(17)

 かれんがさっきまで昴が座っていた向かいのイスに座ると、昴が店の奥で入れた紅茶を持ってきてくれた。


 ――美味しい。


 昴がいれてくれるお茶はいつも美味しい。

 カップから立ち上る白い湯気を見つめながら、かれんは自分はいつもどうしてこんななのかな……と思っていた。

 昴はいつも素直だ。

 多分、その素直さがこの美味しい紅茶に表れているのだろう。

 昴に比べて自分は……。

 さっき昴に「もちろん、かれんちゃんがお店に来てくれたのが嬉しいんだよ」と言われた時も思わず目を逸らしてしまった。

 目を逸らしてしまったり、昨日も捨て台詞のような言葉を言って店を出て行ったり、そんなことばかり続けていたら、昴は本当に自分の元から姿を消してしまうのではないだろうか。

 もしも、あの女の子が本当に昴の元カノだとしたら、昴に未練を持って自分の後をつけて来るなんて、そこまで一途なこと、自分にはできないなとかれんは思った。

 あの知里とかいう少年も同じだ。

 今の立場の昴に「アメリカへ一緒に行こう」なんて、自分なら到底言えないだろう。


「――じゃあ、かれんちゃん、早速その塩木君のストーカーの女の子の話、聞かせてよ」

 かれんの心の内を知っているのか知っていないのか、昴はいつもと変わらないニコニコとした表情をしながら、かれんの向かいに座った。

「ねえ、昴、どうしてそんなにその女の子のことが気になるの?」

 やっぱり、昴の元カノだから気になるのだろうか、と思いながらかれんが訊いた。

「うん、ちょっとその女の子が気になるんだ?」

「もしかして、昴の知り合いか何かなの?」

「どうかな? 詳しく話を聞いてみないとわからないな」

 やっぱり、知り合いなのかな、と思いながら、かれんはポツリポツリとその女の子の話を昴に聞かせてやった。


 女の子の手足が長いスタイルの良い見た目。

 いつも着ているかわいらしい洋服とヒールの高い靴。

 深くかぶった帽子から流れ出ている、真っすぐで真っ黒な長い髪。

 色白の肌を引き立てる形の良い唇にぬられた真っ赤な口紅。

 そして、かれんにスマホを渡してくれた時にチラリと見えた、奥二重の大きな真っ黒な瞳……。

 

 女の子の話をするにつれて、昴の顔から笑顔が消えて行った。

 かれんは昴の表情を見ながら話そうかどうか迷ったが、今日、真人と自分が別行動をしている時に女の子が自分の方についてきたことも話した。

 もちろん、あの女の子がもしかすると昴と何かしら関係のあった女の子だと自分が思っていることは伏せておいた。


「――ふーん、なるほどね」

 かれんが話し終ると、昴は無表情で頷きながら残っていた紅茶を一口飲んだ。

「だから、その、あの女の子、実は塩木君のストーカーじゃないのかもしれない。だって、今日、塩木君と別行動した時に私の方についてきたし……」

「じゃあ、かれんちゃんのストーカーかな? かれんちゃん、かわいいからその女の子に狙われているとか?」

 昴が笑顔になって言うと、かれんは首を横に振った。

「まっ、まさか、そんな……。でも、別に私と塩木君が気にしているだけで、あの、特に私たちの後をついてきてるわけじゃないかもしれない。万代だったら狭いし、ただの偶然かもしれないし」

「でも、偶然にしては何回も会ってるし、かれんちゃんと塩木君が気になるってことは、あの女の子が二人のことをつけてきているからじゃないのかな? 

 ほら、誰かが後ろからジッと見てると、何となく背中に気配を感じることってあるよね?」

「まあ、確かに」

 かれんはこの間、後ろに視線を感じて振り返ったら、昴が店先に出ていてジッと見ていたことを思い出した。


「ねえ、かれんちゃん、そのの容姿、もう一度言ってみて」

「えっ? ええと……、手足が長くてスタイルが良くて、いつも帽子を深くかぶっていて、長い髪が真っ黒でストパーかけたばっかりみたいに真っすぐなの。ちょっとしか見えなかったけど、瞳も大きくて真っ黒。色が白くて、いつも真っ赤な口紅をつけてるの」

「まるでモデルさんみたいだね」

「うん、でも、身長はそんなに高くなかったかな。ヒールはいてるから、私よりはもちろん高かったけど」

「瞳とか髪が真っ黒って言ってたけど、僕よりも?」

 昴がかれんに顔を近づけた。

 かれんはいきなり昴が顔を近づけてきたので驚いて後退りしそうになってしまったが、それでも昴の黒い瞳と黒い髪を近づいてマジマジと見た。


 かれんは髪をカラーリングして少し明るめにしているから、もちろん髪の色はかれんの方が茶色っぽい。

 瞳の色もかれんの方が茶色っぽいが、昴の瞳の色も意外と茶色がかっている黒色だった。

 どちらにしても、あの女の子の真っ黒な髪と真っ黒な瞳に比べると、昴の髪や瞳の色は真っ黒とは言えないような気がした。

「ううん、あの女の子の方が瞳も髪も真っ黒。昴、案外そんなに真っ黒じゃないんだね」

 昴はかれんが言うのを満足そうに頷きながら聞いていた。


「で、かれんちゃん」

 昴はかれんから近づけていた顔を離した。「あの女の子のことだけど、女の子の写真とか撮れる? 女の子に気づかれないようにコッソリと」

「えーっ? 気づかれないように? そんなのムリだよ。どうやって撮るの?」

 前にかれんの親戚の妙子おばさんの写真をいつの間にかコッソリ撮った昴じゃあるまいし、とかれんは口を尖らせた。

「そっか。でも、写真撮ってもな……。じゃあ、かれんちゃん、明日営業に出て女の子がつけてきたら、あの女の子を『観察』してほしいんだ」

「観察?」

「そう、観察」

 昴はニッコリと笑みを浮かべた。

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