第5話 息子

「まだ来んのかよ!」


 車の陰に隠れた上に、他の車への影響もなかった。

 完全に撒いた筈だった。

 さっきの交差点といい、この左折といい


「どこまでもついて来る。まるで発信機でも付けられてるみたい……」


 そこまで言って、ゆうたは老婆と目が合った。

 老婆は目線をそらし、わざとらしく口笛を吹いてみせる。


「お前か!車につけた機械、煙が出るだけじゃなくて位置情報も送ってるんだろ!」


 老婆の肩を掴みゆする、ゆうた。

 ハナが慌ててゆうたを引きはがし


「おとしよりに乱暴しちゃだめだよ!」


「ああこわい。機械だって何のことかさっぱりだっていうのに」


 老婆はハナの後ろに隠れた。

 怯えるふりをしつつ、ゆうたにだけ見える角度でニヤリと笑ってみせる。


「笑った!今こいつ笑ったよ!犯人こいつです!ねえ子子さん!」


「走ってる間は機械外せねえから犯人捜しは後でいいんじゃない」


 ミラーを確認した子子は余裕なさそうに返した。

 男は着実に近づいており、このままでは追いつかれるのも時間の問題だろう。

 距離を離したいのだが前に車がいるせいで進めない。

 せめて隣に来られないよう、子子は二車線の間を蛇行していたのだが


 がつん! がつん‼ がががががが……


 無理やり隣に入り込んできた男の車と建物の間に挟まれ、あえなく停車する。


「いってえ……みんな大丈夫か?」


「なんとかね」


 ゆうたは体を起こして確認する。

 ハナも石像も、残念ながら老婆も無事そうだ。



「いやあ、すみません。大丈夫ですか?」



 男は自分の車から降りてこちらに走ってきた。

 後部座席に近寄り覗き込むのだが、なぜか窓付近に老婆がいるのに木箱を探るように見ていた。


「開けてくださーい。母さん大丈夫?ケガしてない?」


 笑顔で言いつつ、男は勝手に扉を開けようとした。

 ロックがかかっているので開かないのだが、構わず何度も挑戦する。


「なに勝手にドア開けようとしてんだよ。怖すぎんだろコイツ。……なあ、もうここで渡していいんじゃない?」


 怯える子子がゆうたを見る。

 車の衝突事故でただでさえ野次馬が集まるのに、男が騒ぐせいでその人数はさらに増えているように思えた。



「…………わかった。これ以上人が集まっても困るし。降ろしていいよ」


 ゆうたの言葉に、子子がドアロックを解除する。

 すると、男がすぐさま扉を開けて乗り込もうとした。


「ちょっとちょっと、なに勝手に入ってきてんの!」


「母さんが……」


「心配なのはわかるけど、これは僕たちの車なんだから。勝手に入ってこないで。言うこときかないんだったら車出すからね」


 男は不満げな様子だったが、外へと押しやるゆうたに抵抗せず、大人しく車の外で待った。


「よかったね!早くおりよう」


 ハナが笑顔で老婆の手を引く。

 が、老婆は座ったまま。


「おばあさん?どうしたの?」


 老婆の代わりに男が口を開いた。


「ここまで母さんを運んでもらったお礼をさせてください。俺が乗るのが駄目なら、せめて皆さんに降りてきてほしい」


「お礼なんていらないです。早くお婆さんを引き取ってください」


 言って、老婆の背中を押すゆうた。

 だが老婆はびくともしない。

 車から降りた子子が男の隣に立ち


「お礼いらないにしもて、息子さんの車をどけないとこれ以上進めないぜ。車と壁に挟まれて前にも後ろにも動かねえもん。それに、婆さんはどのみち降ろすんだろ?街中が安全って言ったのはゆうただぜ。ここは大人になって、お礼を受け取ってやれよ」


「ああ、もう。わかったよ……」


 納得いかないが、老婆はてこでも動かない。

 しぶしぶゆうたは頷いた。


「最初からそう言えばいいんだよ」


 老婆はにやりと笑い、空いていた方の手でゆうたの手を掴む。


「痛い痛い!放してよ!なんで僕の手まで繋ぐんだよ」


「坊やとも仲良くしたいのさ」


「わっるい顔してる!あーもう、優しくしたらすぐこれだ」


 引きずられるようにして、ゆうたも車から降りる。

 男は車から全員降りたのを確認して


「いやあ。この度は母がお世話になりました。本当に本当に、ありがとうございます。皆さんにお礼がしたいのですが……他にお仲間はいないんですか?」


「いるけど、今回のしごとはこの三人だけでやってる」


「そうですか。三人だけ……」


 ハナの言葉に、男がすうっと目を細めた。

 すると、老婆は繋いでいた手をぱっと離し、服の両袖から滑り落とした拳銃をゆうたとハナの頭に突きつけた。


「動くな糞ガキどもが!俺の変装にまんまと騙されやがったなあ!ルバンガ団だかなんだか知らねえが、所詮ガキとペットの集まり。オツムが足りねえ!」


 野太い声で叫ぶ。おそらくこれが地声だろう。


「ひどい!だましたの!?」


「なんてこった……」


 驚愕の表情のハナと子子を見て、老婆は満足げに笑った。


「いや、最初から分かってただろ」


「お前はずっとスカしてたなあ。ええ?カッコイイとでも思ってんのか?クソガキが。おらおら。撃っちまうぞー?」


 いやらしい笑みを浮かべてゆうたの頭を銃で小突く。


「やめて。どこからその銃出してんだよ。絶対汗とかついてんじゃん。汚いなあ」


 老婆はピクリと眉を動かして


「立場が分かってないようだな。別に人質は……一人でもいいんだぜ!」


 引き金にかけていた指に力を込める。

 が、動かない。


「あれ?ん?」


 ハナに突き付けていた銃をゆうたに向けて、再び引き金を引く。

 だがこちらも動かない。


「それ、詰まってるんじゃない?」


 言葉と共に銃口から蔦が伸び、瞬く間に老婆の体を縛り上げた。

 それを見ていた男が慌てて懐から銃を取り出し、ゆうたに向けようとして



「せいっ」



 ハナの樹木化した手で正拳突きを食らい、男の頭が吹き飛んだ。

 野次馬たちから悲鳴が上がる。


「これでよし」


「よしじゃない!」


 そっぽを向いて知らん顔するハナに詰め寄ろうとするが


「こんなか弱い老婆になんてことするんだい!離しておくれ」


 足元から声がした。

 見ると、地面に転がった老婆が潤んだ瞳でこちらを見上げている。


「さっき思いっきり地声で叫んでただろ。完全におっさんだったから」


「終わったか?これで車出せるぞ」


 いつの間に移動していたのか、子子が男の乗ってきた車から降りて言う。

 男の車は少し離れたところに動かしてあり、ゆうた達の車は発進できる状態になっていた。

 ゆうたは老婆を指さして


「ハナ、これだけ積んで」


「おっけー」


 芋虫の様に転がる老婆を引きずり手荒に車へと乗せる。


「お嬢ちゃん、もっと優しく」


「ウソついてたくせに」


 車に乗り込んだハナは冷たい目で見下ろした。

 運転席に乗った子子が


「完全に婆さんだと思ってたわ。マジでわかんなかった。やられたー」


「なんでアレで分からなかったんだよ」


 最後にゆうたが乗って、車が発信する。


「自警団とこ行ってそいつ引き渡すの?」


 子子の言葉にゆうたは首を横に振り


「先にダイダイ美術館に行こう。自警団はその後。これだけ大勢の前でニセ息子の頭

吹き飛ばしちゃったからね。いま捕まったら、事情聴取やら何やらで一日じゃ解放してもらえないでしょ。ニセ息子の処理は自警団に任せて、他に仲間がいた時のためにこいつは人質として乗せておこう」


 展望スポットに停まっていた二台の車を思い浮かべて言う。

 子子は頷き、美術館へと車を走らせた。


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