第42話 ゼレファンダーの狙い


 魔法少年同士の争いも止まない、修学旅行の二日目。

 島の北部。

 ゼレファンダーは迷っていた。

 道には迷わないが、これからの行動について迷った。

 長い鼻を揺らして、野太い声で唸る。


「ううむ、思ったよりもはやく遭遇してしまったな」


 ジャングル内、木の影や茂みをいくつか跨いだ先に、敵が歩いている、

 視線の先、顔は判別できない距離だが、上半身が白、イエローのスカートを揺らしている、あれは―――魔法少女。



 熱帯ジャングルにおいて、なかなかに目立つカラーリングである。

 もっとも、連中はほぼ全員そういった、鮮やかな色の魔法防具を身に着けている。

 戦闘においては防御力、耐久性が高く、非常に厄介な性能である。

 隠密性など考慮していないであろう華美なデザインなのが、こちらとしては憎たらしい。



 敵は自分に気付いていない。

 ほぼ背を向けて、別の方向へ歩いて行く。

 事前の報告から、バルルーンが敵と遭遇したことは念頭にあった。

 大量の、部隊とも言うべき魔法少女魔法少年と遭遇したのは知っていた。



 だが、今の自分が遭遇するとは。

 魔法少女がこの島でうようよしているとするならば、これから先はかなり困難になる。

 飛行機上での遭遇からおおよそ二十四時間経っているというのに、自分たちにとって不利な条件がそのまま続いている。

 味方を捜索して上陸地点に戻り、舟で脱出するだけの簡単な任務。

 そうなる見込みはあったのだが……。



 視線を落とし、手元を見る。

 そこには簡易のレーダーがあった。

 魔怪人組織から出撃の際、持ってきたものの一つだ。

 平常時ならば使う機会がないものだ。

 だが島の様子がただならない以上、何らかの対策は必須だった。



 スイッチを押すと一定周期で微弱な魔力が発せられ、付近に広がる。

 魔力波の反射で、魔力を持った存在の位置がつかめる。

 レーダーの画面には光点が二つ。

 魔力源が二カ所……自分と、あの魔法少女。

 この辺りに、他の敵はいないということだ。



 敵は他にいない。

 囲まれているという最悪な事態は無さそうだ。

 だが自分がそうであっても、まだわからない。

 他がわからない。

 自分が敵と遭遇したということは、あとの二人の魔怪人にも……ガーナフやジョウゾも今現在、苦労している可能性がある。

 もともと初めて訪れる島、その捜索は難航しそうだ。

 ジャングルを徘徊している個体が、あの魔法少女一体だけであることを願う。



 その魔法少女の能力について、おおよその検討はついていた。

 上半身が白、イエローのスカート。

 その条件からデータを辿ればよい。

 魔怪人の組織にも収集されたデータというものは存在する。

 隊長格が交戦中、黒く個性薄な容姿をした下級魔怪人が、本部に送った戦闘データ。

 魔法少女、魔法少年の固有魔法の性質は知られることとなった。



 厄介な相手なら、このまま見過ごしてバルルーンを優先させる手もある。

 それこそが任務としては正解であることがわかる。

 ああ、あいつらは見つけただろうか、もしくはバルルーンが自力で結界を脱出、転送ゲートの仕様ができる地点に移動したか。

 巨象型魔怪人である自分は、三人の中で最も大柄で、しかしスピードはない。

 だから他の二人と違い、島の北部からほぼ動いていない。



 無暗に走って探し回るのは性に合わなかった。

 島の状況がわからないうちに、奥まで走っていく気にもなれない。

 危険があるかもしれないのに―――この赤い島はなんなのだ。

 結界。

 現時点で目に入るものでは、島を覆う結界のような魔法陣以外、異常はないように見えるが、情報はないに等しい。

 自分はどっしり構えて、バルルーンが来るのを待つ。

 仮に、走った上にすれ違ってしまったら最悪だ、目も当てられない。



 兎に角、いまは魔法少女だ。

 敵だ。

 距離を置いて、魔法少女を追いかける形になる。

 ひとまずこれで良い。

 魔法少女側の行動を見るのも良いか。

 場合によっては奴らの作戦を知ることが出来る。

 そう考えていた。

 だが簡易レーダーに影が映る。



「これは……敵か?」



 それを目視した。

 それはハイエナ型のジョウゾ。

 山道を、奴が走って戻ってくる。

 同じ組織の仲間だ、レーダーの光点の動きだけですぐにわかったのはそのためだ。

 なんてことだ―――俺は冷や汗をかいた。

 真っすぐ帰ってくる、ずいぶん急いでだ―――これでは敵とばったり会ってしまう。

 なんて時に来てくれたんだ。



 どうする。

 攻撃は出来る。

 水辺で給水してきた。

 俺の鼻の先端から水弾を飛ばして攻撃することは可能。

 今なら最大出力で攻撃できる。

 大砲とも言うべき水の攻撃。

 もしも直撃すれば優位―――やるしかないか。

 敵は一体だ―――これは、決して悪い状況ではない。



 立ち上がるゼレファンダー。

 移動して、襲撃できる態勢に移行する。

 その魔法少女の瞳が、赤く光っているように見えるのは気のせいだろうか。

 あれは見間違いなのか……?

 いや、時間がない、些事は放っておこう。



「どこかで戦うはずだった、やるしかない」



 魔怪人の多くは……中には隊長格も、魔法少女との壮絶な戦闘の末に散っていった。

 苦戦を強いられるだろう。

 ゼレファンダーはそれでも、どこかに食らいつく気概を持っていた。

 食らいつく、いや―――仕留める。

 魔法少女に対する戦闘法は、日々練られている。



 ゼレファンダーは慎重な魔怪人だ。

 正面から戦いを挑むことは避けている。

 そうであると同時に、逃走だけを選ぶ魔怪人ではない。


「絶大な戦闘力を誇る魔法少女だが……奴らに対する必勝法は、存在する……!」





 ―――





 スゴ・クメーワクの秘密基地の内部、深部の大広間にブレイズンはいた。

 壁に背を預け、毛深い両腕を組んでいる。

 視線の先は部屋の中央。

 白く発光する球体、黒い電流が細々と見え隠れする。


 ブレイズンは嘆息した。

 この部屋にあるこの球体は、魔怪人の要とも言うべき存在である。

 精神エネルギー、その中でも恐怖を糧とする。

 貯蔵庫のような役割を担う。

 スゴ・クメーワクの魔怪人は精神エネルギーに強く影響を受け、人間の恐怖を得るために日本侵略を開始したのだ。


「恐怖エネルギーが……白いな」


 恐怖エネルギーは通常、黒で表現される。

 だが現在、この球体はほぼ白色。

 それはつまり、人間たちから吸収した恐怖エネルギーが圧倒的に足りていないことが原因だ。

 本来ならばもっと美しく誇り高い黒球になり、それを眺める幹部の顔色も邪悪な笑みに染まるはずだった。

 それがなぜ、こんなことに……そんな思いはぬぐえない。



「ああ、ここにいたのかい」



 呼びかけられ振り返ると、見慣れない顔があった。

 ゆったりとした外套を身に纏ったカメ型魔怪人の研究開発者が背後に立っていた。

 疑問しかない。

 戦闘員でも何でもない、この男と自分は今まで接点がなかったはずだ。



「ダールドだ。キミと話すのは初めてだったかもしれないね―――ブレイズンくん」


「……何か用件でも?俺は研究開発部に近付いたことは、さて……なかったと思うがな」


 ゆっくりと近づいてくる。

 その歩き方からしても、やや頼りなく戦闘向きな魔怪人ではないことが伝わる。

 彼らの生態、管轄に関しては、よくわからないというのが正直なところである。

 いつの間にか警戒の念が沸いていた。

 彼は笑みを浮かべた。


「確かにその通り……だが、バルルーンくんを知っているかね」


 知った名を出した。

 あいつ絡みか。


「彼のことで少し話があるんだがね……まだ調査結果の中間報告しか出せないが、彼、生きているかもしれないよ」

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