(2)
「――だから、昴のレコード屋の名前も『Mars(マーズ)』って火星の英語の名前なの。自分の名前が『昴』って星の名前だから、お店の名前も星の名前が良かったんだって。で、『Mars Records(マーズレコード)』にしたって言ってたような気がする」
かれんが新潟駅近くのけやき通りを歩きながら言うと、希恵は「そうなんだ」と興味深そうに頷いたが、やがて「ふふ……」と笑い始めた。
「何? 希恵、何か私、おかしいこと言った?」
「ううん、違うの……」
希恵は口元を抑えながら、慌てて笑いを堪えた。「だって、かれん、さっきからその話ばっかりしてるんだもの」
「その話って……、昴の話のこと?」
「うん」
希恵は頷きながら、また笑い始めた。「仲が良いんだなって思って……」
「やだ、希恵までそんなこと言って」
かれんは前に自分の母親も「あんたたちって、本当に仲良いのね」と笑いながら言っていたことを思い出した。
「ごめんごめん……。でも、かれんのおかげでちょっと緊張がほぐれちゃった。ありがとう」
「そう? 良かった」
かれんは希恵の笑顔を見ながら、心の中でホッとため息をついた。
希恵はさっき、かれんに「昨日ドキドキしちゃって、良く眠れなかったんだ」と言っていたが、その言葉は本当だろう。
今日、かれんは希恵の付き添いで占いサロンを訪れる予定なのだ。
希恵には大学時代に一年間くらい付き合った彼氏がいた。
かれんは実は顔に似合わず恋愛には奥手な方だったが、それに輪をかけて恋愛に奥手なのが希恵だった。
希恵は控えめで大人しい性格だし、顔立ちもかれんに比べると美人というわけでもない。でも、優しくて献身的な性格だったから、かれんはずっと「良い人が出来るといいな」と思っていた。
そんな希恵に彼氏ができたと聞いてかれんは喜んだが、肝心の彼氏を見て「意外だな」とも思った。
希恵の彼氏はかれんや希恵より一学年上の、
手塚は背が高くて細身で、顔立ちもカッコ良い系の男子だった。社交的で友達がたくさんいて、いつも輪の中心にいるような人物だった。
どちらかというと一人でいるか少人数の友達と一緒にいるかしている希恵とは、正反対の性格だった。
どうも、希恵が手塚に一目ぼれして、一世一代の勝負のように告白したら、何とあっさりOKしてくれたそうなのだ。
かれんは希恵と手塚の恋を応援したが、二人はやはり正反対の性格がまずかったのか、一年くらいで別れてしまった。
希恵はその後、大学を卒業して万代で行政書士として働いていたが、かれんの知る限り、浮いた話は手塚以外一度も聞いたことがなかった。
手塚の方はかれんや希恵よりも一足早く大学を卒業すると、県の職員として働いていたが、上越市へ転勤になったらしい。
かれんは希恵と手塚の恋は大学の一年間でそれっきりになってしまったのだろうとばかり思っていた。
ところが、今年の4月。
手塚から突然連絡があったと希恵が言って来たのだ。
「どうしたの? 急に連絡が来たなんて」
かれんが驚いて訊くと、手塚は上越の転勤からまた新潟に帰ってきたと、希恵に連絡してきたそうだ。
希恵は短時間だが手塚と会って話もしたと言った。
良かったじゃん! とかれんは喜んだが、当の本人の希恵は複雑そうな表情をしていた。
「私のこと思い出してくれたのは嬉しいんだけど、もしもまた別れたりしたら怖いなって思って……」
用心深い希恵らしいな、とかれんは思った。
昴の例でもわかるように、かれんもいろいろと難しく考えてしまう
かれんだって、希恵と同じ立場だったら、確かに「良かった!」とは思うが、「また上手く行かなかったらどうしよう……」とも思ってしまうだろう。
でも、手塚の方から連絡をくれたなんて、またとないチャンスだ。
希恵は口にこそ出さないが、もしかするとずっと手塚のことが好きだったのかもしれない。
かれんは希恵のために何かできることはないかと考え、「そう言えば……」とこの占いサロンのことを思い出し、一緒に行ってみないかと希恵に持ち掛けたのだった。
* * *
「――
占い師が希恵に向かって言うのを、かれんは「ふーん、そうなんだ」と思いながら聞いていた。
占い師が「火星(Mars)」というたびに、かれんはどうしても昴と昴が店主をしている「マーズレコード(Mars Records)」のことを思い出してしまう。
(――どうして、こんなところでも昴のことを思い出さなきゃいけないんだろう)
かれんは例の「モヤモヤ」とした気持ちがこみ上げて来るのを感じた。
さっき、希恵とこの占いサロンに向かっていた時もそうだ。
どうして、自分は希恵が「さっきからその話ばっかりしてるんだもの」と笑ってしまうほど、気づけば昴の話ばかりしていたのだろうか。
まあ、理由は自分でもわかっている。
結局、自分は昴のことが好きなのだ。
だから、いつの間にか昴のことを話しているし、何だかんだ言ってあの「マーズレコード」に仕事帰りに頻繁に立ち寄るのだろう。
でも、自分はどうもいつも昴のことを考えてしまうほど昴にほれ込んでいるという気持ちを、素直に受け入れることができないらしい。
もしかすると、小さい頃から感じているこの「モヤモヤ」とした気持ちも、自分が素直になれないところから来ているのだろうか……。
かれんは心の中でため息をついた。
「――それで、私と手塚さんって、相性ってどうなんでしょうか? 今後、どうなりそうですか?」
希恵が占い師に訊くと、占い師はニッコリとほほ笑んだ。
「正直に言うと、占い的には恋愛関係よりも友達としてお付き合いした方が上手く行く相性ですね」
占い師の言葉に希恵はシュンしたような表情をした。
かれんは(希恵を占いに誘ったのはまずかったかな?)と心配したが、やがて希恵は意外にも笑顔を見せた。
「やっぱり、そうですよね……。前、付き合っていた時も、友達として会っていた時は上手く行っていたんですけど、付き合い始めた途端に、何だか上手く行かなくなってしまって……」
「でも、もちろん、未来が上手く行くようになる方法もありますよ」
「えっ? それってどういう方法ですか?」
希恵とかれんは思わず身を乗り出した。」
「今度会ったら、その彼氏のことを良く観察してごらんなさい。服装とか乗っている車とか行動とか……。そうすれば、自ずと未来が上手く行く方法が見えて来るはずです」
「観察、ですか?」
希恵は不思議そうに訊き返した。
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