第10話 ストーンフルーツ


「今日買う物はキャストライトにメモしてもらいました。これ以外は必要ありません」


「任せろ、俺が選んでやるよ」


「聞いていましたか?隊長殿に選択権はありません」


 ルーペは白衣のポケットからメモ用紙を取り出して、太郎の顔の前に突き出した。

 ずらりと並ぶ買うものリストの大半が食料品。

 昨日、太郎達がいかに食い尽くしたのかが思い知らされる。


「まずは浄化道具を買いましょうか。軽いですし、かさばりませんから」


 メモ用紙に目を通したルーペはそう言って、市場の奥へと足を進める。

 彼女を先頭に、太郎達も後に続いた。

 人はそこそこ多く賑わっている。

 通り過ぎる店先に並んでいるのは干し肉や新鮮な野菜。

 太郎のイメージ通りの『市場』の雰囲気に浸りつつ歩いていたのだが



「おいおい、カップ麺が売ってるぞ。景観ぶち壊しじゃねえか」



 他にもコンビニで見たことのあるお菓子を置く店が並んでいる。

 確かに売れるだろうし、もちろん太郎も欲しい。

 だがこんな近代的な代物はこっそり取り扱っていただきたい。


 なんだかんだと文句を言いつつも、お菓子の山に吸い寄せられる太郎だったが、そんな彼の手を



「こっちだぜ、隊長」


 後ろからついて来ていたレッドスピネルが握り、引っ張った。

 宝兵に年齢という概念があるのか知らないが、見た目としては小学生ほどの女の子の手を振り払うわけにもいかず。

 太郎は寄り道を諦め、大人しくついて行くことにした。


 ほどなくして、ルーペは一つの店の前で立ち止まった。

 濃い紫色の垂れ幕がかかったテントで、店主の女は落ち着いた雰囲気だ。

 並ぶ商品は太陽の光と月の光が入った小瓶。

 それらは上等そうなクッションの上に置かれており、見るからに高級品だ。


「多めに買っておきましょう。ありすぎて困る物でもありません」


 そう言って、ルーペは瓶を手に取った。


「武器は売ってないのか?」


「そうですね、うちでは取り扱っていません。隊長さんは武器をお求めですか?」


 太郎の言葉に店主が答える。


「いや、俺じゃなくてレッドスピネルにだよ。こんなに小せえのに戦闘に駆り出されたら素手だぜ。さすがにキツイだろ」


 隣に立つレッドスピネルを顎で指し、言った。


「元から武器を持っていないのであれば必要ありませんよ。宝兵の武器は肉体の延長です。逆を言えば、宝兵の肉体そのものが武器。宝兵にとって、生み出された姿以上に武器となるものはありません」


「そうなのか?」


「ああ、安心してくれ。隊長はスピちゃんが守ってみせるよ」


 力こぶを作ってみせるレッドスピネルだったが、その腕は子供らしい、か細いものだった。


「武器の代わりと言ってはなんですが、地図はいかがです?頼もしい宝兵さんに活躍の場を与えてあげるのも隊長の務めかと」


 店主が店の奥から木箱を取り出して、言った。

 箱を開けると、中には筒状になった紙が何本か横になって置いてある。


「地図?」


 首をかしげる太郎に、ルーペが


「発掘のための地図ですよ。初めは私が教えた一か所でしか発掘できませんが、店で地図を買うことにより新たな場所へ発掘に行けるのです」


「最初から全部教えろよ」


「そうもいきません。数多くある部隊がどこか一か所に集中されても困りますし、かといって発掘場所を国が管理しても不満を言う者が出るのは目に見えていますから。こうやって隊長自身で手に入れるのが一番なんですよう」


「そんなもんか。じゃあ試しに一つ買ってみるか」


「毎度」


 小瓶の代金も含め、ルーペが支払う。

 それを横目に、太郎は地図を受け取り結んであった紐を解く。

 くるくると丸まった地図を広げていくと、そこに描かれていたのは――何もなかった。

 ただの白紙だ。


「ふざけんな!不良品つかまされたぞ!」


 顔をあげて怒鳴る太郎。

 だが店主は笑って


「発掘に行く隊員に渡すんですよ。隊員が念じれば、その部隊の実力にあった場所が表れます。ですから、売られている地図は全て白紙です」


「そうなのか……」


 ただの白紙を買わされたようで納得いかないが、ルーペが何も言わないところを見るとそう言う物なのだろう。

 太郎達は店主に礼を言い、店を後にした。


 太郎は地図を、ルーペの持つ、先ほど買った小瓶の入った紙袋の中へねじ込む。

 ルーペはちらりと見たものの何も言わず、再びポケットからメモ用紙を取り出して


「さて、次はメインの食料品ですね。」


 買い物リストの大半を占める食料品。

 これが今回の主目的でもあったのだが、


「この調子で三人一緒になって買うのは効率が悪くねえか?各自、分担して買った方がいいと思うぜ」


 レッドスピネルがメモ用紙を覗き込んで言った。


「それはそうなんですが……」


「じゃあ俺はお菓子を担当する!あとはお前らが買っとけ」


 メモ用紙にある『お菓子』の文字を目ざとく見つけ、太郎が言った。

 そんな太郎を見たルーペが


「昨日の今日で、もうこの態度。やはり私が見張っていなければいけません」


「隊長の俺を信用できないのか?」


「尻叩きの際、部下に罪をなすりつけようとした隊長が何ですって?」


「まあまあ。スピちゃんも隊長と行くよ。それで許してくれや」



 レッドスピネルの言葉に、ルーペは口をつぐむ。

 しばらく考えた後、メモ用紙を上下に切り離して一方をレッドスピネルに渡し


「いいでしょう。時間が限られているのも確かです。買い物が終わったらここに戻って来てください。お金はありますね?後で清算します。……くれぐれも羽目を外さないよう、お気を付けださい」


「おう。任せろ」


 受け取り、レッドスピネルは頷いた。

 なんだか納得いかない太郎だが、ここで余計な口を挟むと行動を制限されるかもしれないから黙っておこう。


「行こうぜ」


 レッドスピネルに手を引かれ、太郎はその場を後にした。




 しばらく歩き、振り返ってもルーペの姿が見えなくなったのを確認してから太郎は


「さっきカップ麺見つけたぞ。あれは買わないと」


「駄目だ。買い物リストにカップ麺は無いぜ」


「レッドスピネルまでそんなこと言うのか?仲間じゃなかったのかよ」


「仲間だぜ。でも、メリハリはつけようや」


 レッドスピネルは笑顔でそう言った。

 これ以上言っても無駄だろう。


 太郎が、通り過ぎていく店をぼんやりと眺めていると



「なんでこんなところに石が置いてあるんだ?」



 果物が並ぶ中に混じって、握り拳ほどの大きさの石が置いてあるではないか。

 太郎は思わず足を止める。

 どこにでもありそうなその石は果物と同じく山積みにされており、違和感が半端ではなかった。



「なんだい、ストーンフルーツを知らないのか?」


 店主の男が太郎に言う。


「これは石じゃない。ストーンフルーツといって立派な果物さ。熟すと金色の粒が浮かんでくるから、それが食べごろの合図だ。甘くて美味しいぞ」


 太郎はストーンフルーツを手に取った。

 思ったよりも軽いのだが、触った感触としては石そのもの。

 ひんやりとしていて、とてもこれが果物とは思えなかった。


「初めて見たな。よし買おう」


「隊長、ストーンフルーツなんて買い物リストに書いてないぜ」


「いいんだよ。俺が欲しいんだから。レッドスピネルの分と、2つくれ」


「まいどあり!」


 太郎の言葉に、店主がストーンフルーツを紙袋に詰める。

 レッドスピネルはため息をつきながらも支払いをした。


「仕方ねえな。これだけだぜ」


「わかってるよ。……でも、ルーペとキャストライトにバレたらうるさそうだな」


 後先考えずに購入したはいいが、二人の顔が頭をかすめて太郎は顔を曇らせる。

 そんな太郎に、レッドスピネルが


「食べるまでスピちゃんの部屋に隠しとくってのはどうだ?隊長の部屋ほど人の出入りは激しくないから、きっと見つからないぜ」


「いいな!任せるよ」


「ああ。じゃあ、気を取り直しておつかいしようぜ」


 買い物リストを片手に、太郎達は市場の奥へと足を進めた。


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