(8)
かれんは心の中でため息を吐いた。
(――やっぱり、私、昴には敵わないんだ)
本当、小さい頃から昴には敗北感しか感じないな、とかれんは思った。
自分はこんなに努力しているのに、いつも昴に「サクッ」と持って行かれてしまう。
まあ、「敗北感しか感じない」なんて、本人には到底言えないし、言わないけど……。
「――まあ、そうかもね」
かれんはなるべく自分の心の中を悟られないように、平然とした顔で紅茶を一口飲んだ。
そんなかれんの様子を、昴はニコニコしながら眺めていた。
「かれんちゃん、僕、いつも言ってるじゃない」
「えっ? 何が?」
「かれんちゃん、勝君の奥さんと同性だし同じくらいの年齢だから、勝君の奥さんは悪くないんじゃないかって何となく思いたかったんでしょ? 自分と同じような立場の人を悪いって思うのは確かにイヤな感じもするけど、そういう先入観とか価値観に捕らわれ過ぎると、物事の大切な部分が見えてこないよって、いつも言ってるじゃない。僕、かれんちゃんのそういうところ、いつも心配なんだ」
昴がニコニコしながら言うと、かれんは思わずまたイスから立ち上がった。
「もう! 私のこと心配しているヒマがあったら、自分の心配したら? 自分とこのお店のことの方を心配した方がいいんじゃないの?!」
かれんは目を吊り上げながら言ったが、昴はずっと笑みを絶やさなかった。
「おかげさまで、今月も通販では結構儲けさせてもらったんだよ。――かれんちゃん、もう帰っちゃう? もしなら、もう一杯、お茶飲んでってよ。レコードも変えるね」
「えっ? ちょっと、昴……」
かれんの返事も聞かないうちに、昴はお茶のお代わりを作りに店の奥へと引っ込んで行ってしまった。
残されたかれんは「もう!」と心の中で言った。
(――誰も「もう一杯お茶がほしい」なんて言ってないのに)
本当にあの男はいつでもどこでもマイペースなんだから……とかれんはまた心の中で「もう!」と言った。
(――まあ、でも良いか)
かれんは諦めたようにイスに座り直した。
自分と昴はいつもこんな感じなのだ。
イスに座り直したかれんは、テーブルの上に乱雑に積まれているCDやフライヤーをチラチラ見ながら、昴がお茶を持ってくるのを待った。
かれんはふと、CDとCDの間にポストカードが挟まっているのに気付いた。
かれんが何となく挟まっているポストカードを引っこ抜いてみると、ビートルズのアルバム「Live at the BBC」のジャケット写真のポストカードだった。
かれんは何気なく、ポストカードを裏返してみた。
消印は東京の文京。
ここ一週間の間の日付だ。
あて先はこの「マーズレコード」の
差出人の住所も名前もない。
ただ、ポストカードの下の方に、達筆な文字で、
「あの時のこと、覚えてるよね?」
という言葉だけが書いてあった。
(――えっ?)
かれんは思わず、そのポストカードの「あの時のこと、覚えてるよね?」という文字をマジマジと見つめた。
(――「あの時のこと」って、何なの?)
消印が文京だとすると、このポストカードを寄越した人物は東京の人間ということになる。
昴が東京にいた頃の知り合いか何かなのだろうか。
それにしても、「あの時のこと、覚えてるよね?」って……。
「――かれんちゃん、お待たせ」
昴がニコニコと笑顔を振りまきながら、お茶のお代わりを持ってきた。
かれんは慌ててビートルズのポストカードを、元あったCDとCDの間に戻した。
「ああ、ありがと」
かれんは何でもないように振る舞いながらも、心の中では自分の目の前のCDとCDの間に挟まっているポストカードに気を取られていた。
「かれんちゃん、次、何の曲聴きたい?」
「別に何でもいいけど……」
「本当? じゃあ、僕が聴きたいのにするね」
昴はニコニコしながらレコードを選び始めた。
かれんは喜々とした表情でレコードを選ぶ昴の後ろ姿を、ジッと見つめた。
(――あの時のこと、覚えてるよね?)
かれんは昴の後ろ姿を見ながら、ポストカードに書かれていた言葉を心の中で呟いた。
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