ヴェールの姫

寧々(ねね)

第1話 イシイさん

 だだっ広い応接間に質の良い美術品の数々。

 シャンデリアは煌めき、床はまるで皿のようにピカピカに磨き上げられている。


「にしても、ほんと豪華な屋敷だな。こんな所にいるのは落ち着かねえよ」


 部屋中に飾られた美術品を見ながら、一人の雄ライオンがそう言った。

 大きな体にかっちりとしたスーツを着こなす彼は、一般的に「アニマ」と呼ばれる種族。

 動物の姿でありながらも人語を解す者達で、特に珍しい種族でもない。


「でも子子(ねこ)さん似合ってるよ。お金持ちって虎とかライオン飼ってるイメージあるし」


「誰がペットだ」


 ライオンのアニマこと子子の隣にいるのは、半血森の番人(エルフ)でありルバンガ団団長でもある、ゆうた。

 上までボタンをしめた長袖のブラウスにリボンタイ、膝上のズボンとハイソックス。柔らかな髪は品良く整えられており、その顔はまだまだ幼い。

 ルバンガ団といえば、依頼を受けてそれをこなす――いわば便利屋のようなものだ。

 今回も依頼があったので、この豪華すぎる応接間にてゆうた達は依頼主を待っていた。

 ここに来た団員はゆうたと子子、それともう一人。


「そうだよ。せっかくなんだから剥製にして壁にかざらないと」


 ゆうたの隣に立っていたツインテールの少女、ハナが言った。


「恐いこと言ってる!やめて!せめて生かして!」


「安心して。ちゃんと毛皮は床にしくから」


「安心できねえよ!」


 子子が必死の抗議をしているにもかかわらず、ゆうたはというと、その場から立ち去り別の作品を順に見ていた。


「置いてる美術品、女の人がモチーフの物ばっかだね。僕と趣味が合いそう」


「もう俺から興味失ってんじゃん……」


「おっほー!いいですねえ!」


 子子の声が耳に入っていないのか、ゆうたは一枚の絵の前で歓声を上げる。

 かなり大きな絵画で、高さはゆうたの身長の二倍以上、横幅は手を伸ばしたって届かない。

 その絵は女性が川で水浴びをしているところを描いたもので、彼女達の笑い声が聞こえてきそうな作品だった。


「この布がねー、空気読んでもうちょっと横にずれてくれれば完璧なんだけどねー」


 絵画の女性たちが纏っている薄い布に非難めいた口調でそう言って


「子子さんどうよ?」


 ゆうたは絵を指差した。

 子子はたてがみをかきながら


「いいんじゃないの?よくわかんねえけど」


「えー、男だったらわかるで……あ、猫さん去勢されたんだっけ。ごめんね、デリケートなこと聞いて」


「されてねえよ!あと今“猫さん”って言ったろ!発音でわかるからな!」


「細かいなあ。子子さんは猫さんなんだから、別にいいじゃん」


「さっきライオンって会話しましたよねえ!?」


「ねえ、ゆうた。おなかすいた。人間もってない?」


 子子の声に被せるようにして、ハナがこちらにやって来る。

 食肉植物である彼女からすれば当たり前の会話なのだが、ゆうたは呆れた顔で


「おやつ感覚で人間を求めないでよ。持ってるわけないでしょ。それに、まだお昼ご飯って時間じゃないよ」


「ねぼうしたから朝ごはん食べてないんだ。もうおなかペコペコ」


「それは自分が悪いじゃん」


「……ここってメイドさんたくさんいたよね?一人くらいいなくなっても」


「バレるから!ていうか、条例で人間の捕食が禁じられてるの忘れてないよね?ル

バンガ団が危うくなるんだから絶対だめだよ」


「条例とかむずかしいことはわかんない」


「言い訳しない。絶対ダメだからね」


「ゆうたがいじわる言うー」


「意地悪じゃないでしょ……」


 人選を間違えたかもしれない。

 ゆうたが眉間に寄った皺を揉んでほぐしていると、ノックの後に扉が開いた。


「お待たせしてすみません。こんな山奥にわざわざ来ていただいてありがとうございます」


 声の主は、黒髪を腰まで伸ばした細身の女性。

 彼女の後ろに続いて、台車を押したメイドが入ってきた。

 台車の上に乗せられた荷物には布がかけられており、その正体は分からない。


「依頼をしたイシイと申します」


「僕は団長のゆうた、団員の子子(ねこ)とハナです」


 ゆうた達は彼女の元に駆け寄って一礼する。

 イシイは部屋の中央にあるソファへ座るよう促し、自身も座った。

 向かいのソファに、ゆうたを挟むようにして子子(ねこ)とハナも着席する。


「すごーい!ちょーふかふか!」


「たっけえソファなんだろうな」


 弾んだり撫でたり、たかがソファに興奮しきりの二人。

 優しく身を包んでおきながらも硬さのあるこのソファに、確かにゆうたも驚いている。

 だが、依頼主の前で醜態を晒すわけにはいかない。

 団長としての威厳をアピールするように、大きく一つ咳払いをして


「今日はルバンガ団に依頼してくださって、ありがとうございます。早速ですけど、依頼内容は荷物の運搬とだけしか聞いていません。詳しく教えてもらえますか」


「ダイダイ美術館まで運んで欲しい物がありまして」


 イシイが目配せをすると、メイドは荷物にかけられていた布を取った。

 現れたのは、石を彫って作られた胸像。

 ベールを被った長髪の彼女は、悩ましげな表情で視線を下に彷徨わせている。

 彫刻だというのに、ベールの透明感や質感、髪の動きなど、今にも動き出しそうなほど精巧に作られている。


「それがこの“ヴェールの姫”です」


「綺麗……」


 思わず零れたゆうたの言葉に、イシイは頷いて


「今から約千五百年前に彫られた物です。薄くなっていますが、目だけ青く塗られているでしょう。これは魔法石の粉で着色されていまして、現在でも色が残っているのはとても貴重なんだとか。本来であれば我が家のコレクションに加えたいほど素晴らしい作品なんですが、この部屋を見ていただければわかるように、私は女性をモチーフにした物にしか興味がありません。男性がモデルとなっている“ヴェールの姫”は飾る気がおこらなくて」


「えー!どうみても女じゃん!」


「僕もそう思った!だって“ヴェールの姫”って言ってたし」


 ハナとゆうたの驚きに、イシイは苦笑で返す。


「友人もそう思って私にくれたのでしょう。ですが、骨格が完全に男性のそれです。作品名は勘違いなのか、はたまた意図したものなのか。今となってはわかりませんが、女性でないというのは確かです」


「人型同士でも見分けつかないもんなんだな」


 子子(ねこ)がまじまじと胸像を見て言った。

 ゆうた達がわからなかったのだから、アニマの彼は尚更わからないだろう。


「それで、“ヴェールの姫”を手放そうと売りに出したところ、悪質なファンがいまして」


「アクシツってなに?」


「悪いやつってことだ」


「“金は払えないが譲ってほしい。断るなら相応の手段をとる”と言われました。当然お断りして、あちらから襲撃を受けたのですが撃退しました」


「すごーい」


「撃退しちゃうんだ」


「とはいえ、あの様子では売却したとしても買主につきまとうでしょうし。面倒になったのでダイダイ美術館に寄贈することにしました。あの美術館ほど警備が厳重な所を知らないので、それが一番かと」


「勿体無い。売ったら一生遊んで暮らせるのに」


「ほんと?どこで売れるの?」


「さっきからうるさい。静かにしてて」


 自由な二人を一睨みし、すみません、とゆうたは頭を下げる。


「僕たちが乗ってきた車に乗せてもらっていいですか?それで運びます」


「わかりました」


 イシイは頷いてメイドに目配せをする。

 台車を押して部屋から出ていくメイドの後姿を見送りながら


「この屋敷内での安全は保障できますが、道中までは守れません。くれぐれも気をつけてください」


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