(13)
「――希恵、あの」
言いかけて、かれんは思わず下を向いてしまった。
希恵にどう声を掛けてあげれば良いのかわからない。
きっと、希恵は手塚が妻帯者だと知って、ひどくショックを受けたはずだ。
希恵の気持ちを思うと、かれんは自分の方が泣きたいような気持ちになってきた。
「かれん、そんな顔しないで」
聞こえて来た希恵の声は、さっきかれんが発した声とは違い、意外と明るい口調だった。
かれんが顔を上げて希恵の方を見てみると、泣きそうなかれんの表情とは違い、希恵は笑顔を見せていた。
「――希恵」
「私もね、手塚さんに奥さんがいて子どももいるって知った時、本当にショックだったの。でも、その……。まだ深い仲になる前にわかって良かったなって思って。
それに私、手塚さんと別れてからずっと『いつか手塚さんが戻って来てくれないかな』なんて無意識に思っていたような気がする。だから、今回のことでその願い事が叶って嬉しかったけど、でも、やっぱり手塚さんが私の元に戻って来ることなんて二度とないんだなってこともわかって良かった。
私、手塚さんに妻子がいるって知っても付き合えるほど、一途な女じゃないし。どんな状況であれ、好きな人と一緒にいられれば幸せって人もいるけど、私はそういう人間じゃないしね」
希恵の言葉を聞いて、昴が言っていたことはこれなのかとかれんはハッとした。
かれんに「希恵はその謎を解き明かしたら幸せになれるの?」と訊かれた昴は、「謎が解けて希恵ちゃんが幸せだと思うか思わないかは、希恵ちゃん自身が決めることだと思う」と言っていた。
希恵が「手塚に妻子がいても手塚と付き合えれば幸せ」と思えば、それは希恵の「幸せ」になるのだ。
確かに昴の言った通り、「他人の思っている幸せが希恵ちゃんの幸せ」とは限らない。
実際、「妻子がいてもその人と付き合えれば幸せ」と思う人はいる。
でも、希恵は手塚に妻子がいるとわかっている上で手塚と付き合うのは、「幸せではない」と思ったのだ。
「希恵……」
「あの占い師さん、すごいね。さすが、かれんが紹介してくれただけのことあるよ。『恋愛関係よりも友達としてお付き合いした方が上手く行く』って、本当にその通りだもの。
占い師さん、『手塚さんを観察すれば未来が上手く行く方法が見えて来るはず』って言っていたけど、このことだったんだね。私、手塚さんを観察して、手塚さんが結婚して子供までいるってことがわかったし。だから、私……」
希恵はここで言葉を切った。
かれんが希恵の方を見つめると、希恵は目にいっぱい涙を溜めていたが、やはりサッパリとしたような笑顔のままだった。
「だから……?」
「だから、私……。昨日、手塚さんに電話してハッキリと言ったの。『私、好きな人がいるのでもう会えません、ごめんなさい』って。手塚さん、何かいろいろと言って来たけど、私、『じゃあ、さようなら』って言って、電話切っちゃった」
「そう、だったんだ……」
「かれん、本当にそんな顔しないで。私、あの占い師さんと占い師さんを紹介してくれたかれんに本当に感謝してるんだ。だって、本当のことがわかって、やっと手塚さんのことを吹っ切れることができたのは、かれんと占い師さんのおかげだもの。あのまま、何も知らずに手塚さんと会っていたら、私、少なくとも幸せにはなれなかったと思う。
私、今度はもっと良い人見つけて幸せになるよ、かれんみたいに」
「私、みたいに?」
目から流れてきそうな涙を抑えていたかれんは、思わず驚いたような声を上げた。
「そう! かれんみたいに。だって、かれんと服部さん、本当に仲良いし、お似合いだもの」
「そうかな?」
「そうだよ。だって、服部さんが東京から帰って来たのって、かれんのためなんでしょ?」
「私のため、というか……」
かれんはもう一度、流れてきそうな涙を手で押さえた。「昴、東京から新潟に戻って来たのは、私の傍にいたいと思ったからなんだって言ってた」
――本当にあの男は、とかれんは心の中で呟いた。
二年前、かれんと昴が東京の街角で偶然会った時……。
その時、かれんは失恋した直後で、泣きそうな顔で歩いていた。
でも、昴に偶然出会ったら、なぜか笑顔になれたのだ。
昴はさっきまで泣きそうな表情で歩いていたかれんが笑顔になるのを見て、「やっぱり、僕がかれんちゃんの傍にいないとダメだ、僕もかれんちゃんの傍にいたい」と思ったらしい。
昴が電撃的に新潟に帰って来たのは、昴が「かれんちゃんの傍にいたい」と思ったのが理由だったのだ。
かれんはそれを聞いた時、「この男は何を勘違いしているのだろう」と思った。
別に、自分は昴が傍にいなくても生きていける。
昴がいないとダメだなんて、一度も考えたことがない。
自分はそんな弱い人間じゃない。
ただ、自分は昴が傍にいなくて、淋しいと思っただけだ。
ただ、それだけだ……。
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