第14話

「さて、こっちは首尾よく行ったか」

 スミスは端末を切り言った。スミスが居るのはある部屋の一室だった。メイフィールドではない。遠く離れたサティファスだ。つい2時間前までメイフィールドに居た彼は何千キロと離れたサティファスに居た。

「やれやれ」

 スミスは状況を確認する。イスにもたれ、指を組んで思考した。スミスが考え事をする時にいつも行う姿勢だった。色々なところで動いている仕事。そして相手、『大陸統合管理局』の出方の予想。どうすれば万事上手く運ぶか。これからどう動くか。スミスは考える。そして窓の外に目を向ける。そこには『大陸統合管理局』の総本部があった。そして、スミスはそこに入っていく人影を見る。男だった。なんてことのない普通の男。普通の服装、普通の服、普通の雰囲気。スミスは睨む。そして、その男もふいに顔を上げた。その目は確かにスミスを見ていた。そして男は笑った。そして、次の瞬間には男は消えていた。

「・・・・・」

 スミスは頭を巡らせる。しかし、今見たばかりの男の顔を思い出すことは出来なかった。

 スミスはため息をついた。

「頼んだぜ、ケイ、タキタ。お前らには悪いと思うが、この仕事には世界の命運がかかってんだ」

 スミスは遠い彼方のケイとタキタに言った。そして再び端末を取り出す。そして、また通話を入れた。

「.......。ああ、オドネル。そっちはどうだ。ギルドの動きは.....。そうか、分かった。お前は工作を続けろ。....ああ、分かってる。終わったらとびきりの酒を奢るからよ」

 スミスはニヒルに笑いながら通話を続ける。



「ダメですか? ダメですか? どうしても?」

「ああ、悪いが駄目だタキタ。今日のお前らは乗せられねぇ」

「どうしてもですか? 金なら普段の3倍は払いますよ」

「無理だ。面倒に関わんのはごめんなんだよ」

「ひどいですよ! 私達の付き合いじゃないですか!」

「だから本当に悪いと思ってんだよ。でも、お前らを追ってんのは本物の化物じゃねぇか」

 タキタ、ケイ、ニールは空港の発着場、広い広いコンクリートの大地の上に居た。そこでいつも使っている空艇乗り、エドワルドと交渉しているところだった。しかし、彼は開口一番「お前らは乗せられねぇ」、と言ったのだ。理由は単純だ。空港には砂漠で起こった一大事が知れ渡っていたのだ。巨大な魔力源。音速で疾走するマシン。それがケイたちを追っていたこと。ケイが応戦したこと。そして、空港でタキタが特級の偽物を披露したこと。その全てがあっという間に広まっていたのだ。

「大丈夫ですよエド! あれは空までは来ません!」

「そんな保証がどこにある」

「保証は出来ませんが概ね大丈夫ですよ」

「概ねじゃ困るんだ。1%でも可能性があるんじゃ困るんだよ。こっちは空飛ぶんだ。落ちたら死ぬんだよ。この船には大した武装も乗ってねぇしな。ついでに言えば今日の積み荷は結構な上等の客のもんなんだ。落ちるわけにはいかねぇんだよ」

「そこをなんとかお願いしますよ」

「無理だ。どうせスミスの仕事なんだろ。面倒はごめんだ」

 エドワルドもまた、スミスの厄介に何度か関わるはめになっている一人だった。ケイとタキタを乗せていることでなし崩しに被害に遭っている。

「そんな。エド、あなたが乗せてくれなかったら一体どうすれば良いんですか!」

「どうとでもなるだろう。他のやつに乗せてもらえ。とにかく今日は駄目だ」

「なんて言い草ですか! もう良いですよ! 二度と使いませんからね!」

「いや、済まねぇとは思ってるよ。達者でな」

 タキタは空艇の入り口から降り、コンクリートの地面に降りた。

「ダメだった?」

「ダメですね。聞く耳持たずです。恐ろしい勢いで事の概要が広まってしまっています」

「そうかぁ。じゃあ、他もダメかもね」

「チクショウ! 腹が決まってやる気満々なんですけどねこっちは!」

 3人はその後も知り合いの空艇の元に行き、何度も交渉した。しかし、結果は全てアウトだ。誰一人3人を乗せようとはしなかった。3人が面倒を、それも超弩級のものを抱え込んでいるという情報は行き届いてしまっていた。3人は発着場の一角で途方に暮れた。

「どうしましょうかね。これは困りましたよ。まさかここまで出鼻をくじかれるとは」

「他は誰も居なかったっけ」

「そうですねぇ。あとはオスカーさんとかですかねぇ」

「ああ、『スピードスター』の」

「ええ、『スピードスター』の」

 『スピードスターのオスカー』とは自称だった。オスカーという空艇乗りはとにかく速さにこだわる人物で、度を超えて速さにこだわる人物だった。そのため他の諸々が犠牲になっている空艇乗りだった。有り体に言えば随分評判は悪かった。いや、最悪だった。

「私は最後の手段だと思うよ」

「私も最後の手段だと思います」

「乗りたくないな」

「乗りたくないですねぇ。でも、もう他に乗せてくれる人居ませんよ。あの人はぶっ飛んでるから頼めば引き受けるでしょうし」

「でも、ぶっ飛んでるじゃん。そこが問題ないんだよ」

「ええ、そこが問題ですねぇ。どうしましょうかねぇ」

 タキタは頭を捻る。とにかく、トゥキーナに出発しないことには始まらないのだ。

「街まで戻って大陸横断鉄道に乗るか。あとは、ここの民間機に乗るのも手です」

「あれ、高いじゃん」

「いや、ケイさん。私達2000万もう持ってるんですよ」

「それに、万一あのマシンが襲ってきたらたくさんの人を巻き込むことにもなるよ」

「うーん、確かに。なら、車で行きます? 今までにない移動距離ですけど」

「まぁ、それが無難な気もするけど。でも、4日でオルトガまで行ける?」

「一回も止まらないでかっ飛ばせば着くって感じですかね」

「要するにかなりギリギリってことか」

「どうしても4日じゃないとダメなんですか?」

 そこでニールが口を挟んだ。今更ながらスミスが提示した期日を疑問に思ったのだ。

「無理だろうね。オルトガは渡航を厳しく制限してて許可を下ろした日時以外じゃ入れてくれないんだ。申請にも何ヶ月もかかるし」

 ニールはぽかんとしている。若干言葉が難しく理解しかねるようだった。

「要するに国に入る日にちを厳しく決めてるんだよ。その日って決めてたらその日以外じゃ入れてくれないんだ。4日後なら4日後以外じゃ入れてくれないんだよ。だから、何がなんでもその日まで行かなくちゃならない」

「な、なるほど」

 ニールはようやく納得したようだった。

「うーん、そうなんですよねぇ。どうしましょうかねぇ」

「乗るしか無いのか。『スピードスター』の船に」

「乗るしか無いんですかねぇ」

 二人はものすごく嫌そうだった。その表情だけでオスカーがどれほど悪名高い人物かうかがい知ることが出来た。二人は言いながら中々歩きだそうとしない。何か他に手はないか、ギリギリまで考えている。何か奇跡が起きて誰かが声をかけはしないか、ギリギリまで待っている。

 そして奇跡は起きた。

「タキタ、ケイ。困ってるんだって?」

 二人は顔を輝かせ声の主を見る。

「リタさん! どうしたんですか、まさか.....」

「なんだい。随分期待に満ちた表情じゃないか。お望み通りだよ。あんたらアタシの船に乗りな」

「本当ですか! 本当なんですかリタさん!」

「ああ、本当だよ。トゥキーナだって? 私もそっちに用があるんだ」

 3人の前に現れたのは背の高い、がっしりとした赤髪の女、リタだった。リタもまたケイとタキタの知り合いで何度も二人が世話になっている空挺乗りだった。

「あああああありがとうございます! 非常に助かります!」

「すごい勢いだね。若干引くよ」

「本当に大丈夫なのリタ。噂は聞いてるんでしょ」

「ああ。またとんでもない厄介に関わってるって聞いてるよ。あんたらの周りじゃいっつもなにか起きてるね」

「主にあのおっさんのせいだよ。いつだってあのおっさんのせいだ」

「スミスかい。どうにもならないねまったく」

「とにかくありがとうございます! 本当にありがとうございます! で、どうですか? すぐに出発できそうですか?」

「ああ、もうエンジンはあったまってるよ。すぐにでも飛べる」

「素晴らしい! すぐ行きましょう、今すぐ行きましょう!」

「はいはい、じゃあさっさとしようかね」

「恩に着るよリタ」

「気にすんなよケイ。何度か助けてもらってるしさ。その御礼ってことで」

 そう言ってリタはニカっと笑った。気分の良い笑顔だ。

「悪いね本当に」

「良いから。で? その子が今回の『積荷』ってわけ」

 リタはニールを見る。ニールは初めての相手に人見知りで固まってしまった。

「ニール。この人はリタ。何度も世話になってる空艇乗りだよ」

「そうか、君はニールって言うのか。よろしく」

 リタはまたにっこり笑った。

「よ、よろしくお願いします」

 ニールはお辞儀をした。

「うん、いい子じゃないか」

「そうだね。良いやつだよニールは」

「あ、ありがとうございます」

 ニールはまたお辞儀をした。

「ははっ。そんな何度も頭下げなくても良いよ。なら、行こうか」

「ええ! いざ出発です!」

 4人は順番にリタの空艇に向かって歩き出す。タキタがノリノリで先導し、ケイとニールが続きリタが笑いながら最後尾。タキタは高揚感に満ちており、ケイはようやく船に乗れると安堵しており、ニールは初めての空艇にカチコチだった。



 そして、リタはじっとニールを見ていた。その目はケイとタキタの知る空艇乗りの目ではなかった。

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