第29話

「クソが」

 ケイ・マクダウェルはブチ切れていた。眉間を山なりに寄せ、不快そうに表情を歪め、この上ない怒りを全身から溢れ出していた。今、まさにニールが追い詰められていたことと、それから少しだけ聞こえた声のためだった。内容までは良く聞こえなかったがケイには一秒聞いただけで虫唾が走る声だった。

『なんてこった。間に合ったのかいケイ・マクダウェル』

「空艇乗りのおっさんがかっ飛ばしてくれたからね。そんでギリギリここまで来たってわけだ」

『ふふふ。良いゲストだ』

 声は言いながらケイの様子を伺った。ケイは黒翼を展開していなかった。わずかに肉体強化を使っている形跡はあったが背中から黒い翼は生えていない。心ばかりの肉体強化でヴァジュラの腕にヒビを入れ、そして蹴り飛ばしたということか。

『黒翼の影響かな。肉体そのものに変化が起きているのか。まぁ、どうでも良い。良く来てくれたケイ・マクダウェル。歓迎するよ』

「..........」

 声に対してケイは精一杯に顔を引きつらせた。怒りで返す言葉も浮かばないらしい。

『今まさに、時は満ちた。これから世界が終わるんだよ』

「はぁあああ? 今まさに私にその瞬間邪魔された三下が開き直ってデカイ口叩くね。この状態からどうやって世界を終わらせるわけ?」

『いやいや。でかい口を叩いてるのは君の方だケイ・マクダウェル。この程度の距離、そして君程度の障害。今のヴァジュラにはなんら影響は及ぼさないよ。一瞬だ。それでカタはつく。だから、最後に僕は気を効かせるわけだよ。君は超特急で飛ばしてここまで駆けつけた大切なゲストだからね。最後にニールくんとお話させてあげようってわけだよ。どうだい。良い提案だろう?』

 ケイは怒りで全身が爆発しそうだったが、それでもニールを見た。ニールはくたびれた表情だった。ここまで色々あったからだ。そして、ケイとどんな顔をして会えば良いか分からなかったからだ。ニールはケイを見上げていた。

『彼は僕と話しているうちに色々思うところがあったみたいでね。そうやって精魂尽き果ててるのさ』

 ケイはそんなニールを見下ろした。

「すみません、ケイさん。また失敗してしまいました」

 そして、ニールは言った。ケイは呆れてため息をついた。

「なんて顔してんだニール。疲れ切ってるじゃないか」

「はい、疲れました。本当に疲れました」

「すまなかったニール。あんたを守れなかった」

「そんなことない。そんなことないですケイさん。悪いのは僕です。僕が軽率な行動をしたばっかりに」

「馬鹿言うんじゃないよニール。なら、それを止められなかった私らに責任があるんだ。あんたを守りながらオルトガに届けるのが私達の仕事だったからね。職務を全う出来なかったってやつだよ」

「そんなことない。ケイさんとタキタさんは良くしてくれました。元はと言えば僕が悪かったんです。僕がオルトガなんか目指さなければこんなことには。僕が全部悪いんです。まともな人間なんか目指さなければこんなことには」

「ニール」

 その時、ケイはしゃがみこんだ。ニールと同じ目の高さまで。

「それは違うよニール。あんたは正しいことをしたんだ。あんたは世界を守ろうとしたんだよ。それも普通なら逃げ出すようなところを自分でちゃんと選んでね」

「でも、でも僕は....」

 ケイはニールの肩に手を置いた。

「ニール、悪いけどね。私は誰がなんと言おうが、あんたがどう思ってようが、私はあんたはヒーローだと思うよ。まるでコミックの主人公だ」

 ニールはその言葉がじんわり胸に染み込んでいくのを感じた。さっきヴァジュラの声に言われた言葉がそれによって胸に降りた重圧がゆっくりと溶けていくのを感じた。

「でも、でも僕は世界を滅ぼした人の末裔です」

「悪いねニール。私らはあんたのご先祖が誰だろうが、あんたが何者だろうがそれであんたをどうこう思うような人間じゃないんだよ。あんたは鈍くさくて、緊張しいの人見知りで、そんでとんでもない根性を持ってて、それから底抜けのお人好しの良いやつだ。だから、関係ないんだよニール」

「ケイさん.....」

 ニールは涙をぬぐった。

「さぁ、逃げなニールあとは任せるんだ」

「そんな、そんな無理ですよケイさん!! あいつとんでもない化物なんですよ!!!」

「心配しないでよニール。私の方が強いから」

 そう言ってケイは立ち上がった。

『お話は終わったのかな?』

「ああ、終わったよ。随分色々ニールに吹き込んでくれたみたいだね」

『ああ、色々と事実をね。でも、また勘違いを始めてしまったみたいだ。でも、良いだろう。そうやって少しばかりの希望を掴んだ後に味わう絶望っていうのは普通のものの何倍もの苦痛をもたらすものだからね。それはそれで良い展開だ』

「お前ムカつくな」

 ケイは言った。この上ないほどの怒りが歪んだ表情に現れていた。こめかみに青筋が浮かんでいる。その眼光は静かながら恐ろしくそれだけで睨んだものを殺しそうな勢いだ。

『ほう、僕がむかつくかい』

「うん、ムカつくね。本当に。こんなムカつくやつこの世の中に居たんだって今驚いてるよ」

『そうかい、それは素晴らしい。また、君は新たな発見をしたわけだ。でも、どうするんだい? 本当にこの十二神機ヴァジュラを倒せるとでも?』

「白切るのが上手いねぇ」

 ケイは笑った。

「まぁ、どっちにしても真っ向勝負で倒そうとは思うけどね。そのムカつくマシン粉々にぶっ壊してやる」

『......ふむ。まぁ良い。どこまでやれるか見せてもらおう。何をしても無駄だっていうことを思い知るだろうからね』

「言ってろクソ野郎」

 そして、ヴァジュラから今までの声はしなくなった。代わりに聞き慣れた電子ボイスが響く。

『目標の回収を継続。十二神機ヴァジュラ、状況を再開します』

 ヴァジュラは再び起動した。鋼の翼が展開され、その体が宙を舞う。

「黒翼展開!!」

 ケイはそれに応じる。その背中から黒い無機質な片翼の翼が広がった。



「おらぁ!!! クソ野郎!!!」

 ケイは舞うヴァジュラに思い切り蹴りを見舞った。電光石火の動きでそこからこめかみを狙った横蹴りだ。しかし、ヴァジュラは余裕でそれを受け止める。そのままケイを振り回しビルに投げつけた。

「ちっ!!」

 ケイはそのまま衝撃を利用してビルの外壁を蹴り砕いた。そしてその瓦礫をサッカーボールのようにヴァジュラに向けて蹴りまくった。

『変換』

 しかし、ヴァジュラは手をかざす。するとその瓦礫は片っ端から光に変換され、さらに武具へと形を変えていった。ヴァジュラに遠距離からの攻撃は通じない。

 しかし、

「クソが!!!」

 その瓦礫、その巨大なもののひとつの陰にケイは身を潜めていた。ヴァジュラの超近距離に迫りその頭に手を伸ばす。

『展開展開』

 ヴァジュラはそれを武具を振り回してしのぐ。ケイに大刀が振りかざされる。しかし、ケイはその大刀の刀身を掴み取るとそのままヴァジュラにぶつけた。ヴァジュラは吹っ飛んで転がる。

 ケイは降り立つ。

「やれやれ、絡め手をアホほど重ねれば戦えないこともないね」

 ニールは息を飲む。

「すごい、戦えてる」

 ヴァジュラは起き上がる。しかし、当然無傷だ。その動作には一部の乱れもない。

『対象を認識。以前会敵した個体と同一と判断。障害レートA。優先順位を確認。認証。目標の回収を優先します』

 そう言うとヴァジュラはニールに4つ目のレンズを向けた。

「させるかってんだよ」

 ケイはすかさずヴァジュラに飛び込む。ヴァジュラは飛び上がりそれを躱し、武具を投擲する。ケイはすかさず地面を蹴り砕き破片でそれの弾道をそらすと、すかさずさっきと同じに蹴りつける。当然、光に変換される瓦礫だがケイは構わず撃ち続けた。

「さっさとしろタキタ!!!」

 ケイが叫ぶと、通りの向こうからすさまじい速度でビーグルが現れた。しかし、タキタの持っているものとは違う。色が緑だ。ビーグルはニールの前で急停止した。そして助手席のドアが開いた。

「お待たせしましたニール君。このレンタカーに乗って下さい」

「た、タキタさん。タキタさんも来てたんですか」

「当然ですとも。私はケイさんとコンビですからね。ニール君を助けに来たというわけですよ」

「で、でも。どうやって。ヴァジュラは倒せないんじゃ」

「ふふふ」

 そのニールの言葉にタキタはまた腹の立つ得意げなドヤ顔をした。ニヤニヤとしており見ているだけで腹が立ってくる。

「ニール君。良いお知らせですよ。あれは倒せるんです」

「ええ!?」

「詳しい話は逃げながらにしましょう。ほら、さっさと乗って....うわぁああああ!!!」

 と、その瞬間ビーグルのすぐとなりにヴァジュラが吹き飛ばされてきた。その次の瞬間にはケイがそこに飛び込んできてヴァジュラは音速で回避していた。

「ちっ。外した」

「ケイさん!! 飛ばす方向は考えて下さい!! 心臓に悪いですよ!!!」

「はいはい、今度から気をつけるよ。とっとと逃げな。戦いにくいんだよタキタ」

「ひどい言いようですね。こっちも命がけなのに!!」

 そんなタキタの言葉を無視してケイはまたヴァジュラに向かって飛んでいった。ヴァジュラとケイはおよそ人間の目には捉えられない戦いを繰り広げている。

「さぁ、行きますよニール君」

「で、でも。ケイさんが」

「ケイさんは心配要りません。なんとかするでしょう。それより重要なのは私達です。ぶっちゃけケイさんも私達次第なんですよ」

「ど、どういうことなんですか」

「詳しい話は走りながらです。さぁ、早く乗って下さい」

 言われるままにニールは車に乗り込む。シートベルトをしっかりしめるやタキタはフルアクセルで急発進した。

「さぁ、ここから逆転劇の始まりです」

「ど、どういうことなんですか」

 二人を載せたビーグルは瓦礫まみれの街を突っ走っていった。

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