第31話 轟け雷鳴! 紺田ほたるちゃん!


「ひひ!ひぃひ―――はははっ!」


廃校。

金板を釘で掻いたような笑い声を漏らし、参上した魔法少女。

それが出席番号十九番、紺田こんでんほたるであることを、魔怪人は知らない。

栗色がかったショートカットの髪が特徴の女子生徒だ。

それが、教室の彼女の姿、印象であり―――!


「う、うああッ!?」


俺は見上げて叫んでしまった。

上から―――こ、こんな近くに。

魔法少女。

敵。

魔怪人の天敵。

日本征服を邪魔する憎き魔法戦力。

敵に見つかってしまった―――事態は最悪だ。


見られていたのだ。

あの時―――と、言うほど特定はできないがジャングルから出て廃校にたどり着くまでの過程で、それがいつなのかは正確にはわからないが、見られていたのだ俺は。

この魔法少女は廃校を通りかかったときにこの俺を目撃していた。

そして敵である俺を追いかけたのだ。


やり過ごしたと思ったのに。

この距離まで―――奴の髪の、これは雨水が、俺の鼻先に落ちてくるなんて。

そんな距離にまで接近を許してしまっていた。


「ああああ―――ッ お、ぼぐぅ!?」


「動くなあ!」


口の中に何かを突っ込まれたことで悲鳴が中断してしまう。

魔法少女の腕だ。

もしくは手だ。

舌の上に、ゴツゴツした感覚が挟まっている。

暗闇だから距離感がつかめないが―――。

今こそ外で雷でもなってくれれば明るくなるのだが。


俺は身を引いたが個室内の壁にぶつかった。

狭い―――視界が悪い。

ここに入ったのは隠れるためだったが、身動きがとれない。


なんてことだ―――。

任務は中断だ。

バルルーン捜索回収の任務をしている場合ではなくなった。

こいつを退けないといけない。

この場で何とかしないといけない。


畜生、馬鹿か俺は、こんな雑な隠れ方をして逃げ切れるわけがないだろう。

走ってこの廃校をさっさと出ればよかったのだ。

そうすればジャングルに飛び込んでくことだって可能だったのに。

いや、出口の場所を知らなかったが―――。


だが―――、だがこの魔法少女ひとりだけ倒せれば、倒してしまえば、まだやり直せる。

まだ、いける。

俺だって、魔法少女達が島に着陸したはずだという事前情報は持っていた。

この魔法少女、不安定な個室の壁にのしかかっているだけだ。

そんな体勢では戦えないだろうが。


「ご、の………おォ!」


奴の腕をまず、口から引っ張りだそうと掴む。

今だ突っ込まれたままだ。

畜生、肘が当たって―――壁に当たって。


いい加減この木製個室を壊そうかと思案し始めた。

そうすれば、まず戦いにはなる。

くそ、攻撃じゃあないにしろ、口に腕を突っ込まれているのは、やりづらいぜ。

腕というか、何か固いな。

なんのつもりだ。


暗闇で魔法少女てきの表情は窺えなかった。

息遣いまで聞こえてきそうな距離であるにもかかわらず―――。

いや、息が荒くなっているのだろう。

これから始まることに、興奮しているのだ。


魔法少女が、おそらくは利き腕であると思われる右腕で、持っているそれは―――。




魔法戦杖マジカルステッキ―――、うふっ、ぃひひっ――――『青天霹靂』フラッシュ・バック!!」


魔法少女が叫ぶと、俺の口腔内で破砕音が生まれた。

俺の舌を圧したのは閃光と衝撃だ。

明滅する室内で敵の瞳が露わになった。





―――




バルルーンはジャングルの中を歩いていた。

急な豪雨、これがスコールというものであろうか。

雨宿りのために見繕った大樹の根。

そこに腰を落ち着ける。

歩き疲れたというわけではないが、こうも木と蔓しかない空間だと、気力を奪われる。


せめて、飛ぶことが出来れば―――そんな気持ちが拭えない。

飛べないわけではない。

自身の翼を使えば簡単に解決する問題ではあったが。

この島に魔法少女が降りたと確定している以上、うかつに森の上に出られない。

目撃される可能性が高い。

その際に何人の目に留まるか、いや何十人の目に留まるのか。

考えるのも耐えられない。


そしてどうやら安全な帰還も出来ないのだ。

空間に種火となる魔力を投げる。

そうすれば時空移動のゲートが開くのだ。

組織の基地にある、時空移動装置から飛ばされる魔力と繋がれば。

これが無反応という事は、圏外だという事だ。




そうして、大樹の葉を雨が叩く音のみが響いている。


色んな思案が沸く。

ララアイニのことは当然脳裏をよぎったが、今は駄目だ。

警戒を解ける状況じゃあない。

黙って組織の援軍を待つしかないという結論に至った。

ララアイニも魔怪人であり、別の隊の隊長なので戦闘力は高いのだがな。


動けないと思案は深くなる。

また、別の件も思い出してしまう。

あの、島の少女。

この島の空の魔法陣を見た時の、あの少女。

少女と言えるかどうかわからない存在だが。

ただの人間では、無さそうだった。

魔法界の者か?


―――キミたちが入って来たんだよ。

そんなことを言っていたな。

まるで自分の家に無断で入って来たのを咎めるような、雰囲気すらあった。

なるほど確かに俺が入った。

俺たちが入った―――魔法少女達も。


ということはつまり、あの不思議な少女は―――この島の何か。

サイパンの、そこにいた何かという事か。

言われて見ればやや日本人とは違う顔立ちだったような気はする。

あくまで推測でしかないが。

確かに俺は侵入したが、そんなつもりはなかった。

俺は飛行機の上で人間にひときわ大きな恐怖を与え、魔法少女を襲撃するつもりだったのだ。


俺に忠告をしたあの少女が魔法少女である可能性は?

それはやはり、ないように思える。


姿を見ても別ものであったし、何より敵ではない気がする。


攻撃の意志、張り詰めた空気すら感じられなかった。

今までの魔法少女なら、魔怪人おれを見てあんな平静な喋りはしない。

魔法少女はそれぞれ、違う攻撃をしてくる。


違う魔法戦杖マジカルステッキを使用している。

そして、使い手の性質、人間的な性格も異なる。

そのなかには、問答無用で襲い掛かってくる奴もいるくらいだからな―――。




―――





ばちばちと室内が点滅する。

俺の口腔内から響いたものが破砕音ではないことを知るのには少し時間がかかった。

何も破れやしないし砕けはしないのだ。

轟音だと思ったのは弾ける音である。


奴の魔法戦杖は消失し―――今は腕だ。

敵が俺の口の中に腕を突っ込み、バチバチと何かが弾けている。


「魔怪人!やっぱり魔怪人だ!」


個室の上から俺を覗いているので、俺からは奴の顔と両腕しか見えない。

生首のようにも見える。

甲高く叫ぶ魔法少女、その眼前に煙が立つ。



煙が見える。

奴の前に煙が。

いや、俺の口からだ―――俺の口内からパチパチと光と、それとあと、煙が立ち上ってくる。

そして黄色と、紫の光が俺の口から跳ねてこぼれる。


ま、まずい、回避―――は、もう無理だ、痛い、口を閉じれ、無い。

身をよじって抜け出そう。

抜け出すしかない、両腕が個室内でぶつかる。

両腕を動かせない、そんなスペースがない。

俺の尾が前後への回避も阻む。


くそ、隠れたことが―――マズい。

マズかった。

一度は隠れて済まそうとした俺の判断が完全に仇となっている。

入ったトイレ内の個室。


これは人間一人が入ることを想定した個室だ。

身長が二メートルに届く俺が入ることが出来たことも、厳しいものがある。

トイレなんかに、こんなところに魔怪人が逃げ込んだはずがない、と思ってくれよ、何で見つけるんだよ。


「ピクール!ねえピクール!」


その間も魔法少女は声を上げる、投げかける。

声がッ………出な、い、喉が動いてくれない。


魔怪人こいつを倒せばいいんでしょお!?そうすれば帰ってきてくれるかなァ?いい加減もういいでしょう!戻ってきてよ」


俺の腕はぶつかるというよりも、振動していた。

俺の両腕が、がくがくと震える。

起動したばかりのエンジンのように、目的なく震える。

ボロボロの木の板壁にガンガン衝突するだけで、役に立たない。


「なッかなか死なないわねェ!この野郎!これでも足りないの!?」


「が が が!?」


冗談じゃアない。

今までのより激しさが、振動が増してきた。

おいやめろ。

このステッキは―――全身を鞭でひっぱたかれるかのような振動。

イグアナ型の俺の、硬い鱗の下を叩かれるかのような―――!

こ、この攻撃は!

俺の全身に流れている、流されている攻撃は!


俺は事態を打破するべく、攻撃態勢に移ろうとしていた。

この、女を………ひきはなす。

まともな攻撃ができなくてもいい、ただ距離を―――突き飛ばす、とかでいい、

俺の両腕は封じられているわけではない

両腕を上げる。


上げ―――ようとする。

だが腕が、がくがくと、下がる。

意志が俺の腕に伝わらない。

痛い、いまの、関節が―――。

がくがくと震える腕が、あらぬ方向へ曲がってゆく。

腕を上げようとしたら、横に、曲がる。


こいつを―――閃光を放っているこいつを止めないとならない。

この相手にペースを握られ続けるのは、マズい!

魔法戦杖マジカルステッキを―――いや、今は腕か。

腕と、それを覆うグローブのようなものを。

口の中に入っているそれを、噛んで、首をひねれば---!


「だっ………あ が が  が!」


震える歯がカチカチと高速で噛みあうだけだ。

体勢が、何も変わらない。

歯が削られていくかのような感覚を覚える。

歯で、何かが高速で跳ねているかのような、これは。

自分の歯が無事かの確認をすることもできない。


「別、ね!」


不意に敵が言った。

光と闇が高速で入れ替わるこの部屋で、俺をまじまじと見つめていたようだ。

ようだ、というのはよく見えないのだ。

『振動』が起こるたびに俺の頭部は激しく揺れて、止まらない。


「飛行機の魔怪人とは―――あの鳥みたいなのとは、別だよ!?どういうこと!ねえ一匹じゃあないの?」


「が がアァア ア」


応えることは、できない。

バルルーンのことを敵に話すわけにはいかないし、事実として、今奴がどこにいるか自分は知らない。

だ、だが魔法少女も探しているのか。

見つかっていない。

ということは、逃げているのか、奴は今も。


「どうしよう―――倒せば出てくるかなあ………?」


「………!」




ガーナフは追い詰められていた。

紺田ほたるの魔法戦杖マジカルステッキである『青天霹靂』フラッシュバックに。

その属性は雷。


天からではなく地上からで落ちる、裁きのいかづち

マジカル高圧電流である。

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