第36話 マジカル大会議!マスコットたちの大論争


とある、白い壁と床の一室だった。

魔法協会、日本支部。

日本の平和をマジカルな側面から支える正義の組織である。

そこに魔法少年少女をサポートするマジカルマスコットが、集まっていた。


皆、沈痛な面持ちである。

もっとも、その緊張が伝わるかどうかは話が別だ。

二十八のマスコットが集まっている様子―――ぬいぐるみだけが並べられた子供部屋のような画であり、緊張感はゼロと言っても良かった。

むしろ癒される。

だが当の本人たちは真面目そのものに会議を進める。

緊急事態である。


「それで―――、結局、何かわかったのかヤ」


ヤギのような見た目をした、丸っこいぬいぐるみ。

彼が(彼女かもしれないが)、尋ねる。

長テーブルを囲んだ誰もが、返事をできない。

うんうんと唸っているだけである。


「向こうの『協会』の返事は?あの島は一体どうなっているんだヤ」


「あの島で、いま中がどうなっていてあの子たちが無事かもわからないラ」


「あの子たちに連絡が取れないのはわかったギ!だが向こうはどう言っているギ?」


「向こうの担当から連絡が来ている。読んでは見たけれど、あァ―――、話が全然違うじゃあないか、みたいなことは書いてあるグ」


「魔法少女たちがサイパンに行くことは、協会に事前に伝えたはずだラ」


「受理はしている。ただの休暇旅行なら、魔術の発動はしないようにとの約束であり―――緊急時以外は」


「それはもういいだろう!緊急事態だったんだから!」


「飛行機の上で戦闘になってしまったが、もとはと言えば修学旅行だもんヌ、この一年間頑張っているあの子たちには、三泊四日ばかり、それくらいは、羽を伸ばしてもらいたいヌ」


「本っ当に、楽しみにしてたよあの子」


「だが、追手が来たんだろう?敵が」


「そうだニ」


「うけけけ。しかもそれだけじゃあないときている」


「魔法協会のサイパン支部だべ」


「海外の連中か―――、ったくめんどくせーな」


「それで結局、向こうはなんて言ってるんだ?要求とかあるの?」


「もしもこちらに被害が出るようならばこちらの組織でみんなの処理するって、当面は魔法戦力をサイパンの監視下に置いて、まず余計な行動の制限をかけると」


「ええっ」


「ぬうう」


「ガガガ!なんだと!なんだと思っているんだあいつら、こちとら正義の味方でガ!」


「あの子たちは丁重に扱われて持て囃されて、しかるべきだわヨ!それをこんな―――」


「まるで犯罪者じゃあないか!」


「まあまあおちついて」


「ジクール、お前も何とか言ったらどうなんだ」

「ええ?ボクが?」


「フム、面倒だし放っておいてもいいんでない?実際、うちらは日本の担当。今年度の日本の平和を守ることを目的。つまり日本以外は守らないという契約であの子と一緒にいるでホ」


「確かニ」


「みんなを見捨てる気かラ!?」


「身動きがとれないじゃあないかヨ、今のボク等じゃあ」


「皆様、もめるのは結構ですが、あの子たちにまでその荷を背負わせないようにしましょう。彼ら彼女らはまだ中学生ですよ」


「言われるまでもないでガ」


「とにかく、オレっちが行って話を付けて来るジ!オレっちが直々に乗り込んで責任者呼んで土下座させて怒鳴りつけてやるジ!」


「まずお前は座ってろヤ、ジクール、お前が土下座だ………いまの発言だけでお前が行ったらマズいってのは十分に伝わってくるヤ」


「なんだと!ヤクール」


「座ってろって言ったんだヤ」


「あーもーやめなさいナ」


「見苦しいミ、ミラクル見苦しいミ。今どき中学生でももう少しマシなケンカをするミ」


「あらあら困りましたねえ」


「話が進まないんだよねエ、かなーり怒ってるよエ」


海外そとの連中なんて、信用できないベ」


「まあまあ、そう言わずに―――ピ」


重苦しい雰囲気である。

だが以前から予兆がないわけではなかった。

そもそも修学旅行自体が、厄介だった。

魔法界にも国境はあり、ラクールたち魔法協会の仲間と言えども、他国の仕組みに口出しは出来ない。

ずいぶんと向こうの心証は悪い。

魔法少年少女、当の本人達は知るよしもないが、魔法協会内でひと悶着あった。

今日という日が来るまで随分と交渉をしたのだ。


知っての通り当初の目的は修学旅行である。

魔法界と関係などない、普通の人間の学校の学校行事、修学旅行。

それに従って、間藤中学校二年二組の面々は向かった。



だがあの子たちは、戦闘力が高すぎる。

なにしろ条件さえそろえば、一国の軍隊程度をマジカルに壊滅させることが出来る二十八人なのだ。

魔怪人討伐の達人集団エキスパート

現役、第一線で日本を守り切っている魔法戦力。


そんな魔法戦力が行くと言われて、すぐに首を縦にふれる国があるはずもない。

向こうが取り乱したり罵詈雑言を飛ばして暴れていないだけでも、まだ状況はいい方だろう。

まだ交渉は出来る。

出来ている---今のところは。


「ああ―――とにかく早くするラ!みんなが心配だラ」


つぶらな瞳を潤ませて頭をがしがしと掻く者。

状況に行き詰まり、とっくにふて寝を決め込んでいる者。

全員が思い思いの方法で慌てている。


「変身は解除されていないはずル」


「戦えるっていう事か―――でも、今もそうかヤ?」


「中の様子がわからない―――確定は出来ないク」


「とにかくもう一度交渉しようモ」


「交渉は意味を持たないとしているラ」


「せめて一匹でもいい、僕等を行かせてくれ、丸く収めるから!」





自分の担当するパートナーと切り離されたことで不安を抱えていた。

切り離され、現時点でいつパートナーと会えるかは確定していない状態。

それが続いている。

魔法少年の一人である傭宇栄道は、マジカルマスコットたちが自分たちを見捨てた可能性を考えた。

しかしこの部屋で、魔法少年少女を見捨てる者はいなかった。




苛立ちを隠せないマジカルマスコットたち。

既に自分のパートナーと連絡が取れなくなって二十四時間が経過している。

サイパン内に侵入できない。

皆、あの赤い魔法陣の領域に侵入した時に、弾かれて飛行機から追い出されてしまった。

生身の動物だったらこんなことにはならなかったが、完全なる魔法体質がアダとなったかたちだ。



状況は変わらず。

皆それぞれに悶える。

頭を抱えたり、ふて寝をするなり自棄ヤケになるなりという行動に出た。

だが全員が二頭身の小動物のような容姿なので、あまり深刻性が高いにはならなかった。

それがまた、哀しいというか。

仮に若葉たち人間がこの部屋を覗き込めば、ぬいぐるみが集まって、くねくねしているようにしか見えなかっただろう。



「皆、少しいいかな」


やや老いた声がして、全員が扉の方を向く。


白いひげを蓄えた、仙人のような表情。

老いた肌であるが、それゆえに穏やかな風貌。

そんなマジカルマスコットが現れた。


「長老!」


「やあ、すまないねえ大変な騒ぎだったが、お邪魔かな」


「いえいえそのようなことは―――」


長老は魔法協会の幹部であり、ラクールたちの先輩に当たる。

かつてはラクールたちと同じように魔法少女と共に戦っていた。

悪の魔法組織は多種多様、現れていた歴史があり、昔はさらに激しかったとも聞く。

長老の世代のその活躍は伝説に近い。

二十八匹の瞳、その視線が集中している。

好奇と、尊敬。

プロ野球選手を前にした野球部員のような色を帯びる。


「何やってんだギ、オクール!お茶をお出ししろギ!」


「うあっ、そうだオ!ちょっと待ってくれオ」


「ああ、いい、いい、動かなくていい―――向こうと話をしてきた」


「何もないところですがゆっくりしていってくださいオ、オイどこだっけか、奥の戸棚にあれがあったはずだオ!エルリルの、ほら、高いお菓子だオ!」


「お前の趣味だろベ、よくわからないものを勧めるんじゃあないベ」


「お前は黙ってろベクール!長老!これマジで美味いんですオ!マジでマジカルに美味いんだオ!」


「マジでマジカルにか。ほっほ。それは素晴らしいことだ。お構いなく」


ドタバタと騒がしい若者、浮ついている若造たちに対して、たしなめるでもなく

現状を話す。

別段、その声のトーンは変わらない。


「ま、これからについてじゃが、島の管轄者は、魔法少女達が余計なお客様―――魔怪人と共に侵入したところを確認している―――だが、まだとも言っている」


「え………何もしていない―――って、でも結界があるヤ」


「あの結界で、泉ちゃん―――達が、なんというか、言ってしまえば閉じ込められてしまったのではないですか………モ」


「結界は張っていない。そのようなものは無いと言っている」


全員が聴き入っていたが、首をかしげる。


「ですが私たちは、現に結界で弾かれて―――」


「その通り。―――あの結界は実在するがサイパンの魔法協会は知らないと言っている。可能性として考えられるのは―――協会ではなく、別の組織、もしくは何者かが作り出したものだと考えられる。個人の仕業、というのも捨てきれんのう」


二十八匹が、顔を見合わせ、ざわつく。

動揺する。


「個人………?個人だとおっしゃるんですかラ!直径二十キロはあろうかという規模、その大結界を、国ではなく、個人で!?」


「嘘だとしか―――何かの、間違いでは、フ?」


ぼそぼそと言うものの、長老がそういうのだから若きマスコットたちも反論は強くない。

魔法陣に関して、自分たちよりも知識が深い長老の発言なのだ。

長老は続いて、

ま、その個人が複数人という可能性ももちろんあるが、と言ってから


「この事件、場合によってはワシらも動こう。キミたちだけに任せはせんよ」


事態が大きくなり、室内がますます騒がしくなった。

その時、魔法協会の青年が一人、入ってきた。

細かい魔法字の刺繍が入っている紫黒の制服である。

彼はラクールたちに目を向けず長老のふさふさした耳もとに近付き、何事かをごにょごにょと話す。

報告だ。


「ん―――キミたち、少し待ってもらえるか」


長老の秘書としての役割を果たす人物だった、書類を持ってきたようだ。

魔法文字の書類に目を通す長老。


サイパンに侵入した旅客機。

間藤中学校二学年が乗っていた。

被害を受け、島に閉じ込められた人数が多い。


「ふうむ。機長や―――乗客、乗務員―――」


巻き込んでしまった一般人の数が多い。

飛んでいる飛行機。

逃げ場はなかったのであろう―――その状況の不運を、心の中で嘆く長老。

名簿を見ていた長老の瞳が、止まり、鈍く光った。

ゆっくりと目を閉じる。


「ふうむ―――困ったなぁ、これは」


ラクールたちは再び顔を合わせ、これからどうするか話し合っている。

今年は色々と難儀だ。

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