第40話 山城嵐と南郷クリストファー 2


とても気分がいい。

出席番号十三番、山城嵐の視界は赤かった。

ショートカットの髪、その幼さの残る双眸を、今は朱に染めている。


彼はもう一度、視界を見下ろす。

もっとも、肉眼で見ているのではなくを通した映像ではあったが。

両腕で操縦桿を握りつつ、自然と笑みが出る。


暴れればいいんだ。

それでいい―――最初からこうすればよかった―――なんだか知らないが、赤い魔法陣に触れた時からいい気分だぜ。


南郷の奴め―――魔法陣が罠だなんてとんでもない。

いつもと違う。

高揚感、心の昂ぶり。

この慣れない土地に来ていつもと違う体調がカラッと回復した気分だぜ。

心の加速装置でしかない。


視界が紅くなったのがやや目障りだが、それは空の魔法陣がある時からそうだった。

赤い視界のせいで、そして木々のせいで視界は悪い。

赤い木々。

それをいくらか、歩行によって薙ぎ倒した。

奴が逃げるのが悪いんだ。


だがようやくだ―――これで逃げ回っていた奴を捉えた。

南郷、お前、逃げ回っていることだけか?

お前にできることは。


「ここだな?ここだ―――動くなよ」



今は俺の魔法戦杖マジカルステッキ『厳塞要徼』バンガードフォートレスの拳の下にいる。

操縦桿から遺物の感触が確かに感じられる。

この感触は地面じゃあない。

奴が、あの斧で受けているんだ。


受けているはずだが―――眼前に広がる画面モニターには、鉄腕と熱帯の木々が広がっていて見えない。

見えないが、なあに、些細な問題のはずだ。


「逃げんなよ―――もう逃げるなよ。どうせ戦う。戦わなきゃあならないし―――そうだったはずだ、今まで。その経験はあるはずだ。魔法少年なら」


この鉄腕を受けている、魔法少年なら。

普通の人間じゃあできない芸当をできているお前なら。

俺は耳を澄ます。

何も聞こえない。

………死んだ?

いや、そんなはずはない。

果たして、奴の声が聞こえてきた。


『そうじゃあ―――ねえだろ山城、爆笑だぜ。何やってんだ』


くぐもった声をマイクが拾った。

はっきりとした声ではない―――鉄拳を持ち上げながらの発言だ。


『爆笑もんだろ―――これ―――魔怪人が見たら、なあ。笑うに決まってる。何で戦ってんだよ』


「………」


南郷は戦いに関して消極的なようだ。

おいおい、魔法少年がそんなことでどうする―――。

拳に力を入れるべく、右操縦桿を操作、押し込んだ。

相手は沈まない。

大地に、押し込めない。

硬い。


こいつも―――南郷も魔法戦杖マジカルステッキを使う。

通常の物理法則で考えれば、とっくにお陀仏だ。

だが、それで受け止めている。

簡単に鉄拳でつぶせる相手じゃない。

戦って簡単に勝てる相手かどうか、未知だ。

未知だから―――だからこそ戦う。


………そうだ、戦えばいいんだ。

赤い魔法陣は俺の心を解放してくれた。

そもそもが、我慢ならない。

この暑いジャングルを一日中歩いて魔怪人を探すっていう方がおかしかったんだ。

そうだ、そうに決まっている。


いい加減うんざりしていたんだ。

もっとスマートっつーか………スカッと簡単に解決できる方法があるはずだったんだ。

戦えばいい、敵を倒せばいい。

自分の魔法戦杖マジカルステッキなら、もっと早く、奴らを見つけられる。

こっちが目立てば向こうから出てきてくれる。

たとえ理由などなくとも、とにかく自分の力を振るいたい。

魔法少年が魔法戦杖マジカルステッキを使って何がおかしいか。


相手が何であれ。

それがたとえ南郷、クラスメイトであっても―――!


しかしなかなか潰れないな。

画面に映る鉄の巨碗が動かされている、振動している。

俺の意図とは違う動きだった。

この腕の駆動に逆らうものの、動き。


「こいつ………?」


まだ持ち上げていやがる。

持ち上げ続けていやがる。

109の魔怪人討伐を成し遂げたこの魔法戦杖マジカルステッキを。


開放状態のこの姿を目にして逃げていった魔怪人を含めれば、その数はさらに多い。

そうさ、この俺の魔法戦杖マジカルステッキこそが最強なんだ、最強に決まっている。


もう一度腕を振り上げ、同じ地点に振り下ろす―――!


『俺の魔法戦杖マジカルステッキに対抗しようっていうのなら―――』




『破壊………!破壊だァァアア!』


わかりやすく暴走状態な台詞を吐いている。

再びの鉄拳。

戦斧で受けるが、魔法装甲マジカルメイルの悲鳴が聞こえるようだ―――耐久力がごっそりと減った。

衝撃を受け止めることは出来たが、マズいな―――環境破壊を食い止めようと正義の心を発揮したんだが、良い手ではない。

既にけっこうな数の木が薙ぎ倒されている。


これでは防戦一方だ。

見下ろされる位置にいる。

位置が悪い、マウントポジションをさらに悪化したかの、ような。

防戦も、防戦すらも。

これでは続けることが出来ない―――か?



『厳塞要徼』バンガードフォートレスっていうのか。

奴はそう言った―――それがどうやら、この憎たらしい魔法少年の能力らしい。

こんな馬鹿でも厄介といえば厄介だ。

防具とは違う。

魔法装甲マジカルメイルを巨大化した―――ではなく、これはあくまで魔法戦杖マジカルステッキが解放した状態だということらしい。

正気かよ。

俺のと全然違うじゃねえか。

身長よりも長い戦斧を使っている俺も大概だが、馬鹿げている。

こうなれば俺も使えるものを全部使ってこいつを止めるしかなくなるな………。


ギリギリと、金属同士の擦れ合う音が響いている。

これは何だ―――どこの音だ、上だから肘のあたりか?


この巨大ロボットの内部に、奴はいるのだと思う―――推測できる。

だがどうする。

この相手に対してどうする。

高いところに駆け上がるという戦い方は不慣れだ。

そもそも―――。


「おかしい。なんか、なんか山城こいつ、勘違いしてる」


悪態をつきながらもこの馬鹿げた鉄拳を持ち上げる作業を続ける。

魔法少年になってからというものの、魔怪人と激闘を繰り広げたし、常識はずれなことも慣れたつもりだったけれど―――。


「なんか勘違いしてやがる―――魔法戦杖マジカルステッキ? この巨大ロボットが?」


これのどこに。


「これのどこに、マジカルな要素があるっていうんだ………!」


ただの機械、機械だけじゃねえか。

魔法使えよ。

操られるとかどうとか以前に、お前のバカさ加減にはなんていうかもう、頭がおかしくなりそうだぜ。

馬鹿正直に受け止めてしまったが、これをどうすればいい。

何もかもが滅茶苦茶で腹立たしい。



「―――いや、そうではないよ」


その声は山城嵐のものよりやや高い。

背後から、聞こえた。


「ちょっと確認したけれど、それは確かに魔法戦杖マジカルステッキなんだ。どうやら同じ魔法少年でも特性はまるで違うようだね」


立っていたのは眼鏡をかけた魔法少年だった。

緑と紫を混ぜた紋様のような姿。

なんとも奇妙な魔法装甲マジカルメイルだ。


荒多あらた!」


出席番号一番、荒多毅あらたつよし

彼は俺の方を見ていたが、すぐに視線を落とし手元を睨んで難しい顔をしていた。

まあもともと、そういう表情が多い奴ではあった。

手元に何か、白く光る四角形がある。


「その巨大ロボットは電力で動いているわけではない。水力でも太陽光でも波動エネルギーでもないようだね。僕たちの魔法装甲マジカルメイルと同じ動力を用いている。―――すなわち、マジカルパワーさ」


そうして見上げる。

目標をじっくり見定めている。


「これは………」


「荒多お前、なんでここに!」


「ちょっと待ってくれ、今どうするか考えているから。いやあ、すごいねー南郷」


『まだ潰れねえかあァア!』


「うっわ、え―――まさか山城?山城くんが?この声って、だって、そうだよね?」


「なんでここにって聞いてるんだよ!」


「そりゃ来るよ、ここに来るさ。あまりにもうるさいから様子を見に来たんだ」


「ぎぃ………っ、み、見に来ただけかよ!?」


「見に来ている。見てどうしようか考えてる―――いやあ、悪い悪い。色々びっくりしちゃってさ………いやはや」



そりゃあびっくりするだろう。

好きなだけびっくりしてくれよ。

奴も奴で、冷や汗かきながら言っているようだ。

だがどことなく半笑いな表情に見えてしまう。

勘違いだろうか―――俺があまりにも追い詰められているから心境的にそう見えているだけかもしれないが。

状況が状況だからどんな表情をすればいいかわからないのか?


息を切らせながらの会話をしている間にも、鉄碗の力量は別に、落ちていない。

魔法少年状態だからぎりぎり耐えられるが、車を背負いながら会話してるようなもんだ。

ああ、踏みしめた土が捲れている。

足が地面にめり込むかのような、圧力だ―――この状況。

いや、ならばもう、


「そうだそうだ。本当は伝言をもらったから来たんだけど」


伝言?こんな時に何を言ってるんだ。

まあお前の手なんて借りねーがな。


「途中で永嶋に会ったんだよ。クラス全員に伝えて欲しいって、会えたら伝えて欲しいって」


「ああん?永嶋ァ?なんて?」


そういえばあいつも魔法装甲マジカルメイルを着こんでいる同類だったな。

が、しかし―――こんな時に伝言ゲームなんてやっても何も出ないぞ。


「ええと……『島に赤い魔法陣があって、それに触ったらいけない。洗脳を受けてしまって凶暴化する』とかなんとか………」


「……」


「一応会えたら言っておく、って永嶋には答えたんだけど……」


その時、鉄碗の力が強まった。


「……南郷!」


「くっそぉ!オイ荒多はやくなんとかし―――いや!いい!やっぱいい!」


急に片方の手の平を荒多毅に向け、制した。

その直後、彼の姿は鉄腕に押しつぶされ、見えなくなった。

鉄が大地に衝突する音だけが、ジャングル一体に響いた。


「……おっ、」


おい南郷……ウソだろ?

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