第7話 浄化


「そろそろ私を浄化してくれるかい」


 食事が済み、ソファで横になっていた太郎の前にキャストライトが立って言う。


 彼女は先ほどの警備で脇腹を切り裂かれた。

 宝兵が受けた傷は‘穢れ’と扱われ、取り払うために‘浄化’しなければいけなかったはず。

 だが、


「サファイアがもうしただろ?」


 キャストライトの脇腹にまかれた包袋を指して、太郎が言った。


 警備から帰ってすぐ手当てをしたのだ。

 穢れだかなんだか知らないが、要は怪我をしたということ。

 この処置で十分ではないか。


「あれは応急処置です。宝兵は浄化しないと元の状態に戻りません。その浄化ができるのは隊長だけなんです」


 ルーペがソファの背もたれからひょっこりと顔を出す。


「そうなの?でもやり方わかんねえしなあ」


 正直言って、面倒くさい。


「安心して下さい。私が教えます」


「さっき研磨したしなあ。俺疲れてるんだけど」


「私だって食事の用意と片付けで疲れているんだけどね。それに、このままだと家事も疎かになってしまうよ」


 キャストライトが腕を組んで言う。

 太郎を見下ろす二人の目。

 その視線に耐え切れず


「……わかったよ。やればいいんだろ」


 のそりと体を起こしてソファから立ち上がる。


「さすが隊長殿!思いやりの心に溢れていますね!」


「わざとらしいんだよ。で、どこでやるんだ?」


「浄化室ですよ。案内します」


 ルーペを先頭に、太郎とキャストライトは廊下を通って浄化室へと行く。


 浄化室はリビングよりも少し狭いが、室内とは思えないほど明るく清々しい部屋だった。

 真っ白な壁に真っ白な床。

 これまた白い、大小さまざまなクッションと、たくさんの毛布が床に敷かれている。


 ルーペが適当な場所を指さして




「キャストライト。服を脱いでここに座ってください」




「……なんだって?」


「服を脱いでここに横たわるよう言ったのです。何か問題でも?」


「あるに決まっているじゃないか。隊長がいるんだよ」


 腰に手を当て、キャストライトが顔をしかめる。


「隊長殿がいるから脱ぐのでしょう。今から浄化するんですよ」


「だからって脱ぐ必要があるのかい」


「穢れた部分を直接浄化しなければいけませんからね。穢れた箇所が腕などであれば、その必要はなかったんですが」


 それでも渋るキャストライトを放置して、ルーペは壁際に向かう。

 その壁は一部がくりぬかれており、備え付けの棚のようになっている。

 下の段には側面に黒い十字架が描かれている箱が一つ。

 上の段には小さな小瓶が並べてあった。

 小瓶は中に青白く光る液体が入った物と黄色く光る液体が入った物の二種類ある。


 ルーペは黄色い液体の小瓶と箱を手に取り、こちらに戻って


「穢れた宝兵を浄化するには ‘太陽の光’あるいは‘月の光’が必要です。どちらが必要かは宝兵によって変わりますが、キャストライトの場合は‘太陽の光’ですね」


 小瓶を太郎に差し出した。


「これを傷口に塗り、ガーゼをあてて包帯を巻けば完了です。このまま、傷が治るまで安静にしていれば浄化完了となります」


「安静にってことは動けないのか。けっこう不便なんだな」


 小瓶を受け取り、太郎が言う。


「ガーゼの代わりに‘クロス’を使えば瞬時に浄化が終わりますよ。今は手元にありませんが、市場で購入することができます」


 市場で購入、か。

 現実の世界というか何というか。

 とにかく、際限なく課金できたあの頃が懐かしい。


「さ、早く浄化を終わらせましょう」


「……わかったよ」


 ルーペの言葉に観念したのか、遂にキャストライトが頷いた。

 意を決して背中のチャックに手を伸ばし


「へへっ。手伝おうか?」


「必要ない」


 太郎の言葉をぴしゃりと跳ね返す。


 そのままチャックを下ろし、露になった彼女の白い肌。

 袖から腕を抜き、服を下げて足を退ける。

 全体的に細身だが適度に筋肉はついており、彼女が宝兵だということを思い出させる。

 小ぶりな胸と小さな尻を隠すのは、服と同じく黒い下着。

 几帳面な彼女らしい繊細なレースがあしらわれていた。


 液晶の画面でしか見たことがない女体が、いま目の前にある。

 手を伸ばせば触れる距離だ。



「隊長。まさかとは思うが、いかがわしいことを考えてはいないだろうね」


「そんな心外だありえない考えるわけないだろ」


「……そうかい」


 早口でまくし立てる太郎に、キャストライトはため息をつく。

 毛布の上に足を崩して座り、脱いだ服で胸元を隠した。


「おいふざけんな!下着もとれよ!というか、なんで隠してんだ!それじゃ見えないだろ!」


「穢れた部分は脇腹だ。これで十分見えるだろう」


「あんなこと言ってるぞ。お前からも何か言ってやれ」


 太郎は口をとがらせてルーペに言いつける。


「いえ、これで大丈夫ですよ。包帯を取って直接太陽の光をかけてください」


 だがルーペが味方することはなく。

 むしろ、早くしろと言わんばかりに急かしてきた。


「俺は隊長だぞ」


 忠誠心のない隊員に不満を漏らしつつ、キャストライトの横に膝をつく。


 目と鼻の先になる、彼女の体。


 下着と包袋をつけてはいるが、包帯で覆われていない部分の腹や太ももは何も遮る物がない。素肌だ。一糸まとわぬ姿と言っても過言ではない。

 これはもう全裸なのではないだろうか。

 太郎はそっと手を伸ばし、包帯のない部分の腹に触れてみる。



 ふにょん、と指先の感触。



「おぉ……」


 思わず声が漏れる。

 想像以上に柔らかい肌は少し沈み、奥にある筋肉の硬さを感じた。

 掌全体で肌に触れ上下に撫でる。

 すべすべとした肌触りは、昔触った親戚の赤ん坊の肌を思い出すようで――



「それは必要なことなんだね?」



 キャストライトの冷たい声。

 その迫力に怖気づき、太郎は慌てて手を離す。


「いやあ、はは。包帯とるぞ」


 誤魔化すように笑って血の滲む包帯をほどいていく。

 現れたガーゼは真っ赤に濡れており、剥がすと生々しい傷口が露になった。


「うげえ」


 思わず顔をしかめる太郎。

 取ったガーゼと包袋をルーペに渡し、小瓶のふたを開ける。

 グロテスクな怪我をこれ以上は見ていられず、顔を背けて傷口の上あたりで小瓶を逆さまにした。

 そのせいで狙いが外れてしまい、黄色く光る液体はキャストライトの腹全体にぶちまけられてしまった。


「もうちょっと丁寧にやってくれよ!」


 キャストライトが悲鳴をあげる。


 だがすぐに飛び散った液体はふるふると震えはじめ、まるで意思を持っているかのように、脇腹の傷口に集まりだす。

 集まった液体はそれで終わりではなく、集まったそばから傷口に染み込んでいく。

 やがて全ての液体が染み込むと、液体と同じ黄色く光る薄い膜が傷口に張っていた。


「その膜をガーゼで覆って包袋で固定してください」


 箱から新しいガーゼと包袋を取り出したルーペが、それらをよこして言う。

 受け取り、太郎は言われるままにガーゼをのせた。

 ガーゼごしに指先へと伝わる温もりは彼女の肌以上の温かさ。

 上から包帯を巻きつけてもまだ、触れるとじんわり温かい。


「……これでいいのか?」


「はい。完璧です」


 にっこりと笑ってルーペが言う。

 キャストライトは立ち上がり


「ありがとう、助かったよ」


 礼を言って手早く服を着はじめてしまった。

 そんなにすぐ着替えなくても、とは心の中で言うにとめておく。


「あとは安静にするだけです。穢れの具合からして一日くらいでしょうか」


 箱を元の棚に戻しながらルーペが言う。


「そんなもんか」


 普通、脇腹をあんなに深くえぐられたとあれば一日で治るはずがない。

 だが『玉すす』の浄化時間はキャラクターのレアリティと穢れの蓄積量に左右される。

 星三つのキャストライトなら、一日というのは妥当な時間だろう。


 服を着終わったキャストライトは横になって毛布をかぶり


「さて、私はここで癒されるよ」


「そうですね。では行きましょうか」


 ルーペが太郎を促す。


「ああ。じゃあな」


 キャストライトを残して、太郎達は浄化室を後にした。


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