(3)

「――えっ? 今度の日曜日に? マリンピア日本海に?」

 かれんが仕事帰り、いつものように「マーズレコード」に寄って話をすると、昴は嬉しそうに目を丸くした。

「うん、今度の日曜日に。昴、特に用事ないでしょ?」

「日曜日は用事ないよ。でも、用事があっても、かれんちゃんが『マリンピア日本海に行きたい』って言うんだったら、用事を断っても行くよ。

 かれんちゃんとマリンピアに行くなんて、どれくらい振りだろう? 嬉しいな。僕、最近全然行けてないけど、水族館とか動物園、大好きなんだ。東京にいた時は、結構一人で行ってたんだけど……」

 昴がまるで子供のように嬉しそうにはしゃぐのを見て、かれんはいつものように(この男は……)と思った。


 マリンピア日本海は名前の通り日本海に面した場所にある、市営の水族館だ。

 新潟市は他の市に比べて観光地が多くないが、マリンピア日本海はその多くない観光地の一つだった。

 かれんはそれこそ小さい頃は自分の両親と昴や昴の両親と一緒に何回か足を運んだこともあるが、大人になった今では行くこともなくなっていた。 


「よかった、じゃあ、日曜日、よろしくね」

 かれんは昴のはしゃぎ振りを抑えるかのように、クールに言い放った。

「でも、かれんちゃん、どうしていきなりマリンピアなんて行きたくなったの?」

「あっ、私が行きたいってわけじゃないの。友達の付き添いみたいなもの」

「えっ? かれんちゃんと二人っきりでマリンピアに行くんじゃないの?」

 昴が少しガッカリとした表情を見せた。

「ちっ、違うって! 何でいまさら昴と二人っきりでマリンピアに行かなくちゃいけないの。実は私の友達が前の彼氏と寄りを戻しそうなんだけど、その……」

 かれんはここで口ごもってしまった。

 昴に希恵と希恵の元カレの手塚の話をどこまで話して良いのだろうか。

「『その……』の続き、何? かれんちゃん」

 昴はかれんの顔を覗き込むようにジーッと見つめていたが、やがて大きな切れ長の瞳をキラリと光らせた。「ねえ、かれんちゃん、その友達の話、僕にもっと良く聞かせてよ」

                                         

 あーあ、やっぱり自分は昴には敵わないんだな、とかれんは思った。

 どうも昴は、謎解き好きの本能的なカンか何かで、かれんの友達である希恵の話に「何かある」と気づいたらしい。


 かれんはここまで来たら仕方ない……と思い、友達の希恵の話を正直に詳細に話した。

 希恵が大学時代に一つ上の先輩の手塚と付き合っていたこと。希恵と手塚のタイプが全然違うのが原因なのかわからないが、二人は一年くらいで別れてしまったこと。

 その後、手塚が上越市に転勤になったこと。そして、この4月に新潟市に戻ってきた手塚から突然連絡が来たこと。希恵の恋の行方を占うために昴も行ったことがある占いサロンを訪ねたこと……。


 昴はかれんの話に興味深そうに耳を傾けていた。

「――それで、何でマリンピアの話が出て来たかって言うと、昨日、希恵からラインが来たの。

 希恵、手塚さんにどこかに遊びに行かないかって言われたから、『マリンピアに行ってみたいな』って言ったらしいの。どうも学生時代に希恵と手塚さんと他の友だちと一緒にマリンピアに行く予定があったらしいんだけど、希恵が体調悪くして行けなかったことがあったんだって。だから、今度こそ手塚さんと一緒に行きたいなって。

 そしたら、手塚さんが『ちょうど職場でマリンピアの券を4枚もらったから、希恵ちゃんの友達と一緒に行かないかって連絡がきた』らしいのよ。で、私と昴が一緒に行けばいいのかなって思って。

 希恵に手塚さんと二人っきりで行かなくてもいいのって訊いたら、むしろ誰かが一緒の方が良い、最初から二人っきりで長時間会うのはちょっと緊張しちゃって……なんて言っててね」

「ふーん……」

 昴はかれんに顔をまた近づけると、ジーッと見つめた。

「なっ、何? 昴」

 かれんは思わず昴から顔を離した。

「かれんちゃん、もしかして、その占い師さんが言っていた『観察』、僕にやってほしいとか思ってるの?」

「えっ?!」

 かれんは昴に心の内をズバリと言い当てられて、戸惑った表情を出した。


 かれんが戸惑った表情をすると、昴は満足そうにニコニコと笑みを浮かべた。

「やっぱりそうだったんだ。かれんちゃん、そうならそうと素直に言ってくれればいいのに。僕、いつも言ってるじゃない、遠慮しないで何でも言ってねって。かれんちゃん、僕に文句がある時は言ってくれるけど、何か頼みごとがあったりすると、すぐに遠慮するんだから」

「べっ、別に遠慮なんてしてないけど!」

 また、この男は……とかれんは慌てて昴の言葉を否定した。

 別に「遠慮」しているから、昴に頼みごとをしないというわけではない。

 昴に頼みごとをすると、何でも「サクッ」と解決してしまうのが悔しいのだ。

 正直、面白くないのだ。

(――本当、私ってここまでくると「素直じゃない女」とか「平凡な女」とかじゃなくて、ただの「イヤな女」みたいじゃない)

 かれんは心の中でため息をついた。


「かれんちゃん、頑張り屋さんで何でも自分でやろうとするけど、僕のこと、もっと頼って良いんだからね。

 とりあえず、その占い師さんが言ってた手塚さんの『観察』は僕に任せて! かれんちゃんの頼みだし、僕、頑張るね」

 自分はまだ一回も手塚の観察をお願いなんて言ってないのに……とかれんは思ったが、この異様に張り切っている昴のことをもう誰も止めることができないだろう。

「あっ、ありがとう……」

 かれんは少々引きつった表情で、とりあえず昴に礼だけは言った。


「でも、その駅南の占い師さん、懐かしいね。僕も最初はちょっと疑っちゃったけど、あの人の話は面白かったな。特に、星占いの話がね。元気だった?」

「うん、元気だった。でも、やっぱり、その占い師さん、すごいんだよね。希恵が手塚さんとのことを相談したら『恋愛関係よりも友達としてお付き合いした方が上手く行く相性』だって言うの。

 希恵も自分で言ってたけど、『友達として会っていた時は上手く行っていた』らしいんだよね。

 でも、占い師さんが言うには、手塚さんを『観察』すれば未来が上手く……」


 かれんの話の途中で、昴がおもむろにイスから立ち上がった。

 かれんが(まさか……)と思いながら昴の様子を伺っていると、昴はレコードが所狭しと並んでいる棚の中からキャロル・キングの「つづれおり(Tapestry)」のレコードを引っ張り出してきて、蓄音機の上に乗せた。

 昴がレコードの針を落とすと、7曲目の「君の友だち(You've Got a Friend)」のピアノのイントロが流れて来る。


「ちょっと、昴!」

 かれんはキャロル・キングの歌声を聴きながら(やっぱり……)と思った。「まさか、私が『友達として……』とか言ったから、キャロル・キングの『君の友だち』を流したってことなの?」

「そうだよ! その通りだよ、かれんちゃん。やっぱり、かれんちゃんはすごいね!」

 昴が嬉しそうに手をパチパチと叩いた。

「あっ、やっぱり、そうなの……」

 かれんは昴に褒められたが、特に嬉しくもなかった。

「それにかれんちゃん、昔からキャロル・キングが好きだったからね。特にこの曲が」

 昴がそう言って、キャロル・キングのあの独特の声をマネながら『君の友だち』の一小節を口ずさむと、かれんは「あっ……」と思った。


(――昴、やっぱり、覚えてるんだ。私がこの曲が好きだって)

 昴の記憶力は半端なく良いから、憶えていても当然かもしれない。

 それでも、自分の好きな曲を憶えていてくれたのは、やっぱり嬉しい。

 さっき、大げさに「やっぱり、かれんちゃんはすごいね!」と言われた時よりも、よっぽど嬉しい。


「ふーん、よく覚えてるね」

 かれんは昴から視線を逸らしながら、特に何でもないような表情をした。

 心の中では「嬉しい」と思っていても、どうしてもあの「モヤモヤ」とした気持ちがかれんを素直にさせない。

 やっぱり自分はただの「イヤな女」だな、とかれんは思った。

 昴はかれんの心の中の声が聞こえるのか聞こえないのか、ただかれんを見つめながらニコニコと笑みを浮かべていた。


「うん、だってかれんちゃんのことだもの、覚えてるよ。かれんちゃん、名前はカーペンターズのカレンと同じ名前だけど、雰囲気的にはキャロル・キングっぽい感じだものね。特にこの『つづれおり』かな?」

「えっ? それって、どういう意味?」

 かれんが昴の方を見ると、昴は意味ありげに目くばせした。

「かれんちゃん、たまには自分で『謎』を解いてみようよ。――それにしても、日曜日のマリンピア、楽しみだな。かれんちゃんと二人っきりじゃないのはちょっとだけど、これって、あれだよね? ダブルデートってやつだよね?」

「ダブルデート? 何それ?」

 かれんが怪訝な表情をして訊き返したが、昴はかれんの表情にはお構いなしだった。

 ウキウキした表情をしながら、「何着て行こうかな?」とか「お昼、何食べようかな?」と、まるで女子高生か何かのように嬉しそうにはしゃいでいる。


 かれんは昴の妙にはしゃぎまくる様子を見ながら、さっきの昴の言葉を思い出していた。

(――かれんちゃん、たまには自分で『謎』を解いてみようよ) 

 何が「たまには自分で『謎』を解いてみようよ」なのだろうか、とかれんははしゃいでいる昴のことをクールな眼差しで見た。

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