第31話

「クソッタレ!!!」

 ケイは瓦礫から起き上がりながら喚いた。

『目標との距離拡大。現在地からの到達予想時間20秒。追跡において問題なし』

 ケイの前方に居るヴァジュラは延々と合成音声を再生し続けている。そのレンズはケイではなく彼方のニールに向けられてるようだ。ケイは忌々しげに表情を歪める。

「腹立つヤツだ」

 ケイは再びヴァジュラに向かって飛ぶ。

『優先対象を変更。第一、目標。第二、障害。障害の排除を実行しつつ目標を追跡します』

 ヴァジュラにケイが思い切り蹴りをかますが当然のようにそれは防がれる。構わずもう何発か攻撃をするケイ。

『目標とのなおも距離拡大。距離800m。ユニットの解放による目標への影響軽微。コントロールユニットを起動』

 ヴァジュラがそう言うと今まで落ち着いていたナノマシンの動きが活性化した。黒いナノマシンが霧のように広がっていく。その数も増幅していきヴァジュラは漆黒の怪物と化した。全身を黒い霧に覆われ、そこから4つの目が光り、ケイを見ていた。

「そうかい。ようやく本気になるってわけだ」

 ケイは目の前の怪物を睨む。

『ユニット完全開放。十二神機ヴァジュラ、稼働率86%。障害を殲滅します』

 そうヴァジュラが言った途端だった。空がにわかに雲に覆われ始めた。みるみる内に黒雲は空を覆い尽くし、そこから大雨が降り出した。第一ポート市全域にだ。それとともに暴風も巻き起こる。ヴァジュラが天候を操作しているのだ。

「雨降らせたからどうしたってんだ!!!」

 ケイは構わずヴァジュラに攻撃を仕掛ける。全力で突っ込んでいく。そのケイに対し、ヴァジュラは指をつい、と上げた。途端に辺りの瓦礫が一斉に巻き上げられる。すさまじい速度で回転する。巨大な竜巻が発生したのだ。ケイは吹き飛ばされた。

「ちっ!!!」

 ケイは舌打ちしながら自分に飛んでくる瓦礫の渦を蹴りまくった。全てヴァジュラに向けてだ。しかし、それらはヴァジュラの眼の前で弾け飛んだ。

「重力波でも操作したか」

 ケイの体は宙に浮いたままだ。そこにヴァジュラが武具を投擲した。

「舐めんな!!」

 ケイは飛んでいる瓦礫を足場にしてそれを躱す。そして、そのまま竜巻の渦から眼の部分に飛び出した。しかし、すぐには仕掛けない。懐からIMCを一度に5枚取り出すとそのまま術式を発動した。ケイそっくりの分身が3体現れる。模造魔術だ。ヴァジュラの前には4人のケイが現れた。それらが一斉にヴァジュラを襲う。しかし、ヴァジュラのセンサーは正確に体温、魔力反応を検知しその中から生身の物と同じ反応の一体を選んだ。そして、それに大槍を投擲した。槍は無残にその一体に突き刺さった。その一体は力なく吹き飛ぶ。

「おらぁ!!!」

 しかし、倒したはずのケイの蹴りがヴァジュラの頭部に直撃していた。その蹴りはヴァジュラのセンサーカメラを正確に射抜いていた。しかし、

「結界術式か!」

 その蹴りは甲高い音と共に阻まれた。ヴァジュラの表面が波打つように発光している。外部からの攻撃を遮断する結界が体表を覆っているのだ。

「クソが!!!」

 ケイはそのままヴァジュラを再度蹴りつけた。しかし、ヴァジュラはそれを躱す。ケイは一旦距離を取った。距離を取った。しかし、ケイの姿は見えなかった。

「さすが高級品の最新式だ。十二神機のセンサーも一瞬はごまかせるのか」

 ケイは5枚のIMCを使い普通のデコイを3体、それから生身の自分そっくりの反応を示すデコイを一体、それから透過し、各種感知センサーにジャミングを貼るステルス術式のIMCを1枚発動していたのだ。

『障害を感知』

 しかし、すぐに見破られてしまう。ケイは瞬時に後ろに飛び退く。一瞬でその周囲の空気が高熱を帯び、爆発した。ケイはそれを逃れ、竜巻の外側ギリギリまで飛んだ。その後爆発で竜巻も消滅した。

 ケイの姿が元に戻る。すかさずケイはさらにIMCを2枚取り出す。そしてそのままヴァジュラに突っ込んだ。ヴァジュラはまた指を動かす。すると、地面が轟音を立てて大きく裂けた。すかさずケイはIMCを発動する。すると、瓦礫が宙を浮き空中に足場が出来た。ケイは飛んでそれを蹴り、ヴァジュラに攻撃する。しかし、そんな単純な動きにもうヴァジュラは惑わされない。そこに合わせて武具を振るう。そこでケイは残り1枚を使った。一瞬ケイの動きの軌道がずれヴァジュラの攻撃を避けた。浮遊術式だ。

「こなくそが!!!」

 そのままケイは思い切りヴァジュラを殴りつける。しかし、それも結界に阻まれる。ケイは追撃をかけようとするが瞬時に判断し離脱する。ヴァジュラの周りに鋭い刃が飛び回り始めたからだ。それら一つ一つにナノマシンがまとわり付き何らかの術式を発動させようと手ぐすねを引いていた。

 ケイは落ち着いて次のIMCを取り出す。

『いやはや、なんとも手札の多いことだね』

 そこで、またあの聞いただけで虫唾の走る声が響いた。

『どうしたんだい? 黒翼の制限を解除しないのかな? あれを使えば今より何とかなると思うけど』

「何言ってんのか良く分かんないね。たかがIMCのコンボ程度で何発かもらうような雑魚マシン相手にはノーマルで十分なんだよ」

『そうかそうか。タキタ君に止められているからか。いやはや、美しい絆だねぇ』

 ケイは怒りが頂点に達していた。怒り過ぎで口元は笑っている。ケイはそのまま何も言わずに攻撃を仕掛けた。

『さぁ、足掻きたまえ。絶望が後ろに迫っているのだから』

 声は嬉しそうに言う。

『状況を再開、障害を殲滅。戦術範囲を増大』

 ヴァジュラが能力を発動する。辺り一帯が一度に氷漬けになり、爆風が吹き荒れ、重力が反転し、大地が隆起する。さきほどより攻撃範囲が増大したのだ。

「はしゃぐなクソッタレ!」

 ケイはIMCで結界を張りそれを凌ぐ。

 天地が鳴動し、景色が回転する。

 ケイはそれに必死に食らいついた。



「いや、メチャクチャになってきましたね」

 タキタは空を、天候を見ながら言った。嵐などという言葉では生易しすぎる天変地異が第一ポート市を襲っている。ビーグルは暴風と豪雨の中を疾走していた。

「ケイさんは本当に大丈夫なんでしょうか」

「あの人が大丈夫って言ったら大丈夫なんですよ。信じるしかないです。ケイさんがヴァジュラを止めている間に我々は役目をこなすことを考えなくてはなりません」

「本体、っていうのはどこにあるんですか?」

「ニール君。本体は非常に重要です。存在そのものを気取られてもいけない。つまり、見つからないところに隠さなくてはなりません」

「見つからないところ。地下とかですか?」

「中々考え方としてはいい方向ですね。ですが、本体そのものもヴァジュラを出現させる場所に合わせて国から国に移動してきたわけです。地下を掘り進むことも出来なくはありませんが、本体を動かすことに重ねて魔力を必要としますからあまり現実的ではないんですね」

「じゃあ、どこに」

 ニールにはそんな大掛かりなものがどこにあるのか見当も付かなかった。

「簡単ですよニール君。本体は移動出来なくてはならない。本体は存在を気づかれてはならない。木を隠すなら森の中です。ニール君。今までヴァジュラが出現した場所を思い出して見て下さい。一つはハイウェイの側。もう一つはトゥキーナの空港。そして、今は街の真ん中。それらの場所で存在していて当たり前で、なおかつスムーズに動き回れる本体が入れられる大きなもの」

「え、ええと」

 ニールは頭をひねるが良く分からない。代わりにモニターを見る。するとさっきから増大している数値がさらに加速度的に上昇を始める。

「た、タキタさん。これ、どんどん数字が大きくなってます」

「本丸が近いということです。さぁ、街中でも目立たない、大きな荷物を乗せられるもの.....それは....」

 タキタは割れた路上を走りながら辺りを見回した。そして、それは見つかった。

「実に単純でありふれたトレーラーです」

 大通りの脇、そこに2台連結のトレーラーが停車していた。そのトレーラーに近づくにつれて数値はどんどん大きくになっていった。

「さぁ、お目当てのものを見つけました」

 タキタは懐から銃を取り出した。

「予想通り無人ですね。これで気兼ねなく作戦を実行出来ます。この、大火力フレアを生き起こすF&J製M148なら一発です。まぁ、弾そのものが一発しかないんですけど」

 タキタは銃口を構える。あれが本体、一発撃てば全て解決。しかし、そうは問屋は降ろさない。

「た、タキタさん。何か出てきましたよ!」

 トレーラーの後部、そこから現れたのは、

「あ、ああー。戦闘用マリオネットですか。やっぱり簡単には行きませんよね」

 2体のマシンだった。四足歩行の獣方で背中にはバルカンが二丁ずつ乗っていた。そして、それらがビーグルに向かって火を吹いた。

「ええい!!」

 タキタはハンドルを切り、ブレーキを踏み、ドリフトで急カーブしてそれを躱す。マシンたちはそれに応じて走り出した。体躯を波打たせながら車並みの速度でタキタたちを追い始める。

「トレーラーが走り出しました!」

 そんなタキタを尻目にトレーラーが発車した。タキタたちから逃げるためだ。そのまま急旋回し、ビーグルと逆方向に猛スピードで走り出した。

「このままじゃ逃げられます!!」

「なんて面倒なんでしょうか! でも、これであれが本体なのは間違いありません」

 そう言って、タキタは一気にハンドルを切りタイヤを滑らせ方向を変える。マシン達はそれを見て急停止した。その2体の間を一気に走り抜ける。

「追いつけますか!?」

 トレーラーは明らかに通常の車両の速度を超えていた。百数十キロで瓦礫まみれの道を突っ走っていく。

「お任せあれ。運転には自信がありますから」

 ビーグルの後ろでマシン達がバネのように跳ね跳びビーグルを追ってくる。バルカンを乱射する。タキタは大きく蛇行して何とかそれを躱すが何発かはトランクを撃ち抜いた。

「ニール君、伏せていて下さい。危険です」

「は、はい」

 ニールは言われて身を屈める。追跡劇が始まった。トレーラーが先頭を走り、それをタキタが追い、タキタをマシン達が追う。

「後少し、後少しなんです。必ず仕留めます」

 タキタはアクセルを全開に吹かした。

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