第35話 とある魔術師の研究


その空間は、地下深くにあった。

日本からはるばるやってきた魔法戦力である、魔法少年、魔法少女。

皆、島に何が起こっているのかを探索している。

その探知の外。



黒い衣の少女は薄暗い洞窟を歩いてゆく。

熱帯地域において異様なまでに色白い脚が衣から伸びている。

わずかな音もたてず歩いてゆく。

魔法界のあらゆる探索網から逃れることが出来る地下施設。

それは掘られてから長い年月が経っている。


橙に照らす、ランプの灯り。

作業机には、物が溢れていた。

数世代前の木製の器具、変色した小瓶の類が埃をかぶっている。

黒い衣の少女は、そのまま歩みを止めず、奥へと歩いていく。


磨かれたように平らな壁一面に張り巡らさされた、幾つかの魔法陣に触れる。

少女の意のままに操作され、映像が浮かんだ。

地上の映像だ。

サイパンを覆う大魔法陣は、結界と、監視の能力も付随している。

侵入者の動向を把握できる。



多くは、赤く魔法陣に照らされた山々、そして開けた道路を映しているだけであった。

しかし、自然界においてポスターカラーのように派手な魔法装衣マジカルドレスは、すぐに目に留まる。


彼女ら、そして彼らは島の各地にいる。

画面の一つを拡大した。

若葉色の魔法少女。

彼女が、仲間を連れて歩いている。



少女は何を言うでもなく、映像を眺めていた。

来訪者が来る、それもただの人間ではなく、決して看過できない規模の魔法戦力が。



「目的は私か」



自分が隠れ潜んでいる小さな島。

ここに初めて訪れた、その日の目的は単なる逃避だった。

魔法協会を追われる身となった。

もっとも、当時その組織は違う名称だったが。

魔法界の首都、欧州からできる限り遠い島に逃げざるを得なくなり、転々とした魔術師。

それが私だった。



飛行機を墜落させたのは私だ。

正確には私の創り出した結界。

私が張った結界が緊急発動した。

あれは私の追手となる人間たちに対して備えていた準備のひとつであった。

面倒な人間どもを少しでも妨害するための備え。

だが、用途は違ってしまったようだ。



「私が目的で来た―――と、考えるのは過剰かなあ、自意識が」



ジャングル内で会話した、大鷲のような魔法戦闘員。

魔怪人と会話をした。

賑やかなお客様だった。

どんな外敵が来たのかと思って接触してはみたものの、どうやら私を探しに来たわけではない。

私の姿を見てもそのような反応とは、違っていた。

今ではむしろ安堵するくらいだ。



その魔怪人に、この少女の姿を見られた、見られはした。

だがあの一体に知られたところで、何の問題もない。

良い機会だ。

そろそろ引きこもっている時期は終わりにしたかったところだ。



鏡のように平らな岩の壁に映し出された魔法のデータ。

その映像の画質は優れない。

だが結界によって電子機器が停止した今のサイパンにおいては、破格の情報量だ。


「日本で魔法少女と戦ったことがあるんだね―――『バルルーン』」


魔法界のデータベースにその映像があった。

日本の、とある町の映像だ。

光のグローブで拳を構えている少女と、羽ばたく大鷲型怪人が対峙し、周りには黒い魔怪人達が囲んでいる。



魔怪人。

悪の魔法組織スゴ・クメーワクが有する戦力である。

スゴ・クメーワクという組織は半年ほど前―――今年度の春に出現し人々を恐怖に陥れた。

なお、過去にも人間を襲う魔法戦闘員はいくつか存在したが、別の組織である。

始めて現われた頃こそ、その圧倒的な数で人間を襲い、凶悪事件を起こした。

だが、現在では見る影もない。

魔法少女によって討伐、または撃退される事例が増え、出てきてはやられ、出てきてはやられと散々な扱いを受けているので噛ませ犬扱いされている。


「個性的な見た目をしているものの、如何せん苦戦中のようだね」


魔法少女。

魔法協会の所属、日本固有の魔法戦力であり、魔術師の一種。

魔怪人などの撃退を主な任務とする。

魔法耐性を持つ魔法装衣マジカルドレスと、魔法戦杖マジカルステッキを持つことが特徴。

全員が十代前半の若者である。

中には魔法少年もいるが、彼らが増えた、参戦したのは魔法少女よりも後とされる。

その戦闘力と衣装も相まって、国民からカリスマ的な人気を得ている。



「ははっ。ずいぶんと初々しい―――カラフルな魔法戦力だ」


旅客機に乗ってやってきた。

それを止められたことが原因で、私を捜索しているのだとすれば、それなりに必死で私を捕まえるだろう。

今回は、逃げ切れるだろうか果たして。


場合によっては、私が姿を現さなければならないことになる。

私と、私のが―――。

黒い衣の少女の背後には、洞窟に紛れた黒い塊があった。

鏡面の映像の光を受けて、わずかに表面を照らされている。

しかし、それは極めて精密に作り出されたものなのだ。

科学によってではなく、魔術によって。


「場合によっては、私もこれを使わざるを得なくなるか………!」


画面には、若葉色の少女の隣に、魔法少年が映り込んだ。

その一歩引いたところに、水色の魔法少女もいる。




―――――





水色の魔法装衣マジカルドレスを揺らしながら、歩いていきます。

戦わない時、ただ歩いてゆく時にこの格好でいるのは新鮮な気持ちです。


私は、渡良瀬泉はずっと一人でした。

それはクラスで一人ぼっちで合ったとか、そういうお話とは少し違って。

いえ、まあ若葉ちゃんと話すのが好きなので二人ぼっちのようなものですが。

中学二年生に上がった頃、魔法少女としての活動をはじめたという事です。

一人で戦いました。

そうして魔怪人を退治したこともあります。

教室に行けば、友達はいました。

なんでも一緒にしてきた若葉ちゃんにも言えないことが、増えていきました。

そういう時―――一人だって思います。


ただ、そんな心配はもう無いようです。

皆、同じだったのですから。

いやもう笑っちゃうくらいビックリでした。


春風若葉ちゃんと狙木くんは、前を歩いています。


二人は、すごく仲いい子たちです。

この二人はいつも言い争っているけれど。

あの二人の言い争いは、なんだか、普通の言い争いとは違うんです。

後ろで見ているだけで、なんだかおかしい。


「なあ春風」


「なによ」


「どこに向かっているんだ、これ」


「どこって、そんなの道なりに歩いているだけだけれど」


町から伸びる道路を北へ進むのみ。

視界には開けた空があるのみで、邪魔な木々はない。

青い空は見えなくて不気味な魔法陣があるのが景観を台無しにしているが、これはこれでリゾートとは違う世界を演出しているようだった。


「考えなしかよ」


「でも、一応は計画通りよ」


懐から冊子を出す。

『修学旅行のしおり』

荷物は未だ飛行機の中に置きっぱなしのものが大半だが、少しだけなら持ってきたものがある。


「えええ………?春風、お前マジでいってんの、それ見て決めんの?」


「………」


黙ってパラパラとその手作り感あふれるコピー用紙の束をめくっていく。

付き合いは長いので狙木の嘲笑くらい視界の外である。

印刷所で刷られた立派な本でも何でもない。

自分の手でメモ書きした部分も多い。


「それでも、本来行くはずだった場所は、全部書いてある」


三泊四日中の二日目は、観光スポットをいくつかまわることとなっている。

修学旅行のしおり、もはや崩壊したこの修学旅行において紙屑も同然に思える。

ただ、当初行くはずだったルートが記されている。



そしてこの薄っぺらい冊子は手掛かりになり得る。

クラスメイトを探すための手がかり。

というのも、これには二年二組のクラス全員が少なからぬ時間、目を通しているはずなのである。

二十八人の生徒であり二十八人の魔法少女魔法少年は。

性格はバラバラで行動力に差こそあれ、同じ教室で修学旅行の計画を練った。

ここに書かれた計画が移動の基準になっている。

もちろん、すべての行動は予測できないけれど。


「行く場所、いそうな場所はわかる。観光スポットを移動すれば、つまり合流できるのよ。誰か、絶対いるから」


それとも他に言うことがあるのか、と問う春風。

行く当てが、あるのか。

日本人である狙木が、上手に案内してクラスメイト全員を見つけることが出来るのか、この島で起きていることの元凶を素早く見つけ出せるのか---と。


「あんただってあんまり知らないんでしょ、日本人だし」


「………お前もだろ、そりゃ」


「さっきからなんなの?ていうかあんたがさあ―――勝手について来てるだけだからね私は泉ちゃんと歩いてて、だから」


「春風」


「うん」


「俺のこと、どう思う」


「どうって、それは、どのあたりが?」


「だからぁ……俺のこと好き?」


「………嫌いだけど」


「どれくらい」


「………」


「じゃあさあ。俺とウ○コだったらどっちが好き」


「………迷う、けど。それは」


「迷うのか……」


「その二択だったら……○ンコかな。お前は、駄目だ………ウ○コは……いい。のほうが優れている」


「そうか………」


きついな、と呟く狙木くん。

この二人は小学校からの付き合いで、だからでしょうか、会話に加減のようなものがありません。

通常の会話はやり飽きた感がすさまじいです。

私は二人の、そういうところがスゴイなあって思います。

耐えきれずこらえきれず、私は吹き出してしまいました。

笑ってしまい、呼吸が難しいです。



「ご、ごめんなさい、なんだかおかしくって……!」


「いやいや、いや―――泉ちゃん違うわ。駄目駄目なの、普通に頭おかしいの狙木の馬鹿は」


「否定し過ぎだろ。困ってるぞ渡良瀬さんが」


「ううん、いいの、いいの―――。楽しそうだよ、そう思う」


「………な?」


「なにが『な?』なのよ………」


そんなこんなで三人で、赤く照らされた道路を歩いていきます。

いえ、海外だし、ハイウェイという言い方の方がいいのでしょうか?

日本を出発した時と、状況は全く違います、完全に変わっています。

とりあえずサイパンの観光スポットを回ることは変わりは無いようです。

若葉ちゃんは言います。


「北上すれば『バナデロ』か―――それか、どこかのビーチにいてくれれば合流しやすいんだけど」


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