第4話 交差点
「婆さんごめんな。びっくりしたろ」
車を発進させ、バックミラー越しに子子が言う。
「あ、ああ。驚いたよ。お嬢ちゃんは強いんだね」
「うん。けっこう強いよ。おばあさんも守ってあげるからあんしんして」
ハナが得意げに胸を張る。
もう何も言うまい。
何度目かわからないため息をついて、ゆうたは窓の外に目をやった。
● ● ●
その後、特に襲われることもなく。
ゆうた達は街の入り口にたどり着いた。
「婆さん、家どこだ?先に送ってやるよ。息子が心配してんだろ」
子子の言葉に、老婆がぱっと笑顔になる。
だが彼女が口を開くより先に、ゆうたが
「自警団に引き渡そう。行き違いになったら困るし、そもそもこいつお婆さんじゃないからね」
「まーだ言ってんのか。どっからどう見ても婆さんだろ」
「どこをどう見てんの知りたいよ。どう見てもおっさんじゃん」
そこで閃いたとでも言わんばかりに、ハナがぽんと手を叩き
「心のきれいなひとにしか、おばあさんにみえないんじゃない?」
「ああ、ゆうたの心汚れてんもんなあ」
「勝手に言っといて。自警団に行くんだからね」
頑ななゆうたの態度に、老婆は焦った様子で
「家に送ってくれないかい?自警団は嫌いなんだ」
「お婆さんの好き嫌いなんて知らないよ。いやなら降りて」
ゆうたが本気だと悟ったのか、しばらく何か言いたそうな顔をしていたものの、老婆は口を閉じた。
車は指示通り自警団を目指して進みだす。
自警団とは、街の治安維持を目的として設立された団体だ。
大抵、街に一つはある団体で、条例の制定から道案内まで、住民が安全に生活できるよう様々な活動をしている。
老婆の目的が何であったとしても(十中八九この石像だろうが)、自警団に丸投げしてしまえばいいのだ。
彼女の押し付け先が見つかり、少しだけ気が楽になる。
だが、それも一瞬。
バックミラー越しに子子が言った。
「後ろの車、知り合いか?」
「うしろ?」
振り返ると、黒いワゴン車がこちらに向かってパッシングしていた。
運転席に座る中年男性は笑顔で手を振っている。
彼は間違いなく、ゆうた達に合図しているようだった。
胡散臭いの一言に尽きる。
「息子だよ!止まっておくれ!」
後ろの車を見るや否や、老婆が叫んだ。
「マジ?良かったじゃん。次の信号越えたら止まるわ」
「止まらなくていい。自警団まで行って」
「なんで?会わせてあげようよ」
ハナが抗議の声を上げるが、ゆうたは
「あの男とお婆さん、全っ然似てないじゃん。怪しいよ」
「息子は父親似なんだ。男の子は母親に似るって言うけど、ありゃ嘘だね」
「ほらあ。ゆうたさん、偏見は良くないですよ」
駄々っ子をなだめるかのように子子が言った。
「さっきの缶ジュース男のこと、もう忘れたの?僕の言った通り悪い奴だったじゃん。後ろの車だって見るからに怪しいからね」
それでも意見を曲げないゆうた。
ハナと子子はしばらく黙り
「ゆうた、かわったね。むかしはあんなにまっすぐできれいな心の持ち主だったのに」
「あー、やだやだ。都会の波に揉まれて、信じる心を失ったんだな」
悲しげにそう言った。
馬鹿二人を納得させる言葉はもう思いつかない。
ゆうたはそれ以上、説得の言葉を並べることはやめ
「無視して。団長命令」
事務的にそう言った。
「仕方ねえなあ」
子子がアクセルを踏み込みスピードをあげる。
止まる様子のない車に焦ったのか、男もスピードを上げて並走してきた。
隣に並んだ男は車の窓を開けて何やら叫んでいる。
座っていたハナは車の窓を開けて身を乗り出し
「おばあさんは自警団までつれていくから、ついてきて」
「その人は俺の母親だ!ちょっと止まってくれ!」
「しってるよー。でも団長命令なの」
「止まってくれ!母親を返してくれ!」
ハナの声はきこえているはずだが、それを無視して声を張り上げる。
その大きさは、街行く人々がこちらを目で追うほど。
こんなことでルバンガ団に悪評がついてはたまったものじゃない。
ゆうたは老婆の隣に移動し、ハナと並んで窓から顔を出す。
「絶対に自警団で引き渡します。そこまでついて来てくださーい」
「母を保護してくれたお礼がしたい。それに話を聞いていると思うが、俺は母に謝らなきゃいけないんだ!少しでいい、止まってくれ!」
「いまあやまりなよ。はい」
ハナは顔を引っ込めて老婆を引き寄せた。
だが老婆は窓から顔を出そうとせず、それどころか身を車の中へと引いて言った。
「こんなところじゃ落ち着いて話もできないよ。止めておくれ」
「その通りだ!運転しながらだと話に身が入らない!」
老婆の言葉に男も賛同する。
「今そんだけしゃべってるんだから、あやまるくらいできるじゃん」
「気持ちを込めて謝りたいんだ!止まってくれ!」
しばらく男を見つめていたハナだが
「めんどくさくなっちゃった」
窓を閉めて、男に背を向け座ってしまった。
「ふざけるな!止まれ!おい!そこのアニマ!止まれ!」
ハナの態度に腹を立てた男が顔を真っ赤にして怒鳴る。
ただならぬ様子に、子子がどうしたものかとバックミラーでゆうたの顔をうかがった。
当然、ゆうたは首を横に振る。
子子は短く息を吐いて、更にアクセルを踏み込んだ。
男も負けじと速度を上げる。
そしてゆうた達の車の前に無理やり割り込み、減速しはじめた。
急ブレーキを踏みUターンする子子。
反対車線へ移動して再び加速する。
振り返ると、男は少し離れたがついて来ていた。
目の前には交差点。
今まさに赤信号なのだが、子子は構わずアクセルを限界まで踏み込んだ。
左からクラクションが鳴り響き、大型トラックが突き進む。
「ぶつかるぶつかる!」
「いけるだろ!」
がああああぁん! という大きな音と共に車が大きく横に揺れる。
車体の後ろとトラックが接触したようだが、なんとかハンドルを切って車を持ち直す。
交差点を抜けて振り返ると、急ブレーキを踏んだ他の車たちで大混乱しており、とても通れたものではなかった。
それはあの男も例外ではなく。
混乱に巻き込まれて足止めを食らっていた。
「すごいすごい!」
「ナイス子子さん!あいつ動けなくなってるよ」
「あー、恐かった。ぶつかったらどうしようかと思った」
興奮しきりのゆうた達とは対照的に、真っ青な顔の子子は飛び出しそうな心臓を抑えて車を走らせた。
しばらく進み、別の大通りに出てやっと一息つく。
三車線の真ん中を走っているのだが、どうやら道は先ほどよりも混んでいるようだ。
「さっき子子さんが衝突事故おこしたせいじゃない?」
「俺のせいじゃねえだろ。お前が無視しろって言ったんだからな」
バックミラー越しに抗議する子子だったが
「おい!また来たぞ!」
ゆうたが振り返ると、確かに先ほどの男が猛スピードで追いかけてきていた。
混んでいるせいで思うように近づけていないが、少しずつ距離を縮めている。
ハナはリアガラスに顔をくっつけて
「なんで!さっきまいたじゃん!」
うっかりどこかで合流してしまったのだろうか。
「あの車の近く通った?」
「いや。急に現れたぞ」
ゆうたの言葉に、子子が答える。
そうこうしているうちに男との距離はぐんぐん縮まっていく。
「子子さん!まいて!」
「早くしないと追いつかれちゃうよ!」
「お前ら他人事だと思って……」
しばらく様子をうかがっていた子子だが、男が同じ車線に入り、他の車の陰に隠れた瞬間
「これでどうだっ!」
車線をまたいで無理やり左折した。
素早い移動に、左車線を走っていた車は反応できなかったようで、車の流れが乱れることはなかった。
だが、何台か後に男の車が後を追って曲がってくる。
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