4.心に茨を持つ少年(The Boy With The Thorn In His Side / The Smiths)

(1)

「いやーっ! やっぱり加賀谷かがや先輩のクロージング、すごいですよねー。超尊敬しますよ!」

 後輩の塩木真人しおきまことに言われると、かれんは「それ程でもないけど」という表情をした。

「別に、そんなにすごくもないけど……」

 かれんが言うと、真人は首を横に振った。

「いやいや、加賀谷先輩はすごいですよ! まあ、この間まで一緒に回っていた野辺部長もすごかったけど、何て言うか、加賀谷先輩は鮮やかなんですよね、話の切り替えしとかが。お客さんが何言って来ても、ちゃんとすごい返して来るじゃないですか。

 部長も加賀谷先輩のこと『あいつは度胸があるよな』って言ってましたし」


 度胸か……。

 かれんは心の中で呟くと、ため息を吐いた。

 後輩の真人や部長の野辺に褒められたのは嬉しいが、別に自分にはそんなに度胸もないのに、とかれんは思った。

 真人が褒めてくれた、さっきのお客さんとのクロージングだってそうだ。

 初めて会うお客さんだから結構緊張してドキドキしていた。あんな感じで良かったのだろうかと思っていたが、意外なほどすんなりと契約が取れて、かれん自身が驚いてしまったほどだった。


 かれんは最近、後輩の塩木真人に自分の担当のお客さんの引継ぎをしている。

 新人の真人はこの間まで野辺と一緒に新潟駅の周辺を営業していたが、そろそろ独り立ちすることになり、かれんが受け持っている万代のエリアも少し引き継ぐことになったのだ。

 かれんは部長の野辺に、「引き継ぐついでに、あいつの指導もよろしくな!」と言われた。

 かれんは小さい頃から優等生で、よく誰かに何かを教えることを頼まれたり、学級委員長みたいなものになったりしていたが、実は人に何かを教えたり人の上に立ったりするのがそこまで得意というわけではなかった。

 むしろ、学生時代やフリーター時代に家庭教師のバイトをしていたことがある昴の方が、よっぽど人に教えたり人の上に立ったりするのが得意なのだ。

 だと言うのに、いつも誰かの指導や学級委員のような人の上に立つ役割は、かれんの方に回って来る。

 まあ、あの「いつでもどこでもマイペース」な昴に頼まない人の気持ちもわからなくもないが……。


 かれんも最初は断ろうとも思うのだが、せっかく自分を頼って来たのに断るのは悪いと思ってしまい、つい引き受けてしまう。

 その度にかれんは緊張したり、「こんな感じで良いんだろうか?」と手探り状態で、いつもの努力と頑張りでやってみるのだが、大抵は「加賀谷さん、さすがですね!」と手放しで褒められる。

(――「さすがですね」って、私、そんなにすごくないのに)

 自分は何とか努力して頑張って、やっとできるのだ。

 あの、何でも「サクッ」と出来る昴に比べれば、全然すごくない……。



「――加賀谷先輩、どうしたんですか?」

 真人に不思議そうに話しかけられて、かれんはハッと我に返った。

「ううん、何でもない。――じゃあ、会社戻ろうか? 私、今日も早めに帰らないといけないし」

 かれんは誤魔化すように真人の方を向いて笑顔を見せたが、ふと真人の肩ごしの向こうにいる女の子が目に留まった。


 あの女の子、この間も見たことがある、とかれんは思った。


 まるでお人形のようにスタイルの良いだ。

 ひざ丈のフレアの入ったスカートから、黒いタイツを履いた脚がスラリと伸びている。

 可愛らしい襟の付いたブラウスの袖から伸びている腕も長い。背はそんなに高くないようだが、手足が長いせいで、実際よりも高身長に見える。

 顔も小さくて、深くかぶったキャスケット帽から腰上辺りまで流れている髪は、たった今ストレートパーマをかけたかのように真っすぐで真っ黒だった。

 帽子を深くかぶって顔をうつむき気味にしているから、女の子の表情まではわからない。ただ、チラリと見える形の良い薄い唇には、色白の肌を際立たせるかのように、真っ赤な口紅が塗られていた。


「加賀谷先輩、あの、この間も俺たちの後ろ、歩いてませんでしたか?」

「うん、確かに……」

 真人の言う通り、一昨日かその前かに同じを見たような気がする。

 もちろん、前に見かけた時は別の服を着ていたが、あのスタイルの良さはちょっと目を引くものがあるから、同じ女の子で間違いないだろう。


「もしかして、あの、俺のことつけてるんですかね? もしかして、俺のストーカーとか?」

 真人がなぜか嬉しそうに言った。

「えっ? 何言ってんの?」

「いやー、あんなスタイル良いが俺のストーカーだなんて、困っちゃいますね」

 真人は「困っちゃいますね」とは言っているが、顔は全然困っているような顔ではなかった。

 かれんは(まったく……)と、呆れた表情をした。

「困って当たり前でしょ? 塩木君、彼女いるじゃない」

「はい、だから困るんですよね」

 真人が嬉しそうに続けて言うのを見ながら、かれんは(まったく、最近の若いものは……)とため息を吐いた。

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