(4)

 そして、十日後。

 昴の言うところの「ダブルデート」の当日がやってきた。

 かれんと昴は「マーズレコード」の近くの大きな道路脇の遊歩道で、希恵と手塚が来るのを待っていた。

 今日は手塚が車を出してくれるとのことだった。手塚がここでかれんと昴を車で拾い上げて、そのまま海岸沿いにある「マリンピア日本海」まで行くことになっていた。


 かれんはいつも以上にニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべている昴の方をチラリと見た。

 いつも肩にかけている、男性が持つにしては大きいトートバッグは変わらない。

 でも、服装は「何着て行こうかな?」とはしゃいでいただけのこともあり、ポール・スミスのカジュアルシャツに細身のジーンズという、それなりに気合の入った服装だった。

 かれんは悔しいながらも、こうやってそれなりの服装をしている昴は、なかなか「カッコ良いな」と思わざるを得なかった。

 辞めてしまったとは言え、東京でバンドのボーカルをやっていただけのことはある。 


「かれんちゃん、どうしたの? もしかして、僕に見とれてるの?」

 昴に話しかけられて、かれんはハッと我に返った。

「何言ってるの? そんなわけないじゃない!」

 かれんは慌てて否定したが、昴はニコニコとさっきよりも嬉しそうな笑みを浮かべている。


 ――これは絶対にバレてる。

 見とれている、というと大げさだが、確かにさっきの自分は昴のことをジーッと見つめていたな、とかれんは思った。

 昴も絶対に「なかなかカッコ良い」と思いながらジーッと見られていたことに気付いているはずだ。

 まあ、「そうなの、見とれていたの」なんて媚びるように言う必要もないが、どうして自分は「そんなわけないじゃない!」とムキになって否定してしまったのだろうか……。


 かれんは考えながら、ふとこの間、昴が言った「かれんちゃん、名前はカーペンターズのカレンと同じ名前だけど、雰囲気的にはキャロル・キングっぽい感じだものね。特にこの『つづれおり』かな?」と言っていた言葉を思い出した。


 別に昴に「たまには自分で『謎』を解いてみようよ」と言われたからというわけでもないが、かれんなりにあの昴の言葉の意味を考えてみたのだ。


 かれんは昴が言っていた通り、名前こそカーペンターズのカレン・カーペンターと同じ名前だが、同じアメリカのミュージシャンなら、カーペンターズよりもキャロル・キングの方が好きだった。

 両親がキャロル・キングが好きで良く聴いていた、ということもあるのかもしれない。

 でも、かれんはキャロル・キングの曲全体、特に「君の友だち(You've Got a Friend)」が入っているアルバムの「つづれおり(Tapestry)」に漂っている「ビタースイート」感、つまり「ほろ苦い」ような雰囲気が昔から好きで、好んで聴いていた。


 この「つづれおり」は、若くして歌手デビューしたが日の目を見ず、「ソングライター」として名声を得たキャロルが、再び歌手として、つまり「シンガーソングライター」として再出発して大ヒットさせたアルバムだ。

 キャロルが「つづれおり」を発表したのは30歳近くになった時。すでに一度離婚を経験した後のことだった。

 それこそ、人生の甘い部分も苦い部分も経験した後に作成されたこのアルバムから、「ほろ苦い」雰囲気が漂っているのも頷ける。


(――まあ、つまり、そういうことなんだろうな)

 どこかの名探偵が「謎は解けた!」と言いながら犯人を指さす……みたいなスッキリ感はないけれど、多分、今、かれんが考えていることが「謎」の答えのような気がする。


 つまり、かれんがキャロル・キングの「つづれおり」を「ほろ苦い」と思っているように、昴もかれんのことを「ほろ苦い」と思っているのだろう。


 確かに自分の昴に対する態度は「ほろ苦い」と言われれば、そんな感じがする。

 まあ、「ほろ苦い」を通り越して「苦いばっかり」みたいな時も多々あるが……。

 あの「モヤモヤ」する感情に任せて昴に文句を言ったり大声を上げたりしている割には、仕事帰りにまっすぐ家には帰らずに、昴の「マーズレコード」に寄ったりするんだから……。 


「――あっ! かれんちゃん、もしかしてあの車?」

 昴がかれんの肩を叩きながら、一台の車を指さした。

 かれんが昴の指さした方向を見てみると、ちょうどブラックのホンダのフィットが自分たちの方へ減速しながら向かって来るところだった。

 車の助手席には確かに希恵が乗っているし、運転席に座っている男にも見覚えがある。

 希恵と昔付き合っていた手塚伸司てづかしんじだ。


「何であの車に乗ってるのが、希恵と手塚さんだとわかったの?」

 昴と希恵は会ったことがなかったはずだけど……、とかれんは首を傾げた。

 前に希恵の写真とかを見せたことがあっただろうか。

「だって、あの助手席に乗ってる女の人、かれんちゃんのこと指さしてたんだもの。『あっ、いたいた!』みたいな感じで」

「ふーん」

 そう言えば、昴は裸眼でも視力が良かったしな、とかれんは思い出した。 

 普段はコンタクトレンズ、家ではメガネを着用している自分の矯正視力よりも良かったはずだ。

 コンタクトもメガネもなしであんな遠くにいる希恵の表情がハッキリとわかるなんて羨ましいことだ、とかれんは思った。



「かれん、おはよう! ――あっ、服部さんですよね、初めまして。かれんの友だちの北田きただ希恵きえって言います。今日はありがとうございます」

 昴とかれんの目の前で停まったフィットから出て来た希恵が、笑顔で昴に会釈した。

服部はっとりすばるです、初めまして。こちらこそ、今日は誘っていただいてありがとうございます」 

 昴がニコニコしながら希恵に会釈を返していると、運転席の扉が開いてうわさの手塚が出て来た。


 手塚を見て、かれんは相変わらずカッコ良いな、と思った。

 身長は昴よりも高い。

 昴もやせているから見た目よりも身長が高く見えるが、手塚は顔が小さくて手足が長いから、昴とは違った意味で見た目よりも身長が高く見える。

 色が浅黒くてメガネをかけているが、今時の「メガネ男子」のような草食的なイメージが全くない。

 手塚は確か何かスポーツをやっていたような気がするが、細身の割にはガッチリとした体形なのが、服の上からでもよくわかる。

 まあ、つまり簡単に言えば、昴とはタイプが真逆な男性だと言うことだ。


 手塚は笑顔でかれんと昴に会釈をして「初めまして、手塚伸司てづかしんじです」と言った。

「手塚さん、こちら、私の友だちのかれんと服部はっとりすばるさんです」

 希恵は昴とかれんのことを簡単に説明した。「かれんは手塚さんと何回か会ったことあるよね?」

「うん、学生の時に。――手塚さん、お久しぶりです、元気そうで。この間まで、上越市にいたそうですね?」 

「俺も覚えてますよ、お久しぶりです。転勤で何年か上越市にいたんですけど、この4月に県庁にまた戻ってきたんです。

 あの『株式会社スカイ』にお勤めなんですよね? 求人情報誌『ワークニュース』の。県庁とかにも営業に来たりしてるんですか?」

「官公庁はなかなか営業できなくて……。県庁とか市役所の募集があっても、ほとんどが派遣会社さん経由の募集ばかりなんです」

 かれんは「県庁とか市役所の事務パートなんて載せられたら、冊子もはけるし応募もたくさん付くのにな……」と如何にも求人広告営業っぽいことを考えた。 


「そうなんですね」

 手塚はニッコリと笑みを浮かべると、車の後部座席のドアを開けた。「じゃあ、行きましょうか。どうぞ乗ってください」

「ありがとうございます」

 かれんは礼を言うと、車の後部座席の運転席の真後ろの席に乗ろうとした。

「あっ、かれんちゃん、待って」

 昴が小声で言いながら、車に乗ろうとしたかれんのブラウスの肘の辺りをちょこんとつまんで引き留めた。

「えっ? 何? 昴」

「僕が運転席の後ろでも良い?」

 昴はかれんの返事を聞かずに、さっさと手塚の後ろの運転席の後部座席に座った。

 昴は席に座るとニコニコと笑みを浮かべながら、「ほら、かれんちゃんも乗って」と手招きした。


 かれんは昴の隣に座りながら(さっきの昴の行動はなんだったんだろうか?)と考えた。

 昴は時々妙なこだわりを見せる時もあるが、昴のこだわりの中に「車の後部座席に乗るときは、運転席側でないといけない」というこだわりはなかったはずだ。

 かれんはちょっと考えたが、まあいいか、と思った。

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