(18)

 翌日。

 かれんが真人と一緒に万代へ行くと、またいつの間にかあの女の子が後ろからついてきていた。

「あっ、加賀谷先輩。またあの女の子がついてきてますよ。困っちゃいますね」

 真人がいつものように全く困っていないような表情で言うのを聞きながら、かれんはチラリと女の子の方を見た。

(――観察、ねえ)

 昴は昨日、かれんに「あの女の子を『観察』してほしいんだ」と言って来たが、どうして「観察」しろと言ったのだろうか。


(――やっぱり、あの女の子、昴と何か関係のあるなのかな?)

 かれんは昨日、昴に「あの女の子と知り合いなのか?」とそれとなく訊いてみたが、昴はとうとうハッキリとした答えを言わなかった。

 ハッキリと「違う」とも「そうだ」とも言わないなんてますます怪しいな、とかれんは思ったが、かれんも「ハッキリ答えて!」と強く言えずにそのままになってしまったのだ。

(――何で、私、いつもこんなんだろう)

 昴が何か突拍子もないことをすると「何やってるの?!」とハッキリ言えるクセに、こういう肝心なことに関してはハッキリ言えなくなってしまう。

 かれんは今回ばかりは昴よりも自分の情けなさにモヤモヤしてしまった。


 でも、もしかすると、あの女の子をちゃんと観察して、昴にその結果を報告すれば、昴はあの女の子が何者なのか話してくれるかもしれない。

(――よし)

 かれんは昴に言われた通り、今日は一日、あの女の子をちゃんと観察してみようと心に決めた。




-----------


 13:00

 かれんと真人が万代のパーキングエリアで落ち合う。

 かれんは午前中、会社で電話営業と資料作成、真人は駅前で自分のクライアントのアポや挨拶回りをしていた。


 13:10

 かれんと真人が一緒に万代の伊勢丹の前を歩いていると、あの女の子がいつの間にか後ろについて来ている。

 かれんはダメ元で女の子に気付かれないように写真を撮ろうと何回かスマホのシャッターボタンを押すが、どれも上手く撮れていなかった。

(――やっぱり、自分は昴には敵わないんだ)

 とかれんはいつも言っているようなセリフを心の中で呟く。


 13:15

 かれんと真人は伊勢丹の二階の婦人服売り場のクライアントを回る。

 ここで一回、あの女の子の姿を見失う。

 男性の真人は婦人服に興味がないだろうと思いきや、「このワンピース、俺の彼女に超似合いそうじゃないですか」と案外興味深そうに眺めていた。


 13:45

 今度は一階の化粧品売り場を挨拶回り。

 かれんは女の子の姿がしばらく見えないので、「何でだろう?」と思い始める。

 真人も「あの女の子、どっか行っちゃいましたねー。ちょっと遅いランチですかね?」と、女の子の姿が見えないことに気付いているようだった。


 14:15

 今日の伊勢丹の挨拶周りのラスト、七階のレストラン街を訪問。

 ここであの女の子が再びかれんと真人の後ろをついて来ていることに気付く。

 真人は「あっ、やっぱりランチだったんですよ。ここで飯食ったんですかね?」と言う。

 かれんは「そうなのかな?」と首を傾げる。


 14:50

 真人は再び駅前のクライアントのアポに、かれんはそのまま万代に残って営業を続ける。

 女の子はやはり真人の方にはついていかず、一人で万代に残ったかれんの後ろをついてきた。

 かれんは「やっぱり、あの女の子は少なくとも塩木君のストーカーではないんだな」と思う。


 15:45

 居酒屋、レストラン、カフェ……と飲食店のお店を何軒か回る。

 やはり、女の子はかれんの後ろをついてくる。

 かれんはもう一度、ダメ元で女の子に気付かれないようにスマホのシャッターを押すが、やはり上手く写真が撮れない。

 さすがにここまで上手く撮れないとなると、もしかして女の子は写真を撮ろうとするのに気づいていて、シャッターを押した瞬間によけているのではないかと思う。

 かれんは今日の営業の最後に、この間行ったレディースの下着専門店のお店へ原稿の打ち合わせをしに行った。

 かれんはお店の中で求人担当の店長と夢中で話し込み、しばらく女の子のことは忘れてしまっていた。

 かれんが店長との話を終えて店を出ると、女の子の姿はどこにもなかった……。


-----------




「――で、私がその下着専門店を出てから、この『マーズレコード』に来るまで、女の子の姿は一度も見かけなかったの」

 かれんが今日一日の例の女の子の「観察」の結果を昴に話し終えると、昴はニコニコしながら手をパチパチと叩いた。

「かれんちゃん、さすがだね! 観察の結果、すごく良かったよ。ありがとう、お疲れさま」

「そう……」

 かれんは昴に褒められたものの、あまり素直には喜べなかった。

(――だって、どうせ、昴の方が上手く「観察」できるんだろうし)


「かれんちゃんのおかげで、大体のことはわかったよ」

「えっ? 本当? 大体のことって、あの女の子が誰なのかも大体わかったの?」

「うん」

「――じゃ、じゃあ、あの女の子って、一体誰なの?」

 かれんは顔をうつむき加減にしながら、小さな声でポツリと言った。

「うーん……」

 昴はテーブルの上で両手を組んだ。

 かれんは昴と目を合わせたくないような気持だったので、そのまるで「白魚のような手」と形容したくなるような昴の両手を、黙ってジッと見ていた。


「――」

「ねえ、かれんちゃん」

「えっ?! なっ、何?」

「かれんちゃんはどうなの? 『観察』した後は、やっぱり『推理』してみようよ。今日一日、あの女の子を観察してみて、何かわかったこととかなかった?」

「えっ? わかったこと?」

 そんなこと急に言われても……とかれんは戸惑った。「女の子が私と塩木君の後についてきたりついて来なかったりしたことくらい、かな? 後、私と塩木君が別行動した時に女の子が私の方についてきたみたいだから、やっぱり塩木君じゃなくて私の方をつけてるんじゃないかと……」

「うん、かれんちゃん、好い線いってるよ。あのはね、塩木君のストーカーじゃなくてかれんちゃんをつけてるんだと思う。塩木君、ガッカリしちゃうかもしれないけど」

「じゃあ……」

 あのはやっぱり、前に昴と関係があった女の子、ということになるのだろうか。


「あっ、かれんちゃん、でも、『ストーカー』と『つけている』って意味が違うからね。あのはかれんちゃんの『ストーカー』ではなくて、かれんちゃんを『つけている』んだよ」

「えっ? それって、どう違うの?」

 かれんが不思議そうに言うと、昴はニコリと笑みを浮かべた。

「うん、とりあえず、あのの正体を確かめてみるよ。確かめたら、かれんちゃんにもちゃんと教えるから、待っててね」



* * *


 昴に「観察」の結果を話した次の日、真人は朝から長岡の営業所に日帰り研修へ行ったため、かれんは珍しく一人で万代の街を営業した。

「加賀谷先輩、明日、あの、俺がいなくて淋しがりますかね?」

 何も事情を知らない真人は、前日の夜にそう言いながら帰路に着いていた。


(――本当、塩木君ってものすごくポジティブな性格なんだから)

 かれんは万代の道を歩きながら、真人のことを羨ましく思った。

 自分も真人みたいにポジティブな性格だったら、昴のことでこんなにもいちいち悩んだりしないのだろうか。

 そして、昴との関係ももっとスムーズなものになるのだろうか。

 昴とは小さい頃からずっと一緒にいるというのに、いまだに何かしらぎこちないような雰囲気が漂っている気がする。

 まあ、その「ぎこちない雰囲気」を勝手に漂わせているのは、自分の方なのだが……。


 かれんは自分でも昴に対して素直ではないな、とは思っている。

 でも、小さい頃からずっと昴の前では素直でないままだし、今更素直になれと言われてもなかなかできない。

 かれんだって、自分でも良くないなとは思っている。

 このまま素直でなれないでいたら、あの知里という少年や自分のことをつけている女の子みたいな存在の方に、昴が「サクッ」とついて行ってしまうかもしれないこともわかっている。

 でも、やっぱり、素直になれないのだ。


(――はあ)

 かれんは信号待ちで立ち止まりながら、ため息をついた。


 その時、かれんは誰かの視線を感じて、恐る恐る後ろの方を見た。

 いつの間にいたのか、例の女の子が自分の少し後ろに立っている。

 かれんが後ろを見た時、女の子は顔を上げていたが、かれんが後ろを見たことに気付いたのか、サッと顔をうつむかせた。

 かれんは女の子が顔をうつむかせる前に、一瞬だけ女の子と目が合ったような気がした。

 黒くて長い前髪の間から、一瞬だけ見えた女の子の瞳。

 前に見た時と同じように真っ黒でキレイな瞳だったが、やはり自分のことを睨んでいるような気がした。

 かれんは前と同じように「怖い」という印象を受けた。


(――あなたは、一体誰なの?)

 青信号になった横断歩道を渡りながら、かれんは心の中で女の子に問いかけた。

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