キングコーデpart4
やはりアヤネを二番手にすべきだっただろうか。しかし二番手にしたところで、この火炎の熱に対処するために女子力をロストしてしまえば、その後どれだけロケットを推進できるか、不安がある。
それならば、互いの力を存分に使い合ったほうがいいだろう。カンナはそう考えてこの順にしたのだろうし、アキラもその考えには賛成だった。
ロケットが壊れてもいい。それでも、可能な限りこの強力な推進力で太陽に近づきたい。
上からのしかかる圧力が、アヤネの時とは段違いに凄まじい。滑らないために屈んでいるというよりは、立つことができなくて床に押さえつけられているような状態である。
「わたくしの力も……ここが限界ですわ」
その言葉と重なって、ガコンと重い音を立ててロケットの壁が大きく割れた。
「どうか、ご無事でっ……!」
真っ二つに割れたロケットもろとも、カンナは落ちていく。が、アキラはキッコに腕を握られて、ロケットを離れ、その身一つで上空へと飛翔する。
太陽は、もはや空全てを覆っているように見えるほど目前まで迫っていた。
「くぅっ……!」
キッコが顔を歪める様子を見て、アキラは慌ててキングカードの女子力――『太陽ソレイユ』をセーブしつつ発動、キッコに女子力を供給する。
キッコが風をコントロールしているため、風が顔に当たる感触すら感じない。身体は滑るように上昇していく。
しかし、キッコの額には玉の汗が滲み、その顔に浮かぶ苦悶は刻一刻と深まる。
「くっ……ダメだ、アキラ! もうそんなに保たないよっ!」
「……解りました。でも、キッコさん、最後にこれだけ聞いてください。――私はたぶん、もうみんなの所には戻れません」
「え……? どういうこと?」
言うべきか、迷った。だが、キッコとは約束をしているし、正直なところ寂しかった。
ただ一人でもいい。記憶には残らないとしても、誰かに思いを伝えておきたかった。
「それが、キングカードの宿命なんです。このコーデが無事太陽になったら、私はもうその時、この世界からは消えています。みんなの記憶からも、私はいなくなると思います」
「記憶からもって……な、何言ってんのさ? 忘れないよ! 忘れるわけないじゃん、アキラのことなんて!」
「これは決められたことなんです。みんな……クルミだって、私のことは綺麗さっぱり忘れる。でも、それでいいんです。クルミはもう私だけのプリンセスじゃない、みんなのプリンセスなんだから、私のことなんて憶えてないほうがいい」
「嘘でしょ……? ねえ、嘘って言ってよ! アキラはボクとの約束を破るの!? この国を見捨てたりしないって……急に帰ったりなんてしないって、そう言ったじゃん!」
アキラは、キッコに握られる手の痛みを胸にも感じながら、
「ごめんなさい……。でも、ありがとう。私の大好きなナイトコーデの役職者からこんなふうに思われるなんて……こんなに光栄なことはありません」
「アキラ……!」
「キッコさんに、チナツさんに、アヤネさんに、カンナさんに……それにクルミに、みんなに会えて、本当によかった。みんなのおかげで、大好きだったこの場所が、もっと大好きになりました。だから……お願いします、キッコさん。私を太陽の中まで飛ばしてください。他の誰でもない、私のために」
キッコは涙を宙に散らしてこちらを見ていたが、やがて腕で目元を拭うと、その顔には毅然とした役職者の顔があった。
「きっとまた会おうね。これで終わりなんて、絶対にイヤだよ」
アキラは何も言葉を返さず、微笑を返す。すると、キッコの顔に再び悲しみの影が落ちるが、
「準備はいい? 行くよっ!」
自らを奮い立たせるように言い、そして叫び声と共にアキラを太陽へと放り上げた。
アキラの身体は宙に投げ出され、ビュウッ! とその背中を強烈な風が押す。
後ろでキッコが何かを言うのを聞いた気がした。だが、襲い来る風圧で、振り向くことも顔を上げることも最早できない。
「っ……!?」
不意に、アキラは闇に包まれる。どうやら太陽の圏内に突入することができたらしい。
キングコーデの女子力、『太陽ソレイユ』をさらに一段階、解放する。そうしなければ、意識が保てない。心が『何か』に押し潰される。そんな気がした。
上昇の勢いが弱まり始めた。目を開けるが、辺りはまだ暗闇の中。『太陽ソレイユ』の輝きを強めても、先に何かがある予感は全くない。
「届か……ない……!?」
やっぱり、本物のポーンがいなきゃダメなのか――
そうアキラがゾッとすると、その弱みにつけこむように上空から衝撃波が襲ってくる。
冷たい、拒絶を表すようなその衝撃波は二度、三度と襲ってきて、瞬く間にアキラから推進力を奪う。
ダメだ……! アキラがそう諦めかけた、その時、
「アキラ……」
上空から、声が聞こえた。
聞き覚えのあるその声に、アキラはハッと顔を上げる。すると――そこにいたのは、眩い光を纏ったプリンセスだった。
白く輝くワンピースを纏い、大きな白い翼を開いたプリンセスが、上空からアキラへ向かって手を差し伸べている。
「プリンセス……!」
アキラは苦しさも忘れて、幻に縋るようにそのほっそりとした手を取る。
プリンセスは微笑み、その翼を緩やかに羽ばたかせる。
身体は一枚の羽根のようにふわりと浮き上がる。闇の重さなど、何も感じない。
唐突、眩い光が目を刺した。アキラが思わず腕で目を隠し、再び顔を上げると、既にプリンセスの姿は消えている。
だがその代わりに、目の前には巨大なガラス玉――まるで電力が切れた電源ランプのような透明な球体が、闇の雲を遠ざけながら宙にふんわりと浮かんでいる。これが太陽なのだろう。
「クルミ……元気で」
決して届くはずのない言葉を囁いて、アキラは自らに残った女子力を全て解放し、そのまま透明な球体へと飛び込んだ。
ありがとう――
あらゆる物の輪郭が消える光の中で、そう囁いたプリンセスの声を聞いた気がした。
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