第6話 レッドスピネル

「あー……終わりが見えねえ……」


 太郎は手元の石を見ながらため息をつく。


 鉱床に帰ってから、太郎はさっそく自室にこもって原石の研磨に取り掛かっていた。

 テーブルいっぱいに道具を広げ、一人で黙々と作業に没頭する。

 研磨してみましょう、なんてよくもまあ簡単に言ってくれたものだ。

 石をサンドペーパーで磨いて磨いて、もう何時間経ったのだろう。


「このサンドペーパーは、お国が開発して下さった物なんですよう!これで研磨するからこそ、隊長の力で宝兵が生まれるんです。お国に感謝ですね」


 なんてルーペは得意げに言っていたが、開発するならもっと簡単に研磨できる便利グッズを開発して欲しかったものだ。


 削りカスが飛ばないよう石を水につける。

 その水だって何度も使うから白く濁っているではないか。


「もういいだろ!手の感覚無えよ!」


 布で石を拭き水気を取る。

 ピンクがかった綺麗な赤い石。

 ここまで磨き上げるのに本当に苦労した。


「今度は大丈夫だろ。これでダメだったらもう知らねえ」


 手を握ったりひらいたりして凝り固まった指をほぐしながら、太郎は石を持って部屋を出た。

 物音に気付いたのか、ルーペがリビングからやってくる。


「まーた出てきたんですか。ちゃんと研磨してください」


「やったよ。もう十分だろ。これ以上を求めるなら新しいキャラなんていらねえよ」


 手をひらいて石を見せる。

 まん丸なそれは赤い色と相まって、りんご飴のようだった。


「まあ、いいでしょう」


 まだ不満があるようだったが、太郎が本気だとわかったようで、ルーペは頷いた。



「では宝兵を生み出してください。石を握りしめて、自分の力をその石に流し込むイメージをするんです」


「そんなのでいいのかよ」


「そんなのでいいんです」


 半信半疑の太郎に、ルーペが真顔で返す。

 言われるままに石を握りしめ、そこに力を流し込むイメージをする。


 そして手をひらくと――変わらぬ姿の石があった。


「何も出ないじゃねえか!」


「我慢が足りないんですよ。落ち着いて、集中してください」


「十分集中してるだろ」


「目をつぶってみてはどうです?イメージしやすいんじゃないですか」


「注文が多いなあ」


 ぼやきつつも、言われた通りに目をつぶる太郎。


「……まずは自分の力に目を向けましょう。頭の先から肩、指先へと流れ、腰を這って、足の先にたどり着く。そして今度は反対側から登っていきます。足から腰、指まで登って肩から頭の先へ。ぐるぐる、ぐるぐると。体内を循環する、隊長殿の力です」


 ルーペの言葉のせいか、何か温かい物が体の中を巡っているような気がする。


「……ぐるぐる、ぐるぐる……その力を、掌の石ころに分けてあげましょう。頭から肩、腕を通って掌に留めるんです。力が漏れたって構いません。……ぐるぐる、ぐるぐる……石ころを終点に、力を流し込みましょう」


 体内を流れる、太郎の力。


 掌に、正確には石に蓄積されていき、石が熱くなっていく。


 穏やかなぬくもりだったそれが、ついには石を持っていられなくなるほどになり



「熱っ!」


 思わず太郎は目を開けて石を放り投げてしまった。


 石はそのまま落下して――床に触れた瞬間、閃光を放った。

 開けたばかりの目を閉じて、光が収まるのを待つ。

 爆発的に光ったのはその一瞬で、光は徐々に収まっていき、太郎は恐る恐る目を開いた。


 光のせいで一時的に失われた視力がゆっくりと回復していく。

 そして、ようやっと太郎の目に映った景色には



「会いたかったよ、隊長。レッドスピネルだ」



 ルーペと同じくらいの背丈をした女の子が立っていた。

 さっきまで研磨していた石と同じ色の、くりくりとした大きな赤い瞳。

 同じく赤色の長い髪は高い位置でツインテールにしている。

 膝上のワンピースにマントをはおったその姿は、お人形のようで可愛らしい。

 だがそんな外見に似合わず、彼女の声はハスキーで落ち着いたものだった。


「これから世話になる。なに、おんぶにだっこって訳じゃねえ。スピちゃんだって隊長の役に立ってみせるさ」


 しかも男気溢れるときた。

 差し出された手を握ると、想像以上に強い力で握り返される。


「すごいギャップだな」


 こんな小さな手のどこにそんな力があるのか。

 彼女の手を離した後も目で追ってしまった。


「では、レッドスピネルが出たと報告してきますね。その間に顔合わせをしておいてください」


 そう言い残し、ルーペは自室に向かう。

 彼女と入れ違うようにして


「大丈夫ですか!隊長!何か光ってましたけど……」


 ドタドタとうるさい足音と共にサファイアが廊下にやってきた。

 あれだけの光だ。

 リビングにいた彼女の元にも届いたのだろう。


「さっき研磨し終わったレッドスピネルだ。仲良しくしろよ」


 太郎の言葉に、レッドスピネルが片手をあげる。

 サファイアは大きな目を更に大きくして


「やったあ!新しい仲間だ!私はサファイア。よろしくね」


 レッドスピネルに抱きついた。

 その姿はまるで大型犬が子供にじゃれついているようだった。


「あとはキャストライトがいる。今は晩飯を作ってるんじゃないか」


 太郎は言いながら、サファイア達を引き連れてリビングに行く。

 案の定、カウンターではキャストライトが料理を作っている最中だった。


「聞こえていたよ。私はキャストライト。よろしく頼むよ」


「ああ、こっちこそ。何か手伝うことはあるか?」


 レッドスピネルがキッチンへと向かう。


「じゃあ盛り付けを頼もうかな。……君たちも。眺めていたってご飯はできないよ。手伝ったらどうだい」


「うん、わかった」


「俺は無理だ。何時間も研磨してクタクタ」


 素直に協力するサファイアを尻目に、太郎は椅子に座りダイニングテーブルに突っ伏す。

 そんな太郎の様子にキャストライトは肩眉を吊り上げて


「だとしても、運ぶくらいできるだろう」


「許してやってくれ。隊長も疲れてんだ。代わりにスピちゃんが隊長の分まで働くからよ」


「そんな甘いことを言って。彼のためにならないじゃないか」


「そうだよ。甘くていいのはこのスープくらいだよ」


 鍋のコーンポタージュをカップに並々入れてサファイアが言った。

 それを当然のように飲み干して


「これ美味しいね」


 呆気に取られるキャストライト。

 黙っている間も彼女の暴走は止まらない。

 今度は横に置いてあったクルトンを次々と口に放り込みだした。

 キャストライトは慌ててサファイアの手を掴み


「何をやってるんだ!つまみ食いなんてはしたない!」


「つまみ食いなんかしてないよ。これは味見」


 掴まれた手が動かせないとわかると、今度は自らの顔を持っていって食らいつく。


「クルトンに味見は必要ない!……ああ、もう!君は座っていろ!」


 既に食べられてしまったものは諦めて、サファイアをキッチンから押し出した。


「隊長、すごく美味しかったですよ。晩ご飯が楽しみですね」


 もぐもぐと口を動かしながら、言われた通りサファイアは太郎の隣の椅子に座る。

 悪いことをしたとは微塵も思っていない彼女の様子に、頭を抱えるキャストライト。


 自分を含め、四人分の家事を一人でこなすのは少々きつい。

 だが、人手が欲しかったところにちょうどレッドスピネルが来てくれた。

 彼女に期待も高まるというものだが――



「こんなもんでどうだ」


 自信満々の声に振り向くと、レッドスピネルがパスタを皿に盛りつけていた。

 フライパンに入っていた半分以上のパスタを一皿にのせているせいで、今にも零れ落ちそうになっている。


「ちょっと少ねえか」


 反応を返さないキャストライトに、何を勘違いしたのか、更にパスタをのせようとする。


「そんなにたくさん食べられるわけないだろう!」


「好き嫌いは良くないぜ」


「量が多いと言っているんだ!これは五人分なんだから、ちゃんと分量を考えないと」


 レッドスピネルの手からトングを奪い人数分に分ける。


「なるほど、難しいもんだな。じゃあ、今度はこっちを……」


 先ほどのコーンスープの取り分けにかかるレッドスピネル。

 だが、明日の朝食の分もと多めに作ったのが悪かった。

 わざわざ丼ぶりを出してきて、縁までたっぷりスープを入れる。


 キャストライトの視線に気づいたレッドスピネルは


「心配しなさんな。人数分いれてるぜ」


 ウインクをしてそう言った。


 横っ腹の穢れを浄化もせずに家事をして、そのうえ五人分の食事を作ったキャストライト。

 これ以上、彼女には怒る気力なんて残っていないかった。


「……君も座って待っててくれ」


 有無を言わさずレッドスピネルの背中を押す。


「味見はしなかったんだけどな」


 席に着いた彼女の不思議そうな声を聞きつつ、キャストライトは一人で晩ご飯の用意にとりかかった。


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