第4話 朝ごはん
「隊長、起きてください!たいちょー!」
ゆさゆさと体を揺すられて太郎は目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、青い髪をした女の子だった。
「おっはよーございます!もうすぐ朝ごはんができるそうですよ!」
「サファイアちゃん……?」
「はい!何ですか?」
満面の笑みで女の子が答える。
姿といい、声といい、どこからどう見ても『玉すす』のサファイアだった。
「もうっ、まだ寝ぼけてるんです?早く顔を洗ってシャキッとしてください」
掛け布団を引っぺがし、ベッドで寝ていた太郎の手を引くサファイア。
引かれるままにベッドから降りて、洗面所へと連れていかれる。
これは夢だろうか。
確か、太郎は学校の屋上から飛び降りたはずだが。
「……ああ、そうか。今俺は昏睡状態なのか。それで俺の願望を夢で見てるんだな」
洗面台の蛇口をひねり、流れ出す水を眺めて呟く。
これで顔を洗っても冷たく感じるのだろうか。
「うん。冷たい」
「はいどうぞ」
顔を洗った太郎に、サファイはタオルを差し出した。
受け取り顔を拭いてもまだ、見える景色は変わらなかった。
「このままサファイちゃんと二人きりで暮らしたいなあ」
「わあっ、それはいい考えですね!でも、キャストライトやルーペはどうするんです?」
「キャス……なんだって?」
どこかで聞いたことのある名前だ。
だが、太郎が思い出すより先に
「いつまでかかっているんだい。隊長を起こすのにそんな時間はかからないだろう」
少し怒った表情をした女がやってきた。
癖のある短いピンク髪のポニーテールに、修道女の服。
「お前、キャストライトか……?」
「当たり前だろう。……なんだい、まだ寝惚けているのかい?」
太郎の頬を両手でむにっと挟み、睨みつける。
触れる感触は本物のように思える。
「……いや、もう起きたよ。朝ごはんできてるんだろ?早く食べよう」
そう言って、太郎は二人の背中を押す。
昏睡状態でも何でもいい。
現実という悪夢から逃げられるなら、しかもサファイアが傍にいるのなら、こんなに幸せなことはないのだ。
二人の後について廊下を通り抜け、朝食の匂い漂うリビングへと入る。
テーブルの前には朝食が四人分並べられていた。
太郎とサファイア、キャストライトに、先客のルーペの分だ。
赤い髪に、丸眼鏡と白衣。
ゲームで見たままと同じ外見だった。
「遅いですよ。何をしていたん」
既に椅子に座っていた不満顔のルーペだが、こちらを向いて固まった。
「……あれだけ私が起こしても無駄だったのに、サファイアなら起きるんですね」
「えへへへ、適材適所ってやつだよ」
ルーペの言葉に、得意げにそう言って席に着くサファイア。
キャストライトと太郎も空いていた席に座る。
(俺はついさっきこの世界に来たばかりなのに、こいつらにとっては俺がいるのが日常なんだな)
自分を異物として認識しない世界。
それどころか、みんな自分を慕っているようだ。
慣れない周りの態度に、こそばゆいような落ち着かないような。
自分を中心に回る世界に住みたいとどれほど願っただろう。
その夢が今、実現しているのだ。
「食べないのかい」
幸せをかみしめていた太郎は、キャストライトの言葉で我に返る。
他の二人も、食事に手を付けない太郎を心配そうに見ていた。
「いや、食べるよ」
太郎の一挙一動が、彼女たちを振り回す。
とても気分がいい。
太郎は安心させるように笑って見せ、皿にのっていたスクランブルエッグを一口掬って口に運ぶ。
「うまい」
「それは良かった。おかわりもあるから遠慮しないで食べてくれ」
がっつく太郎に、キャストライトが頬を緩めてそう言った。
「あまり食べ過ぎないでくださいよう。警備に支障が出てはいけません」
「今日は警備に行くの?やったー!私、警備初めて!」
ルーペの言葉に、サファイアが両手を上げて喜ぶ。
「誰が行くか!ゲームじゃあるまいし、警備なんて行かねえよ」
口いっぱいのスクランブルエッグを慌てて飲み込み、太郎は口を挟んだ。
夢の中なのか何なのか知らないが、こんなリアルな世界で警備をしようなんて冗談じゃない。
チュートリアルでやった、スマホをタップすればそれで済む警備とは訳が違うのだ。
「ゲーム……?何を言ってるんだい。この前私と二人で尽場村に行ったところじゃないか」
「だからそれはゲームで……言っても無駄か。とにかく、実際にやるのは無理だ。敵と戦うのは恐いし、わざわざ痛い思いしたくねえよ」
「ご安心を!以前もやった通り、実際に戦うのは宝兵、ここでいうキャストライトとサファイアです。隊長殿は安全地帯で見守っているだけでいいんですよう!」
ルーペが胸を張って言う。
だとしても、だ。
「やだよ、めんどくさい。行きたいなら俺抜きで行けばいいじゃん」
「それは無理ですよ。隊長がいないと私たちは戦う力が出ません」
サファイアがしょんぼりと肩を落として言う。
「元をたどれば私たちはただの石ころ。隊長がいないと私たちは何もできないんです」
「そんなこと言われても……」
「いいじゃないか。一度くらい彼女に警備を体験させてあげても」
渋る太郎に、キャストライトが続ける。
「国を守るのが宝兵の存在意義なんだ。それをしないのは自分自身を否定することになってしまう。敵が恐いなら私の後ろに隠れているといい。……ね、隊長。警備に行こうじゃないか」
駄々っ子に言い聞かせるように、キャストライトが優しく言う。
なおも渋ろうとした太郎だが
「隊長、お願いです!一緒に行ってください!」
両手を合わせて拝み倒すサファイ。
彼女の潤んだ瞳に見つめられ、太郎は仕方なく首を縦に振った。
「……わかった。少しだけな。俺が帰ると言ったらすぐに帰る。いいな」
「ありがとうございます!さっすが隊長!」
「よく言った。それでこそ私の隊長だ」
飛び上がらんばかりに喜ぶサファイと、満足げに頷くキャストライト。
二人の様子を横目に、太郎はため息をついた。
ルーペの話では、太郎に危険が及ぶことはないらしい。
宝兵であるサファイアが怪我をする危険性があるのは気がかりだが、どうせゲームの『玉すす』と同じだろうから浄化すれば治るだろう。
自分が痛い思いをしないのなら、彼女たちの好きにさせた方が、太郎の株が上がるというものだ。
「では、尽場村に再び行きましょうか。前回は満足に警備できませんでしたし」
「不甲斐ない」
ルーペの言葉に、キャストライトが顔を曇らせる。
「気にしないでください。今回はサファイアもいることですし、戦力としては十分かと」
「任せて!私が全部やっつけてあげる!見ててくださいね、隊長!」
力こぶを作ってみせるサファイア。
きらきらと輝く彼女の笑顔に、太郎は残りのスクランブルエッグを口に放り込み
「せいぜい頑張って。俺を守ることを一番に考えろよ」
そう言って、キャストライトにお代わりの催促をした。
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