第25話

「ニールのやつ、今頃ガタガタ震えてるよ」

「ええ、そうでしょうね。こんなメチャクチャばっかり起きてたらあんな少年の心は持ちませんよ。早く助け出さないと」

「ああ、あのクソッタレマシンがニールに襲いかかるまで何とか間に合わないと」

 タキタとケイは空挺乗りのおっさんが戻ってくるのを待っていた。おっさんのカーゴにはたくさんの荷物が積まれていたし、きっともう少し時間がかかると思われた。こうしている間にもニールは常に危機にさらされている。二人は気が気でない。しかし、今はおっさんを待つしか無い。

「馬鹿だねあいつは」

「ん? 何がですか?」

「私、あいつがオルトガに行くのはもうちょっと大したことない理由だと思ってたんだよ。管理局に関わったって言ってもさ。色々あるじゃんか。暗部を知ったとか。管理局が行った工作の生き残りとかさ。でも、本当の話聞いて正直驚いたよ」

「ああ」

 タキタはケイの言わんとすることが分かった。ケイはなんとなく空を見上げた。

「馬鹿だねあいつ。あんな小さい肝しといて、あんな鈍くさいくせして世界を守ろうとしてんだ」

ケイは呆れたように、しかしどこか優しさのこもった声色で言った。

「ええ、本当に。まさかニール君みたいな子がそんな大層なことしようとしてたとは夢にも思いませんでしたよ」

「しかも、あいつスミスに選択迫られたんだろ。腕輪は誰かに預けて別のところで安全に過ごすか、腕輪と一緒に行って危険を承知で逃げるか。あいつ、わざわざ危険な方を選んだんだよ。あいつ、自分で選んだんだよ。世界を守ろうって」

「ええ、そういうことになりますね」

「どうせ、世界っていうのがなんなのか分かってないよあいつ。なのに子供の頭で考えてそれでも危ないって分かってただろうに。馬鹿だよあいつは」

「ええ、呆れた向こう見ずです。ちょっと簡単に出来ることじゃないですよね」

「少しでも話せば楽になっただろうに。私達を巻き込むまいって、何言ってんだよ。お前はまだ子供だっていうのに」

「大分やせ我慢してたんでしょうねぇ」

 ケイは一つため息をついた。

「スミスは私達の仕事が世界を救うものだって言ってたね。だからあいつはクソッタレなんだ。私達の仕事はニールをオルトガに送り届けることなんだよ。本当に世界を救うのは、ヒーローはニールなんだ」

「ええ、本当に」

「それから謝るよタキタ」

「なんですか? 謝ってほしいことならたくさんありますけど」

「あー、うん。その辺はおいおい謝るよ。とにかく、今のはこの仕事、この旅のこと。相手が管理局だって分かった途端、私はこれは私の復讐の旅だと思ったんだ。でも、違ったよ。これは私の旅なんかじゃ毛頭無かった。これはニールの戦いの旅だったんだ」

「ええ、そうですとも。だから、私は何度も言ったでしょう」

「あんたがそう思ったのも今のくせに。まぁ、良いよ」

 ケイは垂らした両手の拳を強く握りしめた。

「必ずニールを助け出そう。そんでオルトガに送り届けるんだ」

「もちろんですよ。ニール君を送り届けハッピーエンドです。私達はその後1億です」

 ケイは今度はタキタに呆れてため息をついた。

「ほんと、金の話ばっか」

「いやはや、申し訳ありません」

 と、集積場の方からおっさんがカーゴに乗って戻ってくるのが見えた。もう出発だ。ここから超特急でオルトガに向かい、ニールを助け出さなくてはならない。二人は伸びをしたり屈伸したりしておっさんに手を振り船のタラップに上がった。そこで、ケイが言う。

「でもタキタ。あんたの話に乗っかる形になるけどさ」

「はぁ、何でしょう」

「この仕事は1億でも安いよ」

「本当ですよ!! スミスさんには全部終わったらもっとせびります!!!」

 そう言いながら二人は船に乗り込んだ。



「ん......」

 ニールは目を覚ました。リタの空挺の中だ。ニールはあまりの苦しみ、あまりの精神的重圧から意識を失うような形で眠りに落ちた。それでも寝たのはついさっきだ。2時間も寝ていないだろう。ついでに半覚醒のような状態だったのでほとんど寝ていないのと同じだった。ニールは体を起こして窓の外を見る。時刻は早朝だ。

「あ......」

 そこに広がっていたのは海だった。どこまでも広がる青い海原、青い空。その2つを分かつように遥か彼方に水平線。そして反対を見ればそこには巨大な都市があった。メイフィールドを超える高層ビル群、その間を車が飛んでいた。ビルほどもある巨大なソーラーパネルがそびえ立ち、風力発電用の風車も所狭しと並んでいる。そして、その手前に巨大な壁があった。そして、そこに巨大な門があった。あの門の向こう、あのメイフィールド以上の大都市が洋上都市オルトガ自治特区だった。

「う.....」

 しかし、それを見てもニールは感動できなかった。生まれて初めて見る海、生まれて初めて見るすさまじい大都市。しかし、今のニールにはそのどれも心に刺さらない。今はあまりに悲しくて、苦しかった。ニールはもしこの景色をケイやタキタと一緒に見れたらどんなに良かっただろうと思った。きっとタキタはまた自慢の知識をひけらかすだろう。ケイは興奮するニールを呆れ顔でいさめるだろう。しかし、どちらも今は居なかった。

「起きたか」

 代わりに女の声がした。振り返ればドウダン・デュカスがコップを持って立っていた。片方は自分用。もう片方はニール用だろう。どちらにもミルクが注がれている。

「何か食べるか?」

 ニールはうつむいたまま首を振った。

「なら、これを飲め。何も口にしないのはまずい」

 そう言ってドウダンはコップをニールの側に置いた。

「飲めません。飲めませんよ。何も要りません.....」

「そうか.....」

 ドウダンはそれきりミルクを勧めることはなかった。代わりにこの後のことを話す。

「もう少ししたら私の仲間が来る。そしたら本拠地に出発だ」

「嫌です。お願いです。僕を自由にして下さい」

「すまない。でも、出来ない。君にはどうしても私と一緒に来てもらわなくてはならない」

「うう.....」

 ニールは辛くてまた泣いた。しかし、逃げ出すことも出来ない。逃げたらどうなるか分からない。下手すれば殺されるかもしれない。ニールは従うしかなかった。



 しばらくして、ドウダンの仲間がやってきた。人数は3人。皆、見た目は運送業者のようだ。ガタイの良い男が二人、一人は黒人、もう一人は白人。そして、ツナギを着た女がひとりだ。3人は全員キャップを被っている。耳を隠すためだろう。全員獣人のはずだ。ドウダンは変化して別人になりニールを引き連れタラップを降りた。白人の男が前へ出る。

「ブツは?」

 ドウダンはバングルを懐から取り出し見せた。

「任務完了だ。ご苦労だった。では、行くとしよう」

 二人は交わす言葉もそこそこに無言で歩き始める。ニールは相変わらず心は弱りきっており足取りはおぼつかない。その腰に仲間の女が腕を当て歩くようにうながした。ニールは仕方なく従った。

 5人は空港の端まで来ると停めてあったミニバンに乗り込む。ドウダンが助手席、白人が運転席。残りの二人がニールを挟み込む形で後部座席に座る。そして、ミニバンは発車した。ニールはうつろな目で町並みを見る。そこには様々な国、様々な人種の人間が所狭しと行き交っていた。店の種類も国際色豊か、そしてニールには良く分からなかったが各国の大使館が軒を連ねている。ここはオルトガ自治特区の手前、第一ポート市だ。所属はオルトガだが、実質オルトガではない。ここはオルトガに入区するために世界各国からやってきた人々が駐留する中継地だった。このような場所は第三まで存在し、オルトガを3方向から囲んでいる。完全中立のオルトガは厳格な入国規制を行っているので各国の人々はここで入区審査を待つのだ。

 見たことのない景色も今のニールには疲労をもたらすだけだった。ニールは窓から目を背け、車の中でうつむいた。

「追っ手は?」

 そうするとふと白人の男が言った。ドウダンに向けられた言葉だ。

「巻いていますが、恐らく追ってくるでしょう。ヴァジュラの方は昨日昼頃に起動しました。稼働に一日の猶予が必要という分析が正しいなら昼までは襲ってこないのでは?」

「あくまで予想だ。油断は出来ない」

「あれが襲ってきた場合はどうするのですか」

「まずこの少年と腕輪を分断して二手に分かれる。ヴァジュラがどちらを優先するかは分からないが時間稼ぎにはなる。その間に残った方を亜空シェルターに入れる。あそこなら十二神機といえど手は出せない。予測では奴が優先するのは腕輪の方だがな」

「少年の方だった場合は?」

「.....最善を尽くして防衛するが最悪の場合は仕方がない。二手に分かれたならどちらか片方は必ず奪われるだろう」

「少年の身の安全は保証するのではなかったのですか」

「腕輪を優先するであろうという予測があっての話だ。もしそうでなかった場合は背に腹は代えられない」

「班長。それは話が違いますよ」

 ドウダンはそれまで語気を抑えていたがやや強い口調で言った。

「ドウダン。相手は十二神機、そしてその後ろに居る管理局だ。綺麗事だけで戦えないのはお前だって良く分かっているだろう」

「それはそうですが、しかし......」

「気休めにしかならないだろうが少年の方へ向かったならありとあらゆる手は尽くす。それこそ、腕輪の方へ誘導したりな。そういう手を尽くしてもそれでもダメだった場合の話だ」

「..........」

 ドウダンは苦々し気に顔を歪めた。

「あんたは潔癖が過ぎるよドウダン」

 と、後部座席の女が言った。ドウダンは返した。

「どれだけ戦いにまみれても忘れてはならないものがある」

 後部座席の女は呆れたのか謝罪の意なのか肩をすくめた。黒人の方はまるで話が聞こえていないかのようにずっと窓の外を見ていた。敵襲が無いか見ているのか。

「......」

 ドウダンはルームミラーの端に映ったニールを見る。ニールは俯いていて微動だにしない。今の話が聞こえていたのかさえ定かではない。それを見てドウダンはこれといって表情を変えることもなくまた前方を警戒するのだった。

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