(18)
「――昴、私一旦実家に戻って自分の荷物取って来るけど、昴はどうする?」
かれんが話を逸らすと、昴は「そうだ」と思いついたように言った。
「かれんちゃん、もうお昼だから、ご飯食べて行こうよ。この近くに僕の友達がやってるレストランがあるから」
「えっ? 別に良いけど、昴、レストランやってる友だちなんていたの? それに、秋葉区役所に張り込みお願いしたのも、友だちだったよね?」
昴って結構交友範囲が広いんだな、とかれんは思った。
「うん。僕、友だちは結構いるよ、新潟にも東京にも。秋葉区役所に張り込みお願いしたのは高校の時の同級生。たまたま彼も秋葉区役所に用事があるらしかったから、お願いしたんだ。駅南で探偵事務所やってるから、張り込みはプロだよ。ちなみにレストランやっている彼も高校の時の友だち」
ニコニコしながら答える昴を見ながら、かれんは(彼ねえ……)と思っていた。
どうして、自分は昴が「彼」と言ったことに、こんなに安心したのだろう。
別に、「彼女」の友だちがいたって、どうってことないじゃないか。
「じゃあ、そのレストラン行ってみようか。どこ?」
「あっ、この間もらったフライヤーに地図が書いてあったけど、この近くだよ」
「この近く? どこ?」
かれんが適当な場所に車を停めると、昴がトートバッグの中をガサゴソし始めた。
すると、昴のバッグからヒラリと何かが落ちて、かれんの足元に落ちた。
かれんの足元に落ちてきたのは、ポストカードだった。
ポストカードって……。
かれんは何だか胸騒ぎを感じながら、落ちたポストカードを拾い上げた。
見てみるとそれは、ザ・ジャムのメンバーがライブをしている白黒写真のポストカードだった。
「あっ、ごめん。それじゃなくて……」
昴がまたトートバックの中をガサゴソし始めたので、かれんは昴が視線を逸らしている隙に……と、慌ててポストカードを裏返してみた。
消印は東京の文京。
ここ一週間の間の日付だ。
あて先は「マーズレコード(Mars Records)」の服部昴。
差出人の住所も名前もない。
かれんは胸をドキドキさせながら、ポストカードの下の方を見た。
ポストカードの下の方には、達筆な文字で、
「もう、ガマンできない」
という言葉だけ、書いてあった。
(――この字)
この達筆な文字を見るのは三回目だ、とかれんは思った。
一回目はビートルズの「Live at the BBC」のジャケット写真のポストカードに「あの時のこと、覚えてるよね?」、
二回目は初期の、まだブライアン・ジョーンズが生きていた頃のローリング・ストーンズのメンバーが並んで写っているポストカードに「どうして、何も言って来ないの?」。
そして、三回目はこれだ。
ザ・ジャムのメンバーがライブをしている白黒写真のポストカードに「もう、ガマンできない」……。
かれんは慌ててポストカードを裏返し、ザ・ジャムのライブ写真の方を出した。
「かれんちゃん、ほら、ここ。この先の原信を右に曲がって少し行ったところ」
昴がバッグの中から取り出したフライヤーを見ながら言うのを、かれんは上の空のような状態で聞いていた。
「うっ、うん……」
「あれ? かれんちゃん、どうしたの?」
昴が不思議そうに顔を覗き込みながら言ったが、かれんは「ううん、何でもない」と首を横に振ると、昴にポストカードを差し出した。
「これ、落ちてたの」
「ああ、ありがとう。これ、この間も話したけど僕の『東京時代の子』が送って来たんだ。最近、ポストカード送って来てくれるんだよね。今回はザ・ジャムのを送ってきてくれたんだよ」
昴はかれんの内心に気付いているとも気付いていないとも取れるような、ニコニコした笑顔を見せながら言った。
「ふーん、そうなんだ」
かれんは(「東京時代の子」って、どういう関係だった子なの?)と思いながらも、さも何も気にしていないような返事をした。
「かれんちゃん、『東京時代の子』、気になる?」
昴がニコニコしながら無邪気そうな声を出した。
かれんは胸をドキリとさせた。
自分は昴の言う通り「東京時代の子」が気になる、とかれんは思った。
でも、「気になる」なんて言えない。
さっきは「レストランなんてやってる友だちなんていたの?」と気軽に訊けたが、この「東京時代の子」は気軽に訊けるような雰囲気ではない。
何せ、昴に「あの時のこと、覚えてるよね?」「どうして、何も言って来ないの?」「もう、ガマンできない」と三回もポストカードを送ってきているのだ。
例え、友だちだったとしても、ただの「友だち」ではないだろう……。
「――ううん、別に」
かれんは昴に、自分の心とは真逆の返事をした。
「そう。――じゃあ、行こうか? お腹空いたよね?」
「うん」
かれんは車を発進させながら、さっき昴が莉子に言った言葉を思い出していた。
(――人は自分の都合の良いように物事を捕えてしまうから、莉子ちゃんが黙ったままだと、莉子ちゃんが考えていることとはまったく違う意味で物事を捕えてしまうかもしれない)
まさに今の自分がこの言葉に当てはまるんだ、とかれんは思った。
自分は「東京時代の子」が気になる。でも、気になると言えなかった。
そして、昴は「かれんちゃんは『東京時代の子』に興味がないんだな」と思って、別の話をし始めたのだ。
別に昴が「自分の都合の良いように」考えているというわけではないのだろうが、「ううん、別に」と答えられれば、普通は興味がないと考えるだろう。
(――でも、訊けない)
昴の「東京時代の子」がどういう人物なのか訊けない、とかれんは思った。
だって、昴に「もう、ガマンできない」と書いたポストカードを送ってくるような「子」だ。
(――訊けなくて、仕方ないよ)
かれんはそう自分に言い聞かせながら、車を走らせ続けた。
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