第8話 罪と罰(1)

 ソファに身を沈め、太郎はジュースの蓋を開けた。

 スナック菓子を口に頬張りジュースを流し込む。

 至福のひと時だ。


 太郎の足元には食べ散らかした菓子のクズや外袋、空になったペットボトルが散らばっていた。

 足元だけではない。

 テーブルの上はもちろん、床に寝転がって漫画を読んでいるレッドスピネルのまわりや、さらなる食べ物を求めてキッチンへと向かったサファイアの通り道、いたるところにゴミが落ちている。

 締まりのない時間が流れるこのリビングに、何も知らないキャストライトが入ってきた。


「やあ、みんな。おかげさまでもうすっかり元気になったよ」


 太郎が浄化をしてから丸一日経ち、彼女の穢れは全て祓われた。

 脇腹にあった痛々しい傷もふさがって元通りの姿だ。


「待ってたぜ、キャストライト。お前がいないと締まらなかったんだ」


 寝そべったままのレッドスピネルが片手をあげる。

 だがキャストライトは返事をせず


「……なんだい、これは」


 部屋の惨劇を目の当たりにし、固まってしまった。

 震える口から言葉を絞りだす。


「……君たち……この部屋にいて何も思わないのかい?」


「別に。あ、何か飯作って。お菓子ばっかで胃が変な感じになってんだ」


 テーブルに積んであった漫画を手に取り、読みながら太郎が言った。

 キッチンから山ほどお菓子を抱いて帰ってきたサファイアも


「たしかに!何かつまみたい気分ですね」


 そう言って空いていたソファに横になり、菓子の袋を開けて食べ始める。

 一瞬の沈黙。

 そして




「全員そこに直れ!!」



 鉱床全体が揺れるほど大きな声でキャストライトが怒鳴った。

 あまりの剣幕に三人とも飛び起き、彼女の前に正座して並ぶ。


「よくもまあ一日でこんなにちらかしたね!誰一人として片付けようと思わなかったのかい!」


 雷が落ちたかのような声に身をすくめる三人。

 俯いたまま何も言わない彼らに痺れを切らし、キャストライトが太郎に問う。


「隊長としての自覚はないのか!君はこの一日で何をしていたんだい!」


「ち、違う、誤解だ。聞いてくれ」


 彼女の視線を正面から受け止める勇気はなく、太郎はキャストライトの胸元あたりを見ながら弁解を始めた。



● ● ●



 窓からさす光が眩しい。

 太郎は目を擦りながら上半身を起こした。

 キャストライトの浄化が想像以上に体力を削り、昨日は疲れて早く寝てしまった。

 浄化というのは手当てをするだけだと思っていたが、「隊長しかできない」とのルーペの言葉からも考えられるように、もしかしたら太郎の力を使っているのかもしれない。


 ベッド付近にある時計に目をやると、お昼ど真ん中。


「いつもサファイアちゃんが起こしに来るのに今日はどうしたんだ?」


 欠伸をかみ殺して服を着替え、ノロノロとした足取りで顔を洗いに洗面所へと向かう。

 顔を洗っていると、洗面所にレッドスピネルがやってきた。


「おはよう、隊長。よく眠れたか」


 さわやかな笑顔でそう言う彼女の頭は、寝癖で爆発している。


「ああ。それはもう、こんな時間に起きたくらいだからな」


「違いない」


 豪快に顔を洗い、寝癖を治すレッドスピネル。

 身だしなみを整えた二人が共に廊下へ出て、リビングに続く扉を開ける。

 ダイニングテーブルにはいつも通りできたての朝食の用意が――なかった。


「あれ?朝飯は?」


 ぽかんとする二人だが


「そうか。キャストライトがいないんだったな」


 レッドスピネルが、ぽんと手を打った。


「腹減った。何か作って置いてないのか?」


 太郎は冷蔵庫を漁るが朝食らしきものはない。


「んだよ。作っとけよ。浄化ねだっといて無責任だな」


「そんな時は……これなんかどうだ」


 レッドスピネルが棚から保存食として買い溜めてあったカップ麺を出して見せる。


「お、いいねえ」


 それぞれ食べる分だけカップ麺を作って(とはいえお湯を注ぐだけだが)、ダイニングテーブルで向かい合って食べる二人。

 太郎がカップ麺を一つ平らげても、他に誰もキッチンへと来る気配がなかった。


「みんな起きてくるの遅ぇな。キャストライトがいないからって弛みやがって」


「ルーペは定期集会だとかで朝から出るって、昨日言ってたぜ」


「そうなのか。じゃあサファイアだけか」


 残るはキャストライトだが、彼女は浄化室から一日、浄化が終わるまで出てこない。

 浄化中の宝兵は一種の仮死状態に陥り、飲まず食わずで部屋にこもるからだ。

 ルーペからは、浄化を促進させるためなるだけ刺激を与えないよう浄化室に入るのは厳禁だと言われた。


「肉がないと食った気しねえなあ」


 レッドスピネルが二つ目のカップ麺に手を付けてぼやく。

 二つ目を食べる気にならない太郎は


「デザートが食いたいなあ」


 再びキッチンの棚を漁って菓子を見つけた。

 別の引き出しにはペットボトルのジュースも。


「いい物あんじゃん」


 めぼしい物を適当に取り出してダイニングテーブルに持って行き開封する。

 菓子を鷲掴みにして頬張っていると、扉が開いて


「おあようございまぁふ」


 かみ殺し切れていない欠伸をしながら、サファイアが入ってきた。

 一応身だしなみを整えたようだが寝癖が盛大についたままだ。


「おや?楽しそうですね。パーティーですか?」


 荒れたダイニングテーブルを見て目を輝かせる。


「違うよ。キャストライトがいないからてきとうに食ってんだ」


「サファイアも食べろよ。なかなか美味いぜ」


 太郎の隣に座り、サファイアはレッドスピネルからカップ麺を受け取る。

 どれだけ食べるつもりなのか。

 サファイアに渡した後も、レッドスピネルの目の前にはまだ3つもカップ麺が残っていた。


「いただきまーす。……うん。おいしい!キャストライトはこういうジャンキーな物、なかなか出してくれませんからね」


 麺をすすりながら、太郎が開けた菓子袋から菓子をつまむサファイア。


「背徳的な食べ方!キャストライトがいたら絶対怒られますね」


「今日はどうすんだ?何か予定はあるのか」


 レッドスピネルが太郎に訊ねる。


「そんなの決まってるだろ。キャストライトが浄化中なんだぞ」

 

 太郎は飲みかけのペットボトルを握りしめ、空高く掲げて




「部屋でゴロゴロする!鬼のいない間に思いっきり羽を伸ばしてやるんだ!」




「やったー!私、今日は野菜食べません!」


「スピちゃんは読みかけの漫画を全部読んでやる」


 飛び上がって喜ぶ二人に


「やれやれ、あんまり羽目を外すんじゃないぞ」


 太郎は新しい菓子の袋を開けながら言った。



● ● ●



「な?俺はちゃんと止めただろ」


「どこがだい。君たち全員、ただひたすら自堕落な生活を送っていただけじゃないか。長々と何を話すのかと思ったら……言い訳の一つでもした方がまだ可愛げがあるってものだ」


 黙って太郎の話を聞いていたキャストライト。

 湧き上がる怒りを押し殺し、静かな声で言った。




「全員、尻を出せ」




「はあ?」


「なんで!」


「何言ってんだ?」


 口々に叫ぶ三人に構うことなくキャストライトはその場に座った。


「こんな醜態をさらした罰と気合をいれるのと、両方の意味を込めて君たちの尻を叩く」


 袖をまくって現れたのは、ほっそりとした白い腕。

 こんな腕で叩かれたとしても知れているだろう。


「まずはレッドスピネル。君からいこう」


「す、スピちゃんか?」


 だが小さいレッドスピネルには大きく見えるのか。

 彼女がうろたえている隙にキャストライトが捕まえた。

 ペロンとスカートをめくり、お尻にでかでかとクマさんの顔が描かれたパンツが丸見えになる。


「何か言うことはあるかい?」


 青ざめていたレッドスピネルだが覚悟を決めた様に目をつぶり


「スピちゃんが悪かった。一思いにやってくれ」


 短く一言、そう言った。

 キャストライトは頷き、手を振り上げてレッドスピネルのお尻めがけて振り下ろす。

 ぱちん と小気味いい音が部屋に響き渡った。

 それは一回で終わることなく。

 ぱちん ぱちん と何度も繰り返された。


 叩かれるたびレッドスピネルの体が大きく揺れる。

 だが彼女は大声をあげて泣き叫ぶことはせず、ただ唇を固く引き結んで痛みに耐えていた。


 ぱちん とちょうど十回鳴り響いたところで


「よく耐えた。以後気を付けるように」


 スカートを戻して、ようやくレッドスピネルが解放された。

 キャストライトの膝から転げ落ちるようにして逃げ出した彼女は、お尻を抑えて床に倒れ


「尻が、尻がぺったんこになっちまった……」


 瞼の端にうっすらと涙を浮かべ、苦悶の表情でそう言った。

 彼女の様子に、太郎とサファイアは顔を見合わせ震えあがる。


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