第2話 課金
言葉が終わると画面が切り替わり、テント式の簡易な店――市場が映し出された。
一日一回無料などと書いてある。
ガチャはここで引くようだ。
『私からの入隊祝いとして、大袋を買ってあげましょう。……これで最後ですからね。期待したってもう何も出ませんよ』
原石が十個入っていると書かれた大袋をタップすると、表示通り十個の原石が飛び出した。
一つ目の石を研磨すると、りんご飴のような色をした石に代わり
『会いたかったよ、隊長。レッドスピネルだ』
小さな女の子が表れた。
くりくりとした大きな赤い瞳に、それと同じ色の髪を高い位置でツインテールにしている。
短いマントをはおってはいるが、ミニワンピースからすらりと伸びる生足はいささか防御力が低いように思えた。
だが、そんなあざとさを極めたような外見とは裏腹に、先ほどの声はハスキーで落ち着いたものだった。
太郎はそのギャップに驚きつつも、彼女の名前欄横に表示された星の数を見て
「星一つかあ。ま、チュートリアルなんだから当然か」
レアリティが高くなるにつれ星の数も増える。
初期石ですら星三つだったのだから、それ以上を望むのは贅沢だろう。
他の原石をタップすると、残り全てピアスやネックレスへと姿を変えた。
これらは装備品だろうか。
画面をタップするとルーペが出てきて
『宝兵が増えて一安心ですね。他にも小さな石が出ましたが、こちらは宝兵に装備させる装飾となります。宝石の能力を上げるものなので、積極的に装備させましょう』
ピアスを一つ、キャストライトだけにつけてその工程は終了した。
初期に出た装備なんて弱くて使い物にならないだろうし、こんなものだ。
『以上で、とりあえずの説明は終了となります。今後もわからないことがあれば、私が教えますので安心して下さい。では頑張ってくださいね。応援しています』
タップすると、笑顔のルーペが消えた。
画面は鉱床に戻り、真ん中にキャストライトが映し出される。
『勉強は大事だよ』
タップすると喋るようで、太郎は連打してみた。
『お腹が空いたのかい?何か作ろうか』
『いい風が吹いているね』
優しい笑顔に穏やかなセリフ。
悪くない。
しばらく彼女の声を楽しんだあと
「……よし。それじゃあ始めますか」
太郎は市場をタップする。
先ほど見たガチャの画面だ。
サファイアちゃんは、ここにいる。
「唸れ!俺のお小遣い!」
ぴしゃりと頬を叩き、太郎は課金ボタンをタップした。
――のが数日前。
太郎は今、絶望の淵に立たされている。
屋上の淵にも立たされている。
いや、これは自分で立ったのだが。
とにかく太郎は人生最大のピンチを迎えているということだ。
「サファイアちゃーん……。サファイアちゃんおいでー……。どこにいるのー?」
げっそりとやつれた太郎は、か細い声で言いながらスマホをタップする。
『玉すす』をインストールしてから今まで、お年玉を含めた全財産をつぎ込んで ガチャを回しているというのに、一向にサファイアが出る気配がないのだ。
目当てでないキャラクターも売り払ってゲーム内通貨と交換し、ガチャの足しにしているのだが、そんな金で回せるガチャに最高レアリティのサファイアがいるわけもなく。
十連ガチャ、もとい原石袋(十個入り)を買い続けていた。
「っんでだよ!いま金の袋だったじゃねえか!なんで星三がマックスなんだよ!」
袋が金色だと比較的レアリティの高いキャラクターが出るのだが、今回は星三つが最高だった。
とはいえ星三つのキャラクターが四体も出たのはかなり幸運といえる。
だが、サファイアだけを目当てに購入している太郎からすれば、彼女以外のキャラクターが出ればゴミ同然なのだ。
「ふざけんなよクソアプリ。次サファイア出なかったら、ここから落とすからな」
ギラついた目で画面を睨み、屋上からスマホを落とすフリをする。
学校の屋上で高さは知れているとはいえ、ここからスマホが落下すればひとたまりもないだろう。
だが、意思のないスマホや、そのアプリは何の反応もせず。
むしろ
「ああああああああ!ふざけんな!ふっっっざけんな!!せめてキャラは出ろよ!!」
装備品だけしか出なかった。
「くそ……くそくそくそ!」
その場にへたり込んで悪態をつく。
これで全部だ。
太郎の持つお金は全て注ぎ込み、サファイアは来なかった。
「誰だよ、危ない目にあってガチャ引くとサファイアが出るとか言ったやつ!」
生命の危機に瀕したために体がとてつもない潜在能力を引き出し、結果サファイアが引けた――
そんなネットの書き込みを信じて、わざわざ学校の屋上の、それもフェンスを越えた端でガチャを引いた結果がこれだ。
物心ついた時から貯めていたお年玉から、最近コツコツ貯めていたお小遣いまで根こそぎ持っていかれた。
生命の危機具合が足りなかったのだろうか。
それともガセだったのか。
答えは考えるまでもないのだが、藁にもすがる思いで屋上までやってきた太郎は思考を停止させる。
「……いくか?」
太郎は震える手でスマホを置き、ズボンのポケットからカードを取り出した。
いわゆる‘クレジットカード’というやつだ。
このカードさえあれば手持ちの金がなくても物を買うことができる。
学生の太郎がそんな夢のカードを持てるわけがない。
もちろん母親のカードだ。
「…………」
手にしたカードをまじまじと見る。
これを勝手に使えば立派な泥棒だ。
確かに、このカードで何百万円も課金できるだろう。サファイアだって出るかもしれない。
いや、出るまで回すことだってできるのだ。
だがこれは母親のカードで、支払うのも母親なのだ。
いくら親子間とはいえ許されないこともある。
超えてはならない一線。
一度越えてしまっては、取り返しのつかないことになる。
太郎はカードの会員番号をそっと指で撫でて
「どうせ初日から使ってるのに今さら悩むかっての!もう十万円もらうぜ!」
スマホを手に取り課金ボタンを押した。
そして躊躇うことなく原石袋を購入、原石の研磨をする。
金の袋だったが、胸はもう高鳴ることを忘れてしまった。
一つ、二つ、装備品。
三つ、四つ、装備品。
五つ目で星四のキャラクターが出て
「はいはい、すごいすごい」
無表情でタップする。
六つ、七つ、装備品。
八つ、九つ、装備品。
「はー、くそ。運営にどんだけ貢がされ」
ピロロロロ
タップする前に、画面が切り替わった。
楽し気なBGMは流れたまま、無機質な電話の着信音が鳴る。
発信者名は母親。
サッと血の気が引いた。
「なに電話してきてんだよ……。授業中だぞ……」
その授業をサボって屋上にいる太郎だが、確かに今の時間、通常であれば二時間目の授業が始まっている。
だが、そんなこともお構いなしに発信音は鳴り続け
ピロロロロ、ピロロロロ
せっつくように同じ音を繰り返す。
「出なくていいだろ。俺は授業受けてまーす」
震える声でそう言ってみせるが、相変わらず着信音が鳴り続ける。
ピロロロロ、ピロロロロ
「まさか、な……?」
手にしたままだったクレジットカードをちらりと見る。
母親にカードを使ったことがバレてしまったのだろうか。
「いやいや、ないない。失くしたくらいにしか思ってねえだろ。それでいきなり息子を疑うか?ないない。有り得ない。母親として有り得ないわ」
言い訳を捲し立てるが返ってくるのは着信音だけ。
ピロロロロ、ピロロロロ
ピロロロロ、ピロロロロ
ピロロロロ、ピロロロロ
「うるせえうるせえ!何なんだよもう!」
耐えかねた太郎はついに電話に出た。
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