第7話  ととととと……

「どう?この車使えそう?」


 子子はひっくり返った車体を触りながら


「さっきのロケットランチャーは車に直接あたってないみたいだな。地面ごと吹っ飛ばされたみたいだ。……すげーボコボコになっちまったけど、動かない原因はエンジンか」


 ゆうたに向き直り


「修理すればまだ走れるぜ。修理にもそんなに時間はかからないだろうしな」

「わかった。じゃあ頼んだよ」


 そう言って、ゆうたは壁から飛び出した。


「隠れてんじゃねえぞてめえら!」


 すると、一人の男がこちらに走ってきていた。

 ゆうたの姿を目に止め、銃をこちらに構える。

 だが、その姿はハナにも見えており。

 ハナは注意のそれた彼の上半身を握りつぶした。


 ととととと……


 残された下半身が少し走って、倒れる。


「もうホラーだよ」


 男達はすでに残り五人、いま四人になった。

 とはいえ、ハナもかなり被弾している。

 樹木化した部分は痛覚が鈍るが人型に戻ると痛覚も戻る。

 残りの体力は少なそうで、樹木を維持するのもそう長くないだろう。


「“幽霊”に追いかけられるのはもう嫌だからね。僕は足を潰しておこうかな」


 ゆうたは強盗団の乗っていた車の下に潜り込んだ。

 タブレットから種を取り出し、車体に押し当てる。

 成長した蔦は車体の隙間に入り込んでくまなく根を張った。


「これで動かないでしょ」


 車から這い出してもう一台の方へ。

 先ほどと同じように車体の下に潜り込むと


「さっきから何してんだぁ?」


 男の一人が這いつくばってゆうたと目を合わせた。

 こちらに銃を向けており


「出ろ。少しでもおかしな動きをしたら撃つぜ」


 この至近距離で、撃たれるより早く蔦を成長させて男を捕まえることはできない。



「わかったよ」


 ゆうたは車から手を離し、男の元に這っていく。

 頭が車の下から出た瞬間


 ばきょっ


 水分を含んだ嫌な音が耳元でした。

 次いで、顔が生暖かい液体を被る。


「なにしてんのー?」


 頭上からハナの声。

 仰ぎ見ると車体の上にしゃがんでこちらを見下ろしている。

 彼女の樹木化した右手は地面にまっすぐ下ろされ、行きつく先はゆうたの真横。

拳の下は真っ赤に染まっている……言わずもがな。今ゆうたに出るよう指示した男を潰したからだ。


「蔦を絡ませて車が動かないようにしてたんだよ」


「なんでー?」


「強盗団が後から追いかけてこないように」


 車の下から全身を引き抜いて立ち上がる。

 ポケットからハンカチを取り出して、顔の汚れを拭きつつ辺りを見渡した。

 そこかしこに血溜まりをつくった地面に、倒れる男達。


「いみなかったね」


 車から下りたハナが言う。


「……そうだね」


 ゆうたは力なく答えた。


「正当防衛認めてくれるかなあ。自警団の奴ら、しつこいからヤなんだよね」


「だいじょうぶ。わたしがやっつけてあげるよ」


「ハナが言うと洒落になんないからやめて」


 ゆうたの集中力が切れ、防護壁代わりにしていた蔦が解けていく。

 横向きだったワゴン車はいつものように四つ足で立っていた。

 そのボンネットを開け、子子が顔を突っ込んでいる。

 ゆうたが近づいて


「どう?終わった?」


「早ぇよ。さっきやっと車おこしたとこだぞ」


 子子は顔を出して


「手空いてんなら手伝ってくれ」


「はーい」


「わたしはつかれたから休むね」


 そう言うハナの体はボロボロだ。

 銃で撃たれた痕はもちろん、彼女の武器である両腕は皮膚が破けて血と土でドロドロになっていた。

 大勢相手に一人で戦ったのだから無理もない。


「おつかれ。ゆっくり休んで」


 ゆうたの言葉に、返事代わりに片手をあげる。

 そしてハナが片足を車に踏み入れた、その時。




「待てよ、嬢ちゃん。もうひと働きしてもらおうか」



 車内で気絶していたはずの老婆が銃をハナの頭に突き付けた。

 近くで倒れた仲間の物を奪ったのか、その銃は血に濡れている。


「二人とも動くなよ。ちょっとでもおかしなことしやがったらこいつの命は無えぞ」


 そのまま彼女を車外へと押しやり、ゆうた達から距離を取る。


「くそっ。蔦枯らすんじゃなかった」


 老婆の体にまとわりつく、枯れた蔦を見てゆうたが舌打ちをする。

 ゆうたが操って成長させた蔦は、一度枯れてしまうと再生させることはできないのだ。

 後悔するが時すでに遅し。

 老婆は倒れる仲間を蹴とばして


「いい眺めだなあ、オイ!俺を見捨てた罰だ!」


「そんな性格だから見捨てられたんでしょ」


 ハナが面倒くさそうに言った。


「バカ!なんで挑発するんだよ!」


「今の状況わかってんのか!頭に銃突きつけられてんだぞ!」


 ゆうたと子子が悲鳴に近い声を上げるも、ハナは無視して


「おばあさんのフリするのだって下手くそだったし。言わなかったけどなんかくさかったし。きたないからさわらないで」


 そう言って老婆の体を押しのけた。

 すると


「ぎゃっ」


 老婆が無表情で、思いっきりハナの足を踏みつけたのだ。

 短い悲鳴と共に蹲るハナ。

 体格差もそうだが今の彼女の体は先ほどの戦闘でボロボロだ

 踏みつけられた足だって血が出るほどのケガをしている。


「いたいよお……」


「言葉遣いに気を付けるんだなクソガキが。……オラッ、いつまで座ってんだ。さっさと立てよ」


 ぐりぐりと銃口を頭に擦り付ける。

 ハナは蹲ったまま



「もう立てないよ…………いたいもん……おじいさんが……きたないおじいさんがわたしの足ふんだから」


「言葉遣いに気を付けろって言ったとこだろうが!」


 怒りで顔を真っ赤にさせた老婆が、ハナの髪を引っ張って無理やり立たせる。

 と、ハナの目がカッと見開かれ



「ああああああああああああああああああああ!!!!!!」



 周囲の建物を揺るがすような咆哮をあげた。


 食肉植物、いわゆるマンドレイク。

 地面から引き抜くと身を守るために絶叫する。

 その絶叫を耳にした者は死に至ることもあるとか。

 人の形をしている食肉植物は葉に当たる部分、ハナの場合は髪を強く引かれると地面から引き抜かれたと錯覚してしまう。

 結果、植物形の食肉植物と同じように絶叫するのだ。

 至近距離で彼女の絶叫を耳にした老婆は、泡を吹いて倒れてしまった。

 ゆうたは耳を両手で押さえて


(ギリギリ間に合った。あとちょっとでも押さえるのが遅れてたら僕も危なかったな。…………子子さんは)


 振り返ると、白目をむいた子子が地面に倒れている。


「だと思った!僕もうこれから犬派になるからね!」


 怒鳴りつけても、子子はピクリともしない。


(ってことは僕一人でハナを黙らせなきゃいけないのか)

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