第2話 おばあさんといっしょ


 メイドと共にゆうた達が屋敷を出ると、乗って来たルバンガ団のワゴン車が玄関前に停めてあった。

 ここに来た時も思ったことだが、公園かと見間違える程に広大で緑豊かな敷地だ。

 そんな素晴らしい景色の中にこの車は上手く溶け込んでいる。


「修理に出しといて良かった。ボロボロのままだと恥かくところだったよ」


「ついでに強化もできたしな。悪質なファンとやらが襲ってきても、この車なら大丈夫だろ」


 子子は言いながら車の扉を開け、後部座席のシートを倒す。

 そして、メイドから台車を引き継ぎ荷物を後部座席に載せた。

 先程の石像は緩衝材たっぷりの木箱に入れられており、このままでも十分衝撃には耐えられるだろうが、念のため固定しておいた方が良いだろう。


「ゆうた、頼むわ」


「はーい」


 子子の呼びかけに、ゆうたはポケットからタブレットケースを取り出して木箱に種をふりかけた。

 種は瞬く間に成長し、座席に根を張って木箱に蔦を絡ませる。

 半血森の番人であるゆうただからこそできる芸当だ。


 ハナは後部座席に乗り込み、空いていたスペースに座って


「さっすがゆうた!」


「でしょ。……ちょっと、子子さんも褒めてよ」


 不満そうな声をあげて子子の方を見ると、車の横に立っていた彼は、眉をひそめて遠くの方を見ていた。


「どうしたの?」


 視線の先を辿ってみるも、木が立ち並んでいるだけだ。


「誰かこっち見てる気がしたんだけどな」


「何もないよ」


「気のせいだったか」


 尚も眉をしかめている子子に、ゆうたは


「まったく。アニマみたいなこと言ってんじゃないよ」


「誰よりもアニマだろうが!」


「ほんとに?あやしいなあ」


「アニマじゃなかったらこの体どう説明すんだ!」


「あーもー、うるさいうるさい。じゃあ、行ってきます」


 メイドに会釈をして、ゆうたは後部座席に乗り込む。


「いつもこうだよ!俺悪くないのに!ぜーんぜん話聞いてくんない!」


「はやくしてー」


「みんな待ってるよ」


「ハイハイすみませんでしたあ」


 ゆうた達の言葉に、子子はぼやきながら運転席に乗り込む。

 見送りのメイドに手を振って、ゆうた達は出発した。





 車は順調に山道を降りていった。

 山の中の、しかもイシイの屋敷に行くためだけに作られているため一車線しかないが、綺麗に舗装されているため走りやすい。


「ダイダイ美術館までどれくらいかかるの?」


 後部座席のゆうたが子子に訊ねる。


「この調子だと一時間かからないくらいかな。三十分くらいで街につくと思うわ」


「アクシツなファンがおそってくるかな?」


 木箱を挟んで、ゆうたの向かいに座っていたハナが言った。


「話を聞いてると襲ってきそうだよね。警戒はしておいた方がいいと思う」


「そっかあ」


「人目があるから街中で襲うとは考えにくい。もし襲ってくるならこの山道だと思うから、二人とも気を引き締めてね」


 ゆうたの言葉にハナは頷き


「って言ってもこの車、強化したばっかじゃん?ロケットランチャーでも撃たれない限り、車内にいれば安全だぜ」


 運転席から子子が言った。


「そういう油断が失敗を招くんだから」


「俺らにかかればどんな悪党もイチコロよ」


 強気な物言いをする子子は、車の運転から仕事の交渉まで雑務を一手に引き受けている、ルバンガ団になくてはならない存在だ。

 だが、彼は非戦闘員。

 どんな状況であっても一切戦わない。


「自分は戦わないからって無責任なこと言って」


「お二人とも頑張ってくださーい」


 ゆうたの睨みを軽く受け流した子子だが


「おい!誰か立ってるぞ!」


 前を指差して言った。

 ゆうた達が窓を開けて身を乗り出すと、まだ遠くてよく見えないが前方に誰か立っているのがわかる。

 車が近付くにつれてその姿は大きくなり



「おばあさんだ!」


 ハナの言う通り、老婆がこちらに向かって手を振っていた。


「手ふってるよ。なにかこまってるのかも」


「いやいや、あからさま過ぎるでしょ」


 とは言え、車線は一つ。

 老婆が立ち塞がっている限り車は進めず、否が応でも彼女の前で停止することになる。


「ゆうたは心が汚れてんなあ。本当に困ってるかもしんないじゃん」


「そうだよ。わたし見てくる」


 制止する暇もなく、ハナが車から降りてしまった。


「あー、もう!子子さんはそのまま動かないでね!」


 慌ててゆうたも後を追う。


「おばあさん、どうしたの?」


 警戒心無く近づくハナだが、その異様さにゆうたは一瞬立ち止まる。

 長袖のワンピースを着た小太りの老婆、といえばどこにでもいるありふれた人のように思える。

 だが、えらく厚化粧なのだ。

 きっと、サーカスでピエロとして出てきても何の違和感もないだろう。


 老婆は近付く二人に、にこやかに笑いかけ


「街まで乗せてってくれないかい。帰れなくて困っているんだ」


「うん、いいよ」


「なんでだよ!いいわけないでしょ!」


「だって、どうせわたしたちも街にいくじゃん。ついでだよ」


「怪しすぎるよ。こんなところに一人でいるなんておかしいじゃん」


「息子と車で来たんだよ。けど置いて行かれたんだ。何がきっかけだったか。もう覚えちゃいないけど、つまらないことで喧嘩してね。怒ったあの子は、わしを車から無理やり下したのさ。全く、誰に似たんだか」


「かわいそう!いっしょにいこう」


 ハナは老婆の手を引き車へ向かった。

 止める間もなく、扉が開けっ放しだった後部座席に乗り込もうとする。


「待って!乗せるとしても、そっちはダメだよ!荷物あるでしょ!」


「あ、そうだった。うしろせまいから、おばあさんは前にすわりなよ」


「いやいや、わしは昔から助手席が苦手でね。後部座席の方がいい」


「そっか。じゃあ、うしろだね」


「なんだよその理由!ちょっと待ってってば!」


 ゆうたが叫び、乗り込もうとする老婆の手を引いた。

 それでバランスを崩したのか、老婆が前に倒れて地面に手をついてしまった。


「いたたた……」


「あー!ひどーい!おばあさんつきとばした!」


「いや、僕は引っ張ったつもりだったんだけど……」


 とっさに弁解するが、老婆が倒れた事実は覆らない。

 腰に手を当てたハナがゆうたを睨む。


「なにか言うことあるんじゃない?」


「えー……ごめんなさい」


 渋々、本当に渋々頭を下げるゆうた。


「だって。おばあさん、だいじょうぶ?」


「ああ。少し躓いただけさ。坊やは悪くないよ。やだねえ、年は取りたくないもんだ」


 差し出したハナの手を取り、老婆が立ち上がる。

 そのまま二人は後部座席に乗り込んだ。


「納得いかないなあ」


 ぼやきながら、ゆうたも後に続く。

 子子が運転席から振り返り


「なんだ、結局乗せるのか」


「僕の本意じゃないけどね」


 苦々しげに返し、ゆうたは扉を閉める。

 老婆と並んで座ったハナは、子子にむかって


「おばあさん、息子においていかれちゃったんだって。だから街までいっしょにいくの」


「すまないね。よろしく頼むよ」


「それは災難だったな。でもいいのか?息子さんが心配して戻ってきたりするんじゃない?そん時に婆さんが移動してたら困らねえかな」


「一本道だから、もどってきたらわかるでしょ」


「それもそうか」


 ハナの言葉に頷き、子子はアクセルを踏む。

 老婆はホッと一息ついて


「助かったよ。本当にありがとうね」


「わたしたちはルバンガ団だから、あたりまえだよ」


「おやおや、そうだったのかい。こんな小さいのに偉いねえ。それじゃあ、三人ともルバンガ団の団員なのかな?」


「そうだよ。だから変な気は起こさないことだね」


「おお、こわいこわい」


 棘のあるゆうたの言葉におどけて返し、老婆は木箱に目を落とす。


「これが、さっき言ってた荷物だね。この中には何が入っているんだい?」


「仕事の内容にかかわることだから言えない」


「おや、残念だ。えらく厳重だから、宝物でも入っているのかと思ったよ。……じゃあ、この蔦は何だい?ロープで縛らずにわざわざ蔦を使っているのは、坊やが森の番人だからかな?」


「そうなの!よくわかったね!」


「坊やのとんがった耳を見れば誰だってわかるさ」


「すげえ!婆さん、天才かよ」


 ハナと子子の賞賛に気を良くしたのか、得意気な様子の老婆。


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