第16話
「涼しいね、メイフィールドより」
「まぁ、トゥルクは湖の側だからねぇ」
リタは積荷を下ろして、備え付けの簡易カーゴに乗せながら言った。ここはトゥキーナの首都、トゥルクのトゥルク空港発着場だった。空の旅は何の障害もなく滞りなかった。そのまま予定時間の通りに無事に目的地にたどり着いたのだ。時刻は午後0時を過ぎている。流石に空港にもそれほどの人気は無い。それでもそこそこの数の深夜便を運ぶカーゴや空挺が走ったり飛び立ったりしていた。途上国トゥキーナの首都とはいえトゥルクは立派な大都市だ。物流の流れの規模も大きいのだった。
「それで、ファングプラントは動物である、という結論に至ったわけなんですよ」
「す、すごいですね。植物なのに動物なんだ」
タキタとニールは今もタラップの前で話している。結局二人は空挺の中でずーっと魔獣の話をしていた。途中ベーコンとレタスを挟んだパンで簡単に夕食を取った際もずっと話していた。ニールは生物の話が本当に好きらしかった。ケイは呆れながらもどこか微笑ましかった。実際ケイが微笑んでいることはなかったが。
「さて、そんじゃ寝なくちゃねぇ」
ケイは伸びをしながら言う。この後は就寝だ。全員リタの船で寝ることとなる。今外に出ているのは休憩と気分転換のためだ。
「アタシはまだ仕事があるから先に寝てて良いよ」
「そう? 悪いね。大変だねアンタも」
「人のこと言える職業じゃないだろ」
「そうだったそうだった。3日3晩寝ないで突っ走ったこともあったね。あれはひどいもんだった」
「ははは。下のベッドは好きに使って良いからね」
「タキタとニールに使わせるよ。私は長椅子の方がもう馴染んじゃって」
ケイは結局飛行中ずっと長椅子で寝転がっていた。そのおかげで大分黒翼解放のフィードバックも落ち着いたがまだ体はだるい。
「そんなことあるのかい? ベッドの方が休めるだろ。今更タキタと同じ寝床が嫌ってわけでもないだろう」
「まぁ、散々一緒に車中泊してきてるからそんなことはないけど。まぁ、気分的なもんだよ。どうも窓があった方が落ち着くんだよね、今日は」
「そんなもんかい。じゃあ、私は行くよ」
「はいはい。ご苦労さん」
リタは簡易カーゴに荷物を満載して集積所に走り出した。ケイはそれを見送り一息つく。空港は空気は暖かかったが吹く風が涼しい。都市の横にある湖から冷気が流れ込んでいるからだ。ケイはタキタとニールにいい加減に言ってやろうかと思った時。
「おやおや、ニール君。もう、眠くなってますね」
「い、いえ。まだ....」
「そんなこと言っても明らかにまぶたが下がってきてますよ。さぁ、今日はこの辺にしておきましょう。ゆっくり休んでください。色々ありすぎましたからね今日という日は」
「はい...そうします...」
ニールは明らかに眠そうだった。タキタの声も聞こえているのか聞こえていないのか。無理もない。生まれ故郷を旅立ち、わけのわからない怪物に襲われ、その後もすったもんだしてようやくここまで来たのだ。むしろ、ここまで良く起きていたものだ。よほどタキタとの会話が楽しかったようだ。
「ニール。あんたはベッドで寝な。長椅子の横にはしごがあるから、降りたらベッドがあるよ」
「はい....」
「なんか心配だね」
ニールはどう見てもぼんやりしていた。階段を上がれるかどうかさえ怪しいものだ。
「仕方ないですね。ニール君、乗ってください」
タキタがニールに背中を見せてしゃがみ込む。おんぶしようというわけだ。
「だ、大丈夫です。自分で行けます」
「遠慮しなくて良いんですよ」
「大丈夫です」
ニールは頑としてタキタの提案を却下した。子供扱いされるのが嫌でたまらないようだ。自分の足でなんとか階段を上がって機内に入っていく。そして、そのままよたよたと危なっかしい足取りではしごまで行き、危なっかしくはしごを降りそしてベッドに入った途端に寝息を立てたのだった。
「やれやれ。難しいお年頃なんですねぇ」
「12歳の子供がおんぶなんて嫌に決まってるよ」
「まぁ、それはそうでしょうねぇ。出過ぎたマネでしたかね」
二人は長椅子に座って寝る前に少しだけ会話をすることにした。主にこれからの動きについての打ち合わせである。タキタはホットでミルクを、ケイはミルクティーを片手に話し合った。
「まず、リタさんには全部話してありますから、ここからの足に関しては問題ないです」
リタには乗る前に最終目的地がオルトガであり、そこまでの輸送をお願いしてあった。
「出発許可には間違いなく明日一杯かかるでしょう。そして、オルトガに隣接してる第1ポート市に入って一日待って期日通りに入国許可審査に入ってもらって、それでお仕事完了ですね」
「そうだね、その予定通りに運びさえすればね」
ケイは面倒そうに言う。
「問題はあのマシンがどこで仕掛けてくるかってことだよ」
「それですねぇ」
ケイたちを襲ったマシン、十二神機の可能性がある怪物。それが、また襲ってくる可能性があった。
「空では襲って来ませんでしたねぇ、やはり空は飛べないんでしょうか」
「そうなのかもね。でも、十二神機だっていうなら自在に空も飛べるんでしょ? 実際最後は小規模だけど天候を操ってたし」
「そうなんですよねぇ。ケイさんの言う通り十二神機だったとして、そう仮定すると腑に落ちない事は多いんですよ。何故スペックを発揮していないのか、何故管理局が操れているのか。何故突然追跡を止めたのか」
「弱いことに関してはあいつアップロードがどうとかしきりに言ってたよ。だからひょっとしたら寝起きなんじゃないかな」
「管理局が回収した十二神機を実戦で使用するために今日起こしたってことですか?」
「さぁ、詳しいことまでは私も予想しか出来ないけど。あと、『目標をロストした』って言ってたから多分行動範囲に制限でもあるんじゃないかな」
「なるほど。だから、追跡を止めたんですか」
「....でも、あれが十二神機だと仮定して、そもそもなんで十二神機なんて使うんだろう。危険だし、わざわざ使うほど強くもない。あれなら裏稼業の”影”とかいう連中の方が強いんじゃないかな」
「あれは噂ですよケイさん。それ以上関わっちゃいけませんよ」
”影”とは管理局が秘密裏に保有していると言われる工作員たちのことだ。ほとんど都市伝説扱いの噂だ。しかし実際真実味のある実例もある。ある国で議員が人質に取られた際、抵抗の激しさに警察や軍が手をこまねいていた。その時たった一人の身元不明の人間が突入していき、そして解決したという話がある。それが、”影”だともっぱらの噂だった。そういう噂に尾ひれが付き『一人で小国なら制圧出来る』だの『戦略兵器並みの戦闘力がある』だのぶっ飛んだ誇張が成されていた。
「どっちにしても他にやり方はあったはずだよ。こんなド派手に騒ぎを起こす意味ってなんなんだ」
「マシンを使わざるを得ない状況があったってことなんですかね。騒ぎを起こしてでもどうしてもマシンを使わなくてはならなかった」
「なんだ。その状況って」
「さぁて。それを知るのは相手とスミスさんとニール君だけですよ。結局、私達には穴だらけの予想を立てることしか出来ません」
結局謎だった。マシンがどういうものなのかも、マシンの行動の意図も。全てが謎だった。そして、それを知っているものが居るのに教えてくれることさえ無いときた。
「一体どうやったらあれを倒せるんですかねぇ」
「開放状態ならヒビくらいは入れられたよ。ヒビが入るってことは壊せるってことだ」
「いやぁ、解放状態には時間制限があるじゃないですか。その間に破壊っていうのは難しいんじゃないですかね。だから、解放しないでほどほどに戦えば良いんですよ」
「無理だよ。あいつにはそれじゃあ勝てない。どうしたって倒してやるんだ」
ケイの瞳に再び復讐の炎が宿った。
「良いんですよケイさん。倒さなくて良いんです。私達はただニール君をオルトガに送り届けるだけで良いんですよ」
「ダメだよ。これは私の戦いでもあるんだ」
「止めましょうよケイさん。そういうの止めときましょうよ。怖いですよ」
「ここまで付き合っといて怖いもクソもないでしょ」
「止めときましょうって」
「さぁてね」
ケイは適当にタキタをはぐらかす。ケイの意思の強さにタキタはたじろいでいた。たじろぎっぱなしだったが言っておきたいことは言っておいたタキタだった。管理局に対するケイの恨みは深い。恨むだけの過去がある。それを知っているのでタキタも頭ごなしに批判は出来なかったがやはりケイがボロボロになって死ぬのは見たくないのだった。
「とにかく。あれとはまともにやりあっちゃダメですよ。行動範囲を出れば追ってこないって言うなら逃げれば良いだけなんですからね」
「はいはい」
「本当に分かってます? ケイさん」
「分かってるよ」
ケイの表情は相変わらず鋭いままだ。タキタはどう考えても分かっていないと思ったがそれ以上言うのは止めた。その時に止める他ないと思ったのだ。
「そうですか。なら良いです。では、他の打ち合わせも軽くやって寝ますか」
「そうだね。そうしよう」
ケイはさっきまでの激情を鞘に収め仕事の話に戻った。二人は今後の動きや、それに関する諸手続き、問題などを話しそれから寝た。タキタはケイにベッドで寝ることを勧めたがケイは断り、それに関してまた若干悶着した。しかし、すぐにタキタが折れようやく長い一日目は終わりを迎えた。
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