第24話
「........」
「........」
二人は無言だった。当たり前だった。攫ったものと攫われたものなのだから。ニールは怯えながらドウダンを見ていた。ドウダンは黙って空艇を操縦している。こんな沈黙がもう1時間近く。ニールは恐怖に満たされていた。そして後悔と罪悪感。ニールは純粋にこれからどうなるのか分からなかった。だから、ようやく口を開いた。
「僕をどうするつもりなんですか」
その言葉にドウダンは間髪入れずに答えた。
「どうもしない。君はただ、私と一緒に我々の本拠地に居てくれれば良い。君の身柄を担保に我々は管理局と交渉をする。そして全て済んだならそのバングルを破壊するつもりだ」
「壊すんですか。これを」
「ああ。そんな世界を滅ぼすトリガーはこの世の中から無くしてしまった方が良い。そうすれば管理局の目論見もご破算だからな。まぁ、随分と丈夫な品だから、壊すのに苦労はするだろうがね」
ニールは少し悲しかった。この腕輪はいわばニールを養った『おばあちゃん』との約束だったのだ。おばあちゃんは「この腕輪は大切にしなさい」と言った。それはきっとこの腕輪になにかの役目があるからだとニールは思っていた。しかし、これはやはり世界を滅ぼすものなのだ。だから、ニールはおばあちゃんが一体どういうつもりでそんな言葉を残したのか全然分からなくなっていた。
「とにかく、我々は基本的に君を殺すつもりはないし、君を盾に管理局と戦うつもりもない。重要なのは君以上にそのバングルだからね。心配するなと言うつもりはないが身の安全は保証する」
「そうですか.....」
言われてもニールには到底信用することなど出来ない。つい1時間前までこめかみに突きつけられた銃口の感触は今も生々しく残っている。
「っ.....」
ニールはまた泣きそうになった。どうしてこうなってしまったのか。つい数時間前までケイと公園でカルネを食べていた記憶が遠い昔のもののようだ。ニールは立てていた膝に深く頭を押し込んだ。後悔と悲しみと罪悪感がニールを襲っている。きっとあのマシンはまた襲ってくる。この人達はどうするつもりだろうとニールは思う。そしてもう、ケイとタキタには顔を合わせられないと思った。ニールはあまりに苦しく何も考えられなかった。
「分かりますか? 特級です」
「ほ、本物なのか?」
「ええ、本物ですよ。見て下さい。透かしもチップも、それから....ほぉら、IMCの炎を当てると文字も浮かび上がるでしょう?」
「ま、マジカよ。初めて見た」
タキタとケイは空港の発着場に居た。そして、そこに居る空艇乗りと交渉をしているところだった。
「そういうことだから。私達は今とてつもなく急いでるんだよね。見たでしょ、さっきのマシン。私達の依頼人が連れ去られてあれに追われてるんだ。何が何でも駆けつけて助けなくちゃならない。心配しなくてもあのマシンが追ってるのは依頼人だからこの船に危険はないしね」
「そういうわけなんです。だから、オルトガまでお願いします。チップも弾みますよ」
タキタは3本指を立てる。
「30万か?」
「300万です」
「さ、300万? .....本当にだな? 本当にこの船に危険は無いんだな?」
「ええ、それに関しては嘘はありません」
「それに関して?」
「ああ、言葉のあやですよ気にしないでください。それで、乗せてくださいますか?」
「あ、ああ。分かった。乗せてやる。あとちょっと待ってくれ。積荷を降ろしちまうからよ」
そう言って空挺乗りは簡易カーゴに乗って集積場に走っていった。
タキタとケイは今堂々と偽物の特級を見せびらかし一人の空艇乗りを騙したのだった。
「いやぁ、嘘をつくのは気が引けますね」
「時間がないんだよタキタ。それに私達が持ってる特級は本物だよ。どこで偽物だって思ったの?」
「恐ろしいですねケイさん」
「それに金も払ってる。問題は無いよ。そんで、何か起きたら責任は全部スミスに押し付ける。」
「ははは、そうですね。そういうことにしましょう」
タキタは乾いた笑い声を上げた。
「さて、これで足は確保出来たか」
ケイとスミスはこれからオルトガへ向かう。それもスミスの指示だった。
『悪い。本当に悪い。俺のミスだった』
ニールを連れ去られた後、タキタが通話を入れると開口一番スミスは言った。
「レジスタンスの動きは見張ってたんですか」
『ああ、そのつもりだった。だが、抜けられちまったんだな。レジスタンスを監視してやつの一人がその本拠地で見慣れた顔を見たんだ。リタだよ。ついさっきまで別人だったのに次の瞬間にはリタに変わってた。すり替えられてたのさ。連中もこっちを出し抜こと必死だったわけだな。入れ替わったのはドウダン・デュカス。『クリーチャーズ・オブ・リバティ』でも能力の精度はトップクラスだ。あいつは完全に他人に変化出来る上、記憶操作と自己暗示でほぼその本人になりきれる。潜入任務のプロ中のプロだ。それでリタにも記憶操作と変化をかけてドウダンのフリをさせてたってわけだ。だから、俺たちは入れ替わったのに気づけなかった』
「済んだことはもう良いよ。それで、あいつはどこに向かったの? 私達はどうすればニールを助けられるの?」
『行き先は変わらねぇ。オルトガだ。あいつらの本拠地もオルトガにあるからな』
「なるほどね。じゃあ、ニールを助けさえすればそのまま仕事を続行できるわけだ」
『そういうことだが、並大抵のことじゃねぇ。本拠地だからな。俺も知り合いを動かす。何が何でもニールは取り戻す』
「そうだね。その考えには同感だよ。でも、多分私達が追いつく前に本拠地は潰される」
『.....ヴァジュラか』
「ああ。あれはもう手がつけられない化物になりつつある。きっとあれが本気でかかったらレジスタンスの本拠地ぐらいは陥落する」
『連中は鍵を盾に相手と取引するつもりだ。そうはならないんじゃねぇのか?』
「なら、本拠地に入る前にヴァジュラを動かすんでしょ。何にしても管理局がこの局面で指くわえて見てるだけなんて有り得ない」
『まぁ、確かにな』
スミスは唸る。状況は悪化し、複雑さを増している。今やケイとタキタとスミス、管理局、レジスタンスの三つ巴状態だ。次にどう戦局が動くか、どういった不確定要素が起きるのか分からない。
「それから、もう言葉を濁す必要は無いよ。私達はこの仕事の核心を聞いちゃったから」
『......。そうか。そいつは弱ったな』
「心配しなくても覚悟の上だよ」
『お前はなんにも分かっちゃいねぇのさ。これから大変なことになるぞ』
「ふん、なんでも良いよ。とにかく、私達はオルトガに行くよ」
『ああ、まったく仕方ねぇ。分かった。船はなんとか見繕ってくれ』
ケイは表情を歪める。
「そっちで用意出来ないの」
『悪い。こっちも今手一杯だ』
「ああ、腹立つね。なら、勝手に用意させてもらうよ。何か起きたら責任は取ってよね」
『ああ、分かってる。頼んだぜ』
そうしてスミスは通話を切ろうとする。
「ちょっと待ってくださいスミスさん」
『ん? なんだタキタ』
「十二神機についてお聞きしたいんです。あれは一体なんだとお考えですか?」
『なるほど、そうだな。そのへんの情報交換も必要か』
スミスはタキタに自分が知っているヴァジュラに関する情報を伝える。管理局が動かしていること、停止中はおそらく異空間に格納されていることなどだ。
『予知能力者の言い分じゃあれが十二神機そのものである可能性はほぼ0らしい。だから、何か別物ってことになる』
「その人の予知確かなんですか? なんか胡散臭いんですけど」
『今んトコあいつの予知がハズレたことはねぇが、信じる信じないはお前次第だ。とにかく、俺はその線で考えてる』
「ふーむ、十二神機そのものではないですかぁ。ふむふむ」
『なんだ、タキタ。何か思い当たることでもあんのか?』
「いえ、これといった確信を持ってるわけではないんですけどね。でも、その意見には同感なんですよ。十二神機にしては弱すぎますし、何より妙なことが多すぎる」
『ふん、こっちでも考えるが、お前のその自慢のおつむにも期待してるぞ』
「期待しないほうが良いよスミス。頭が良いってのは自称なんだから」
ケイは呆れた表情で言った。
「ひどいですよケイさん。こっちは全力で頭を回してるのに」
「分かったよ。何か分かったら言ってよね」
「了解です」
タキタはにっこり笑った。どこか自信満々の笑みで普段ならイラつくところだがケイは少し賭けてみたくなった。
『じゃあ、頼んだぞお前ら。話を聞いちまったんならもう分かってると思うが。これは世界の命運がかかった仕事だ』
「はッ。そんな大それた御託は良いんだよ。私はとにかくニールを助ける」
「右に同じです。そんな責任負えません」
『締まらねぇやつらだな。ここでかっこよく言っときゃヒーローなのによ。まぁ、良い。頼んだぜ』
スミスがそう言い、通話は終わった。
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