第15話

「うわぁ....すごいです」

 ニールは空挺の窓の向こうに広がる景色を見て言った。そこには眼下に雲、そしてどこまでも広がる大地が在った。平野が広がり、川が流れ、湖が水をたたえている。山脈がそびえ、その向こうには地平線が続いていた。その中にポツリポツリと小さなわだかまりのように都市がある。そしてそれら全てが暮れ始めた日に照らされセピア色になっていた。

「どうですニール君。空艇からの眺めは良いものでしょう」

「はい。綺麗です」

「私も初めて乗った時はニール君のように目を輝かせたもんですよ」

 ケイ、タキタ、ニールはリタの船に乗り順調に空の旅を続けていた。空港を出発して早3時間。ここまで何の障害もなかった。マシンが現れることも無かった。ただ、平穏に航行が続いただけだ。3人はようやく安堵して羽を伸ばしていた。

「子供を乗せるのなんて初めてだよ。こんなに喜んでくれるんなら幼稚園の子供でも団体で乗せようかね」

「さすがにそんなに数は乗らないでしょう」

「はっ。それもそうだね。あんたら乗せたらもう一杯だし」

 空艇は飛行術式を用いて浮遊して航行する乗り物だ。なので、製造するに当たり飛行機などと違って重量や機体の形を意識する必要は無い。リタの船は全長20mほど。機体の3分の2以上を貨物コンテナで占めており、操縦室は小さかった。しかし、小さいと言っても一般家庭の居間ほどの大きさはある。そこに操縦席が二席、その後ろに壁に沿って長椅子が一台。その前面に簡単なキッチンと冷蔵庫があった。ちなみに操縦席の床下にはベッドがありそこで睡眠が取れるようになっていた。幼稚園児の団体が入るには狭いがタキタたちがくつろぐには十分だった。

「ケイはどうなんだい。景色見て『わぁ、綺麗だわ』って言わないのかい」

「おちょくらないでよリタ。もう、いい加減に飽きるほど見てるから。それに疲れてどうにもね」

 ケイは空艇に乗り込んだ途端に長椅子に寝転びまったく動かなくなった。黒翼の制限解除の反動だ。飛行場まではなんとか気を張って保たせていたが、安全になるや全てが一気に押し寄せてきたのだ。

「無理するからですよケイさん」

「無理してなかったら今頃私は死んでるよ」

「まったく。とにかく休んでください」

「はいはい」

 ケイはヒラヒラと手を振る。その手にも力がない。正真正銘ダウンしているのだ。

「ケイ。冷蔵庫に飲み物があるから飲みたきゃ飲みな」

「気遣い悪いねリタ。もうちょっとしたら飲ませてもらうよ」

「なんだい。飲み物取る気力もないのかい。難儀なもんだねあんたの体も」

「まったくだよ。難儀な体さ」

 ケイはうんざりした様子で大きなため息を吐いた。

『それでは次のニュースです。メイフィールドで異常な魔力源が観測されました。魔力源は戦闘用のマリオネットと見られており、連邦警察、および軍は詳しい調査を...』

 運転席のスピーカーから音声が流れる。リタがラジオをいじっているのだ。ラジオは出発からかかっており、リタが度々いじっていた。

「またかかってるね。あんたらが巻き込まれた騒動のニュースが」

「ええ、そうでしょうね」

 リタはタキタから起こった事の内容を聞いていた。もちろん、管理局やマシンの詳しい情報、ニールのことやスミスとの会話には触れず、あくまで仕事中にとんでもないマシンに襲われたという程度のことしか話していない。しかし、リタはなんとなくこれが裏のある話しだと分かったのか深く追求はしなかった。ただ、

「本当に厄介なことに巻き込まれてんだね、アンタ達」

 と言っただけだった。しかし、タキタには実に身に染みる言葉だった。

 そして離陸直後からリタはその騒動について何かニュースになっていないかとチャンネルをいじっていた。結果としてはどのニュース番組でも取り上げられていた。タキタが見ればネットでも各ニュースサイトが取り上げている。どのニュースも口を揃えて『メイフィールドで異常な魔力源を感知。戦闘用のマリオネットと見られます』と報じていた。それ以上詳しいことは言っていなかったが衛星から確認された映像が載っているニュースサイトもあった。

 タキタはケイのそばに寄り声を抑えて言う。

「報道機関の操作は無いんですね」

「あくまで『未確認の戦闘用マリオネット』で押し通すんでしょ。隠したら隠したで確信犯みたいなもんだしね」

「なるほど」

「代わりに情報の操作をするはずだよ。きっといつまで経っても『戦闘用マリオネット』っていう情報以上のものは出ないはずだ」

「ああー。そういう感じですか」

 管理局が直接隠蔽を図れば人々は管理局を疑う。軍や警察、報道機関を制御出来る組織は管理局だけだからだ。マシンが砂漠で暴れた。という情報事態はもうネットを通じて世界規模まで広がってしまっていた。なので、もはやそこを隠すことは出来ない以上管理局は白を切ることにしたのだ。そして、調査などにそれとなく手を加え本当の事実が明るみに出ないようにするというやり方を取ることにしたのだとケイは思っている。

「なんだい。コソコソ話して。なんの話ししてんだい?」

「い、いやいや。リタさんには関係のない話ですよ」

「白々しいねまったく」

 リタは笑う。やはり追求はしない。タキタにはありがたかった。話せばリタまで巻き込んでしまう。

「ニールは窓の外に釘付けだね」

「す、すいません」

 リタがからかうとニールは勢いよく謝る。

「あんまり謝らないほうが良いよ。クセになる。謝ってばっかりだと面倒なヤツが寄ってくるからね」

「は、はい」

 ニールは今度は謝らなかった。リタは少し厳し目の言葉を使うがニールには不思議と嫌な感じはしなかった。リタには底知れない包容力があるようにニールは感じた。

 そして、またニールは窓の外に目を向けた。側にタキタも寄ってきて一緒に窓の外を眺める。

「外の景色に夢中ですね、ニール君」

「はい、全然見飽きないです」

 景色はみるみる変わっていく。今は眼下に巨大な運河、アポロジカ一の水量を誇るジッターバグ河が流れていた。川幅だけで景色の大半を埋め尽くす大きさだ。ニールはこんな大きな河を見るのは初めてだった。

「あ。な、なんですかあれは」

 ニールはふと視界に入ったものを見て驚愕する。

「おや、これは珍しい。ハイランドワイバーンの群れですね。そうか、メイフィールドの中だけだと魔獣なんて見ることもないんですねぇ」

 船の横。やや離れた場所に巨大な翼竜が十数匹、突如群れを成して現れた。大きさはこの船の半分もない。全長にして7mくらいだろうか。しかし、翼が大きくその体を威圧的に見せていた。本来世界には魔獣が存在している。運び屋の起源はそういった魔獣から積荷を守る商売だ。しかし、メイフィールドの都市及び空港あたりまでの範囲は魔獣避けの結界が張ってあり魔獣が寄り付くことはないのだ。なので、メイフィールドに住んでいると世の中に魔獣が居ることを忘れがちになるのだった。

「だ、大丈夫なんですか? 襲われるんじゃ」

「大丈夫ですよニール君。ハイランドワイバーンは比較的希少の穏やかな魔獣です。滅多なことが無い限り空挺に攻撃をしかけることはありません。主食は中型の魔獣ですから人間を襲うこともありませんし」

 魔獣というのは一般的に魔力を用いて何らかの現象を引き起こす生物の事を指す。生物は生物なのだが、そこが牛や鳥など普通の生物との大きな境目だった。

「魔獣しか食べないんですか」

「そうなんですよニール君。ハイランドワイバーンは普通の魔獣より魔力を多く必要とします。彼らは高い山が主な住処なのですが飛行時間が尋常ではないんです。一度飛び立てば数ヶ月間地上に降りずに飛び続けることができます。ワイバーンとしては比較的小型な彼らは天敵から身を守るために飛び続けるように進化したんですね。そして飛び続けるために魔力を体に通して肉体の代謝を上げているんです。肉体強化術式とほぼ同じ原理だそうですね。つまり、彼らは魔術を使いながら飛んでいるので魔力を蓄えた魔獣を食べる必要があるというわけです」

「な、なるほど」

 ニールはタキタの言ったことの半分くらいしか理解出来なかった。タキタはずらずらと述べたウンチクにニールが反応してくれたので上機嫌だ。ニヤニヤ笑っている。タキタは知識をひけらかすのが本当に好きである。

「ちなみに今彼らは子育てを終えて元の住処に渡っているところです。この辺ならロルア山脈でしょうかね。その子育てをするための繁殖地はなんとセルメド大陸の反対側ヤム王国らしいですよ。子育てに適した温暖で安全な場所を選んでいるらしいですね。そのために地球半周分彼らは移動するわけです。それも全然地上に降りることもなく。今彼らはもうすぐ旅を終えるところなのでしょう。ほら、あの少し小さいのは多分今年生まれた子供ですよ」

「ほんとだ」

 ニールはタキタが指さした少し小さいワイバーンを見て言った。どことなく大人のようないかつさがなく丸っこい感じがする。

「すごいですね。地球半周分も飛ぶなんて」

「そうなんですよニール君。魔獣は恐ろしい怪物みたいなイメージを持ちがちですが実際は少し奇妙なだけでちゃんと生物なんです。生態系があり、食物連鎖があり、そして生きている」

「な、なるほど」

 ニールは目を輝かせていた。どうやらニールはこういう話、動物や学問のような話が好きらしい。

「まだまだ、話せることはありますよ。世界最大の生物、空飛ぶ山脈グラナ・バーラエナって知ってます?」

「知ってます。体の大きさが5kmもあってずっと空を飛んでるっていうやつですよね」

「そう、その通りです。あの魔獣は.....」

 タキタのウンチクはとどまるところを知らない。ニールもニールでそれに実に楽しいそうに食いついていくので二人の周りは別世界のようになっていた。リタもケイもついていく気さえ起きない。

「止めなくて良いのケイ。あんたタキタがベラベラしゃべりだすと不機嫌になるでしょ」

「良いよ良いよ。ニールが楽しそうだもん。何よりだよ」

 実際のところ、こんなにはっきりニールが意思を現して会話をしているのはメイフィールドを出てから初めてだった。ケイはようやくニールの気がほぐれてきたのなら何よりだ、と思ったのだ。

「なら良いけど。確かに二人とも楽しそうだし。さて、ここらでワイバーンどもともお別れだ。進路を東に取るよ」

「はいよ」

 リタの言葉に反応したのはケイだけだ。二人は楽しそうにケイとリタには良く分からない会話に花を咲かせている。

 そのまま船は空軍と民間機の航路に沿って東へと進路を変えていく。

 トゥキーナまではあと5時間というところだ。窓の外はもう暗くなり、街に明かりが灯り始めていた。景色は夜の闇に沈みつつあった。

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