第34話 できることがあるならば



清潔なシーツの感触だった。

それが、いつもと違うと最初に感じた点。

茂ヶ崎実里もがさきみのりは、311号室のベッドの上で目覚めた。

赤い、知らない天井だった。


「……」


キーが置いてある程度で小綺麗な机など、知らない部屋だ。

急速に目が覚めていくのを感じた。

カーテンの向こう側があかく、どこか消防車のサイレン、ランプを連想したが、何の光だろう。

いやに静かだ。

外は町だろうが、喧騒は聞こえない。


起き上がり、布団をどかす腕が、制服だった。

この格好で寝ていたのか。

夏服だった。

その白い服がほんのり赤いことで、外の魔法陣の光が部屋に入ってきているのだと知った。

天井も、本当は白いのだろう。


セーラー服。

十月、季節は秋である。

本来この季節だと、冬服も検討したくなる時期だけれど、今回の修学旅行、赤道付近に渡る。

だからその選択肢はない。


いや―――寝る前は、違った。

制服ですらない

あの時。


魔法装衣マジカルドレスが………!」


徐々にだけれど、思い出してきた。

私は戦っていた。

そうだ、戦っていたんだ―――深緑の魔法装衣マジカルドレスを着て。

魔法少女として。


メモがテーブルの上に置いてあった。。

『ゆっくり休んでね。私たちは先に行くから。 春風若葉より』


名前を読み上げた瞬間に、心臓の音が増した気がする。

思い出した。

私は、あの子と戦ってしまった………!





入った記憶もない、知らない建物だけれど、エレベーターで下まで降りることは出来た。

一階ロビーに降りると、一人の男子が椅子に腰かけていた。

ひとなつこそうな笑みを浮かべた痩身の男子。

当然学生服。


「や」


片手をあげる傭宇くん。

二人きりでなぜか気まずい。

そして、少し離れた場所から会話が聞こえる………日本語ではない。

ああ、やはり日本じゃあないんだ。

夢じゃあなかった。


「みんなは?」


「先に行ったよ」


それは知っているんだけれど………ええと、つまり、


「この島で今何が起きているかを探らなきゃならない。僕はお留守番さ。茂ヶ崎さんに伝えるためにね。


私は話を聞いた。

空に巨大な魔法陣が浮かんでいること、

私が操られたのは、おそらく赤い魔法陣に触れて洗脳状態になってしまったためなのだと。


「僕も留守番さ。一度やられてしまったからね。魔法装甲、回復したはず。いつでも出せるよ」


傭宇くんは狙木くんに。

茂ヶ崎わたしは春風さんに―――止められた。

二人の関係、と言ったら変だけど、共通点があるらしい。


私はあの時、確かにそれを見た。

赤い魔法陣が、空中に揺蕩っていた。


「春風さんがね」


あの時。

若葉色の魔法少女を、追い込もうとした。

私の能力で、捉えようとした。

こうげきが、彼女に向かって突撃し、収束し、それを光のグローブで弾く彼女を覚えている。

全部、覚えていた。

でも止めることは出来なかった。

間違ったことをやっていると、思った。


「春風。若葉―――憎かった。」


春風若葉のことを憎たらしく思った。

同じクラスの、罪もない生徒を。


「………そういう風に、思う魔法だったらしい。洗脳の魔法陣の影響だよ」


傭宇くんは優しい言葉を使う。

私は悪くないよ、というような言葉が続いた。


でも私は、まだ駄目だ。

ただ、私の中にはまだ感情が渦巻いている。

良い感情ではない。

色々な、納得がいかなかった。


あの子の迷いない瞳の光。


「僕だって魔法陣に操られた。うっかりかかってしまったんだ。というより―――いや、ともかく。駄目だったけどね」


「私は―――」


私は、それでも。


「変よ、あの子は。なんで笑っていられるの?もっとひどい顔をしなさいよ。いつも一緒だった、マジカルマスコットがいなかったら一人じゃないの?私、一人。飛行機だって、墜落するところだったのよ?魔怪人がこんなところにまで出てくるなんて。

島も、なにか変だし

少なくともあのお店には―――私ね、ここで自由時間に行きたかったお店があったの。友達と行こうって言っていて。でも、もうこの様子じゃあ無理。修学旅行がフツウにできなくなったの、もうわかるじゃあない。魔怪人がすでに私たちの行き先に蔓延っている可能性すら、あるわ。完全に―――敵地になっている。魔法陣にかかったわ。ええ、私は洗脳された―――けれど、私じゃあなくたって、クラスの誰か一人でもかかってしまったら―――。そんな、そんな状況なのにあの目。春風さんのあの目は何?」


私と戦った。

だがその光の底には、希望や、優しさが―――眩しく輝き。

私に対する優しさがあった。

正しかったのだろう、彼女が―――ただ、そんな子供のような無邪気な感情で、どうやっていくのだ。


納得が、いかなかった。

あの目は眩しい。


「駄目だよ、気持ち悪いよ」





傭宇は黙って聞いていた。

独り言を続ける女子。

弱いと思った。

だが、見下せもしない。

自分も、あの時―――操られている時、ひどい感情の中にあった。


魔法陣に触れたのは、半分は自棄ヤケになっていたのだと思う。

魔法少年は日本の平和を守る―――そういう約束だった。

だがマジカルマスコットの契約範囲外―――日本の外なのだと気づいたこと。

不安はあったが、それでも自分は一人で戦えるのではないか、やってやる。

魔法陣程度に恐れをなしてはどうする。


だが結果的には最悪だ。

クラスメイトと戦い、しかも負けてしまう。

自分の魔法装甲マジカルメイルが耐久限界に達するのが、予想以上に早かった。

こんなことがあるとは―――、マジカルな銃弾を受けながら思った。

魔怪人より強いんだなと恐れいった。

魔怪人より強い、魔法少年。

………狙木は、俺を止めやがった。

止めてくれた。


結果的にはそうなる。

だがこの何もかも異質な島で、お気楽な表情を浮かべているあの男子には悪感情も浮かんだ。

なんと緊張感のないことだ。

失望すらした。

何があるかわからないんだぞ、狙木。


二人には不安を抱えているという共通点があった。

状況が悪い―――その不安。

最悪の事態を想定することが出来た。

思考の速度だけを取るならば、春風や狙木よりも速かった。


故に不安は容易く増大した。

精神的には脆く、魔法陣の洗脳の影響を強く受けた。

極論、あの赤い魔法陣がなくとも精神的に追い詰められていたと言える―――そのようなものだ。


「これからどうすればいいか―――わからない」


「みんなは、島へ出発した。サイパンを調べるんだってさ」


魔法陣に触られないように注意を促す。

会えた生徒と連絡を取りながら、


「………」


茂ヶ崎は考える。

ひと晩経った。

あれから二十四時間近くか―――正確には、時計も狂ってしまった、魔法陣の影響で科学の機器が信用できなくなっているけれど。

それでも時間が経っている。


「もう―――とっくに操られているわ、きっと操られているわ誰かが。クラスメイトが何人いるかわからないのよ」


クラスメイトと戦わなければ、ならない。

その状況は変化していない、改善していない。

春風若葉を、本当は攻撃したくなかった、無かったはずなのに。

思い出してしまう。


「ああ………そうだね」


じとり、とその気楽そうな男子を睨む。


「だから、みんなで止めないといけないなあって、思うよ今は」


傭宇が立ち上がって、歩き始める。

私は椅子に座ったまま。

立ち上がった。

でもそれだけだった。

足が動かない。

―――一緒にいったら、また戦うの?


「私はもう、戦いたくない」


戦う理由が見つからない。

私は失敗してしまった。

戦ってしまった。

そして、それだけじゃなくて、この後どうすればいいかわからない。


「戦うために行くんじゃなくて、だから調べてるんだって。原因を」


原因を調べる。

そんなことが出来るのだろう。

考えもしなかった。

初めて訪れた島で。

でも、それなら―――戦わなくてもいいんだ、クラスメイト同士で。


「もちろん、敵がいるなら戦うことになるだろうけど。魔怪人がね―――ところでもう回復した?」


疑問を投げかけられた。

もちろん単なる体調のことではない。

回復したのが身体ではなく、魔法装衣マジカルドレスを生み出す魔力。

そう期待していることは、わかる。

魔法少女になった私なら。


「ええ」


「………狙木と、春風と、永嶋と三重さんと、二浅川さん、そして空桐さん」


彼は言葉を紡ぐ。


「とか、話してた。茂ヶ崎さんが休んでる間に話したんだ。操られてないよ。そういうヤツは何人もいる。だからやれる」


会えていないヤツもいるけれど、たぶん大丈夫だろう、と。

そんなことを言う傭宇。

彼は部屋の空気とでも会話しているようで、私の目など見ていない。

真実味がない。

信じられる―――ほど、私はまだ前向きじゃあない。

それでも。


魔法少女にできることがあるならば。

役目があるなら。

歩くしかない。

私は歩き始めた。



自動ドアが自動ではなくなり、開放状態のまま放ってある。

そこに向かう途中、ソファーでだらしなく寝ている中年男性がいた。


「あ、先生寝てる」


「いいよ、そっとしておこう」


先生が街の建物内にいてくれることは都合がいい。

島の住人もそうである。

魔法少女魔法少年以外が、出歩くのはまだ危険だ。


事件を解決して、日本に戻れるか。

魔法が関わっているとわかっている以上、自分たちがやるしかない。

僕等ならできるのではないか、と今の傭宇栄道は思っている。

それに、今の状況を何とかできるのは魔法少女、魔法少年だけだということは説明した。


そうして町に出歩くと、皆不気味な空を恐れているのか、外出している人は少なかった。

空の魔法陣は昨日と変わりない。

あまりにも大きいので図形のすべては見えなくて、赤い空に白いラインが乱雑に走っているだけにも見える。

町中には、妙な位置に止まったままの乗用車がいくつかあり、それを通り過ぎていく。




「―――魔法装甲マジカルメイル、起動だ!」


光の奔流が数瞬、煌めく。

クラスの男子が銀色の装甲に包まれた。

一人一人、色が違う。

そしてデザインも違うように思う。

傭宇くんのはひと際、中世の甲冑に近い。


魔法装衣マジカルドレス―――起動!」


問題なく深緑の衣装が出現した。

キズ一つついていない。

それから、傭宇の方を向いて見つめた。

歩く方向を教えてもらいたかった。


「………」


「なんだよ、見ないでくれ………恥ずかしいだろ」


「ええっ?別に見惚れてたとかじゃないのよ!?珍しいから」


「キミが言う?」


「狙木たちを追いかける形にはなるけれど、こっちに進もう」


とにもかくにも、二人は北に向かう。

操られていない状態ならば、決して他の魔法戦力に劣らないはずだ。

まだできることがある。

傭宇もまた、そう思う。


空には異変を示す赤がどこまでも続いている。

森、山のすぐ上に赤が迫っている光景に、しばし魅入ってしまう。

後ろを歩く茂ヶ崎が話しかけた。


「あ、話変わるけれど傭宇くん、狙木くんは春風さんのこと好きなのかな?」


「………ええッ!?なな、何だいそれ。いきなり何?」


「ううん、何となく。あなたはどう思う?」


「いやあ、僕そういうのはちょっと。でも、それは無いんじゃあないかなあ………?」


「そうよね。あれは無いわよね」


「ていうか狙木くんはちょっと口が悪いというか、何というか。機内でも思ったけど。あのレベルまで行くと、もう、謎なんだよ………」


嘆息しつつ、歩く。


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