第8話 びしょくか
絶叫しているハナは自我を失っていて自分でやめることができない。
そして、もしこのまま叫び続けていると体力を消耗して死んでしまう。
黙らせるためには、ハナの視界を暗くする必要がある。
視界を暗くすれば地中に潜ったと勘違いし、敵から身を守ったと判断して絶叫が止まるのだ。
(確か、まだタブレットの中には種が残っているから……蔦をのばしてハナの目を覆って…………ダメだ。うるさくて集中できない……!)
ビリビリと空気の振動が伝わる。
耳を塞いでいても手をすり抜けてハナの叫びが鼓膜を貫く。
(こうなったら……直接、行くしか……)
ハナまでの距離はたかが十数歩。
震える足取りで一歩踏み出す。
二歩、三歩。
「う、ぐぅ…………おえっ……」
腹から突き上げてくる嘔吐感。
目がチカチカして何も考えられない。
十秒と経っていないのにこの威力。
「ああああああああああああああああああああ!!!!」
ハナの全身が徐々に乾燥し薄茶色くなっていく。
まるで植物が枯れていくのを早送りで見ているようだ。
(まずい……早く…………早く、止めない、と)
立っているのもやっとの足を、それでも前へと踏み出す。
悲しくもないのに大粒の涙がボロボロとこぼれた。
視界が歪み、ハナの姿がぼやけていく。
(……ハナ、い…………ま、行くか、ら……)
何度も意識が飛びそうになり、その度に舌を噛んで正気を保つ。
まるで金づちで頭を叩かれているかのように、ガンガンと頭が痛い。
それでもハナだけを見続けて――やっとの思いで彼女のもとにたどり着いた。
そして、ゆうたは耳から手を離す。
「ぐう、あ、あ…………ぁああ」
鼓膜を突き刺す絶叫が一段と大きくなり、最早耳から感じるものは痛みだけになる。
千切れそうなほどに舌を噛んで、ゆうたは両手をハナにのばし
「おやすみ、ハナ」
そう言ってハナの頭を抱きしめた。
糸が切れたかのように大人しくなるハナ。
その体重を受け止めきれず、ゆうたはそのまま地面に倒れる。
不気味なほどに静まり返った町の中、はるか遠くに自警団の車のランプが見えた気がした
● ● ●
肌色。
視界いっぱいに広がる、肌色。
徐々にピントがあっていき、それがハナの顔だとわかる。
「おはよう!」
「…………おはよう」
ゆうたは体を起こし、辺りを見回す。
どうやら救急車の中のタンカの上で寝そべっていたようだった。
よくわからない管が体にくっついているので引っぺがす。
まだ気分が悪いが、それ以外はとくに異常はない。
ハナは包帯でそこかしこを巻かれているが元気そうだ。
開いている車のバックドアから外に目をやると、子子が自警団と話していた。
大方、この騒ぎの説明をしているのだろう。
辺り一帯が封鎖され、野次馬が遠巻きに集まっていた。
まだぼんやりとした意識のまま、ゆうたは外を眺める。
ふと、地面に並べられている強盗団の男達が目に留まった。
けれど老婆に変装していた男の体はその列にない。
「あのニセ婆さんはどこに行ったの?ハナの真後ろだったから、無事じゃ済まないと思うんだけど」
だがハナは質問に答えずに
「いやー、ゆうたのおかげで助かったよ。ありがとね」
「ああ、うん。それはいいよ。で、ニセ婆さんは?」
「しらなーい。どっか行ったんじゃない。……………………けぷっ」
目を泳がせるハナの口の周りには、わずかだが血がついている。
「まさかとは思うけど、食べたりしてないよね?」
「あたりまえでしょ!こう見えてもわたし、びしょくかですから!」
「そうだよね。まさか自警団が来る前に食べたりしてないよね」
「もー、ゆうたったら。来るまえじゃないよ!来てからこっそり食べたの」
「……ほお」
「しまった!」
慌てて手で口を押えるハナ。
更に問い詰めようとしたが
「おう、ゆうた。起きたなら二人とも車に戻れよ。事情聴取が長くなるらしいから先に荷物届けていいってよ」
いつの間にか来ていた子子の言葉に遮られる。
「はーい!」
「あっ、こら!」
チャンスとばかりにハナがするりと救急車から飛び降りて、一目散にワゴン車へと乗り込んだ。
子子もその後をついて行く。
そして後部座席に乗ったハナが
「ちょっとゆうたー。早くしてー。こっちは待ってるんだから」
「どの口が言ってんだ」
ゆうたは短く息を吐き
「今行くー」
二人のもとに向かった。
ヴェールの姫 寧々(ねね) @kabura_taitan
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