第29話 廃校


「ジョウゾもゼレファンダーも、うまくやっているかな?」


 サイパンに上陸したスゴ・クメーワクの刺客。

 三魔怪人、そのうちの一体ガーナフ。

 イグアナのような姿をしていて、強靭な尻尾がトレードマークかつ武器である魔怪人である。


 彼は山を見ていた―――仲間の二体がいると思われる山である。

 山や、連なる山脈。

 木々が生い茂っていて、よく見えはしない。

 実に自然豊かな島だと思ったが、山間部が多いのは日本も同じであった。

 陽は高く上がっているので遠くまで見渡せる。

 赤い空ではあまり太陽の位置を意識できないが。


 自分は島の西側の海岸線近くに捜索網を広げている。

 海が見える位置。

 ジャングルの端、平地付近を移動している。

 木の影―――そこから町を監視していた。

 この島の町の様子を知らずにいるのはマズい、とガーナフは考えていた。


 今まで人間を襲うことによって恐怖エネルギーを得ることを目的としていた我々であるが、今回は避けなければならない。

 住民に見つからずに捜索することが必要だ、だがそれゆえに住民の移動範囲を最低限把握しておきたい。


 住民と出くわすことは避けたい。

 無論、敵である魔法少女もだが。

 だからこそこちらから一方的に観察することも必要だ。

 幸いなことに、出歩く人間はほとんどいなかった。


 ぽつりぽつりと存在する建物、人通りは多くないのでまだ魔怪人である自分は見つかっていない。

 俺はこの島の住人について知りはしないが、もう少し前に進めるだろうか。

 町に。

 流石に住宅の近くを通れば目撃されることは避けられないな。

 ガーナフは徐々に南へと向かってゆく。



 残りの二人、あいつらとは違うルートを探索する。


 進みながら思い出す。

 船がついた海岸線、海沿いの様子は見たが、崖がある―――人間に見つからず隠れることは可能だろう。

 そこに潜めるとなると、あの上陸地点ももう少し探索する必要があったかもしれない。

 ジャングル外にいる可能性はいくつもあるのだ。


 ―――ぽつり。


 音がして、ジャングルの上を見上げる。

 近くの大きな葉に、ぱし、と微かな音がした。

 何かが歯にぶつかり跳ねた。

 水がぶつかった。

 空からぽつぽつと、雨が降ってきている。


 雨は少しずつ強さを増す。

 水音がジャングルに鳴り響く。

 どうする。

 まだジャングル沿いに進み、奴を探すことは可能だが、天気が崩れれば―――。


 予想外に激しく降り始めた。

 ジャングルはおろか、住居が点在する方角すら、霞んでいる。




 参ったな。

 捜索は難航しそうだ―――彼は思う。

 もともと、初めてやってきた島の、入り組んだジャングルだ。

 無暗に捜索を続けても成果が上がらない。

 魔怪人は、野生動物ほどの五感は持たないことが普通だ。

 人間レベルである……強靭な体躯のみは、一般人をはるかに上回る。


 ガーナフは慎重だった。

 普段は何も考えずに捜索を続行したかもしれないが、今までの作戦と勝手が違う。

 時空移動のゲートが開けない以上、道に迷えば戻ることが面倒だ。


 時空移動のゲートが使えないこと。

 その都合でこの島に上陸した時、自分たち三人は、小舟で島の外からやって来た。

 そうして魔法陣の外まで行けば、ゲートは開けるのだ。


 初めてやってきた島の、入り組んだジャングルだ。

 無暗に捜索を続けても成果が上がらない。

 どころか、道に迷ってしまったら目も当てられない。


 空港や町にいるだろうと辺りをつけられている魔法少女達だが、ジャングルをうろうろしていて迷った挙句出くわしたら最悪だ。

 自分は、明日までにバルルーンは見つからないと考えている。

 奴が何か、特別に目立つアクションをしない限りは。


 島国であるといっても、このジャングルに覆われた熱帯の島を探索するには、もう少し作戦を考えるべきだと思った。

 雨宿りがてら、奴を見つける方法を考える。


 その時、妙案が浮かんだ。

 いや妙案が見えた。


 ジャングルにほど近い場所に、廃墟が見えたのだ。

 通常の住居ではない、大きな建物だった。

 ガーナフは進んでゆく。



 正面入り口には錆びついた鎖がかかっていた。

 それは魔力を多少込めた爪で、容易く断ち切れた。

 今にも取れてしまいそうな木製のドアが開く―――組織の活動で空き巣をやったことはなかったが、可能ではあった。

 というより、この脆さでは人間でもやれるだろう。


 ふと気になり、周囲を見回す。

 やや薄暗くなった周りには木々しかないように見えた。

 天から降る、赤い雨―――そんな光景だった。

 その木造建築物に入り、壊れそうなドアの左右を適当に合わせておいた。




 ―――




 たまにぎしりと音を奏でる木の板を、歩いてゆく。

 俺の足の爪で繊細に踏んでゆく。

 歩いているというか、忍んでいるというか。


 ここに入ったのは雨宿り半分、捜索半分だった。




 俺は廃墟、廃屋を進む。

 そうしてところどころ変色した木の板を踏んで歩く。

 建物全体にあると思われる妙な臭い。


 その臭いは、悪臭ではなかったが、純粋に古いものの臭いだった。

 嗅ぎ慣れていないことは確かな、なんとも言えない臭い。

 これはかびのにおいだろうか―――?


 廊下の奥は暗くて碌に見えない。

 窓には板でも打ち付けてあるようだ。

 この建物―――何かの企業跡か、学校?


「バルルーン………バルルーンよ?」


 外の雨の音がうるさいため、やや大声だ。

 通路の奥に声をかけてみたが、何も返事は帰ってこない。

 当然と言えば当然だ。

 こんな人が長らく住んでいない場所に、奴ならばいるという理由がどうしてある?


 そのまま奥へ向かって歩いてゆく。

 だが奴が潜伏して隠れているとして、こういった廃墟はまだ可能性がある。

 埃のたまり具合を見て、人間は入ってきていないと知る。

 何年、何十年か。

 それぐらい放置されているとあっては、隠れ潜むことは可能だろう。

 雨風をしのげて、かつ人間が普段入ることのない場所である。


 人間の気配も魔怪人の気配もないのだが、土くれは多少ある。

 小動物はいるかもしれないが。

 そして―――。


 バルルーンは今、この島のどこかに潜伏している。

 潜んでいる。

 逃げているというよりは、隠れているという事に近い。

 魔法少女魔法少年達から。

 ならば広いジャングルを移動しているのではなく、一カ所に留まっている可能性もあるのではないか?


 一カ所に留まらなければならない可能性はある。

 まともに動けない―――動きたくても動けない。

 すなわち手負いの身、ケガを負った可能性だ。


 そういった状況で隠れ潜むには、どこか屋根の下、建物が候補に挙がるのだ。

 人が滅多に入らないような、都合の良い建物が。


 階段があった。

 二階建てであるらしい。

 上の階にいけるのか。


 あのトリ野郎ならば、二階の窓から侵入潜伏することも可能だ。

 バカと煙は何とやら、そこにいることを当てにして、上がってゆく。

 ぎしぎしと音を鳴らしつつゆっくり上りながら、ここは無いな、と思い始めた。


 流石に何もなさすぎる。

 何をやっているのだ、この俺は。


 やはり考えすぎだったか。

 普通に山やジャングルの辺りを飛び回っているのだろう。

 ジョウゾがいるあたりがやはり一番可能性があるのか―――?

 それが正攻法なのか、捜索の正攻法。


 くそう、では見つからないではないか。

 範囲が広すぎる。

 外の雨だって、止む気配はない。


 何をやっているのだ俺は、とは思ったが任務も任務だ。

 そもそも、どうなのだこの作戦内容は?

 勝手に例外的な任務に突っ込んでいったバルルーンだ、帰ってくるのも勝手にすればいい。

 いら立ちはつのる―――軍団長め。


 二階に上がると明るかった。

 その理由は広いということではなく、窓が木の板などで塞がれていないためだ。

 廊下の古さが見ただけですべてわかる程度に、明るい。

 こちらは窓からの光、まあ赤い光だが―――が、多い。



 予想外に見つけたこの場所、建物であるが、好奇心が沸き、俺は進んで行く。

 二階を探索していく。

 魔怪人がぎしぎしと床を鳴らしながら進む―――そして、

 ばきっ、と音がして床が迫った。

 とっさに手を突く。


「ぐあっ!?」


 木の床が抜けたのだ。

 自分の体重が通常の人間の大人それよりも重いことを、思い出す。

 重量級かつ大柄。

 だからこその弊害のようなものではあるが―――よし、ハマってはいない。

 何とか持ち直す、穴を抜けて歩き出す。

 思いのほか大きな音を立ててしまったが、誰もいない廃屋で助かったぜ。


 うすら汚れた窓。

 ぎしぎしと音を立てて、窓枠から木くずが舞い、そしてそれが開く。

 雨音が大きくなった。


 二階の窓には板は打ち付けてなかったことをいいことに、勝手に開けて、不安定な空模様を観察する。

 ゴロゴロと、雷雲が鳴った。

 ブレイズンの唸り声と少し似ているな、なんてことを思った。


 雨が弱まる気配はない。

 魔法陣のさらに上にあるので見えにくいが、その雨雲は分厚いのだろう。

 ジャングルの向こうにある山が白く、そして灰色く、霞んで見えない。

 このぶんではジョウゾは大変だろうな。



 雨になったことでさらに屋内探索にするべきか、それともこれは?

 雨になったことでどうした方がいいかを、窓でしばし思案する。


 ただでさえ探しにくいものがこの雨では、ほぼ不可能になってしまい、やっていられないという心境が沸いた。

 どうする、今からジャングルに戻るか。

 いや、ただでさえ視界の悪いジャングル、木々の迷路だ。

 もう捜索にならないぞこれは。

 下級魔怪人を出したとしても、相当な労力だ。


 さっさと屋根の下に来い。

 と考えるのは安易すぎるか。

 このジャングルをすべて探しきるのは骨が折れるぜ、何かヒントは無いか。

 ここに飛んできたらいいのになんていうことを、ジャングルを見ながら考え、空を見上げる。

 そうだ、これから来る可能性もある。

 雨が降り出したから―――。


 ゴロゴロと雷雲が鳴る。



 ガーナフは、ざあ、と広い庭を叩く雨音が大音量になる様子をぼんやり眺めていた。

 日常的に日本を襲撃しているからわからないが、赤道近くの地域は、温暖で住みやすい環境であるわりに、降水が激しい。

 突発的な暴風雨スコールがふと現れて大雨を降らす。

 また、それがあっというまに通り過ぎた後は嘘のように晴れる、という気候風土があった。

 そのため今日も、そうなる公算が高い。

 無論、ガーナフはそこまで南国の気候に詳しくない。




 雨雲と空の魔法陣が重なった光景は、異様なものだった。

 魔法陣が降らしているようにも、見えてしまう。

 この魔法陣をよく思っていないという点で、ジョウゾの意見と同じだった。

 不気味である。


 ごろごろごろ―――、と空が鳴り、発光する。


 暗闇に光。

 辺り一帯が光に照らされる。

 庭に立っている誰かが、雷光を受け、ひときわ黒く長い影を伸ばした。


「………うん?」


 俺は空から目を落とした。

 今………なにかいたような。

 バルルーンか?


 庭には誰もいない。

 広い―――ひらけた広大な農地のようなの庭。

 雑草が目立つが、かつての面影が見て取れる。

 やはり校庭だったのだろう。

 ただしそこに誰かが立っているなどという事は無い。

 絶え間なく降りしきる雨以外に動くものは無かった。

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