第39話 山城嵐と南郷クリストファー

光沢ある鉄の塊は振り下ろされる。

それは何度も、俺の身体を擦め、大地に衝突した。

衝突し、足場を揺らした。

普通に走るということがこんなに難しくなるものなのか、大地が、意図せず揺れると。

これは、揺れないように調しなければならないな。


避け続けた。

大した質量だが、連射と言うほどではない。

一度に二本以上落ちてきたらマズいのだが、そうはならなかった。


ただ逃げているだけという行動。

そんな自分に苛立ちは募った。

それでも時間が経てば、苛立ちと、もう一つ感情が沸いた。

わずかな安堵。

安心。



逃げ続け、避け続けている間に、わかったことがある。

最初に山城やましろのこれは、鉄を操る能力なのかと思った。

鉄の塊を雨のように、もしくはひょうのように降らせる能力なのかと。

危険とかいうレベルじゃあないな、そうだったら。


そもそも俺は、俺の魔法戦杖マジカルステッキしか使ったことがないから、別の何かがあるっていう事実を知らなかった。

初めて知ったぜ。

かなり違うんだな。

完全には把握できていない。


大地と木々が揺れる。

マズいな、戦闘のことだけを考えなければ―――。

ともかく、やたらと鉄を降らせる能力とは違う。


飛びのいて、またその鉄塊を避ける。

土くれだらけになってきたそれを、避けた。


直後、また大地が衝突で揺れる。

木々の葉が爆発的に散らばっている―――まるで花火だ。。

枝に停まっている小鳥は、とうの昔にすべて飛び立った。

鉄塊は俺を仕留めそこなって、その後持ち上がって、空に向かって帰っていく。

返っていく。


戻している。

地面に衝突した後、奴は鉄塊を上に戻している。

それの繰り返し。

まるで武器のように、手放さない。

巨人の槌。


俺が戦斧を振るい戦っているのだとすれば、奴のこれはハンマーだ。

巨人の、槌のようなそれ。

最大で二つ。

二つあって、それが交互に振り下ろされている。


能力の正体、活路のようなものが、見えている。

奴の攻撃は無限に見えたが、そうではなかった。

敵に背を向け続けた甲斐があったというものだ―――。

弱点は見つからない。

まだ見つからない、だが、時期にわかるのではないか。


俺は足を止める。

斧の先の、三日月形の刃を地面に突き立てた。

斧を地面に突き立てる。

柄の部分が、垂直に天に向かうように。


木の葉ががさりと一斉に揺れた。

揺れたというか、吹き飛んだ。

まただ―――ハンマーが来た。


絶大な破壊力、粉砕力を伴ったそれを、見据えて柄を微調整する。

衝突時、手首に振動が伝わった。

俺の斧で受け止めることが---出来た。


『お―――おおッ!?』


やっと落ち着いてその金属を見ることが出来る。

不定形じゃあない。

単なる金属片ではなく、そこには細工が感じられた。

何らかの加工をされたような、生産されたような直線のライン。

空が紅いからわかりにくいが、黒く鈍く光る、鉄。

鉄塊は、三本の直線ラインで分けられていた。


「ぬう―――うっ!」


受け止めた意味?

そりゃあ、よけ続けるのが得策だった。

避けていたし、避けることが可能だった。

だが―――破壊が進めばこの島の自然はどうなる。

難しいことなのはわかるが、止めるしかなかった。

こいつは俺が止める。


それから、拡声器を通した声が降ってくる。


『そこかぁ―――ああ―――やっとだぜ、捕まえた!』


「山城!見えていないんならもう一度言うが、俺は敵じゃあないぞ!ふざけんなよ!」



――――


地下洞窟内部。

天井からパラパラと、岩片が降ってくる。

大地を揺るがす振動の所為だ。


何をやっているのだろうね。

私の島で。

客人が思ったよりも騒がしい。

遥か昔、魔術によって掘り広げた地下洞窟。

そこで黒い衣服の少女は、磨かれた壁面の画面を拡大する。


「―――これは驚きだね」


島を監視できる立場にいる彼女。

ジャングルにそれを見て、流石に驚いた黒の少女。



―――


小高い丘にいた魔法少女の一人、暖簾紅葉。

魔怪人を取り逃がした彼女ではあるが、この島の捜索をやめてはいなかった。

故に、島に起きている異変には過敏である。

彼女もまた、遠目からそれを視認していたのだ。

ジャングルの上に突き出ている、塔のようなものがある。


「あれは―――どういう―――?さっきの魔怪人とは全くの別物だけど」


あまりの事態に立ち尽くすしかない。


―――



俺は両腕でそのハンマーのようなものを跳ね上げる。

魔法少年の身体能力でもってして、持ち上げた。


『そこか、そこにいるんだな!』


上から声が降ってくる。

ようやく捕まえた歓喜が、聞こえる。

ひゃはは、と笑っている。

俺は両手で、ウエイトリフティングの要領で、空に向かって持ち上げる―――!



逃げまくると―――ジャングルにどこまでも被害が広がる。

いい加減、止めなければならない。

どこかで食い止めなければならない。

俺はハンマーのようなものを持ち上げるが視線まで真上を見ているわけではなかった。

側面。



見れば横にも二本、車ぐらいの金属が突き刺さって、上に伸びている。

伸びているのが見える。

鉄が木々の上にまで伸びて、長いな―――あれじゃあ車じゃあなくてトラックだ。

高速道路の橋から落ちて運転席から地面につっこんだような、鉄の―――。

その二本の棒が、動く。

いや―――曲がる。


俺はぞっとした。

動きが、見覚えのあるものだったのだ。

見覚えがあるどころじゃない。

人間に似ている。

人間の体―――ヒトの脚が、しゃがむ際などに関節を曲げる動き。

既視感。

二本のトラックのような鉄―――じゃあない。

あれは脚だ。

姿勢を変えたのだ。

冷や汗をにじませた俺。


『てめえ、なかなか潰れねえな』


俺は今度真上を剥き、今持ち上げているそれを見る。

俺は前にある、それを改めてみる。

三本のライン。

三本のラインが刻まれた鉄のハンマー。


『やっとパンチが当たったのによォ!』



―――



俺は逃げまわっていた南郷を捕まえた、捉えた。

なんだか知らないがひたすらに戦いたい気分だ。

赤い視界で木々を凝視する。

遮蔽物が多い。


ええい、俺の魔法戦杖マジカルステッキの性質が裏目に出たな―――馬鹿でかい図体は、気に入っている。

敵を見づらい時が、確かにある。


初めからこうすればよかった。

魔法少年の使命は何だ、戦うことだ。

派手に暴れれば出てくる。

攻撃しなきゃあならないんだから攻撃する。


理屈は自分でもよくわからないが、そんな気がするんだ―――赤い魔法陣に触れてから、すべての気分が良い。

南郷、

血液の流れが速いのを感じる。

今日の俺は、いつもより強い―――これも魔法陣のおかげだ。



―――



「こ、こいつ―――まさか!」


鉄の塊が次々と振ってくる―――そういう能力とは、違った。


これはクルマと見紛うサイズの、拳。

拳を握れば、溝が三つになる。

四本の指、人差し指から小指にかけて三本のしわが刻まれる。。

最大で二つの鉄塊。

ではなくだとすれば―――!



人間の人差し指、中指、薬指に小指。

ぎゅっと握れば―――四本の指に、三本のラインが生じる。



俺が必死で持ち上げている者が拳だとすれば。

俺は巨大な拳を受け止めている。

鉄塊ではなく鉄拳だとするならば。

その上に腕があり、肩があり、首があって、頭部がある。



――――


山城嵐は着座していた。

両腕で操縦桿をそれぞれ握り、着座していた。


右腕左腕、それぞれに操縦桿を握っている。

日に焼けた、坊主頭に近いショートカットは、まさしく体育会系。

の小柄な男子生徒、それが教室にいるときの彼。


コックピット内から、サイパンの木々が見える。

そして真下に一人―――敵を捕らえた。




右の操縦桿を駆動させた。

連動して拳が降りあがった。

南郷はそれで、一時的に解放される、だが、もう一度だ。

振りかぶった拳を、もう一度振り下ろす。

今度こそ倒すと全霊を込めた鉄拳。



「―――ははっ、ははは、戦えばいいんだ!」


暴れればいい、そもそもいつだって戦ってきたじゃあないか。

そうすりゃあ魔怪人だって自分から出てくるさ。

見つからないならば暴れて見つけるしかない。

なんだか理屈が滅茶苦茶な気もするが、細かいことはいい。


とにかくハイな気分だ―――そういう日もある。

あの赤い魔法陣に触れた時から、いい気分だ。

細かいことが全然気にならない―――悩みも何もない。

魔法少年は戦うものだ。

だから今のこれはきっと正しいのだ。

そうに決まっている。



―――


俺は真実に行き当たる。

鉄の塊を飛ばして落としているんじゃあない。

鉄塊が、動いている。

鉄が、駆動している。

クレーン車?

いや。これは―――!

あの日本の、攻撃してこない方のトラックみたいな鉄が、脚だとするならば――――!

両腕と両脚がある。

そんな鉄の塊。


「こんな、こんなことが―――!?」




魔法戦杖マジカルステッキ―――『厳塞要徼』バンガードフォートレス

出席番号十二番、山城嵐の魔法戦杖である。

それは解放と同時に鉄の体躯を形成し、戦杖ステッキの所有者はそれに搭乗する。


パワードスーツという表現では収まらない。

全高十八メートル、重量二十八トンという巨体。

山城嵐を操縦席に据えた、マジカル巨大ロボットである。


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