第38話 魔法陣が罠だとして




「くそっ!俺だっていうのがわかんねえのか!?」


一応は躱すことが出来た。

何故俺が攻撃されているのか、奴のあの赤い目を見て推測は出来た。

この症状を俺は知っている。

洗脳。

山城嵐は、洗脳を受けている。

あの魔法陣が原因らしかった。


マズいな。

魔法陣を一目見た時から、罠だという可能性は脳裏をよぎった。

だがこういうタイプだとは。

やはり甘い目論見だったか。


俺は大戦斧を振り回し、魔法装甲マジカルメイルで強化されている身体能力でもって、降ってくる鉄の塊を再び躱す。

躱し続けるが―――苦戦の様相。


苦戦と、謎と。混在している。

なんということだ、洗脳だって―――魔法少年を狙って洗脳してきやがった!?

そんなことが可能なのか。

意外や意外、魔怪人どもめ。

予想より悪い状況は続いている。


飛行機を襲ったのは大鷲型の魔怪人一匹だった。

春風は、あいつのことをバルルーンと呼んでいた。

バルルーン………とにかく、奴らの作戦は終わっていないと思った方がいい。

今のところかなり悪い展開だし、解決策がない。


「ちいいっ―――!だがまずはこいつだ!」


斧の柄に、衝撃が掠る。

衝撃を完全に弾けはしないが、足だけで回避し続けるよりはいくらかマシだ。


鉄の塊が大地を揺らす。

空から乗用車が降って来た。

少なくとも、俺の目からはそうとしか思えない。

二台目が降ってきて、一台目は再び樹上に昇っていく。

そんな攻撃が続く。


鉄。

鉄のような性質の攻撃。

それはわかった。

なんだこの攻撃は―――山城が丁寧に解説してくれれば助かるんだが、今は避けるしかない。

そもそもが、見えづらい。

樹の葉がバサバサと振ってきて、視界が深緑の紙吹雪だ。

衝撃に木の葉が揺れた。

この人為的な落ち葉が止むのを待つ、それまで耐えるしかないか。


まずは、操られたこの山城バカを止めるしかない。

勝たなくてもいい、止めるだけなら方法はあるはずだ。

だがその時、声が降ってきた。

それは拡声器を通したような音質の、しかし確かにあいつの声だった。


『どこだ!どこにいようと関係ないがな!』


再び、

どこだ、だって?

そう言ったのか?

確かに俺に直撃する攻撃はまだなかった。

なんてこった、あいつ、俺の姿が見えていないのか?

洗脳されたのはわかるが、何をやっているんだ、山城は?







話は数分前に遡る。


「―――どうする、これ」


山城やましろがそう言いつつ歩み赤い魔法陣に寄っていく。

近付き方にためらいがない。

あまりにも無防備に見えたから、俺は止めた。


「おいやめろ、触るな。むやみに触るな」


「わかってるよ見てるだけ」


その赤い魔法陣は、ジャングルの木々が開けた空間に音もなく浮かんでいた。

教室のドア程度の大きさである。

一定の距離を保ちつつ、山城はその周囲を歩く。


宙に塗料を塗って描いたような赤い五芒星。

横から見ると厚さはほとんどない―――紙のようだった。

空中にシールでも張ってあるかのようだ。

近付いたあいつが触れたいというのもわからないでもなかった。

異質なものを見ると、確認したい、しなければならないという心境はある。


ただ危険性はある。

魔怪人の仕業かもしれない。

仕業か、罠かもしれない。


「魔怪人の罠かもしれない」


俺は口に出してもみた。


「罠?罠なのか?」


注意を促すためには、最悪の展開も想定しよう。

触ったら爆発する―――、とかな。

とっさにもほどがある思い付きではあったが、そう言ったら山城は考え込んだ。


「本当かよ、それ理由はある?」


「………理由はなくとも、だ。ていうか俺たちの目的わかってるか?魔怪人を探そうっていうはなしだっただろう、これは、関係ない」


触ったら、そういう仕掛けが作動するのか。

何があるかわからない。

やはり触らないほうがいい。


「あの大鷲型のヤツを探して倒すっていう話だっただろ。ならこっちは放っておいてもいいだろ」


「だけどこれを放ってどこかに行く、っていうのは、マズいんじゃあないか―――一般人にも見つかっちまうぜ。発動する何かがあるっていうんなら、先生とかでも巻き込まれちまうだろ」


「なんで用賀崎先生ヨガセンが出て来るんだよ………ジャングルの奥だぜ」


舗装された道路からは離れている、やや木々が開けた空き地といったところだ。

人の気配がない場所だ。

苦い顔で反論しつつも、部外者が巻き込まれるというのは胸に引っかかる話ではあった。

平和を守ってきた魔法少年だ。

一般人が被害にあうことは、いつも全力で阻止してきた。



「例えばの話だよ、あとは―――そう、現地の人?ここに普通に住んでいる人たちが見つけたらっていう可能性はある、えらい騒ぎだぜ」


「そんなことは無いと思う―――いや、言い出したらキリがねえぞ」


それに、既にこの島全体を巻き込む騒ぎは起こっている。

だから解決しないとまずいんだ。

まあこの場を離れるにしても、やはり気になるものだから場所を覚えておくことくらいはした方がいいだろう。


目印になりそうなものは木しかないというのが、厄介だが。

大自然だが。

………いや、大自然はどうかな。

俺たちの通う間藤中学校も大概、田舎町だったから木が生え放題な場所なんていくらでもあった。


「イクールに任せることが出来れば全部解決するのに………くっそ、出てこないのはわかったけど、どこだよ」


マジカルマスコットが出てこない。

これは、彼らに期待ができる状況ではないこと。

今回の魔怪人討伐は、自分たちだけでやらなければいけない。

自分たちは三人いる、だがどうも人手が足りている状況だと思えなかった。


まさか、そういう意思なのだろうか。


「何か気になる事でもあんのか」


「気になるというか―――」


ようするに、イクールたちが言っているのか。もう自分たちのサポート無しで、戦って見せろと。

自分たちだけで、いわば魔法少年だけで戦えと。

魔法少年になってから、一日や二日というわけではない。

今は十月。

魔法少年になったのは春のことだ。

戦闘にも慣れている、と少なくとも自分はそう感じている、練度が上がっている、そういう自負がある。


俺は南郷クリストファー。

魔怪人討伐数はこれで62だと、相棒は言っていた。

もっともこの討伐数というものは、あまり良いものではない、そうぼやいていた。

良い計測法ではないとイクールは思っていたようだ。

下級魔怪人も、個性持ちだろうが、隊長レベルの敵も同じ討伐数1扱いなのだ。

まあ確かに、それはもやもやするな。


「俺たちだけでやる、か。そんなことを急に言われてもな―――なんで今なんだよ」


マジカルマスコットがワザと出てこない、意図的に出てこない?

そんなことは無いとは思うが理由があってのことか?

出てこないのか、あるいは出てこれないのか。

それすらわからないままに、この島でまる一日経った、そしてこの魔法陣だ。


「魔法陣をさ―――調べて、魔法陣を解いたら中から出てくるかもしれないぜ、バクールが」


そんなことが起こるとするならあまりにも都合がいい、出来過ぎている。

馬鹿馬鹿しい。

だが、本当にどこに行った?

あの相棒がいないせいでこの事件は長引いているともいえる。

家出をするならするであれだ、書き置きぐらいは部屋に置いていてくれてもいいんじゃないか?

それが決まりと言うかお約束というか。

自分たちだけでやって欲しいなら、いっそのこと、そう宣言してほしかった。

いつもだったら、『こっちだイ!魔怪人が出現したイ!』とすぐ教えてくれるんだが。


「あいつがどこかにいった、原因に何か思い当たることは?」


「そんなにないと思うんだが―――あ、でも」


「でも?」


「いやあ本当に大したことないんだが、この前あいつにあげるって言ってたシュークリーム、俺が食べちゃってさ」


本当に大したことない理由を出されてもなぁ。

それで何だよ、怒って出ていったとか言い出すのか。


「いや、一応半分コしたんだがクリームが少ない方をあげたんだ」


うん、ていうか、くずれやすいシュークリームをシェアするって地味に難易度高いことしてるよな。


とにもかくにも、やはり自分たちだけでやらなければいけない。

だがどうする。

魔法陣はとりあえず置いておくにしても………。

魔怪人を倒すには、まず魔怪人を見つけなければならない。

その段階がまだ達成できていない。

だからずっと捜索していた。


途中、野宿を挟みつつやっと見つけたものがおそらく魔怪人の残したものだと考えられる魔法陣のみ。

捜索効率は悪いのだろう。

もちろん、魔法装甲マジカルメイルを身に纏った魔法少年の身体能力は上がっていて、足も速い。

捜索の範囲も一般人の徒歩とは比べ物にならないが、それでも成果はこれだけとは。


「俺は調べるぜ」


山城が言った。


「何かわかるかもしれない」


待てよ危険性があるって、言っただろ。

そう言って止めても、迷いは無いようだった。

危険性があるといっても、それでも触ればわかる新事実があるかもしれない。

魔法陣に触れずに他を行けば、危険はない、リスクはない。

それが俺の勘替え。

だが結果として出来ることはと言えば、初めて訪れる島のジャングルで、右往左往するだけとなる。


再び魔怪人探しを始める、始めないといけない―――今のところ場所のヒントは無し。

そう、春風がバルルーンと呼んでいたような気はするが、それが名前なのだろう。

再びヤツを探す。

だが現状、その魔怪人の足跡一つ見つけることが出来ていない。

それに苛立っているのが山城だった。



「それに、もしもの時は、本当にヤバい時は助けに来てくれる。それがマジカルマスコットじゃあないのかよ」


自身のマジカルマスコットに託すか―――。

どうも山城は、罠だったとしても情報を引き出せる、みたいなことは考えているようだ。

何か行動すれば手に入るものもある、と。


そのためなら自己犠牲もいとわない―――そう思うのか。

自己保身を第一としない性質。

日本の平和を守ってきた、担ってきた正義の味方としては間違ってはいない、結構な心構えだと。

そう思いそうになってしまう自分がいる―――いや、いやいや―――。


「本気か?………助けが来てくれる保証がねえ」


「ビビってんか?南郷」


何でそうなる………苛つくというか、意味不明というか。

お前が馬鹿だって言ってんだよ。

普通の馬鹿。

言ったらこの場で喧嘩が始まるから言わねーけど。

この男子は間違いなく馬鹿だが、俺が舐められていることにはやはり、腹が立つ。


「命だって危なくなる。―――そういう魔法陣かもしれないんだぞ。それでもいくか?」


脅しみたいなことを口走ってしまった、やや後悔。

だが山城は表情を変えない。


「行くね」


俺は呆れた。

間違いなくただ意地になっているだけだとは思う。

馬鹿だ。

そして俺は俺で、それを止めるだけの妙案はなかった。

またひたすら地道に山を探し回るのかと思うと、うんざりはした。

始めた頃は、どこか観光気分あるいは探検気分になったのだが、こうも結果が出ないとなあ。


待てよ。

俺は山城の魔法装甲マジカルメイルを―――これは表面が鈍い金属質に光っているが、黄金色か。

それ眺めて、ふと思いついた。


山城の魔法装甲マジカルメイル、俺も着ている魔法少年の標準装備、その防御力は並じゃあない。

日本の平和を守る魔法少年の鎧だ。

魔怪人と戦い、ダメージを負うことはあっても、身体まで影響が出たことはない。

それが今までの経験から言えること。

激戦の翌日に、部活の朝練に出たりしている。

間藤中学校に、通えている。

そしてこの装甲、次回出撃時にはすべての損傷が回復しているときている。


この魔法陣が罠だとして。

仮に魔法陣によってダメージを負っても、致命傷になるとはとても思えない。

触っても、平気か。

確かに俺はビビっているのかもしれない。

思い直し、俺は強気と不安と、半々が入り混じったような心境でそれを言った。


「わかった、俺は見てるから」


そういう判断をした。

ああ、そうだ。

最終的に俺は、奴に魔法陣に触れるように勧めた、促した。

のちに、というかすぐに後悔することとなる。

これは完全なるミスだった。

その後始末、対応は、俺がすることになる。


かくして、俺は山城が魔法陣に触れて瞳を赤く染めるの様子を、ただ立ってみているしかなかった。

触れると爆発する、次点でたとえば、電撃が奔る―――その手の攻撃ならばこの魔法装甲マジカルメイルで、防ぎきれるか、軽減くらいなら出来たんじゃあないか。

そんなことを考えてはいた。



「―――知らねえからな」





―――




山城の魔法戦杖マジカルステッキの破壊力は高かった。

高いというか、背が高いというか。

頭上から攻撃されていることはわかった。


俺は回避に徹して、さらに後退した。

そして背を向け、走って逃げた。

元より望んだ流れじゃあない。


「魔法少年同士で戦ったら、碌なことにならねえッ」


逃げるが勝ちだ。

ジャングルの奥にまで踏み込んだのは幸か不幸かでいうと、幸運だったようだ。

逃げやすい。

地面は傾斜があり、それを駆け降りつつ、奴から離れていく。

ず、ずんと背後で地響きがする。

鉄の塊が蠢いて、追いかけてくるようだ。


どうするかな。

とりあえずは逃げながら考えるとするか。

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