キングコーデpart3
クルミが新たなプリンセスであること、またなぜ太陽が落ちてきているのか、自分たちがこれから何をしようとしているのか、包み隠さず国民に説明せよ――
役職者たちはそれぞれ、自らの部下にそう指示を下した。
アキラはカンナから受け取ったポーンの最上位コーデ、『セクシーポーン・パッションライトニングコーデ』を身につけ、城の空き地もとい刑場に、高さ五メートル、幅三メートルほどの巨大な木の土台を作り上げた。
その穴の上にアヤネが氷のロケットを作った。ロケットは直径一メートル七十センチほど、高さは上部の円錐形の部分を含めて二メートル半ほどで、底には直径一メートルほどの穴が空いている。ここから燃料――それぞれの女子力を噴射し、空へと飛ぶ。
「これ、本当に大丈夫なの……?」
刑場へとやってきたキッコが、口を開けてロケットを仰ぎ見る。
「まあ、ある程度はボクがバランスを取るけどさ……」
「大丈夫よ。わたしも氷を修復するし……途中までは、だけれど」
アヤネも、どこか自信なさげに言う。
その気持ちは正直アキラも同じだったが、もう引き返すことはできない。『キングコーデ』を着た時に感じた直感を、ただ信じるしかない。
空を見上げると、黒い太陽は先程よりも明らかに大きくなって、それから発せられる暗黒は既に空の七割ほどを重く覆っている。
あれは現実の太陽とは違う。だから、ここからおよそ一万五千キロの距離があるということはなく、おそらくもっと近い。
時間がない。アキラは『キングコーデ』を身につけ直し、湧き起こる恐怖に義務感で蓋をして、
「チナツさん、みんなのカードのこと、よろしくお願いします」
「ああ、用意はできている。君を見送ったら、すぐに向こうへ送り届けておこう」
チナツは不安げなアヤネの肩を抱きながら言って、キッコを睨む。
「おい、キッコ。くれぐれも、こんな時にまでふざけたりするんじゃないぞ。しっかりとナイトとしての自覚を持って――」
「はいはい、解ってるってば。……全く、先生はこんな時にまでうるさいんだから」
キッコとチナツ、二人のやり取りにアキラは思わず笑ってしまいながら、
「じゃあ……行きましょう」
言って、アヤネが開けていた入り口から、ハシゴを使ってロケットの中へと乗り込んだ。
ロケットの内部、穴の周囲には砂を多めに撒き、足が滑らないようにしてある。
皆が乗り込むと、アヤネがその入り口を氷でピタリと閉じる。
その時、白い氷の壁で狭まっていく入り口の穴から、街の所々に集まる民衆の姿と、その中で奔走する兵士や司教の姿が見えた。その中には、こちらへと向かって頑張れ、と叫んでいる者もいる。
ロケットの直径は一メートル七十センチほどあるが、分厚い壁のせいで内部は広くない。四人もいれば、むしろ窮屈だ。ここにノンビリと長居をする理由はない。
「まずはわたしね」
アヤネは言うと、大胆に穴の上に跨がり、それへと両手をかざして、
「準備はいい?」
「はい、いつでも」
アキラ、カンナ、キッコは滑り落ちないように屈み込む。
カンナが、その目をわずかに潤ませながらアキラを見る。
「できれば、もっとアキラ様とはたくさんお話しをさせていただきたかったですわ。何より、弁解のしようもない、大変失礼なことをしてしまったことについても、しっかりと謝らせていただきたかった……。今日が最期の日になってしまってもいいように……」
「ちょっと、やめてよ、クイーン。ホントに死んじゃったらどうすんのさ」
「わたくしはクイーンとして恥ずかしい行いをし続けていたのですもの。ですから、どのような悲惨な最期でも潔く受けるつもりですわ」
「それは……まあ、ボクも同じようなものだけどさ……」
「二人とも、酷いわ」
いざ飛び立とうとしていたアヤネの目に、じわっと涙が浮かぶ。
「そんなにわたしが信用できないの?。わたし、本気で頑張ろうとしているのに……」
アキラは慌てて、
「ち、違いますよ、アヤネさん。二人とも不安になってるだけです。別にアヤネさんを信用してないわけじゃなくて……!」
「そ、そうだよ。別にビショップを信用してないわけじゃないよ。むしろ信用してるよ。先生の百倍――いや二百倍は信用してるよ」
「わたくしもですわ。わたくしにとって、アヤネさんは昔から誰より頼りになる方でしたもの。きっと大丈夫ですわよ。お、おほほ……」
「本当……?」
アヤネは涙目で皆を見回し、皆はぶんぶんと首を縦に振る。
思わぬ形で、最後の一致団結ができてしまった。アヤネはぱっと嬉しそうに微笑むと、涙を拭って再び底に手をかざす。
「じゃあ、行くわね」
ドンッ!
衝撃が全身を突き上げる。吹っ切れたように思い切りのいいアヤネのスタートで、どうやらロケットは打ち上げられた。
アヤネの掌の前からは、滝のような勢いで水が噴射され、穴の底へと消えている。わずかに見える激流の隙間から穴を覗くと、既に地上は遠く離れていた。
ロケットの底に白いヒビが広がる。だがアヤネの女子力によって、そのヒビはできたそばから消えていく。
密室の中は意外なほど静かだ。その静寂の中で、アキラはアヤネの苦しげな横顔に言う。
「アヤネさん、ありがとうございました。あなたが街で私とクルミのことを説明してくれたおかげで、クルミがみんなに白い目で見られなくなりました。クルミがプリンセスになれたのは、あなたのおかげです」
「いいえ、感謝するのはわたしのほうよ。あなたのおかげで、わたしは前に進めたんだもの」
アヤネの手から放出される水の勢いが急速に衰えていく。アヤネがアキラを見やる。
「『大丈夫、なんとかなる』……。あの言葉は、嘘なんかじゃないわよね?」
「当然です」
アキラが頷くと、アヤネは微笑み、カンナ、キッコと目を見交わして頷き合う。そして、その手から放たれる水が途切れるのと同時、
「みんな、無事に戻ってきてね!」
言って、素早く穴の中へ身を投じる。すかさず、カンナが穴に跨がる。
アヤネに当てないためか、初め、その掌から噴き出した炎の勢いは緩やかだった。が、そう思ったのは数瞬、
「アキラ様の仰る通り……わたくしは大切なことを忘れていましたわ。でも、今は――」
ゴウッ! という凄まじい音を響かせて、炎は燃え上がった。
密室内の温度が瞬く間に上がり、底や壁に走る氷のヒビが一気に広がる。
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