(5)
「――えっ?」
かれんは自分の耳を疑った。「昴、今、何て言った?」
「えっ? だから、その勝君の奥さんがひどいって。離婚されても仕方ないって言ったんだけど」
「えっ?!」
かれんはもう一度、訊き返した。「奥さんがひどいって、どういうこと? 奥さん、どう考えても被害者じゃない! 勝君に新幹線の中に赤ちゃんを置き去りにされるし、勝君の実家には干渉されるし……」
「ああ、それね。あれはね、勝君、赤ちゃんを新幹線の中に置き去りにはしてないよ」
昴がアッサリ答えると、かれんは思わずイスから立ち上がった。
「それ、どういうこと? 現に私の知り合いが勝君が新幹線の中に赤ちゃんを置き去りにしたのが離婚のきっかけだって言ってるんだけど。それとも、私の知り合いか勝君の奥さんがウソでも言ってるっていうの?」
「勝君が赤ちゃんを置き去りにしたことだけど、別にかれんちゃんの知り合いや勝君の奥さんがウソを言ってるわけじゃないよ。ただ、ニュアンスが違うんだ。
勝君は新幹線の中に赤ちゃんを置き去りにはしてないけど、置いて来てはいるよ」
置き去りにはしてないけど、置いて来てはいる……。
一体、「置き去り」と「置いて来た」とでは、どう違うと言うのだろうか。
「それって、どういう意味?」
かれんがイスに座り直しながら昴に鋭い視線を投げかけると、昴はニコニコしながら話し始めた。
「つまり、こういうことだよ……」
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その日、勝君と奥さんと赤ちゃんは、連休を利用して長岡市の奥さんの実家に出かけた。
奥さんの実家へは新幹線で帰った。
新幹線が長岡駅に着くと、奥さんが赤ちゃんを抱っこしようとしたが、勝君が慌てて赤ちゃんを抱っこした。
「私が抱っこする」
と奥さんは言ったが、勝君は首を横に振った。
奥さんは網棚の荷物を降ろし、勝君は赤ちゃんを抱っこしながら荷物を少し持った。
あらかたの荷物は前日に宅配便で実家へ送っていたので、荷物自体はそんなになかった。
奥さんは勝君よりも先にホームに降りた。
勝君は赤ちゃんを抱っこしたままその場を動かず、ホームに降りようともしなかった。
勝君は赤ちゃんを抱っこしたまま、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡していた。
少しすると、新幹線の車両連結部のドアが開いて、女性が一人入ってきた。
勝君は入ってきた女性に、抱っこしていた赤ちゃんを渡す。
新幹線の発車時刻が近付いてきた。
勝君は赤ちゃんと女性をそのままにして、一人でホームに降りた。
ホームでは奥さんが苛々とした表情で待っている。
ホームに降りて来た勝君に奥さんは「何してるの? 遅い!」と声を掛けたが、次の瞬間、驚いたような声を上げた。
「ちょっと、赤ちゃん、どうしたの?!」
奥さんが声を上げた瞬間に、発車のベルが鳴り、新幹線の扉が閉まった……。
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「――えーっ?! 何それ? その赤ちゃんを受け取った『女性』って誰なの?」
昴の話を聞いて、かれんは思わず大きな声を上げた。
昴はニコニコしながら、手元の紅茶を一口飲んだ。
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