第37話 魔法少女になる運命


 空桐唯からぎりゆい三重未来みえみらい

 二人はサイパンを南北に結ぶ道のひとつ、ミドル・ロードを歩いていた。


 元々、同じ班のメンバーだった。

 もっとも、この状況で旅行計画や授業中に決められた班が意味を成すかは期待できないことは、わかっているが。


「それで、どうしましょうか、空桐からぎりさん。ただ歩いているだけじゃあ、どうにもならないわよ」


 意見を求めた三重未来。

 怪しげな紫の魔法装衣マジカルドレスに身を包んでいる。

 空桐の目からは、占い師のように見えた。

 体型を隠すように布が垂れ下がっているだけ、というか。

 暗幕を連想させる。

 同じクラスの中学生であるはずなのに、かなり年上の印象を受ける。

 年上と言うか、老獪というか。

 占い師、或いは魔術師か。

 だとするなら、もっとも魔法使いらしいデザインとも表現できるが。


「歩くしかないわ。みんなに会うまではわからないし、会ってから考えるしかない―――。みんながどこにいるかわからない以上、これ以上はどうしようもない。ただ―――」


「ただ?」


「人が集まるところというのはあるでしょう」


「………そうね」


「そこで、何かが起きたら大変よ」


 そうだ、その問題もある。

 観光地に向かった方がいい―――観光地は、人が集まる。

 それは無視できない。

 集まるのは魔法戦力に限らない。

 私たちみたいに魔法装衣マジカルドレスを着ていない、無防備な人が集まる。

 一般的な観光客が、集まる。

 そこに魔怪人か、例の『赤い魔法陣』によって攻撃衝動が増した魔法少女達が現れたりしたなら最悪だ。

 警備員のような役割として、待機しておいた方がいい。


「そうね、問題が色々あったから、そっちを考えそうになるけれど、一般の人達が危険だっていう状況、これもそう―――依然として続いているわ」


 平和を守る。

 魔法少女にとっては、常に考えていた、意識していた。


「赤い魔法陣のことを調べないといけないけれど、これも座標はわからない」


 陣の危険性は、春風さんと狙木くんが身をもって知った。

 いや、身をもって知ったのは操られた側か。

 幸いにも、大事には至らず命は助かったようだけれど。

 ケガはしていない―――あくまで操るだけ、か。



 魔法陣のことも、魔怪人がまだ周辺に潜伏していると思われることも、サポートしないマジカルマスコットのことも。

 わからないことが多い。

 とりあえず誰かと合流して、その子たちが新しく知ったことがあるなら、教えてもらわないと。

 まだ情報収集の段階だ。

 私や、男子の永嶋くん湯ノ峰くん―――あとは二瀬河月子ちゃんも。


「みんな、どうしてるかしら」


「それぞれ個人行動―――ああ、月子さんは、と一緒に行くみたいね」


「ああ。そうなのね………。魔法陣の情報は連絡網みたいに伝わるのを期待してるわ」


 誰かに会えば、その子に、魔法陣のことで注意を促す。

 その子がさらに他の子に伝える―――一人に伝えても三人、四人に伝わることもある。

 それを期待するしかない。

 皆どこにいるかわからないから。

 全く、我がクラスながら、チームワークの無さにあきれてしまう。

 と、言うのは私自身も含める。

 魔法少女になってから一度も、誰かと一緒に戦ったことなんてない。


 春風さんたちとは別の組になって行動した。

 ――これは、この判断は良かったのかどうか、わからない。

 ただ、彼女たちが魔法陣の危険性を十分知っている、慎重に行動してくれるだろうことは確かだ。


 むしろ慎重に行動すべきは、自分の方かもしれない。

 空桐唯は口元に指をあて、考え込む。

 危険性は知っているものの結局、それは春風が言っていたこと、狙木が言っていたこと。

 地上にあるという小型の魔法陣をまだ目にしていないのだ。

 実物を見ていない。

 そうなると、どうもしっかりとしたイメージを持ちにくい。


「情報を伝えて回る―――、みんながどの観光地にいるかなんて、わからないけれど」


 プンタン・サバネタやバナデロ、旧日本軍弾薬庫跡。

 大戦の歴史が刻まれる場所。

 ビーチは東西南北にそれぞれ趣の異なるものがある。

 ダイビング・スポットではグロット。

 ざっと上げるだけでも、この島は観光スポットの塊である。


「とにかく人が集まりそうな場所を中心に回って、味方と合流する。そういう流れで行きましょう」


「そうね」


「結局、この話はここまで―――あとはそう―――行ってみないとわからないわね。このまま北上するとガラパン教会か、それとももっと先に行こうかしら?」


 どうせなら向こうから襲ってきた方が何か新しいことがわかるかもしれない。

 操られている状態というものも、一度見てみたい気もする。

 出来れば今日中に解決して、残りの日は普通に観光したいところだけれど。


「運命はそうさせてはくれないようね」


 運命、と言う単語を好む。

 教室で、学生服姿の時にもたびたび口にしていた。

 そういう性格の生徒だ。

 性格と言うか、趣味なのだろう。

 占いのための水晶を持っているという噂があった。

 私にはちょっと想像のつかないが、運命を見通そうとしているタイプの女子なのだろう。

 実際に占ってもらった子もいるらしい。



 そういうミステリアスな雰囲気を持っている女子だ。

 だが、得意か苦手かで言えば、苦手だった。

 いつも一人で怪しく笑んでいるような子で、なんだか気になる生徒ではある。

 中学二年生のクラスには騒がしい子も多いけれど、大声を上げるその子たちと同じくらい、目を引く生徒ではある。

 目を引くというか、吸い寄せられるというか。


「その、運命―――っていうのは、あなたの口癖なの?」


 訊ねると、ゆっくりと微笑む三重さん。

 柔和な笑み、肌はふっくらつやつやとしている。


「運命は実在するわ―――少し私の話をしてもいいかしら?空桐さん」


 そう言う彼女は既に満足げだった。

 どことなく、怪しい何かの公演が始まりそうだった。


「人間は生まれたその日に、この先何十年という運命が決定するの、そしてそれはすべての事象、宇宙全体を統べる―――」


「いや、あの三重さん、悪いけれど私、そういうお話は遠慮するっていうか―――」


「あらそう?」


 思ったよりもあっさりと話を中断する三重さん。

 だが、何というか、それを話したくてうずうずしている様子は消えていない。

 そうねえ―――と、指を自身の口元に当てる。


「それに今は雑談している場合じゃあないでしょう」


「そうかしら?今は何もできない状態よ、その、人が集まりそうな場所についてみるまではわからない。そうでしょう?」


 否定はできなかった。


「歩きながら話すわ、私が魔法少女になったときのことよ、そういう話。これは空桐さん―――あなたにも関係するでしょう?」


「………それなら、聞こうかしら」


 歩く道だけを見つめつつ、彼女は語り始めた。


「私はその日、運命を変える出会いが訪れる、と言われたわ。二年生になったばかりの春のこと」


「言われた―――?誰に、言われたの?」


「叔母さんに。………占い師なのよ」


「おおぉ」


 意図せず感嘆の声が漏れてしまい、恥ずかしくなる。

 純粋に羨ましかった。

 自分の周囲には、別段、珍しい職業の親類はいない。

 その叔母さんに影響を受けたのが、現在の彼女なのだろう。


「運命の出会い―――私は信じたわ。運命の出会い。学年が変わったばかりの時、確かに、素敵な彼との出会いがあるタイミングかもしれないと。なんだかものすごい素敵な転校生が突然現れて、私と相思相愛で波乱万丈なラブストーリーが幕を開けるのかと思ったわ」


 ロマンチックな性格のようだ。

 意外だな。


「私は何かに期待しながら一日を過ごした―――でも学校では何も起こらず、占いのことなんて、もう忘れて下校していた―――やはりこんなものか、私の人生なんて。そう思った。その道中よ。マジカルマスコットに出会い、私が初めて変身し、戦ったのは。魔法少女として戦ったのは。キミと出会う『運命』だったんだ!って、あの子は言ったわ」


 あの子、と言うのは彼女のマジカルマスコットのことだろう。

 それはまた、ずいぶんと劇的なことだ。

 私も、魔法少女として初めて戦うことになった時は大変だった。


「これから魔法少女として日本の平和を守ってくれと、言われたわ。その時、私は思ったのよ―――イヤそっちかよ!………と、ね」


 三重さんは、びし、と口で言いながら宙に平手を入れた。

 私はその様子を無言で見つめる。


「結局、なんとか魔怪人を討伐したものの、初めてできたものの、いやいやいや、そこはもっといい展開の『運命の出会い』があったでしょ、という思いが拭えずにいたわ」


 ………まあ確かに、運命の出会いがあるという占いの結果から、魔法少女になることを連想はしないだろうけれど。

 騙された気分だ。

 しかし、ちょっと意外だな。

 意外や意外、こんな子だったのか。

 もっと得体のしれない何かかと思っていた。


 というか、占い師のような姿の彼女の恋愛って、ちょっと想像できない………教室でも、どこかとっつきにくいイメージがある生徒ではあった。

 そんな彼女の、新たな一面が垣間見えた。


「というわけで、私のお話は終わりよ。では空桐さん、あなたは?」


「私………えっ私?」


「そうよ」


「別に私は何も―――無いけれど」


「私にだけ言わせる気?」


 わたしだけ、て。

 それはあなたが勝手に語っただけなのだけれど。

 そして、私の場合はそんな派手なエピソードは無いのだった。

 私は悩む。

 私も四月くらいだったけれど、もう半年前になる。


「なあに空桐さん、その顔―――それは、ふざけているの?」


 あなたの無茶振りのために記憶を掘り返しているんだけどなあ。

 そんなに変な顔になってたかしら。



 ―――





「オイ!オイ山城やましろォッ!やめろ!」


 二人の魔法少女とは、離れた地点。

 サイパン中央北部のジャングル。

 手つかずの自然が広がっている場所だった。



 出席番号八番、南郷クリストファーは叫びながら、数歩下がった。

 魔法装甲マジカルメイルは漆黒。

 彼の母が外国人ではあるがアジア系で、ただ精悍な顔つきの日本人に見える男子だった。

 彼はそうして距離を置いても、の全容が見えない。

 首が痛くなるほどに見上げていても、見えない。



 見えるのはジャングルに突如出現した、鉄の壁。

 その上に木々の葉、そして巨大な何かが、動いている。

 横から巨大な鉄の塊が飛んできて、目の前を過ぎ去る。

 まるでトラックが宙を走って通り過ぎたかのようだ。



 彼は今、攻撃を受けていた。

 そしてその攻撃の全容が、見えなかった。

 色濃いジャングルの中であり、足場も平坦ではない。


「だーから触らないほうがいいんじゃねえかって―――言ったんだ、俺はよォ」


 悪態をつく。

 後退しつつも、逃げるだけ、というわけにはいかない。

 何とかして奴を止めなくては。



 南郷は、いま一度武器を握りしめる。

 身の丈よりも長い大戦斧を構える。

 だが敵である、敵となってしまった出席番号十二番、山城嵐やましろあらしの姿は見えない。

 魔法戦杖マジカルステッキを開放しているらしい。

 止めるのにはかなり手間がかかりそうだ、と南郷は思った。


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