(12)
「――手塚さん、兄弟は弟さんだけで、しかもまだ学生で結婚なんてしていないから、弟さんの子供を乗せたってことは考えにくいし」
希恵もかれんと同じことを思ったらしい。
「じゃあ……」
「私の友だちの友だちに手塚さんと高校の時に同級生だったって人がいるの。手塚さんとすごく仲が良くて、でも今は県外に住んでいるんだけど、SNS使って何とかその人と連絡を取ることができて……」
希恵はここで、一旦口を閉じた。
「――」
かれんは希恵の次の言葉を、ただ黙って待った。
待つことは待ったが、希恵の言葉を待たなくても、希恵が次にどんな言葉を言うのかは予想がついた。
「手塚さん、転勤先の上越市で結婚して、子供も生まれてたんだって」
予想通りの言葉が、希恵の口から出て来た。
かれんは予想通りの言葉を聞いたとは言え、希恵の口から出て来た言葉にかなりのショックを感じた。
手塚は結婚して子どもまでいたのだ。
子どもがいるのであれば、車の後部座席にチャイルドシートの跡がついているのもわかる。
手塚は新潟市には、多分「単身赴任」で戻ってきているのだろう。
単身赴任でなければ、妻帯者の手塚が気軽に希恵を誘うことなんてできない。
では、どうして結婚して子どもまでいる手塚が、まるで「ヨリを戻したい」ような雰囲気で希恵に連絡をしてきて、希恵と会ったのだろうか。
「――」
かれんには予想がついたが、希恵の気持ちを考えると、希恵があまりにもかわいそうで何も言葉を発することが出来なかった。
かれんは思わず
「――SNSで手塚さんが結婚したって教えてくれた人、手塚さん、同級生とか周りの人には結婚したことあんまり話してないって言ってた。何か、子供が出来ちゃって急に結婚することになったみたいで、結婚式とかも挙げてないんだって。
手塚さん、奥さんとお子さんと離れて、気持ちが浮ついちゃったのかな? それとも、淋しくなったのかな? それとも……。だから、私に連絡して来たのかな?」
しばらくの沈黙の後に希恵が話した言葉を聞いて、かれんは思わず顔を上げた。
今の希恵の声。
かれんが予想していたよりも、悲壮的な感じの声調ではなかった。
かれんが希恵の顔を見てみると、希恵は目に涙こそをためてはいるが、意外と晴れやかそうな表情をしながらかれんに向かって笑みを浮かべた。
「希恵……」
「私も手塚さんがいきなり連絡してきて、ちょっとおかしいなとは思っていたんだ。だって、私が手塚さんと付き合って別れたのなんて、何年も前だし、別れた後はずっと音沙汰なかったのに、今更連絡してくるなんて……。私が忘れられなかったとか、そういうわけじゃなかったんだね。
確かに手塚さん、せっかく連絡くれたのに、私と会う時って夜とかあんまり人目につかないようなところで会おうって言っていたような気がする。
マリンピア日本海の時だって、私が『行きたい』って言ったから連れて行ってくれたけど、友達と一緒に行こうって言うなんて、私と二人っきりだと、誰か知ってる人にバッタリ出くわしたら怪しまれるだろうと思ったからかもしれない。マリンピアって観光地だし、市外からの家族連れとかも来そうだし」
あっ、とかれんは心の中で声を上げた。
マリンピア日本海のチケットの発行日がおかしかったのは、そのためだったのか。
手塚は希恵に「マリンピア日本海に行きたい」と言われた時、「もしかすると、自分が結婚して子供がいることを知っている人と出くわしてしまうかもしれない」と思ったのだろう。
だからと言って、希恵に本当の理由を言って断ることなんてできないし、「学生時代に手塚や他の友だちと一緒にマリンピア日本海に行く予定だったのに、体調を悪くして行けなかったことがあるから今度は一緒に行きたい」と希恵に言われたら、ますます断りにくい。
そこで、手塚が考えた方法が、昴の言う「ダブルデート」だったのだ。
二人っきりでなく、他の人も一緒にマリンピア日本海に行けば、誰かに希恵と一緒にいるところを目撃されても、何とでも言い訳することができる。
手塚は「ちょうど職場でマリンピアの券を4枚もらったから、希恵ちゃんの友達と一緒に行かないか」と言って、チケットはマリンピア日本海に行く一週間前に、手塚本人がコンビニで購入したのだろう……。
他にも思い当たることがある。
手塚はかれんと久しぶりに会った時に「あの『株式会社スカイ』にお勤めなんですよね? 求人情報誌『ワークニュース』の。県庁とかも営業に来たりしてるんですか?」と訊いて来たではないか。
あれだって、かれんが手塚の働いている県庁に営業に来て、うっかり「実は結婚して子供がいる」ことがバレたらまずいと思って訊いて来たのかもしれない。
自分の会社のことを聞かれた時、かれんは特に何も気にも留めなかったが、今考えてみると、手塚の「策略」がハッキリと見えて来る。
でも、自分は何も気づかなかったが、昴は気づいていたのだろう。
さすがに手塚が「株式会社スカイ」の話をした時は「ふーん、かれんちゃん、県庁には営業には行かないんだね」くらいにしか思わなかったかもしれないが、手塚の後部座席のチャイルドシートの跡を見た時、すでに昴は手塚の「策略」に気付いたのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます