第30話
「いやぁ、この謎を解くのにも随分と頭を回しましたよ」
「そんな、本当にあれを倒せるんですか」
「ええ。私の予想が正しければですけどね。まぁ、正しいに決まってるんですけど」
ほくそ笑むタキタにニールは疑いの眼差しを向けた。なにせ、今までのタキタのこの希望的観測はことごとく粉砕されてきたからだ。
「ほ、本当に大丈夫なんですか」
「大丈夫です、大丈夫ですよニール君」
そう言いながらタキタはハンドルを切り、アクセルをふかしてビーグルを飛ばしていく。その動きに迷いはない。運転席と助手席の間。フロントガラスの下のスペースには端末がミニターを浮かび上がらせていた。その端末の横にはなんらかの機械が接続されており、そのデータらしきものがモニターには映っていた。
「最初から妙だとは思ってたんですよ。あのヴァジュラはおかしなことが多すぎるんです。弱すぎることも、行動範囲に制限があることも、そもそも何故十二神機なんて化物を管理局が完全にコントロールしているのかも」
「何故なんですか」
「簡単なことでしてね。あれはやっぱり十二神機ヴァジュラじゃないんですよニール君」
「で、でも。あんな風にとてつもない能力を使ってますよ」
ニールは道路に走った大きな断層を見る。とても普通のマシンではない。こんな芸当を出来るものはこの世の中にもそうは居ない。
「そうですね。実際管理局は上手くやってるんでしょう。曲がりなりにも十二神機のスペックを引き出していますからね。まぁ、それでも不完全なんでしょう。ボディが本物なだけですからね」
「ど、どういうことですか?」
ニールの疑問にタキタはまた腹の立つ含み笑いを浮かべる。ケイならすぐにブチ切れるところだがニールは善人なので気にしなかった。
「そもそもニール君。十二神機が起動するなんて本来ありえるはずがないんですよ」
「なんでなんですか」
「十二神機はそのことごとくが大災厄の後に機能を停止させられたとは話しましたよね。原型を留めないほどに破壊されたものもありましたが、やはり人間があれを相手にした時それを行うのは困難です。なので、急所をピンポイントで破壊したわけですね」
「きゅ、急所ですか」
タキタはトントンと指を当てた。こめかみにだ。
「頭、頭脳回路ですニール君。十二神機はその全てが全機能を司る頭脳回路を破壊されているんですよ」
「えーと、つまり....」
「あんまり適当な言い方ではありませんが、人間で言えば脳が破壊されているようなものです。そして、それを再生する、もしくは再現する術を人類はまだ持ち得ていません。オーバーテクノロジーですからね十二神機は」
「.....えっと、じゃああのヴァジュラはなんで動いてるんですか。頭の中に脳みそが入ってないってことじゃないんですか?」
「そう考えるのが普通です。あれに頭脳回路は入れられません。ヴァジュラほどの規格外のマシンを動かす演算システムはあんな小さなスペースには入りませんからね」
「じゃ、じゃあ。どうやって動いてるっていうんですか」
「さて」
そこでタキタは一度会話を切る。もったいぶるような腹立たしいやり方だ。代わりに足元の機械を指す。
「ニール君さっきからやかましく計算しているこの機械。なんだと思います?」
「え、ええと。......すいません全然分からないです」
ニールはモニターの数字を見て言った。ただ、数字が羅列されているだけでニールには何が何やらだ。
「これは、電波、重力波、魔力波を計測する機械です」
「は、はぁ」
ニールは良く分からなかった。
「電波は反応ありません。ついでに重力波も、魔力波の方も反応なし。まぁ、当然です。それらのどれかが反応していればとっくにメイフィールドの軍や、レジスタンスやスミスさんたちが観測してしまっています」
「え、ええと」
「ネタを話しますとねニール君。私はあのヴァジュラはラジコンのようなものだと考えています」
「ええ!?」
ニールは驚いた。恐ろしい怪物に似つかわしくない聞き慣れた単語が出てきたからだ。
「ら、ラジコンですか」
「ええ、ヴァジュラの頭部にヴァジュラを動かせるだけの電算機を入れることは出来ない。これは間違いありません。なのに動いている。ということはヴァジュラの頭部意外のどこかにそれを動かせるだけの演算装置が存在し、リモートコントロールでヴァジュラを動かしているのだ、と私は考えました」
前に瓦礫の山が現れたのでタキタはアクセル全開にし、傾いた壁を走って避けた。ニールは恐怖でシートにしがみついた。タキタはそのまま続ける。
「初めから妙だとは思ってたんです。そもそもずーっと引っかかってたのは行動制限です。何故行動範囲に制限があるのか。どうしてどこまでも追ってこられないのか。そうやってずーっと考えているとふいに思ったんです。ラジコンに似ていると」
「で、でも。電波とかは無いんでしょう。なら、ラジコンなんかじゃないんじゃ」
「確かにそのとおりで、そしてそんなもので通信していたならとっくに誰かが気づいています。そうはならなかった。ということはそれ意外です。ニール君。転移魔術は知ってますね」
「あのヴァジュラが出てくる時に使ってるやつですよね」
「そうです。あれは一瞬だけワームホールを開き、そこを通して物体を別の場所に転送する魔術です。何度も見れば分かる通りとんでもない規模の魔力を使って引き起こされる大魔術の一種です」
「それが一体なんの関係が」
「私が思うに、ヴァジュラの頭の中にはワームホールが開いています」
「ええ?」
「それで有線ケーブルを直接繋ぎ直接通信しているわけです。移動するヴァジュラにワームホールを開き続けるわけですから座標の特定だけで並大抵のシステムでは対応出来ません。なので、行動範囲に制限があったわけですね。さらに言えば、そもそもヴァジュラほどのシステムを動かすためには無線通信ではデータが足りなさすぎますから、そういう意味でも妥当な推測になります。そして、もう一つの問題も解決されます。ニール君。あれがとんでもない魔力を発しているのは分かってますか?」
「ええと、魔力炉何個分とか言ってましたよね」
ニールはケイとタキタ空挺の中で話したことを思い出した。
「そうです。そもそもヴァジュラ自体がとんでもない魔力量を保持しているわけです。なのに何故出現の頻度が1日ごとだったのか。他にも襲うタイミングはあった。なのに、まるで充電でもしているかのように出現には制限があった。それはヴァジュラ自体のエネルギーの問題じゃなかったんです。ヴァジュラにつなぐワームホールを生成するシステムのエネルギーが枯渇するからだったんですよ」
「ええと.....」
ニールはいまいちタキタの話しがうまく分からなかった。
「つまり話をまとめると、あのヴァジュラは本物なのはボディだけなんです。頭はどこかにある他のスパコンが担っていて、一緒にあるワームホール生成装置と共に別の場所からヴァジュラを動かしていた。だから、あのヴァジュラの本体は別にあるんですよ」
「じゃ、じゃあ」
「ええ、ニール君。その本体を叩けばあのヴァジュラは機能を停止します」
タキタは再び腹の立つ笑顔を浮かべた。そんなタキタにニールはひとつの疑問が浮かんだ。
「でも、なんでタキタさんはそんなに十二神機に詳しいんですか? なんだか専門家みたいです」
「ふむ」
タキタは少し間を置いた。
「私はニール君の秘密を知ってしまいましたから私の、まぁ秘密ってほどでもないですが、経歴をお教えしましょう」
「はぁ」
「私はこの仕事に就く前には管理局に勤めていました」
「か、管理局にですか!」
ニールは驚く。まさしく今敵対している相手方にタキタは所属していたのだ。
「まぁ、経理の下っ端の下っ端でしたけどね。そこで、暇つぶしに色々資料を読んでいたわけです。それで十二神機の調査記録なんかも見まして。まぁ、ほとんど一般に公開されているものばかりですけどね。だから、事情には詳しいんですよ」
「で、でも。ケイさんは管理局が大嫌いだって」
「ええ、初めは手ひどく扱われたものです。でも、何度か一緒に仕事をするうちに『あんたとコンビを組むよ』って言われましてね。それで現在に至るわけですね」
「あんなに管理局が嫌いだって言ってたのに」
「まぁ、あの人も大概お人好しなんですよ」
タキタは笑った。ニールはケイとタキタの間にある底知れない間柄に思いを馳せた。なんで、タキタはあんなに性格のきついケイと一緒に仕事をするのか。なんでケイは憎むべき管理局に所属していたタキタとコンビを組むことにしたのか。ニールにはまだ分からなかった。
「さぁ、ニール君。やるべきことは分かりますね」
「え、ええと」
ニールは一瞬固まって思考する。
「『本体』を探す、ですかね」
「大正解です!!! それを見つけて破壊する。それが我々の任務です」
「場所は分かるんですか」
「ワームホールを開くほどの大魔術を行使しているわけですからどう隠蔽しても魔力は漏れます。そして、それは転移術式特有のパターンを形成するはずですからそれを」
タキタは足元の機械を左足で小突く。
「こいつで探すわけです」
「な、なるほど」
ニールは暗い気持ちに少し切れ間が入るのを感じていた。
「倒せる....」
ヴァジュラを倒せる。それは、ニールの目的が達成されるということだからだ。それは、希望だった。ケイとタキタが希望を運んできた。ニールは気持ちを改めた。そして、モニターの数字を見るが相変わらずさっぱりだった。しかし、一つどんどん数値が上昇している部分があった。
「ひょ、ひょっとしてどんどん近づいてるんですか」
「ええ。目標はある程度目星を付けてますから」
タキタのハンドルに迷いはなかった。と、後方で爆発音が響いた。派手に瓦礫が舞い上がっている。
「しっかり食い止めて下さいよケイさん!」
タキタはルームミラーで後方を確認しながら言った。
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