マイキャラクター
気づくと、深い闇に包まれていた。何も見えない、完全な闇だ。
しかし、風を切って落下しているらしい感覚はある。そう思っていると、不意に眩い空間へと飛び出した。
「えっ――えええええええええええええええええええええええっ!?」
何もかも理解できない。なぜかアキラは、空を真っ逆さまに落ちていた。
真下には、円形の壁に囲まれた広い街。中心に大きな建物があって、そこから放射状に路地が広がっている。ヨーロッパ的な都市計画の、綺麗な街だ。
――いや、そんなことを思ってる場合じゃないだろ!
死ぬ! 確実に死ぬ! ようやく思考を取り戻して、アキラは藻掻く。しかし当然、落下の勢いがやむはずもない。
風圧で上手く目も開けられない。何もできないまま、地面はあっという間に近づいてくる。いや、どうやら自分が真っ逆さまに向かっているのは地面ではなく、中央にある建物――シンデレラが住んでいるような大きな城の、その尖塔あたりらしい。
串刺しだ! 恐怖に耐えられず、ギュッと目を閉じる。
と、直後、ふわっ、と身体が浮き上がった。
「え?」
誰かに服の背中を引っ張られているような感触。驚いて上を見るが、当然そんなところには誰の姿もない。だが一枚の白い羽が、風にふわりと舞っている。
「う――あああああああああっ!?」
時が止まったような一瞬、それを挟んで、再び落下。
すぐそこまで迫っていた尖塔のやや横、急斜面の赤い屋根に尻を打ち、そのままゴロゴロと転がって、小さなベランダへ落下する。
「え? あ、あぶっ……!」
ベランダへ落ちながら、アキラは叫んだ。しかし間に合わない。ちょうど測ったように下に立っていた小柄な少女の上に、アキラは落ちてしまった。だけでなく、
「んむっ……?」
キスを――してしまった。
なんとか少女に衝撃を与えまいと床に手をついたが、勢いを抑えきれなかった。
止まるには止まったが、それはアキラの唇がちょうど少女の唇に触れた瞬間だった。
深い紫色の瞳と、間近で視線が合う。その目は猫のようにパチリと大きくて、睫毛はこちらの目に刺さりそうなほど長い。
いや、そんなことに感心している場合じゃない! 身体の痛みも忘れて飛び起きる。
「ごっ、ごめん!」
まさしくアキラに押し倒された、十歳くらいの少女――腰をゆうに超える長さの黒髪の、黒いキャミソールワンピースを着た少女は、ショックで感情を失ったのか、ロボットのように無表情でスッと立ち上がる。
――プリンセスに似てる……。
プリンセスは髪が白銀色だし、背ももっとスラリと高い。
しかし、マシュマロみたいに柔らかそうな頬をしたその幼い顔に、どこかプリンセスの面影が見えるような気がする。
少女は感情のない瞳でこちらを見つめて、言う。
「なぜ謝るのでしょうか?」
「は? いや、だって……」
「私は既にあなたの奴隷です。奴隷に謝る必要などありません」
「はい? ドレイ……?」
アキラは耳を疑うが、少女はその大きな目で睨むようにこちらを見つめ続ける。
「君は、一体どこから……!?」
部屋の中から女性の声。ハッとその方を見ると、そこには一人の女性がいる。灰色の長い髪に褐色の肌をした、背の高い女性である。
――ルークコーデだ。
黒を基調とした、王子が着る礼服のようなデザインの上着。ワインレッドのタイトなパンツ。白い靴紐の黒いロングブーツ。何より、胸の中央に施されたオレンジ色の大きな宝石――トパーズ。
――間違いない、ルークの最上位コーデ、『セクシールーク・ダークビューティコーデ』。
女性は困惑した様子でこちらを見つめ、ほどなく、長槍を携えた二人の女性が部屋に飛び込んでくる。
どうやら兵士らしいが、着ているのはナイトコーデ――フリルのついた可愛らしい服である。アキラよりやや年上に見えるその女性兵士たちは、長槍の刃をこちらへ向ける。
「ルーク様、お下がりください! っ……貴様、何者だ! どこから侵入した!」
「待て、落ち着け」
二人のうちの一人が長槍を下ろし、落ち着いた目でこちらを見る。
「お嬢さん、どうやってここへ? 何かご用ですか?」
「は?『お嬢さん』……?」
兵士の言葉にアキラは首を捻るが、ふと気づく。
ちょうどアキラの正面、部屋の向こう側の壁に姿見があって、そこに見覚えがあるポニーテールの少女が映っていた。
いや、見覚えがあるというどころじゃない。この少女は、
「母さんの……マイキャラクター?」
自分自身の身体を見下ろして、ほっそりとした自分の腕をぺたぺた触って、いつもよりも小さくなって丸くなった顔を触って――アキラは悟る。
自分の身体が、女の子になっていることを。
「な、なんだコレ!? はっ!? え、えええっ!? これって、あのカードの……!」
トップスは、フリルつきの長袖ブラウスと、水色ギンガム柄のベスト。ベストの胸にはピンク色の大きなリボン。
スカートはベストと同じギンガム柄のミニスカートで、ミドルヒールのブーツはストラップで甲を固定するメリージェーンタイプ。明るいピンク色で、真っ白なニーハイソックスとは綺麗なコントラストになっている。
――『キュートポーン・シューティングスターコーデ』だ……!
カードの中、ゲーム画面の中でしか見たことがなかったコーデを生で見られて、アキラは状況も忘れて思わず感動してしまう。
「貴様……どうやってこれを盗んだ?」
落下した拍子に落としていたのか、兵士の一人がアキラのカード――プリンセスとマイキャラクターのカードを床から拾い上げる。アキラはハッとして、
「やめろ、それに触るなっ! 返せ!」
兵士に詰め寄ろうとするが、もう一人の兵士に腕を掴んで引き止められる。
「私が牢へ連れて行く。そちらはクイーンへご報告を」
了解、と敬礼して、カードを持った兵士は部屋を出て行こうとする。
「おい、待て! そのカードは俺のだっ!」
声の限り叫んだその瞬間――奇妙な感覚があった。服と自分の身体とが神経で繋がって、服から何か熱いものが流れ込んでくる……そんな感覚。
その感覚に衝き動かされるように、アキラは腕を押さえていた兵士を吹き飛ばし、部屋を去ろうとしていた兵士の手からカードを奪い取った。
部屋がしんと静まり返る。
――なんか、今やけに力強く動けたような……?
自分自身、驚きながら、目を丸くしている三人の女性を見回す。と同時に、どうやら寝室らしい、落ち着いた青色の壁紙と絨毯で飾られた、小さな部屋を見回す。
すると、今まで天幕の陰になっていたせいで見えなかったが、誰かがベッドに横たわっていることに気づいた。
こんなに騒がしいのに眠り続けてるのか? 怪訝にその顔を覗き込んで、息を呑む。
「プリンセス……!?」
そこに横たわっているのは、紛れもなくプリンセス。
月の光のような白銀の髪は綺麗に梳かされていて、その手は白いネグリジェを着た身体の上で柔らかく組んでいる。目を瞑ったその表情は、まるで微笑んでいるように安らかだ。
その横たわる姿は、まるで一枚の絵画のように美しい。
しかし、なぜだろうか? プリンセスは起き上がろうとせず、目を開こうともしない。まるでもう死んでしまったかのように……。
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!
耳を貫くように甲高い音が、部屋の中に鳴り響いた。兵士の一人が吹いた警笛の音だ。
――どうしてここにプリンセスが? っていうか、ここはどこだ? 俺はどうして母さんのマイキャラクターに……女の子になっているんだ?
何もかもがよく解らないが、ただ一つハッキリしているのは、いま自分はかなりマズい状況にいるということだ。
こちらへ駆けてくる数人の足音が、けたたましく扉の向こうから聞こえてくる。逃げ場はない。アキラはプリンセスの寝顔を見つめながら、そこに立ち尽くすほかなかった。
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