当にな。痛いだけで、意外と怪我らしいのはなさそうだ」

「すげぇな、意外と大丈夫なんだな……。てか大丈夫なんじゃねぇか!」

 感心した直後に正彦は鋭い突っ込みを入れ、その様子から唯莉も情に大事が無いのだと安堵する。

「立てそう?」

「何とかな」 

 心配する唯莉に対し、意地を張るようにして情は立ち上がった。

「とりあえず……ここを出るか」

 フラフラとしながら出された情の提案に、正彦と唯莉が揃って賛成し、3人はオービタルを出た。


                  


 空が夕の光に染められ、部活動を終えた一部の生徒がチラホラ下校する時間帯で、情は廊下の壁に背を預け、腰を落としてだらしなく休んでいた。

 その傍らで、正彦が窓から部活動に勤しむ級友たちを静かに眺めていた。

「……お前、部活とかやってないのか?」

 沈黙を破るべく、おもむろに情が問い掛けると、正彦は意外そうな顔をした後、気さくに答える。

「最初は水泳やってたけど、微妙に合わなくて、その後ちょっとだけサッカー入って、すぐ辞めたな」

「意外だな。長続きしないのか?」

「かもな、中学の頃はボクシングかじってたけど、それもそんなに続かなかったな。綾瀬はなんかやってないのかよ」

「部活はやってなかった。けど、身体は良く動かしてたな」

「て言うと?」

「悪友とつるんでたら、そんな感じになった」

 その言葉に、正彦はさらに意外そうな顔を作るが、さすがに悪いと思って顔を逸らした。

「……お前、まだ帰らないのか?」

「放って置くのも可哀想だからな」

 皮肉るように正彦が返すと、情は小さく息を吐いて、気怠そうに立ち上がった。

「もういいのか?」

「十分休んだ」

 オービタルを出た後、ダメージを受けていた情は少し休んでから帰る事にした。

 大した事は無いから一人でも問題ないと情は言ったのだが、暇だし疲れたからと、正彦も一緒に休むと言い出した。

 それを聞いた唯莉は先に帰り、男子二人で適当な場所を見つけ、のんびりと駄弁りながら時間を潰していたのだ。

「あーその……悪かったな、綾瀬」

「何がだ?」

「イヤ、その……助けてやれば良かったかなって。あの由子って子から」

「一応、アレは俺にも非があった。確実にやり過ぎだとは思うが……」

「だよな!見てて凄かったぞ、こう……ドカーンて」

 大仰なジェスチャーで感想を伝える正彦を、情は疲れるように見る。

 そんな様子を見せる情に、正彦はまた心配そうに声を掛ける。

「大丈夫か?あんまり無理すんなよ?」

「……お前、結構いい奴だな」

「おお、まあまあよく言われる」

「……じゃあな」

「ああ、またな」

 苦笑まじりに情が別れを告げると、正彦は朗らかに返して情を見送った。

 廊下の角を曲がり、見えなくなるのを確認すると、表情の落ち着いた正彦は教室側の壁に背を預けた。

「イヤまあ……ホントに悪いな、綾瀬」

 誰にも聞こえない、強いて言えばアイズに聞こえるか聞こえないかの声で呟くと、正彦は周囲を漂うアイズたちを追い払うように手を振り、その視線が自身から外れた事を確認すると、ポケットからスマホを取り出した。

「ほぼほぼ濡れ衣だからなー。ホント申し訳ないって思うわ」

 そう呟きながらスマホを操作し、画面に映り出したのは、スマホで取った写真のアルバム。

 南由子が写された画像の数々だった。

 その全ては目線がカメラを向いておらず、隠し撮り、つまり盗撮である事を物語っていた。

 それらを一つ一つ吟味するように見つめると、一度画面を落として、正彦は満たされたように大きく息を吐いた。

 多分去年の春の終わりくらいだろうか、1年の時に同じクラスになって、ほんの少し話したくらいだ。

 特に会話が弾んだとかでは無く、むしろ素っ気ない態度だったのだが、それから妙に彼女の存在が気になった。

 気が付けば、毎日その顔を眺めていた。

 あまり笑う事のない表情。無趣味なのか、学校で特定何かをしている所を見た事が無い。

 そう気になり始めると、気が付けば下校する後を付いて行いっていた。家の方向が同じで幸いだった。

 そしてうっかり家の場所を知ってしまった。小さなマンションに一人暮らしのようだった。

 さすがに罪悪感を覚えたが、それでも学校では目を離せなかった。

 話し掛けようとも考えた。しかし、何を話せばいいか分からない。

 だから切っ掛けが出来れば、それはとんでもない幸運に思え、その日は理屈抜きに良い日になると思えた。

 自身が何故そんな感情を抱くのか、最初は正彦も理由が分からないまま戸惑った。

 物事にはすぐに熱くなるタイプだが、すぐに飽きるタイプでもある。そんな自分が、1年も気を向けていると、正彦はそれが特別な気持ちなのだと意識せざるを得なかった。

 その気持ちは日に日に正彦を熱くさせた。

 いつしか見ているだけでは足りなくなり、彼女の事をもっと知りたくなった。

 気付かれないように後を付け、衝動に抗えぬまま、その姿を記録に収めた。

 そうして正彦の中で一つの一線を越えた直後の事だった。

 突如、至る所に不可思議な眼が見えるようになった。

 他の人間を見る限りでは、その眼は自分にしか見えないと正彦は理解した。

 そして、正彦が想う彼女、由子もまた、その眼が見えるのだと分かった。

 眼、アイズについて知ったのは、数日後に羽島と言う男に声を掛けられてからだ。

 そこで、アイズと関わっていく事を頼まれた。正彦の中に、断る理由はなかった。

 アイズを操るマスターと呼ばれる人間、由子もその一人であると分かると、他の誰にもない由子との繋がりを持てると思い、こういうのを運命と言うのだと、正彦は確信した。

 戦う理由、由子の傍にいる理由を見つけた気になると、正彦は自身の行動に歯止めが効かなくなってきた。

 以前よりも後を追う頻度は増し、盗み撮りも続ける事で躊躇いが薄くなっていった。

 気付かれそうになればオービタルに逃げ込む。そうして、正彦は自身の行動を由子に悟られずに済んでいたが、さすがにやり過ぎたせいか、由子が警戒し始めるようになった。

 そして今日、ついに気付かれるかと正彦は肝を冷やしたが、都合の良い偶然が重なり、由子は犯人を情だと勘違いした。

 間違った対象への制裁を目の辺りにし、割を食った情に同情すると共に頭を冷やした正彦は、自身の行動を自粛しようと思った。

 焦らなくとも、これから由子との時間は増えていくだろう。

 胸の内で心が踊り、正彦は軽快な足取りでその場を後にする。

 その姿を、どこか呆れるような目で、アイズたちが見送っていた。



 






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