第32話 轟け雷鳴! 紺田ほたるちゃん! 2


「今日はね、修学旅行だったの」


光に、闇に。

室内が激しく点滅していた。

空気を弾く音とともに紫電が俺の牙の隙間から飛び出しては消える。

発電所で故障が起きればこういった状況になるだろうかと思わせる、そんな光景であった。


無論ここは木造の廃校であり、発電機や配線の系統は存在しないか錆びついているはずだ。

感電事故が起こるはずもなく、原因は敵。

魔法少女が元凶だ。

この魔法少女の―――腕から流れている、電流。


「わかる?修学旅行の二日目だよ!もう二日目、青い海が見れる―――ハズだったのに!それをもう、それがもう―――滅茶苦茶だよ!」


大きな瞳を見開き、怒りをあらわにする魔法少女。

少女の口調が荒ぶるのと連動し、俺の頭部の振動が加速した。

がんがん聞こえるのは俺の頭部とトイレ個室の壁が連続して衝突する音だ。

電流の出力が強まっている。

それにつれて、俺の身体も制御不能な振動が続く。


身体の自由が利かない。

だが―――、それでもさっきとは違う。

個室の壁に力を加えることが出来るようには、なった。

電流の痛みで中断させられそうになるが。

左右の壁に腕をぶつけている。

がんがんと―――木造の板を殴っている。


壊せないのか?

この、下手をすれば築百年とでもいえるレベルの廃屋。

木材の軋み、悲鳴が聞こえることを願う。

まずは脱出だ。

脱出さえすれば、そこからは何とでもなる。

何とでもしてやる---!


「ぐ、う゛ぉおおおお゛お!」


激しい点滅のさなか、俺を見下ろすその両眼は黒い瞳。




無論―――、紺田ほたるは現在、操られてなどいない。

春風や狙木たちが警戒している洗脳の魔法陣。

この島にまだ複数存在すると考えられる、赤い魔法陣。

それによって操られているわけではない。


彼女が今こうして全力攻撃しているのは、彼女の意志だ。

悪の魔怪人を倒す。

その思想のどこがおかしいのか―――魔法少女としておかしいのか。

紺田ほたるは思う。

今日という日は、さらにその気持ちは強まる。

何もかもイレギュラーなこの島においては。

何もかも予定通りにいかなくなった今となっては。


「何しに来た!」


「………!」


身をよじり、やっと口から奴の手が離れた。

その手は暗闇でも光沢を帯びた光を放ったが、


ようやく話が通じるかと思ったが、この魔法少女、最初から疑ってかかっている。

俺を、魔怪人を。

何らかの悪事のためにやって来たと。


「何をしに来たの、さあ―――聞くわよォ答えて! ピクールをどこにやったの!」


「あ゛、あばあ?」


すぐには何のことか、誰のことかわからない。

だがガーナフも知らないわけではない。

マジカルマスコット。

魔法少女が大切にしていて、時には頼る存在。

戦闘時に目にしたことがあるのは確かだった。


彼女ら魔法少女達は長らくマジカルマスコットとともにいた。

その存在が今はいない。

悪の魔怪人と戦う彼女のパートナー。

今はいない、彼女のパートナー、相棒。

大切な仲間。


現時点で、会えなくなった原因は不明。

―――だが、自分ではない、魔法少女ではない。

おそらくは敵の仕業。

動機もある―――動機というよりも、そもそも敵なのだ。

敵が私たちの仲間を連れ去った。


敵が何かをしたのだ。

まさかここまで卑怯な手を使うとまでは、思わなかったが。

戦いを挑むばかりだと思っていた。


そもそも呼べば煙と共に出現する、いうならば神出鬼没なマスコットだった。

あのマジカルな存在を連れ去ることが可能なのかどうかも、彼女はわからなかったが―――。

ただの動物ではないピクールを。

現実として今、自分の傍にいない愛すべき相棒を。

いや、いることが出来なくなったのだ。

悪の手によって。

この島でこうしてこの、トカゲのような魔怪人に遭遇したことで、ほぼ確定的だ。

やったのはお前か―――そう思案した、紺田ほたる。


彼女の魔法少女としての活動は今、欠けていた。

動揺はしている、だが魔法少女としての役目を果たして、敵を倒せば元に戻るかもしれないという望みが、あった。


「敵の―――魔法協会の忌々しいマスコットなんて知らねえよ―――バルルーンは!あいつはどこだ!」


逆に聞き返す。

何も言い返さないのが癪だった。


「………っ!知るわけないじゃあない、」


「だぁら、お゛れ゛だって知らげえよ!」


答えられない。

物理的にも、精神的―――記憶にも。

その疑問には答えようがなかった。

魔法少女に戦闘能力を持たない魔法小動物がサポートしていることを俺たちも知ってはいる。


だがお前が知らないことを―――魔法少女が知らないことを俺が答えることは出来ない。

今回の任務はどちらかと言えば、魔法戦力と遭遇しないことを目的としている。

遭遇せずにやらなければならないことがある。

仮に知ってはいても敵に優位な情報は教えない。

決まっている。


睨む魔法少女。

疑いの眼差し。

正義の力を全力行使したい、その想いで溢れている。

その想いが強く、また彼女自身が、強すぎるその衝動を抑えきれないという一面もあった。

魔怪人と戦闘状態に入ると止まらない。

その想いは即決で、迷いなく速い。

風のように、いや電光のように。


「逃がさないわよ!」


事情は知らないがこのクソ魔法少女、必死だ。

まず俺がそのピクールをさらった、ということは確定しているらしい―――この電流女の中では。

俺から何としてでも情報を聞き出そうとしている。


ガーナフの考え、直感は正しかった。

実際に遭遇しての、性質。

魔怪人討伐となれば、決して手を抜かずにする性質である。

クラスにおいて、制服を着て教室に座っているときとは、訳が違う。



らねえ!」


「………!?」


じいっと睨む、睨みつける敵。

電流は相も変わらずバチバチと弾けている。

初めて見る小型のワームのように、高速で部屋に跳ねている。

敵の能力が電流であるということはわかった。


そこから、脱出や対策を考える。

敵の攻撃のパターンは近づいて電流を流す、これもわかった。

だが回避ができない。

激しく明滅する視界の中でイエローの魔法装衣マジカルドレスが目に焼き付いた。


敵のすべては見えない。

個室に乗り上げ、上からぶら下がってくるかのような体勢で俺を執拗に攻撃している。

彼女の両靴は宙にある。

およそ身体に力が入るような体勢ではないはずだが、電流だから、魔法少女だから、関係ない。



めろ!止めじがべ!これを!」


「ピクールが現れない………!関係ないっていうの? お前と関係は無い………?」


「ぶ………げ」


しめた、電流が弱まった―――いや、その、ほっとした表情はマズい―――思わず気が緩んでしまいそうになるが。

この電流クソ女を刺激してはいけない。


喉が苦い。

普通の人間よりはるかに戦闘能力も治癒能力も高い魔怪人ではあるが、身体のどこからか焼け焦げた臭いが止まらない。

喋らねえほうが身のためだ。

そして、そこに活路がある、可能性が見える。


この魔法少女は必至だ。

極めて厄介だ、だが。

俺を脅迫する一方で、喋り過ぎる。

大半は高圧的なだけの罵倒だが。


その口数の多さから、どこかに活路があるはずだ。

得られるもの。

よく聞けばバルルーンの居場所につながる手掛かりくらいは、出てきてもおかしくねえ。

最後にどちらに飛んでいったかだけでも、その忙しない口調で言ってくれれば―――!


ガーナフの思考は、まだ任務と繋がっているあたり、冷静だった。

この魔法少女が知り得る情報。

彼女もあの日、飛行機の上でバルルーンの姿を目撃している。

そこまではガーナフの望んだ展開だった。


また、彼女は絶対的優位ではない。

攻撃を成功させたのは彼女だが、心境はむしろ動揺、揺らいでいた。

彼女は操られてはいない。

通常の人間の、中学生の精神状況である。


彼女は魔法戦杖マジカルステッキを与えられている。

強力な固有魔法の使い手である。

ただし、同時に、まだ十四年しか生きていない少女でもある。

完璧な存在ではない。

完全なる実力者ではない。

故に、


「お前が悪いんだ!」


故に、怒る時は怒る。

電撃が再開した。

全身を鞭で打たれるかのような痛み。

それが再開し、ガーナフの全身の筋肉が明後日の方向へと跳ねる。

筋肉の暴走が、また始まった。

動けないのではない、動きが予想できない、自分の身体の動きに予想ができない。


「………!」


「お前も旅行するんだ、旅行しなさいよ! 行き先はサイパン?そんなわけないでしょオ?地獄だよ!地獄! ほらァ、向かいなさい!」


普通の中学生である故に―――、時には感情的になる。


「ピクールが何も言わずに家出して空に魔法陣もあってェ!そもそも雲雀ひばりもみんなも魔法少女で―――ここまでしておいて、こんなことになって、何も知らないなんて! ふざけないでよッ!」


なんだ?

皆も魔法少女---?

魔法戦力が多数いる、それも俺の所為なのか?

もはやわからない。

こいつ、わかってんのか?

こいつも、自分のやっていることがわかってないんじゃあないのか?

言っていることもわけわからなくなっていないか?

電撃が止まらない。

俺はもう喋らないぞ、喋れ―――無いぞ。

それでもいいのか?


「地獄!今向かえよ、向かうんだよォ!マリアナブルーが見れるわけないでしょほらあ地獄!見えて来たでしょう?手伝うから!手伝えるわ!頑張れば行けるって!」


全身が痛いし耳も痛い。

やたら甲高い声が突き刺さってくる。


「………………!」


俺の喉で、唾液が泡立つ。

泡立ちながら胃から舌の上に昇ってくる。

相手に通じる言語を、作れない。

言えない。


「んぐうじゃアねんだよォ魔怪人!言いたいことを、気持ちを伝えろ!『可愛い魔法少女に殺してもらえて嬉しいです』でしょォお!?自分のキモチを言葉にして相手に伝えるんだよォ―――ッ!私たち人間はみんなそうやって生きているんだから!」


「ぬ゛ヴヴヴヴ―――ッ!」


「このォ―――!懲らしめてやる!罪を認めろォ―――ッ!」


何もかも、ミスだった。

この鬼畜な電流使いには何も―――少なくとも交渉は通じねえ。

そもそも俺はこの島でまだ何もやってねえ。


視界が点滅ではなく、白になり始めた。

マズい、前が、見えなくなってきた。

白い世界。

地獄は見えないが―――みたことのない景色が。

すごく清浄かつ清潔な白い空に、俺はいる。


白さの中に鳥が浮かんだ。

軽薄な笑い声。

高笑い。

緊張感の欠けた高笑い。



あのトリ野郎。

バルルーンは討伐、されてしまうんじゃあないか。

やられるんじゃあないかと、思った。

基地で会話したあの時だ。


確かに、死亡フラグが立ったのはあいつだったのだ。

間違いない。

そうして回収部隊として俺が選ばれたんだ。

あの隊長のくせにヘラついたトリ野郎を舟で連れていく。

助ける。


―――俺は、あいつのことを心配していた。


そうだ―――だから。

そして。

バルルーンを追いかけ、探し。

このガーナフに。

俺には。

討伐される可能性が低い―――わけは無い。

死の危険がまるで減っていない。


今回の任務で俺がやられる可能性は、ひとつも減っていない。

誰も、無事に済むとは言っていなかった。

俺が討伐される。

そんなことがあり得る。

その事実に、当たり前の事実にいま気付く。

気づくというより、確認する。

再確認する。


「が………ごん、な………!」


こんなことで、こんなところで、だと?

ミリッ、とどこからか、何かが壊れる音がする。

俺の身体が、限界なのはとっくにだが。

鱗の硬さには自信があったのだが、相手が電流じゃあ硬さは、関係ない。

相性が悪すぎる………!





その時だった。

ばき、と。

トイレ内で何か衝突音がした。

耐久限界に達した個室が崩壊したのだ。

衝突音ではないことに気付く。

何も衝突はしていない、したのは崩落だった。

この高圧電流女が乗っていた個室のドアがバキバキと割れた音だった。


俺は魔法少女の乗っていた何十年前のものかわからない木のドアが割れるのを見た。

耐久力が、持たなかったのだ。


その魔法少女のも突然のことで動揺の表情のまま、床に落ちてゆく。

砕けた木板がガンガンと床に転がる中、俺は電撃から解放され、


「うッ!?―――わっ」



板が引き裂いた布のような割れ方をしていく。

魔法少女が、いまだ電流漏れる腕で壁を掻く。

だが木板の散らばる中、床に叩きつけられた。

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