第17話

「さて」

 場所は変わって再びサティファス。ここは管理局総本部を上から見下ろせるビルの上だった。あたりは暗くなったばかり。夜はこれからという時間。スミスはそこに立っていた。そして、カメラを向けていた。傍らには立体モニターのパソコン。そこにカメラで撮った映像が映されている。カメラが向いているのは管理局、その地面だ。しかし、画面に映されている映像は地面などではない。そこを通り越しその向こう、管理局の地下が映し出されていた。カメラを絞るとまた別の場所に視点がずらされ、拡大されたり引いたりしている。

「妙なもんはねぇな」

 スミスは画面を見ながら言う。映し出されるのは人、なんらかの兵器、なんらかの研究施設、なんらかの召喚陣。一般人が見れば管理局の総本部の地下とは思えない異様なものが移されていく。しかし、全部スミスにとっては想定の範囲内でしかない。スミスが探しているのはそんなものではない。もっと別のものだ。

 と、スミスの端末に通信が入った。スミスは取り出し出る。

「イメルダか。そっちはどうだ。アポロジカの本部は......。当たり無しか。こっちも駄目だ。もう、3時間はにらめっこしてるがそれらしいもんの気配さえねぇ。多分ハズレだ」

 スミスの表情は芳しくない。

「....ああ、分からねぇ。十二神機ヴァジュラは一体どこに居やがるのか。そっちでもこっちでもないとなりゃあちょっと面倒だな」

 スミスが仲間と探していたのはケイたちを襲ったマシン、十二神機ヴァジュラだった。ヴァジュラは転移で現れ、転移で消滅した。ならばどこからかやって来て、またどこかへ帰っているはずなのだ。ヴァジュラが管理局によって運用されているなら管理局の施設のどこかに格納されているというのがスミスの読みだった。しかし、ハズレだった。

「メイフィールドに転移出来るだけの設備があって、距離も含めて考えりゃここかそっちが一番怪しかったんだがな。さすがにそんな分かりやすくは無かったな....ああ、そうだな。まぁ、まだ施設はいくつか残っちゃ居るがどうもそれも違う気がする。俺は一番最悪のパターンの可能性が高いんじゃないかと思ってる。つまり、誰かが異空間を作ってそこに入ってるって線だ。もちろん空間内に丸々設備も入れてな。そうなったらその鍵を持ってるやつはどこに居ても転移させれる」

 スミスは苦々し気に言う。

「もしそうだったら、範囲はある程度絞れるとしても捜索対象は『個人』になる。しかも、どこの誰か回目見当も付かねぇときた。かなり無理がある。まぁ、本当に管理局の関係者が鍵持ってるっていうんなら魔力反応から逆探知も出来る可能性はあるが、持ってるのが『あの男』だった場合かなりヤバイ。.....ああ、その時はもう停止中のヴァジュラを破壊する可能性は諦めた方が良いかもしれねぇ。だが、そうじゃない可能性もある。お前は先に渡した施設の一覧を一つずつ潰してってくれ。....ああ、頼む。......ん? ああ、こいつか? 調子はばっちりだ」

 スミスは持っているカメラを見る。

「電子機器に『千里眼』もたせるなんざとんだ珍品送りつけやがって。どこで手に入れたんだこんなもん。...あー、分かった分かった。内緒か。物好きなヤツだまったく。ああ、じゃあ頼んだ。あと、”スペクター”には気を付けろよ。また、連絡する。」

 そうしてスミスは通話を切った。そして、パソコンの画面を動かして衛星から撮影したヴァジュラの映像を開いた。ヴァジュラはケイと戦い、そしてその力を解放しつつある。

(問題はあれがどういう代物かってことか。鍵を開ける以上本物じゃないとならねぇ。だが、本物なんか動かせるはずがねぇ。どっかでイカサマをしてるはずだ。そのからくりさえ分かればな。どっちにしてももうサティファスに居る意味は無さそうだ)

 スミスはそれから再び管理局本部に目を移した。

「どうも後手に回りつつあるな」

 スミスはぼやいた。



「ふぁあ」

 ケイはあくびを一つかまし眠気眼をこすった。時刻はトゥキーナ時間で午前6時過ぎ。日は昇り、辺りは明るい。ケイは長椅子から体を起こした。タキタが助手席に座ってサンドイッチを食べていた。

「おや、おはようございますケイさん。良く眠れましたか」

「おはよう。まぁ、大分気分はましになったよ」

 ケイは体調を確かめ言った。黒翼のフィードバックはもうあまりなかった。ほぼ全快だ、しかし、”ほぼ”だ。完全に調子が戻ったわけではない。

「ニールは?」

「まだ寝てますね。まぁ、疲れてたんでしょう」

「無理ないよ。あんな一日12歳には荷が重い。リタは?」

「リタさんは私が起きた時から居ませんでしたね。多分一晩中働いてたんでしょう」

「タフだねあいつも。さて、私も朝ごはんにするかな」

「ああ、私のと同じサンドイッチなら4人分作っときましたよ」

「ああ、ありがと」

 ケイは立ち上がる。ちらりとタキタのサンドイッチを見るとレタスやトマトやベーコン、そして白い液体(多分ヨーグルトだろう)を豪快にサンドしていた。しかし、「うまそうだね」などとうかつに言おうものならまた栄養価がどうだとか、このレタスはどこ産で、とかウンチクを垂れ流し出すと思われたのでケイは何も言わなかった。そのまま冷蔵庫の中のサンドイッチを取り出しかぶりついた。中々美味いとケイは思った。

「今日はどうするかな」

「リタさんが帰ってきたらオルトガまでの燃料を給油してもらって、あと我々は出国許可を貰いに行かなくてはなりませんね」

「ここは手続きが遅いからね」

 トゥキーナは出国許可が降りるのが遅いことで有名だった。朝申請しても許可が出るのは翌日だ。早い国ならその場で降りるものである。行政の対応がいまいち悪いのと、あとは出国を希望する人間があまりに多いというのも原因だった。トゥキーナの人間は国民性なのか土地柄なのか平然とちょっと遊びに行く感覚で国を出ていくのだ。

「じゃあ、ニールが起きたら行こうか」

「やはり連れてった方が良いですよね」

「いつあいつが来るか分からないんだ。当然だよ。結局夜は来なかったけどね」

 ケイは睡眠を取りながらも半分意識は覚醒していた。もし、再びマシンが襲ってきた時のために警戒していたのだ。そのため十分に黒翼の反動が取れなかった。

「来なくて何よりですよ。おかげで十分寝られましたから」

「なに? 熟睡してたのアンタ。良くこの状況で...」

「い、いえいえ。ちゃんと警戒はしてましたよ。当たり前ですよ。熟睡してる時に襲われたらたまったもんじゃありませんからね。ハハハ」

 この様子では熟睡していたのだろうとケイは思った。しかし、疲れるのでそれ以上は何も言わなかった。

「今日はどうなるかな。一悶着はありそうな気もするけど」

「大丈夫ですよケイさん。あいつが来ても逃げれば良いだけです。それにここは都会のど真ん中。あんなものが出てきたら警察も軍も黙ってはいませんよ。我々はその助けを借りながら行動範囲圏外にさっさと出れば良いんです」

「出てきたら戦うよ」

「止めましょうって。逃げれば良いだけです。そうすれば我々の勝利なんですよ。ていうか昨日寝る前に考えたんですけどその対処法で行けばあのマシンは結構何とかなりますよ。あれで打つ手なしなら今頃私は絶望顔ですけどもうあんまり悩まなくても良い気がしてきましたよ」

「そうかなぁ」

「良いですかケイさん。対処出来るということは障害としては最高ランクじゃないです。難易度はやや高いですが希望が見えてきました。というか、ひょっとして結構上手く行くんじゃないかと思うんです。つまり、このままトゥキーナを出て、第一ポート市に入り、そしてオルトガの入区許可を貰う。対処法があるということはこの流れは始めの予想通りこなせるってことです。それはつまり1億がもう目の前にあるってことなんですよ。そう、そうなんです。そういうことなんですよケイさん」

 タキタはペラペラと持論を展開した。タキタの頭の中ではもはや依頼は解決したも同然のようですらある。

「呆れた楽天家だねあんたは。まぁ、いつものことだけど」

「そこが私の長所ですよ。それにこの予想は結構当たってると思いますしね」

 タキタはニヤニヤと自慢気だった。

「そうだね。そうなれば一番良いね」

「なりますよケイさん。ここまでがはちゃめちゃだっただけです。問題の解決策が分かりあとは予定をこなすだけ。成功への道まっしぐらなんですよ」

「そうだね。そうだと私も思うよ」

「釣れないですねぇ。まぁ、良いですよ」

 ふふん、とタキタは鼻で笑った。ケイは若干こめかみがひくついたが自分を抑えた。もう何年も経ってさすがにこの不愉快な表情にも慣れているのだ。

 と、カンカンとはしごを上ってくる音がした。間もなくニールが下層から顔を出した。

「お、おはようございます」

「おはよう、早いねニール」

「おはようございます、ニール君。良く眠れましたか?」

「はい。寝る前に楽しい話が出来たから眠れました」

「おやおや、嬉しいことを言いますねニール君は。サンドイッチがありますよ。私特製です。食べてください」

「あ、ありがとうございます。.....痛い!」

 ニールは勢い良く飛び出しはしごに足をぶつけた。

「あんまり慌てなさんな。サンドイッチは逃げないよ」

「は、はい」

 ニールはゆっくりはしごから上がった。ニールは若干気分がほぐれてきてもこれなので、緊張だけではなく生来の慌てん坊なのだろうとケイは思った。

 しかし、タキタの言うことは希望的観測だったがそうなれば一番良いというのもケイは思う。本心では憎い管理局の手先をめちゃくちゃにぶっ壊してやりたいと思っている。それも強く。しかし、それはあくまで自分の感情だということはケイも分かっていた。理屈では依頼が滞りなく済み、無事ニールがオルトガに入れるのが一番だと思っていた。しかし、やはり感情はどうにもならない。理屈で分かっていてもあのマシンを見ればケイは感情を抑えられないだろうと思った。

 と、ニールが寝ぼけておぼつかない足取りでようやく冷蔵庫を開ける。

「わぁ、すごいですねこのサンドイッチ。普通じゃない。美味しそうです」

「良く気が付きましたねニール君。それは私が何度もの試行錯誤を重ねようやくたどり着いた自慢のサンドイッチなんですよ。そのレタスもベーコンもこの船のものですがバランスが違うんです。そのヨーグルトも.....」

 迂闊、あまりにも迂闊だった。ニールはタキタのスイッチを入れてしまった。ニールもニールで要所要所で相槌を打つものだからタキタは乗りに乗ってしまいそのご高説は十数分続いたのだった。

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