第26話

「さぁ、着いたぞ」

 白人の男が言う。ミニバンは第一ポート市をグルグルと複雑に移動し続け、空港と反対側の倉庫街へと入った。自治特区との堺にある巨大な壁の手前だ。ここには他国と干渉しない自治特区の数少ない貿易品が格納されている。その倉庫の一角にミニバンは停まった。

「今日はここでしたか」

「明日には空き地に戻るがな。さぁ、降りろ」

 そう言われ、4人はミニバンを降りた。白人の男は倉庫の中へと入っていく。あの中にクリーチャーズ・オブ・リバティの本拠地が存在しているのだ。残った3人はニールを取り囲む様に立ち、白人の男が出てくるのを待った。

「仕掛けてこなかったね。てっきり、私達が孤立してる間に来ると思ってたけど」

「さぁて。やはりヴァジュラの行動制限のためなのか」

「もしくは泳がされてたか。班長もあんなにグルグル回ったってなんの意味もないのに。どうせ衛星で監視されてるんでしょ」

「オルトガの上空に衛星を配置するのは国際条約で禁止されている」

「そんなもん管理局が守るわけ無いじゃん。特にこの非常時に」

「守っている場合のことを考えているんだろう。衛星は巻けなくとも追っては巻けるからな」

「慎重なことですねぇ」

 女はヒラヒラと手を降った。黒人の男はその間も押し黙って周りを見ている。会話に参加する気はまるで無いようだ。

「だが、どこかで仕掛けてくるのは確実だ」

「そりゃあ、そうでしょうねぇ。空港で取り逃がしてるし、管理局にとっちゃ今は大ピンチの状況なわけだし」

「最悪ヴァジュラでなくとも”影”が来る可能性もある」

「形振りは構わないだろうね」

 と、そこでドウダンはニールに目を向けた。一言も声を発する事はない。うつむいて固まっている。しかし、ドウダンにかける言葉はない。この少年を今こうやって苦しめているのは他ならない自分たちだからだ。ドウダンはひとつため息を吐く。

「飲み物でも買ってこよう」

「ん? なんで?」

 女の言葉に返しもせず、ドウダンはニールの腕を引く。ニールはこれといって抵抗もせずされるがままだった。女はやれやれ、といった調子で肩をすくめた。黒人は二人に付いてきた。そのまま少し離れたところにある自販機の前に行った。

「少年。どれを飲みたい」

「.......」

 当たり前だが、ニールは答えなかった。

「朝から何も口にしてないだろう。何か飲んでおけ」

「.......」

 やはり、ニールは答えない。何も話す気はないようだ。ドウダンは仕方なくミルクティーのボタンを押した。ガコン、と音を立てミルクティーが落ちた。ドウダンはそれを取りニールに渡す。しかし、ニールは受け取ろうとしなかった。ドウダンは困ってミルクティーを所在なさ気に手で弄ぶ。

「馬鹿じゃないのドウダン。その子から見たらあたしらはテロリストだよ?」

 女が言った。

「......まったくだな」

 ドウダンはミルクティーの栓を開け自分で口にした。そして改めてニールを見た。

「少年。君は何故この旅に出た。何故わざわざ鍵と一緒に危険を犯してオルトガを目指したんだ。別々になって逃げれば良かったんじゃないのか」

 ドウダンの言葉にニールは肩を震わせた。そして沈黙。ドウダンはまた一口ミルクティーを飲む。

「まともになりたかったんです」

 ニールはそして一言だけ言った。ドウダンはそれを聞いて少し表情を改めた。

「君は自分が何をしようとしているのか分かっているのか?」

「.....。腕輪を持ってオルトガに逃げ込みます。そしたら、世界が守られるって」

「そうだ。君がやろうとしているのは『世界を守る』ことなんだぞ。もはや、『まともになる』という次元を超えている」

「........。普通の人なら...いいえ、僕がかっこいいって思う人達はきっとこうするんです。だから、僕もそうなりたかった。ただ、それだけなんです」

「ふむ」

 ドウダンは思う。志は立派だと。しかし、子供考え方だと。ニールは明らかに自分の行いの本当の意味とそれがもたらす影響を良く分かっていない。ただ、個人的な望みのみで、主観に基づく行動理念のみで動いている。世界規模の版図や、各組織の思惑などらちの外だ。これが子供というものか、とドウダンは思った。

「それに」

 しかし、ニールは続けた。

「僕はただ、運んでもらうだけです。本当に世界を救おうとしていたのはケイさんやタキタさんです」

「あの運び屋たちか」

「そうです」

「ふむ」

 ドウダンは腕を組んだ。あの運び屋たち。ケイ・マクダウェルとショウ・タキタ。二人の情報は運び屋ギルドへのハッキングによって明らかになっている。これまでの経歴も、そして今回の仕事の動きも。あの二人は十二神機と真っ向勝負でニールを守っていたのだ。中々の腕利きと見るべきだろう、とドウダンは思った。そして、おそらくあの二人はまたニールを追ってここまで来る。この仕事の全容を知ってもだ。

「良く分からないなお前たちは。私達とは考え方が違う」

「.....そうですか」

 会話はそれで終わりだった。その時だった。

「来た」

 黒人の男が初めて言葉を発した。その一言を聞くやドウダン、そして離れたところにいる女は一瞬で戦闘態勢に入った。ドウダンはニールの前に立ちニールをかばう。女は懐から金属の板を取り出すと腰に当てた。するとそれは一瞬で広がり女の全身を覆った。それは鎧だった。オルトガ製の強化骨格白鎧フルプレートアーマーだった。

 その一瞬後、緑色の閃光が奔り爆音と衝撃波が倉庫街の一角から発生した。爆煙が晴れるとそこに居たのはやはり十二神機ヴァジュラだった。

『 起動。状況把握。禁止区域0001H12地点に誤差0.007で転移完了。目標を発見。状況を開始します』

 ヴァジュラは刃とナノマシンを展開し5人に襲いかかった。



「陣を張れ!」

 叫んだのは白人の男。気づけば彼は女の横に立っていた。その号令とともに倉庫街の各所から武装した獣人が現れた。彼らは一斉にヴァジュラに向けて発砲した。魔銃から魔力を纏った銃弾が放たれヴァジュラに直撃し爆炎を巻き起こす。銃撃は止むことなくひたすら続けられた。

『敵性反応多数。障害ランクE。殲滅に値せず』

 しかし、それらを受けながらヴァジュラはやはり無傷。そこへ、白い鎧を纏った女が突っ込んだ。手には巨大なランスを持ちそのままヴァジュラを突き刺す。ヴァジュラはそれを片手で受け止める。しかし、女は手を緩めない。

「ラングストン!!」

 女が叫ぶと黒人も加勢していった。

 ドウダンは白人を見る。白人は言った。

「俺が腕輪の方を持って逃げる。お前はその少年を連れて逃げろ」

「はい」

 そう言って男は倉庫の脇に停めてあったバイクにまたがり颯爽と走り出した。ドウダンもニールの手を引きミニバンに乗り込む。そして、そのまま出発する。後ろでは今も爆発音が響いている。どんぱち派手に爆煙が上がり銃弾が飛び交っていた。ドウダンはそれを横目に倉庫街から出ていった。

『目標が二手に分断。優先順位を確認。優先順位を決定。鍵の追跡を開始します』

 ヴァジュラはそう言うと一瞬で周りのすべてを吹き飛ばした。強力な爆風が起こったのだ。武装した兵士はおろか倉庫街の一部も吹き飛んだ。

「くそ!」

 それをミラーで確認したドウダンはアクセル全開で突っ走る。その煙の中からヴァジュラがすっ飛んで行くのが見えた。向かう先はドウダンではない。白人の男性の方だった。予想通りヴァジュラは腕輪の方を優先した。そのヴァジュラの後ろから白い鎧が、それと銀色の毛に覆われた怪物が、その後ろから戦闘車両が4台と多脚戦車が2台ヴァジュラを追っていった。

「大した大所帯だなっ!!」

 ドウダンはハンドルを切る。向かうは次元術者との合流地点だ。ニールを異空間に幽閉するためである。次元楼は生成するのに時間がかかる。その時間を最も短縮できる、生成に適した場所で術者と落ち合う予定なのだ。ドウダンはそこに向かって突っ走った。白人の男性が時間を稼いでくれるはずだ。

「こうなったら腕輪は諦めるしかないか。くそっ」

 ドウダンは悪態を付きながらミニバンを飛ばす。こうしている間にも後ろで爆発音が響いていた。仲間とヴァジュラが戦闘しているのだ。爆煙が上がっている。建物が崩れている。あれが仲間によるものかヴァジュラによるものかは分からなかった。

「時間が無いな」

 ヴァジュラは音速で移動できる。ということはちょっとした距離では無いのと同じだ。なんとしても腕輪が奪われる前に次元楼を生成する地点までたどり着かなくてはならない。おそらく術者はもう生成を開始しているはずだ。

 と、そんなドウダンの前を人影が横切っていった。しかし、ドウダンが避けるまでもなく人影は自動車以上の速度て後ろに突っ走って行った。見れば同じようなものが車道を、ビルの上をヴァジュラが爆煙を上げる場所まで一目散に走っている。

「騎士団が動いたか」

 彼らは皆一様に時代錯誤な鎧を着込んでいた。これが騎士団だった。彼らの鎧は法儀礼済みで、着ているだけで並みの強化スーツや強化術式を遥かに上回る戦闘力を得ることが出来る。

 彼らはヴァジュラを止めるべく動いたのだ。

(管理局お抱えの騎士団が管理居のヴァジュラを止めに入るとは。上の方で意思の疎通が図られていない証拠か)

 しかし、これはドウダンにとってはありがたい。これでさらに時間が稼がれるだろう。空を見れば戦闘ドローンも飛んでいく。騎士団もドローンも各ポートを守るための戦力だ。これからことが大きくなればさらに大所帯で出動することだろう。

(管理局もこれほどの大事を起こしてただでは済むまい。もはや鍵を手に入れシステムを起動しなくては割に合わないだろう。賭けに出たということか)

 ここはオルトガではないがオルトガと密接に関わっている。こんなところで怪物を暴れさせたならオルトガ自治特区は黙っていない。血眼になって犯人をあぶり出す。そして、証拠が無かったとしてもオルトガは必ず管理局を疑うだろう。疑われるということがもはや損失だ。今後に大きく関わる。管理局はそれを帳消しにできる成果、システムの再起動を実現するしかない。

「しかし、これなら何とか間に合うかもしれない」

 ドウダンは一目散に目的地に突っ走る。もう数分で到着出来る。場所は門との境にあるビルの裏。そこで、仲間が術式を動かしているはずだ。このままなら間に合う。

 しかし、その時巨大な轟音が発生した。大きく地面が揺れた。ドウダンは揺さぶられる車体を必死にハンドルを切り戻す。

「何だ!!」

 ミラーで後ろを確認する。そしてドウダンは唖然とした。見れば、地面に巨大な亀裂が入っていた。いや、亀裂が入っていたどころではなかった。地面が割れていた。大きく割れていた。その割れは遥か向こうからドウダンを通り越して門の方まで続いている。第一ポート市が真っ二つに割れていたのだ。

「くそっ!!! 覚醒したのか!!!」

 ドウダンは叫んだ。

 そして、その裂け目の向こう。そこで爆音が上がった。ヴァジュラが、すさまじい勢いで空を飛び、ドウダン達に向かっていた。

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