第44話 ゼレファンダーの狙い 3



―――三週間前

【スゴ・クメーワク秘密基地内 某所】



ゾウ型魔怪人は机に置かれた紙束から視線を外すと、同机上の水晶から映像を投影した。

下級魔怪人の視点からの記憶映像。

鳴るのは敵味方入り混じる、戦闘の音。

それに時折混じる魔怪人の悲鳴。

ゼレファンダーが知る、その魔法少女の記録。

交戦した魔怪人からの報告。


―――その魔法戦杖マジカルステッキが発動すると、魔法少女は目にも見えない速さで動き、とても捉えることが出来ない。

高速での移動。

それが、イエロー/ホワイトの魔法少女の能力。


ヨンガニルの隊から本部に送られてきたのは、そんな情報だった。

なお映像の方についてはまるで敵の姿を追えていない、光の瞬きが多く、景色がぶつ切りになる。

数秒の間、下級魔怪人が倒れる音が聞こえ、重なり倒れる鈍い声、やがて振動と共に映像が途切れた。

情報としては使えそうもなかった。



「高速での移動」



それだけを呟き、彼の目は『次』に移った。

魔法少女は一人だけでない、絶大な戦闘力を持つだけでなく、個体によって能力性質がまるで違う。

しかも春先は魔法少女が多かったが、魔法少年までも現れ始めた。

神出鬼没にして圧倒的な戦闘力を持つ軍勢に、彼だけでなく組織全体が苦戦を強いられていた。


ただ速いだけ。

敵軍の中の、そんな一体だけに対策を練り続ける時間はなかった。


たとえ魔法少女一体を対策しても、敵は確認されている時点で二十八種類の個体がいるという事実。

相性の悪い相手が来たら終わりである、そう考えてしまう。


「まーたそんなもん見てんのか、おまえ」


ジョウゾが部屋の入り口に立っていた。


「そんなもんいくら見ても、実戦は別モンだぞ」


「……だとしても、これは俺が勝手にやる、やってることだ」


組織の中には正面からぶつかっていく、直球勝負な者も多い。

魔怪人達は皆、個性がバラバラ、それぞれ能力があるので、それで勝機があると考えている。

考えようとしている。

それでも人間を恐怖で震え上がらせることは出来た―――魔法少女が現れる前までは。


外見個性豊かな魔怪人達は色んな意見を言う。

やれ敵と戦ってしまえば細かい事前情報など無駄だ、

慎重になるのは魔法少女に恐怖している証拠だ、

中には敵の弱点をわざわざ探すのは卑怯だと声を張る者もいた。


どうも個性豊かというか、感情的な意見が目立つが、それらは生まれつきだ。

魔怪人は人間の恐怖エネルギーを欲し、そしてそれがないと生きられない。

精神生命体の側面が強い。


俺は愚かな先人たちを思わないようにしつつ。

魔法少女との戦いに備え、日頃から集積データに目を通していた。


慎重でもあり、臆病でもある。

だからこそ通常の魔怪人のように自分の技の鍛錬をするよりも、対策をして勝機を手繰り寄せる。

豊富とはいえない戦闘データを、無駄にしない。

なお、その魔法少女と戦ったヨンガニルの隊だが、情報を送ったその日のうちに全滅している。





――――――





「あれぇ、トリさんじゃあないんだー」


ジャングル内で突然聞こえたその声。

ハイエナ型魔怪人、ジョウゾは身構えた。


やたらと華美な衣装、十代前半の少女の声色。

その手に握られた、宝石が埋め込まれた可愛らしいステッキ。

それらすべては魔怪人にとって、絶大な魔法戦力との対峙を意味する。


「魔法少女……!別の奴か!」


見つかってしまった。

ついに見つかってしまったか。

時間の問題であった。

逃げるスピードを落とさず、なおかつ静かには出来ないものだ。

バルルーンの手がかりは、いまだない。

くそ、なんとかこいつから逃げ切って、それが出来たらもう、島からの脱出を考えよう。

捜索が困難過ぎる。


「ひかり、ずっとトリっぽい人を追いかけていたつもりなのになあ」


ジャングルの茂みを圧しつつ、歩み寄る少女。

両耳の高さで左右の髪を結んでいる、あどけない顔立ちをした魔法少女だった。

イエローと白を基調とした魔法装衣マジカルドレスだ。

と、いってもそれに近いカラーリングが何人か存在する。

数が多い以上、色合いが似通っている者もいる。

もっとも、個体ごとに能力はまるで違うのだが。


ジョウゾは、息を整える。

敵との遭遇。

先ほど魔怪人討伐数81の魔法少女、暖簾紅葉のれんもみじとの交戦から、何とか逃げおおせた彼ではあるが、未だ争いの渦中。

また別の魔法戦杖マジカルステッキが想定される。

なんとしても攻撃を回避しなければ。


攻撃は、まだ受けるとは限らない。

会話をつなげる―――何しろその時間が自分の寿命の残り時間如何に直結する。



奴は何と言った―――?

トリがどうとか。

トリというのは奴らにとってが、誰に当たるか。


「魔法少女、お前……トリ野郎を知っているか?バルルーンを見かけたんならとっとと場所を教えてくれよ。俺はそいつを引っ張って帰る。あとはいい」


場合によっては、戦闘にならない可能性がある。

この島で自分は、まだ何もしていない。

悪事を。

人間が考えるような悪事は、今回の命令には含まれていない。


赤色の魔法少女に追っかけられていただけだ。

今回の奴が好戦的でないのならば、少なくとも全力で自分を攻撃はしないのではないか。

それに賭けるしか。

今のところ、攻撃を仕掛けてくる気配はない。

表情は薄い笑みと言ったところだ。


首をかしげるツインテールの少女。

バルルーンの居場所を知らない俺に疑問を持ったようだ。


と、同時に目の赤い線が緩く残像を描いた。

なんだ?

さっきから―――やはりこの魔法少女、目が赤く発光している?

これはなんだ……何か意味があるのか?

ジョウゾはまず、魔法少女の能力によるものを疑った。

彼は常に敵行動を警戒していたが、これは見当外れに終わる。



「ここで、何をしているの、あなたは」


「……今は人間を襲う気はねえ」


言っても信じてくれるかはわからないが。


「トリ野郎が日本以外で出しゃばったから、連れ戻すだけだ」


情報を引き出すことは、正解だろうか。

炎を纏った魔法少女の時の例があり、あれは失敗。

あまり期待はできない手だが、あの時のように逃走の糸口を探すしかない。


「なあ、お前が探してるのはバルルーンっていうヤツだ、やたらとやかましいトリ野郎だよ……だがそれは俺も探している最中で……」


会話を続け、隙を見て逃走を準備していたジョウゾだった。

だが同組織の味方の合図―――このゼレファンダーの存在に気付く。


魔法少女の背後、十メートルといったところか。

茂みから頭部の身を出していた。

あいつ、こんなところにいたのか。

上陸地点からほとんど動いていないじゃあないか

相変わらず億劫なやつだぜ

いやそれより

平静を保つ。

この状況、変化を見込める。



ゾウ型魔怪人は無表情だ。

魔法少女は俺の目を見ている。

少女は俺を見つめつつ、魔法戦杖マジカルステッキをゆっくりと掲げる。

敵に対してこれ以上会話を続けても無意味だと、考えたか?

俺を見て。

俺だけを、俺だけしか―――いないと思っているのか、今?



ゼレファンダーがその長大な鼻部を振り上げる。

あいつ―――る気だ!

だが、大丈夫なのか!?


―――



一撃で仕留めたい。

最初に仕留めることが出来なかったらもうそのあとは絶大な魔法戦力と正面衝突。

初撃さえ当てれば、仕留めることが出来ないまでも、絶対に有利にことを運べる。

大丈夫だ、敵は今、完全にジョウゾを見ている。

―――絶大な戦闘力を誇る魔法少女ではあるが、それに対する必勝法は存在する。


恐怖を感じろ、魔法少女。

お前には攻撃するという選択も与えない。

与えてたまるか。

容赦はない。

確実に倒さなければ。




「魔法少女に対する必勝法……それは……」



魔法戦杖マジカルステッキ発動―――こと……!


「ああもう、面倒臭いなあ」


敵が魔法戦杖マジカルステッキを振った。

ジョウゾの表情が引き攣る様子が見えた。


ここだ!

太い歯を食いしばり、魔力を凝縮する。

相手の弱点を狙い撃つ。

それは実にシンプルな作戦だった。

生き物の中には水を噴射し威嚇する水棲生物や、毒牙から毒液を飛ばせるヘビなどが存在する。

ゼレファンダーはそれに近い。

魔力により水を高圧で凝縮できる。

魔力に圧縮された水球は一般的な生物界とはわけが違う。

大砲兵器と何ら遜色ない威力。


―――『魔剛水弾』!


紫水色の砲弾が空気を裂いて飛んでいく。


魔法戦木マジカルステ――― 」


ご、と音を立て。

小柄な少女は脇腹の後ろにボウリングの玉程度のサイズの直撃を受けた。

紙屑のように吹っ飛んだ魔法少女が、地に二、三度擦り、草むらを千切り、転がっていく。

まともな人間だったなら、重症は免れない衝撃だ。


倒した。

少なくとも大ダメージを与えた。

途端、自分がひどく卑怯だという気持ちが沸いた。

敵に対してではない。

今まで死んだ味方に対して。

魔怪人、自分の先達の多くは、魔法少女に正面から愚直に立ち向かい、そして圧倒的な戦闘力を前に散っていった。


「ジョウゾ!やったぞ! そのままそいつを!」


俺は隠れていた茂みから全身を出す、走り出す。

魔法少女は地面に突っ伏し、しかし握った魔法戦杖マジカルステッキだけがまだ光を漏らしていた。

光の奔流、その残滓だ、ただの残り。

使用者本人が気絶していれば意味はないはずだ。

一際輝いた、その光はジャングルを照らす。


「ぐうっ―――」


眩しさに目を細めつつも、この機を逃す手はない。

前進して、転がった奴の地点に少しでも近づく。

直後に一転、目の前が暗くなったような印象を受けた。


「また違うヒトだね」


耳の後ろで囁きが聞こえた。

視線の先を今一度見てみれば、あの体勢を崩した魔法少女はどこにもいなかった。

―――何かの間違いだ。

俺は愚直に先程までいたはずの場所を見つめ続ける。

奴はうつぶせに転がっていたはずだ。

体勢だって、悪かった。

奴は俺の首の後ろで、呟く。


、トリさんじゃあない、また……おかしいね」


消えた、と見紛うほどの一瞬。

まわりこまれた。

高速の―――移動。

これが。


いやしかし、どんな移動だ?

どうやって。

なんだ。

どこを、どう通ってきた?


「じゃあ何人で来てるの?」


一瞬で後ろに……?

まわりこまれた。


「ひかり、知らなかったよ――――日本以外にもいるんだね。世界中?やっぱり世界征服とか、企んじゃうのかな、魔怪人さんって」


ゼレファンダーの背後を取ったのは出席番号十五番、———天世あませひかり。

魔怪人討伐数は92。

戦闘開始である。


ゼレファンダーは敵に背後を取られた。

敵に背後を取られたし、どのように取られたかが見えなかった。


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